二十七 〜猫耳メイド服【決戦兵装】〜
先ず現状を確認したいと思います。
えーとね。血みどろの成人男性が一名。怪獣映画に出てくる繭みたいなのが一個。
そんで私。あとでっかい亀。この事態の収集はまるっと無視してアクアちゃんはペンダントでお休み中。
〈疲れた〉ってさ。進化するから楽しみにして待っててねっ! って、テンション高めな思念がズバっと飛んできました。誰が何に進化するの?
血みどろの人は倒れる時にブツブツ言ってたから多分賦活術式とか言う便利なやつを使ってたと思う。血みどろだけど、もう血は止まってる。息も整い出してるから寝かせて置けば復活しそう。
そんで今、繭から切れ目が走って成人女性がズルリって出て来ました。
意識無いっぽいわね……ひとまずサルベージっと。
「息してないじゃん」
脈! 取れんっ! 人工呼吸! 私の肺活量で吹き込むとえらい事なるからゆっくり……駄目、呼吸が戻らない。
さっきあのメカコスプレ娘が壁面吹っ飛ばしたせいで置いてあったAEDは粉微塵になったし!
「真由美さん、骨が折れたらごめんなさい、確実な方法これしか知らないから……」
手を心臓の右下へ、角度としては首に抜ける角度で、刺さない様に掌底で撃ちぬく。体内の水分だけを揺らし衝撃は肩に抜く。
「……コヒュっ!」
良し、呼吸が出た。でも早く病院で治療しないと。——気配? 何人もいる、足音と気配的に装備を纏った人員。敵意とか警戒心は感じられ無いから、たぶんこれは。
「坊ちゃんっ! ……真由美さん! 向井さん二人の容態は!」
ガスマスク装備の屈強な方々とご一緒に、篠塚さんご登場。
「八尋の意識はもう戻ると思います。真由美さんは今、呼吸が戻ったところです。早く病院で治療しないと」
篠塚さんの頷きと目線一つでキビキビと動き出すガスマスク達。担架も準備して、手際も良いわね。真由美さん任せても大丈夫そう。
「自発呼吸確認、社内の医療施設で対応可能です! 搬送時間を考慮してもそちらでの治療が最善です!」
真由美さんを担架に乗せてあっという間に行っちゃった。ガスマスク達はプロね、本当に良く訓練されてる。
デッカい亀に何人か驚愕してたけど人命救助優先したもんね。繭の事は見ないフリしてたし。この会社の人達なのかな?
「向井さん、何とお礼をすれば」
「そこで寝てるもうすぐ起きそうな開発室長さんとやらに話を聞いてからお礼の話を決めます」
篠塚さんは苦笑いもダンディ。
「ガッっ!」
八尋が咳き込みながら目を開いた。外から見える傷口は完全に塞がってるわね、血色も悪く無いし。じゃあお話しね。
「や、ひ、ろ、くーん」
何よ、何で苦笑いなのよ。今ので全部伝わったでしょ? 命の危険は無いとか、簡単な仕事だとか、釈明するなら一応聞いてあげるけど?
「良子さん……ありがとうございました」
「どういたしまして……」
開口一番にお礼って。文句言いたい数々のことを封印されたわね。
「説明……だけでは恐らく不足でしょうね。玄武預けていた物を出してくれ」
「うむ、ちょっと待て。オゲェぇ」
おい亀。シリアスな顔のままいきなりゲロ吐くんじゃねぇ。ビックリするでしょ!? ……箱? ちょっと八尋、そんな躊躇なく拾うの? ばっちいよ。
「この箱には記憶共有の術式が収められています、これで良子さんに全てお伝え出来ます……その前に篠塚さん」
「事態の収拾は順調でございます。警察、消防には根回し済みで、敷地内を無遠慮に詮索される事も有りません、もしこの機に乗じて乗り込むものがいれば排除致しますので」
日本を代表する企業EIMの闇を見た。イヤイヤ駄目でしょ。あんな大事を無かった事に出来ちゃうし、それに排除とかいった。 怖いんだけど。
「良子さん、大丈夫ですよ、私達の会社は国に請われて開発する技術も多いので特段珍しい措置でも有りません」
「うーん、まあ、あるか」
「良子さん。我が社は一般的な価値観で言う、善の側に属しております。経営理念は人の世の発展、自然との共存です。ですがそれを守る為にも、外部への対抗手段、抑止力としての武力、政治力はそれなりに有しておかないといけませんので……」
分からないでもないけど。
「それについては納得するけど、あんな映画でしか見た事ない様な銃火器類で撃たれるのは、これ如何に?」
「言い訳になるかも知れませんが……篠塚さん、テストモードでフィールド展開を」
「かしこまりました」
はぁ、また置いてけぼりよね。何回も言ってると思うけど、説明が欲しいの。分かんねぇ奴だよ、アンタはホント。
篠塚さんも電話しだすし。——えっ? 何コレ、身体浮いたんだけど。
「何で私浮いてんの?」
絶対お前ら、なんかしただろ。流石の藤堂流でもこんなバトル漫画の主人公みたいなオーラ纏いながら浮くなんて事は出来ないからね? 出来たとしたら私は絶対に覚えただろうけど。
「良子さんに身に付けて頂いている制服ですが、我が社の最先端技術の結晶を全て注ぎ込みました。たとえミサイルを撃ち込まれたとしてもそのフィールド内で有れば無傷を保証します」
ミサイル想定とか逆に私を何と闘わせるつもりだったのかと言うことでもある訳でして。ヘッドセット辺りがちょっと違和感何だけど、どうなってんのかしら?
