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三十三 〜雷神、死地、覚醒〜

 

 拳閃が一瞬煌めき、頬を抉る。見てから避ける事は不可能な速度で飛んでくる硬い拳は、骨の中にまで響き鈍痛が頭蓋を反響するように広がる。


「ぐぉっ……痛ってぇ」


 一撃で終わるわけも無く連撃で飛んでくるそれは当然のことながらこちらの都合はお構い無しだ。おまけに蹴りまで絡んでくる。


 相手の攻撃の起こりが見えないせいで当たってから打点をズラすと言う無駄に高度な防御技術を要求される。


 流れに逆らわず力を逃す、だが言ってみるのとやってみるのとでは天と地程の差がある。


 直線の軌道かと思えば、受けで出した前腕を潜り抜ける様にすり抜け、肉に突き刺さってくる。


 自在に力を操る熟練者、達人と呼ばれる領域、避けれない性質の拳打。かれこれ数十発は喰らっているが見切れると思えない。


「次代の藤堂よ、こんなものか? 耐久力は褒めてやるが、他は未熟。気の扱いもままならん小僧を寄越すとは、随分と舐めてくれる」


 因達羅(灰燼)

 状態:封印

 生命力:七八八六四四一

 危険度:八八九九一五六

 注記→

 封印されし雷神


 出会ったら逃げろと言われている相手が目の前にいる。まだ遊んでくれているから耐えられるが、本気を出されたら一瞬でボロ切れにされる実力差を感じる。


 何でこんな所で会うんだ、ちくしょう。カッコつけたかったのに。


 唯一の救いは一撃が母や姉に比べればまだ軽いというぐらいだ。それも手を抜いている状態だろうから、安心材料とは言えないが……


「もう無いか? ほらっ、もう一度だ」


 理屈も何もありゃしない。両手が枷と鎖で繋がっている相手から何故こうも多彩な拳打が飛んでくるのかまるで理解出来ない。


 今のところ俺が出来るのは全身の気を固めて身を守り隙を伺う事だけ。反撃させてくれる隙を何とか見つけたいがジリ貧だ。


 地獄の方がマシと思える藤堂流の訓練が無ければ既に倒れてるのは間違いない。急所だけは抜かれないようにしたいが、攻撃が速すぎて勘で受けるしか無い。


「それは飽きた。もう無いなら、眼でも潰して見せしめにするか」


 平坦な声色でそう告げ、両貫手が顔に向かって来る。防御を貫く為に力が込められ速度が抑えられた為か、初めて視界に捉える事が出来た。……勝機が来た。


 拝む様な姿勢から伸ばされたその両手をこちらも、両手を使って白刃どりの要領で受け止める、想定通り押し込まれるが、これこそを待っていた。


「漸く捕まえた……ご所望の技だよっ!〈捌撃(さばきうち)〉ぃ!」

 

 押し込まれる力を利用し両足を跳ね上げる。左足の爪先を相手の下顎に突き刺さすと同時に右足の踵を脳天に振り下ろす。


 足先に肉を突き破る手応え、西瓜を叩き割った様な音が鳴る。


 押し込まれる力は感じられない、体勢を整えるべく灰燼の肩口を蹴りトンボを切って正面を向く。


「自分でやっといて何だけどグロっ……マジか再生能力あんの……」


 何故こんなバグキャラと戦う羽目になっているのか。


 朝起きて作務衣に着替えると、見知らぬ黒服達に家から車で一時間程度離れた山間部に連れてこられた。


 昨日桜花さんが迎えの者を寄越すと言っていたからその人達だろうと思うが説明はない。


 母が無言で頷くので黙ってついてきたが、碌な案内も無い。


 開けてはいるが手入れもされていない雑草も生え放題、用途不明の空き地。


 そんな場所にポツンと佇む四阿(あずまや)にて待機を言い渡され、大人しく待っていたらこれだ。


 素足で貫頭衣を纏い、両手に枷を嵌めた白皙の青年が現れるやいなや、いきなり襲い掛かって来るなんて、出来の悪いゲームでも、もう少し説明があるものだと思う。


 逃げ出せるならとっくに逃げてるが、四阿で待っている間に異界に取り込まれてしまった。外には出さないように作られているらしく先程まであった四阿もいつの間にか消え失せている。


