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三十五 〜お方様からの依頼〜


「今なんて言った?」


 今しがた非常に耳障りな内容の話を聞いた気がする。心臓が熱い血を全身に送り込み、身体が爆発しそうになる程の内圧の高まりを感じる。怒りで我を忘れそうだ。


「貴様っ! お方様に対して無礼なっ!」


 俺の物言いに忠誠心を刺激された灰燼が激昂し、権能を回復させた本来の速さで拳を撃ち込んで来るが、それを避けずに額で受ける。


「答えろよ。何て言ったんだ?」


「おのれっ……」


 額で受け潰した灰燼の拳を掴み更に握り潰す。ポキポキと小気味良い音が鳴る。相当痛いだろうが、うめき声すら上げ無いのは流石だ。


「邪魔だ」


 掴んだ拳を引き込み体勢を崩す、声は上げないが、やはり痛いものは痛いのだろう、然程の抵抗も無く足払いで灰燼を転がす。鎖を両手を縛る様に巻き付け強く締め上げる。


「ぐっ……」


 自分が戦いによる優劣で死ぬのは構わない。だが、自分の大切な人が死ぬのは許せない。病魔に侵され死ぬと言うなら病魔を殺す。


 神が連れ去るというなら神を殺す。世界が彼女を殺すと言うのなら世界を殺す。誰も俺から彼女を奪わせはしない。


 ドス黒い感情が怒りと共に噴出する。おかしい……さっきから感情が制御出来ない。俺は俺なのか? 思考が定まらない。


「落ち着けぃ……桜花はまだ喰われて死んではおらんし、直ぐにも死なん。全く……灰燼よりも余程、危ないでは無いか、お前ホントにあの良子の弟か?」


「……理不尽に襲って来たのはそもそも、お前らだ」


 瑠璃(医王)

 状態:良好

 生命力:九一八七九四二

 危険度:九二九六四三八

 注記→

 教主の化身


 灰燼より高いステータスを見ても心が動く様な事が無い。只、眼前の神どもが憎い……! 駄目だ、これは俺の感情じゃ無い。このままでは……。


「ぎっ!」


 意志に反して灰燼の頭部目掛けて踏み下される足をずらす。それだけの動きですら声が漏れる程、力を込める必要がある。


 最早、身体すら制御を離れようとしている。この状態を続ける事はまずい。


 憎悪の感情を必死に抑えつけて、角度を付け徹す様な打ち方で掌底を勢い良く自分の顎に打ち付ける。


 突き抜ける衝撃に脳が揺さぶられ、膝から崩れ落ちる。同時に自身の中にあるドス黒いモノが、抜けて行くのを感じる。


 良かった、この対処方で合ってた、感情の奔流が収まって行く。


「今、何か出たな? 気には見えんが、何じゃ? ……どれ、診るから暴れてはならんぞ?」


 恐らくは悪人顔の俺に身体をいじられた影響だろう、一瞬だけだが、あの幾何学模様が視界に映った……。


 試すなよとは言われていたが、あの程度の感情の動きで発動するんじゃ防げない。それに権能を破壊するのとはまた違った事象だった。


「春樹殿の頭に特におかしなところは無いな……灰燼よ、直ぐに治すが暴れてはならんぞ? 春樹殿に状況を説明するからの」


 言葉通り、灰燼の折れた腕も潰れた拳も、お方様が部位へ手を翳すと巻き戻しを見ているかの様に正常な状態へと回復して行く。


 自分の目の前に翳された手からも優しげな光が出ている、その光を浴びているだけで灰燼との戦いで負った傷が癒えていくのを感じる。


 流石に服までは直らないか。お気に入りの作務衣はボロ雑巾より少しマシぐらい、裸よりかはまだ良いか……。


「……もう大丈夫だ」


「何年か振りに焦ったのぉ、春樹殿は神を鼻で笑う様な大きさの気を纏っておるが、先程はそれを遥かに超える気の高まりじゃった……何の手品を使うた?」


 聞かれても答えようが無い。藤堂流にはあんな技術は無かった筈だ。やはりあの俺に関わる事だろうが、見せれないものをどう説明したものか。


「初めてこんな事になったから、分からないんだ、ただ、治しかたはさっきので分かったから、次あっても迷惑は掛けないと思う」


「ふむ……では桜花の話をするぞ? 怒るなよ」


 彼女がパチンと指を鳴らすと異界に出来た罅が更に大きくなり、罅から先の空間が広がる様に今の異界へと現れて行く。


 元いた四阿のある広場に戻るかと思ったが更に別の空間ーー気配からして異界ーーに移動したようだ。暗闇で何も見えないが。


「春樹殿が今日、舞う予定であった神祐地に繋いだのよ。さて……今から見せるが怒るなよ」


 振り払う様な動作の後、視界の先を埋め尽くしていた闇が消えて行き、目の前に広がった光景で怒るなと言われた意味を理解した。

 

「藤堂の力……春樹殿の力が必要だ」


 石畳、広さは五十メートル角程度、その中央に巫女装束の女性が虚げに立っている。彼女は左肩から下腹部にかけて長大な太刀で刺し貫かれていて、その切っ先は地面にめり込んでいる。


