二十八 〜八尋の過去〜
地面に落ちた玉から何か出てきて整列し始めたけど。文字? 割れて良かったのよね?
「では儂が発動させるぞ、八尋」
「頼む、この術を発動する余力が無い」
ええぇ? 亀さん、中から出てきたの食べちゃったよ? 良いの? あっ、またゲロした……。ちょっとこっちに向けてこないでよ……!
「ちょっと、やだ! 汚い!」
私はそんな倒錯的なプレイは守備範囲外よ?! ……あれ? ……何で? 時間止まったみたいにみんな動かないけど? 文字がいつの間にか周りを回ってる。
『私の父の名前は遠藤尋信、母の名前は由香里。母は私が四歳の時に亡くなりました』
どっから喋ってんの?
「おーい八尋くーん?」
駄目だこりゃ目の前の八尋をブンブン揺らしてみても、うんともすんとも言わないし。
『目の前に意識を集中してみて下さい』
目の前? どうやんの? 集中って言われても……確かにボンヤリ見えてるわね。映像出てきた……何コレ。お父さんとお母さんに手を繋いで貰ってる子供……色黒っ! 眼鏡してるけど八尋ね、これ。 お母さん超綺麗。八尋、お母さん似なのね……ちょっと! お父さん! どうしよう、マジでタイプなんだけど。
『……』
ごめん……まじめに聞きます。でも凄いタイプなの。いかつめの顔に優しい態度とか、あと眉毛が太めなのとちょっと体型太めなのが……
「ごめん、続けてください……」
『私は、遠藤重工社長、遠藤尋信の一人息子です、四歳の時に母、由香里が亡くなりました』
ちゃんと聞いて無くてごめん、悲しい話は聞こえない時がありましてですね。……何で八尋の声、頭の中から聞こえるの? この動かない八尋は何なの?
『今は記憶共有の術式でお互いの意識が繋がっている状態です』
全く理解出来て無いけど仙術便利。で片付けよう。あとさ? 手繋ぎから変わったこの映像、見なきゃ駄目? お母さんの眠る病院のベッドの横で泣きじゃくる子供と涙を堪えて上向いてるお父さんとか、あと五秒見たら泣いちゃうんだけど……。
『これは……すみません、はっきりと記憶が出過ぎましたね、記憶の針を進めます』
場面が……子供八尋が膝抱えて部屋の隅にいる……。暗い、暗いよ八尋少年。
『母が死んで二年後父が婚約します、これはその時の子供ながらの反抗ですね……』
重い。泣きそう。どうしてくれんのこれ……あっ! 部屋に真由美さん入ってきた。真由美さん超優しいんだけど。八尋抱きしめて一緒に泣いてるし……アカン。泣いてまうやろ!
「……うっ、ひぐっ……何でこんなの見せるのよぉ……」
『当時は父を随分と毛嫌いしました、部屋に引きこもっていたんです。裏切られたとまで感じていましたからね、ですがこの日、真由美さんに出会えた日に、私は初めて母が死んでから感情を発露する事が出来たんです、この日、彼女が私と一緒に涙を流して私の心を受け止めてくれなかったら……』
映像が無音声なのは別に良いんだけど、感情が流れ込んでくるのちょっと止めれない? 私こういうのは泣いちゃう。
『済みません……良子さんの場合は同期というか深度が……玄武の塩梅、さじ加減が必要なのですが、発動中は恐らく難しいかと』
「はふぅー……辛い場面だと多分結構泣くと思うけど、後で弄ってきたら怒るからね」
あっ、場面変わった。
八尋少年とパパ、見守る様に真由美さん。どっかの公園でキャッチボールしてるわね。
『真由美さんが父に怒ったんです、仕事に掛ける情熱を何故子供にも持てないのかと、言われたそうです。当時はそんな事は分かりませんでしたが、純粋に父と遊ぶ時間が増えて嬉しかったですね』
今度は家でご飯を食べてるわね、みんな笑顔。漸くアットホームで私、一安心。
『真由美さんが、家に来てから毎日が楽しく幸せでしたし、実母との思い出も真由美さんのお陰で悲しいよりも、大切な思い出として心に残す事が出来ました……ですが』
ですが、だと? 嫌。また悲しいの見せられるの本当に嫌。嫌ったら、嫌。折角涙引いたのに。
ほらー、もうまた暗いの。喪服の真由美さんと八尋少年……今度は泣いて無い、無いけど、その堪えた感じでまた涙が出ちゃうでしょぉ……!