 術者ーー恐らくは眼前の割れたスイカーーを潰せば異界は解ける筈だが、解ける気配は無く。いまだ感じる空気は冷たい気配、生命が営む音が聞こえて来ない異界の空気だ。


 母の呟きが現実となった次第だが、全く納得が行かない。

 

 なんて考えている内に、ひしゃげた頭部がみるみる再生を終え言葉を投げかけてきた。


「今のは、及第点をやろう。強めに行くからまだ死ぬなよ」


 叩き付ける気のうねりを感じ、咄嗟に両手で正中線を防御する。ガードの上からお構いなしに拳足が叩きつけられ、腕からはミチミチと嫌な音が出る。


 鳩尾に刺ささる様に蹴り込まれた足を回し受けの動作で叩き落とす。滑るように足を送り込み、正拳を放つ。だが読まれている、拳には硬い金属を叩いた感触。すかさず相手からの反撃が飛んでくる。


 一撃が重く、しかし流れるような繋がりを持った連撃を浴びせられ、防御した腕が潰されて行く。


 持たない……そう思った時には受けが解け顎先を掠める様に拳を貰ってしまった。後ろに後退りながら距離を取ろうとするが、意識が遠のいて行く……


 このバグ野郎が……ステータスでも負けてる上に再生までされて、どうやって勝つんだよこんなの。


 駄目だ爪先から虫が這い上がって来る感覚が……立っていられない……。


 







『お前、俺の癖に弱いな』


 誰だ? 俺は何で倒れてる? 何だこの視点は? 


『目の前を見ろよ』

 

 倒れ伏す自分を見つめる視点に戸惑いながらも声に従い目の前を見る。そこには俺が俺では無い表情で腕組みをして立っていた。


 誰だコイツ? 姿形は自分とそっくりだが、こんな人を見下す様な目付きと口元を歪めて鼻で笑う仕草は別人のそれだ。


「誰だ?」


『頭が悪いなお前、お前は俺だ……ちっ、こんなアホのために……まあいい、どうせ操り人形にされるならアホの方がマシだ』


 アホアホ連打で心が痛む。自分と同じ顔で汚物を見るかの如くアホと断じられると流石に泣きそう。


 ……ふざけてる場合じゃ無かった、頭が痛ぇ、ヤバい、ちょっと待て、倒れてる肉体の方がビクンビクンとホラー映画の如く痙攣し始めた。


 それに恐らく肉体から乖離した状態の精神、意識だけの筈の俺まで何故、痛みを感じるんだ……? 


『このままだとお前は、そこの腐れ神格にやられて死ぬ。それだと俺が十六年前にわざわざ助けた意味もねぇ。だから此処で死なないように少しばかり身体を弄ってる』


 何を言ってる……血が、鼻と目から……本体の方も同じように血が。


『いいか? お前の持ってる能力は覗き見なんてもんじゃねぇ。この世界じゃ少数みたいだがステータスの閲覧なんて能力、低級の神格でも、持ってたっておかしくねえんだ。』


 いつものステータス画面がポップアップしては消えて行く……だからどうした、そんな事は子供の頃散々試した、何も起こらなかったぞ? 裏コマンドがいかにもありそうな画面だからな。


 死ぬ前の幻覚としてはイマイチだな、自分の想像力が陳腐過ぎて悲しい。漫画でやられそうになった主人公がパワーアップとか、期待させるなよ、ありきた——いきなり知らない画面が展開された……何だそれ?