 彼女から出血は無く、太刀が放つ気に凶々しさが無い。胸が浅く上下している事から生きているのは間違い無さそうだ。さっきの感情の奔流を経験していなければ、この光景には耐えれなかっただろう。


「どうすれば桜花さんは元に戻るんだ」


「霊刀は本来、適合者と一体化するのじゃが、桜花の場合、適合し過ぎたのじゃ、刀と己の境目がついておらん……外から切っ掛けを与える、対話を試みるなどで自分を取り戻させるのが対処法じゃが……まあ、見ておれ」


 おもむろに近づき、距離を確かめる様に手を伸ばす。桜花さんから十メートル程度の位置に差し掛かった時、彼女の手が爆ぜた。


「相変わらず、気のきかん刀じゃ。近づいただけでコレとは」


「お方様!」


「良い良い、お前はそろそろ外に出て異界が解けん様にしておくれ」


 何ともないように彼女は話す。事実、爆ぜて手先が無い骨と肉が露出した血まみれの傷口は、撫でる様な仕草をするだけで手品の様に元に戻る。

 

「……御意。……次代の藤堂よ、不本意だが先程の力は認めてやる。桜花を救え」


「言われなくともやるよ」

 

 彼女が連れていた式神が何やら術を展開し始める、どうやら異界の出口を作ったようだ。灰燼はそこに飛び込んで出ていってしまった。


 さっきので暴走で殴られた分をやり返せたとは思えないので、きっちりとリベンジしたいが、今の激励から桜花さんとの関係性も伺えてしまったので、殴り返すというのは今後難しそうだ。何か別の形で精算して貰おう。


「うむ、意気込みやよし。では改めて……灰燼相手にも耐え切った硬さを見込んで桜花の救出を依頼させて貰う」


 初めからそう言ってくれれば良かったとは思わないでも無いが、追い込まれて見なければ分からない事も残念ながらあったので、藪蛇にならぬ様に黙って頷く。


「具体的にどうする? 実例は見せて貰ったから対処は出来なくは無いが……」

 

「お前らは付き合うとる訳では無い、だがお互い好いた相手ではある、異存ないか?」


 何の確認か分からない確認をされ、どう答えたものか。……ありのままを伝えるか。

 

「俺は桜花さんを好きだ、彼女からは……まだ残念ながら気持ちを聞いた事は無い」

 

「安心せい、桜花から聞いとる。だが今は言わん、釘を刺されておるからな。まあやる事は簡単、近づいて接吻じゃ」

 

 ……? 接吻? キスの事だよな? 誰が誰に? 俺が桜花さんに?


「何じゃ、ハニワの顔真似などしおって、あれか? 初めてか?」


 さっきまでの緊迫感溢れる死闘は……


「さっきまでの緊張が解けて力抜けたんだよ……」


「拍子抜けしたか。だが近づけば……妾の手を見たであろう?」


「それについては今から確認する」


 さっき手が爆ぜた時、あの刀は明らかに神気に反応していた。ならばと、割れた石畳から小さな破片を取り、桜花さんの方へ投げ込む。


「やっぱりだ、小石には反応しない」

 

 彼女の足元にまで小石は転がっていったが、爆ぜる事も無く、剣閃が煌めくといった事も無かった。


 浄罪(山田桜花)

 状態:不良

 生命力:六八九〇〇〇〇

 危険度:九九ニニ三〇〇

 注記→

 神を喰らう霊刀、浄罪

 (適合者と契約する事で真の力を発揮するが稀に適合率が高すぎる事で融合状態となる場合がある)


 彼女が置かれた状況も概ね理解できた、昔からステータスの内容は気にになっていたがこのタイミングとは。


「それについては間違いないが、人の気に反応しないとは限らんからな?」


「それも、分かってる。防御は俺の得意分野だから、攻撃を考えなくていいなら、さっき程度の威力なら抑え込める」


 じゃないと、家の修行で死ぬからな。滝壺に飛び込むより、熊を素手で狩るより、もっと恐ろしい二人と組み手しないと駄目だからな、どちらか選べと言われたら俺は熊を選ぶ。選べた事は無いが。


「頼もしいのお。……では、気張っておくれ」


 催促を受けゆっくりと桜花さんへと歩み出す。さっきの手が爆ぜた距離で一旦止まる。恐らくは神性体に対しての特攻性質、人間の気を破るような性質は持ち合わせてはいない筈。


「ふぅー……良し!」


 藤堂流特有の気の巡り〈流転〉を完全に守りに寄せる。攻撃に移らなくて良いのならそれこそロケット砲の衝撃でも受け切れる自信がある。


 母の全てを断つかの様な気の冴え、姉の研ぎ澄まされた気の扱い、どれも自分には真似出来ない。


 だがひたすらに押し固め密度を上げ、決して割れない、破れない気の巡りを作り出す事は出来る。


 全身に気を巡らせ一歩を踏み出す、額の辺りに弾ける様な破裂音が響く。


 衝撃が走るが体外に展開された押し固め張り詰められた気を破る事は出来ない。想定通り、神特攻の性質の様だ。


 後ずさる事も無くもう一歩、歩を進める。


 歩みを進める度に衝撃が走るが意に介さず進む。どちらかと言うと辿り着いた後の方が難易度が高いかも知れない……

 

 

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