『再婚からわずか一年で父は亡くなります、犯人は不明ですが殺されたかと……目立った外傷なども無く、自然死に見えましたが……間違いなく咒式を使った犯行です』
「八尋……」
『死期を予測していたかの様な内容の遺言もまた、他殺の証と見ています』
発する言葉がまるで業火のように燃え盛ってる。まるで心を灼く火。普段貼り付けた笑顔の裏にこんな溶岩みたいな感情が渦巻いて八尋自身を灼いている。……これは私が見て、いいものなの?
『父の死後、真由美さんは随分と憔悴されましたが、気丈に喪主を勤め上げられました……四十九日を済ませ、何とか遠藤家の墓地に納骨まで済ました帰り道、私にとっての分岐点、仙術を学ぶ事となった事件が起こります』
駐車場……雑木林が生い茂る山の中に? 一族の墓地? お金持ちのお墓事情は良く分かんないけど、八尋少年がトイレに向かったのかな? 斜面に向かってる。山の中でおトイレ無いけど、お花摘みは見せないでよ?
どうして!? 誰が八尋の背中を押すの?! 危ないって!
「斜面から落ちちゃうっ!」
『当時は親族も一緒に居ましたが、死角を上手く利用して私が不注意で滑落したという形になりました』
八尋が斜面を落ちながら見た先は……真由美さんの顔っ……今日見たあの顔だ……。
『人格侵食タイプの咒式……真由美さんに取り憑いたもの以外では私は見た事がありませんが。……父が亡くなった直後から取り憑いたと思われます』
また切り替わった、今度は山の中、斜面滑落してからの記憶は無いけど、川べりで起き上がったところね。奇跡的に擦り傷ぐらいで意識はある様子、でも茫然自失って感じの八尋少年。鹿が唐突に現れたけど、えっ? 何頭出てくるの? 猪やら猿まで混じってる……鹿が八尋少年の服を咥えて川から引きずり出した……みんなで冷えない様に覆いかぶさってる……
『この日はこのまま動物達に暖めて貰いながら夜を過ごします、朝になって更に不思議な体験が始まりました』
グッモーニン八尋少年。夜もそうだけど、そのリアクション具合おかしくない? あんまり驚いてないじゃん。野生動物に囲まれてるんだよ? ……何喋ってんの?
「頭でも打った? 八尋少年、動物とお話ししてるけど……」
『頭を打った? そうですね、それは疑いましたね、しかし目眩も無ければ頭痛もなく、頭部に損傷もありません』
鹿と猪達は八尋の周りを囲んでるし、猿に至っては木の実とか持ってきってるよね。食べてみなよって感じで差し出してきてるし。
『言葉が分かると言うよりも明確な意思が汲み取れる、そして私の話す言葉が彼らに理解して貰っている事が分かりました』
羨ましいんだけど。私、猫とか犬とか近寄って来ないのよ。私は好きなのよモフモフなのとか。アレルギーとかも無いし。無理に膝に乗せると震え出すから……。羨ましい。
『実は思い返すと覚えがあるんです。何となくですが、人間以外の動物の意思を感じとれているような感覚が。極限状態に追い込まれた事で開花したのでしょう』
八尋少年の身振りが激しくなってる、指差して方角確認してるっぽいという事は帰り道が分かったのかな? ……あっ! それ良い! 鹿の背中に乗って移動って憧れ。ちょい待ち。
「何で誰も助けに来ないのよ? 捜索するでしょ。警察なり何なりが」
『斜面の先は川で、意識が無い間にかなり流された様です、この時も捜索は大々的に行われた様ですが一日では発見するのは困難だった様ですね』
「随分遠くまで流されたのね」
それで、鹿に跨って森の中入ってったけど……出た。木の上から降ってきた天狗のお爺ちゃん。でかい。八尋視点の映像だから私が会った時よりまだデカく感じるわね……山の中でこんなのに出会ったら発狂しそう。八尋少年の口が開いたまま塞がらないのは仕方無い。動物達が静かにしてるのがちょっとシュールな絵面だけど。
お面が八尋が前にしてたヤツ? この間は天狗かくありきなお面だったけど。継承面とか言ってたし、……そっか引き継ぐ前だもんね。
『僧正坊師、鬼一法眼僧正坊、私の師匠ですね。この時に出会いました』
衝撃的な出会いね。
『そこで師より教えられました。私は仙術の適性を持つこと、動物達と意思を通わせるのがその証拠で、更には予知への適性をも持っていると』
「仙術の適性はまだしもこの時点で予知の適正があるって、何で見抜けるのよ?」
『予め決められた事をなぞる様に身体を動かすから、だそうです。それまで意識をした事はありませんでしたが、意識した途端に次に自分がどう動くのか、という事が視える様になりました』
「雷出すわ、身体を再生させるわ、亀だすわ、挙句に予知。まだ隠し球有ったりしない?」
『……』
あるんだ……。気になるけど、一旦置いとこう。ちょうど場面が変わったというか森の奥になっただけね……。八尋少年、座組で何してんの? いきなり修行?