と、篠塚さんが手鏡を渡してくる。あらどうも、流石紳士、身嗜みチェック用にちゃんとお持ちで。
「お借りします。というか見かけからして誰も近づけない的なフィールド? かと思ったけど違うのね……何コレ恥ずかしい」
私ね? 身長高めなの。自分で言うのも何だけど結構メリハリあるボディラインなのね。そんで顔が良く言って眼光炯々、悪く言うと……昔、射殺されそうって言われた事がある。
そんな女が着るメイド服。迸る怪しさといかがわしさ。慣れる(自分を騙す)のには、凄く、凄く勇気がいった訳。
「大変お似合いですが?」
篠塚さんからフォロー。とりあえずこれを採用したやつ出てこい。
「このネコ耳は誰の趣味なの……」
お願いだからこれ以上属性を盛らないで。あと早くスイッチ的な何かをオフにして。何故宙に浮いたまま猫耳メイドを晒し者にするのか。
「開発部がそこだけは譲れないと申しまして。私はもっと剛性の高い流線型やハニカム構造を推したのですが。現在の様にフィールド発動時はヘッドセットが猫耳型に変形しフィールド発生起点の役割を担います」
「……」
これは羞恥プレイを仕掛けられているのかしら、早く降ろして欲しいんだけど。
「このフィールドはですね、一定以上の力、下限は銃火器類から放たれる弾頭、弾丸、エネルギー体としていますが、それらが装備者の半径一メートルの範囲に検出された場合に発動するよう設計されています」
そんな、嬉しそうに語られても……八尋、アンタそっち系だったんだ。
「服の各所に埋め込まれたセンサーが検知する情報とヘッドセットのカメラ機能でAIによる動画解析を実施、本社で試験運転中の量子コンピュータとの常時接続で……すいません、こんな話は今する話では有りませんでしたね……」
イケメンのはにかみ、ご馳走様でございました。自分の好きな事ばっかり話してたのに気付いた、アンタが感じたその気恥ずかしさの十倍以上、私は恥ずかしかったの。私、二十一歳なの。空中に猫耳メイドで浮かんでたの。はぁ……。
「安全に配慮してくれてたのは分かったから別に良いわよ、取り敢えず降ろしてくれる? 良かれと思ってのことだろうし。でもネコ耳推しの奴とは一回話す必要あるけど」
おっ、止まった。フワッと着地。何か常時接続とか言ってたし開発部の人とかその辺のカメラから見てるんでしょ? どれだろ、アレかな? 取り敢えずガン付けてやる。おら。見てんだろうこの野郎。
「場は設けますが、お手柔らかに……大事な社員ですので……」
おうおうおう! アタシは大事じゃないってか? ああん?
……やめとこ、八尋はさっきまで死にかけだったの忘れてた。
「分かったわよ。お手柔らかにするわよ。ちょっとこのヘッドセットつけてメイド服着て貰って、私が感じた恥ずかしさを共有して貰うだけだし」
顔を引き攣らせないでくれませんかね? 私そんなおかしな事言ってる?
「しつこい様ですが何卒、お手柔らかに。では次の話ですが、水嶋さんの様子ですとまだ時間が掛かりそうですね。玄武、良子さんと記憶を共有する、手伝ってくれ」
「応」
そう、その箱。透明な涎とゲロに塗れたそれを持ったまま私に力説していた貴方。気にならないの? 私、すごく気になる。せめて水洗いしない?
「私の事情はあまり面白くもありませんが少しお付き合い頂けますか良子さん?」
「聞こうじゃないの! と言う前に真由美さんの治療状況ってどう?」
さっきの様子なら社内の施設とやらで治療が始まってるころだろうし聞いてみる。
「無事に。自発呼吸も安定し、意識が回復次第、精密検査に移れる様です」
八尋が目配せすると部屋にかかっているモニター画面に真由美さんの状況が表示された。
「良かった、安心出来たわ。それと出来れば話す前にあの繭の説明欲しいんだけど水嶋で良いのよね?」
だって繭だよ? ラスボスとか生まれてきそうなサイズ。四メートル以上ある天井まで届いちゃってるもの。
幅も亀の倍以上。白色なのが唯一の救い。アレで黒かったら、絶対魔王が出てくると思う。
「水嶋さんで間違いありません」
水嶋って何なんだろうね? パンツ覗いたり、首飛ばしたり、顔変形させたり、マシンガンの弾丸止めてみたり。
今は繭になってるけど。私こんなに個性的な人、会った事ないよ。
「そして、貴女の従僕です……今から記憶共有の術式でこれまでの説明が付くよう、私の記憶をお見せします」
便利な技をお持ちですね。仙術ってホント万能よね? 怪我も治せるし。雷も出せるし、今は記憶の共有って、何でもアリかいな。
そういえば何かいま、意味ありげに従僕がどうとか言ってなかった? あっ……始まっちゃった。
箱から何か玉を取り出す八尋。あぁ! 落ちちゃうよ!?
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