 普段はゲーム画面みたいに白枠、黒背景、白文字のステータス画面、スマホサイズ程度の大きさだが、今見えている画面は文字は明滅し、背景は透明、サイズに至っては映画館のスクリーンだ……


 初見の画面が現れ、呆然と眺めていたら、溶ける様に消えていく。


「嘘だろ……」


 鼻と目から、今は口からも血が溢れ出て、頭は割れるように痛い、だが目の前の光景への驚きに塗り潰され、感じていた筈の痛みが引いていく。


 画面が溶けた後、一瞬の間に、知らない、見た事も無い、模様が辺りを漂い埋め尽くしている。幾何学模様にも見えるが、自分の知識には無い。


 形もそうだが色も赤や緑の他に多種多様で、生きている様に蠢き漂っている。これが何なのか皆目見当も付かない。


 ステータス画面が再び現れたが、前と変わったところは無い、さっき見た画面は一体何なのか。


『良し、起動したな。そろそろ起きろ』


 浮遊感の後、口に広がる血の味で意識が肉体に戻った事を認識する。起き上がりを狙われ無いよう立ち上がりと同時に全力で後ろに飛ぶ。


 距離は稼げた、追撃も来ない。灰燼は此方を訝しげに見るばかりだ。何にせよ助かった。混乱が酷くて少しでも落ち着く時間が欲しい。


『赤色の模様だ。三秒程度でお前の前に流れて来る、それを掴め』

 

 予言したかのように赤色の幾何学模様が目の前を流れて来た。模様……文字の集合体にも見える、縄の様な形状を持つそれを掴めと言われたので馬鹿正直に掴んでみる。


 濡れた布の様な手触り、何故質量があるのか、隣で不機嫌な顔をしている俺に聞いてもまた、アホと呼ばれるだけだろうか。


 意識が肉体に戻っても当然の様に居る、この俺……ひとつだけ思い当たるのはステータスに記述されている、記憶にない異世界の事……


『雷、どの世界でも比較的神格として存在するポピュラーな奴だな、その赤色模様は雷を司る根幹を制御する、お前達の世界で言う術式、コード、プログラム、言い方は何でもいいがその出力を担うエンジン部分、それがお前の手に今、掴まれた』

 

 ……案外と丁寧な説明で意外だ。言われた通りやってみよう。


『一気にやれよ、消滅させない限りは再生するからな、消滅させるにはお前の今の力じゃ足りねぇ、一息に千切れば、一時間は神格としての権能はまともに使えねえ。同じ人間の土俵に叩き落として、泥試合でもしてやれや』

 

「おりゃっ!」


 気合い一発、引きちぎる。


 紙を千切るような感触と共に赤色模様は二つに分かれた。千切れた端から触手のような糸が伸び断面を繋げようと蠢き出す。


 遠ざけた方が良さそうなので右手に持った方を思いっきり放り投げる。左手の方は逆方向に。


「何をした! 貴様!……」


 どうやら模様については見えていない様子だ。しかし異変を感じたのか此方へ強烈な殺気を飛ばして来る。あまりの強さに息を飲むが、それよりも気が惹かれる事態が起きた。


 灰燼の鎖付きの手枷がカチャリと音を鳴らし両手から外れ地面に落ちて行く。


 何故それが外れたのか全く理解出来ないのか、落ちた手枷と俺を交互に見ている。が、俺にもそんなものは答えられない。多分だが、手枷は権能に対して何か役割があったのだろう。


 取り敢えず殴られた分は殴り返すからな。


「何でも良いだろ? いいから殴り合おうぜ。それとも生身じゃ自信が無いってか?」


 因達羅(灰燼)

 状態:封印、権能一時停止

 生命力:四八八六四四一

 危険度:四八九九一五六

 注記→

 封印されし雷神。


 コレで五分、いや、四分六か? さっきの【捌撃(さばきうち)】で与えたダメージと殴られまくって覚えた感触からして、一撃の威力と耐久はこっちが上だろう。


 まともにやって勝てないのは悔しいが死ぬよりマシだ。









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