『まだ当日です。予知をしてみろと言われました、気の静まる森の奥なら結果も出やすいとの事で移動しています、そして座組で精神を集中し脳裏に浮かんだのは、真由美さんが師に術を掛けられている場面です』
この場面、絵画に出来そう。樹齢数百年はありそうな趣の古木とその前で座組で座る少年、見守る動物と巨人……巨人が意味不明すぎて邪魔ね。
『私が見たのはおよそ三ヶ月後の場面です。師には私を弟子にする事を条件に真由美さんに起こった問題の解決を請け負って頂きました』
八尋少年の口が動いて天狗のお爺ちゃんに何か言ってる。私これ何言ってるか分かる。……提案が有りますって言ってるでしょ。
『よくお分かりに……そう言った記憶が有ります。弟子には強制的にでもするつもりだったとのことなので師には渡に船だったようで快諾頂きましたね』
「私も仙術覚えたい。まだ諦めて無いのよ?」
『先程の適正が無いとまず、無理だとしか申し上げられませんが……』
「他にも居たでしょ? 覚えたいって人」
『居ませんでしたね。仙術の適性者は私の他にもいましたが、現在では私のみとなりました……これについてはまたお話しする事もあるかと思いますがとても長くなるので割愛致します』
ピシャリと打ち切ら無くても良いじゃんよ。……他の適性者の話はしたくなさそうね……付き合い長くなりそうだし覚えとこ。
『その後、身を隠す方が安全との師の判断を受け入れ、鞍馬の里に移動します』
あれ? じゃあ、今場面が切り替わったこれは? 八尋の記憶なのに何で真由美さんが一人で家に居る映像なの? しかも盗撮見たいな角度だけど……。
『あの日から一週間後に式神契約を覚えて式神を家に向けて放ちました、視覚共有するタイプの式神で烏を形取ります、ちょうど電線の上に陣取った場所から窓を見ている映像ですね』
早送りとか出来るの?! 朝、昼、晩、早送り便利ねぇ、何の意味があるのか分からないけど……ほんで、また朝、真由美さんの一日、みたいなタイトルつけれそうな日常観察だけども。昼、晩、朝昼…ちょっと待って顔付きが柔らかくなった……からの号泣?! からの狂乱?! 椅子を抱えてぇ、投げたぁ! 窓割れたぁ!
『私の事故から一週間後、今見て頂いた様に、時折錯乱したかのように泣き叫ばれ、暴れ出す事があった様ですが、そちらが真由美さんの人格です』
真由美さんは八尋を突き落とした記憶が有るって事よね……耐えられなくて暴れてたんだ……。
『篠塚さんは真由美さんを心配し我が家を尋ねます』
今度は篠塚さんがインターホンの前で棒立ち? 入らせて貰えないのかな?
『体調が良くない、今は誰とも会いたくないと言われれば帰るしか無かった様ですが』
? えらい篠塚さんのアップになるわね? そうか、式神が接触したのね。
「ところでさ? アンタの親戚いるでしょ? こんな時、騒がないの? 資産家の御家騒動の典型的展開じゃん」
『心配はされていました。ですがあの斜面からは……ほぼ諦めていた様です、元々親族が少ない家系ですし、野心が無いというか趣味人が多くて関連会社の研究部門に居れればそれで良い方ばかりでして……経営をきちんとして貰えればというスタンスです。篠塚さんが健在なら会社に支障は無いので……今もですが』
さっき篠塚さんのスマートさと、八尋のギークな片鱗を見たからちょっと納得。
『篠塚さんと連絡が取れてからですが、至極あっさりとこの問題は一旦解決したかに見えました……』




