二十 〜EIM・遠藤重工〜①
「そういやさ、聞いてないわよね? 行き先」
「具体的には申しておりませんね」
「実家帰るみたいなニュアンスだったじゃん?」
「概ねその通りかと」
なんやかんやで桜花を紹介したり(不本意ながら不発)実家であれこれ聞いたりしてからニヶ月後。秋も深まりそろそろコートの中身も着膨れ出すこの頃。次の仕事ですっ! て来たのは、いいけど……
「何で東京のオフィス街、ど真ん中。高層ビル前にいるの?」
勿論、メイド服でね。もう諦めた。その服を着る事でー……って言われるのもう嫌。心の大事な所が折れそうになる。だから諦めたの。でも八重洲口は辛かった。本当に辛かった。
八尋だってお面付ければ良いのに、私事ですから……って、あのお面、公式行事用とか、ずるいよね。何故に私だけが辱めを受けるのか。何故に八尋はノーネクタイのスーツ姿なのか。
因みに、着いてから着替えるという選択肢は無いそうです。有事の時に着替える暇が有ればいいのですが……だってさ。
「実家と言いますか、代々続く家業が会社になっておりましてその、自社ビルの前ですね」
家業……ふーん。家業ね、何かお金持ちぽっいなと思ったけどさ? ホントにこの高層ビルーー奥にも敷地が見えてるけど何処までが敷地なのか想像したくないーーに用事があって、此処が実家の様なものなのね?
例のさ、また手伝って欲しい事があるっつうからさ、報酬に釣られてノコノコ来たんですけども。
驚くの飽きちゃったから何か呆れてるんだけどね? 程度問題? いやそんなレベルとかの問題じゃ無くデカイわよこのビル? 高層ビルジングよ? しかも自社ビルって言ったわよね? 東京のど真ん中。ハイソサエティーなIT貴族とか一流芸能人とかでも住むには手が届くか分かんないぐらいの地価よね、確かこの辺って。
「実家の家業って何なのさ?」
「明治三年創業の工場、最初は手工業から始まり紡績業に踏み出したと記録が有りますね、今は重工業とケミカル原料、家電等を手掛けております、ご存知かどうかはですが、遠藤重工もしくはEIMが社名ですね」
「……」
コイツ何言ってんのかしら。んな訳ないじゃん。売り上げ規模世界ランキングに入ってる企業だよ? しかも未上場の。確か十兆円超えとか言う、頭の悪い数字の売り上げ高だったような。つくならもうちょいマシな嘘つかないと……
「良子さん?」
「……」
おい。お前。本気で言ってんだな。見掛けと違ってちょくちょく冗談とか言うから今のもおふざけで受け止めたけど。その顔だと本気で言ってんだな?
「何か不味かったでしょうか?」
「不味いとしたらどうする? その証拠に私は今、逃げ出したい」
やべぇ! コイツこんなしれっと! 処理班! ダメ、特大よ。この爆弾は触っちゃダメな奴よ! 社名とか普通さ、ビルの前に何か看板やら何かオブジェに刻んであったりさ? 何かあるでしょうに何にもないから不意打ち食らったわよ!
「黙っていて、すみません……」
謝ってすむと思ってるアンタの脳みそが憎い。
超絶リッチとかそんなレベルじゃ無いじゃん! 家業ってそこの子って事よね……? 株式上場してなくて中身詳しくは分かんないけど社員の福利厚生から何から待遇最高って何かで読んだような? なんかもう憧れの企業殿堂入り! みたいな記事も読んだことあるわね、そういや。就活するのに調べたもの。
確か去年ダメ元でエントリーシート送った……即死だったけど。
そりゃポンっと百万円とか言うわ、あっさり提示されたし。
こりゃ気を引き締めないと、私お金に弱い自覚あるし情け無いけど……このままズルズルこの仕事に頼っちゃいそうよね、割とマジで。
「依頼内容を再確認しても宜しいでしょうか?」
「お金なんかに負けない……! お金は悪く無いんや! 使う奴が汚い使い方するだけや! ……ん? 何?」
「依頼内容を再確認させて下さい」
そんな日本語がわからない人にいうみたいに、丁寧にゆっくり言わなくてもわかりますけどぉ? 無茶苦茶な事言われたから、落ち着こうとしてただけですぅ。
「依頼内容? あれでしょアンタ護衛するんでしょ? 実家帰るのに護衛の意味も分かんないし、既に到着したんじゃ無いの? それとさっき私、帰りたいって言ったのにまるッと無視するのは良くない。早くバイト代ちょうだい」
今日はもう早く帰ってドラマ観ながらゴロゴロしたい。精神的に疲れたの。
「いえ、ここからが本番になります。勿論、完了時にすぐお振込み致します。 依頼条件の変更も有りません、こちらも確認頂けますか?」
えぇー終わりじゃないの? ……真顔やめてよ。しゃあない。
「依頼条件その一! 絶対に殺しちゃダメ! そのニ! なるべく軽症に留めて倒す! その三! 咒式っぽいのに取り憑かれてる人を見かけたら速攻拘束! 以上!」
決まった。一、ニ、三のとこ、一個ずつ指の本数増やしてビシッィィ! っと出来た。
「素晴らしい! 完全にご理解頂けて嬉しい限りです。恐らく良子さん以外では達成出来ない依頼です。ゴールは副社長室になります! それでは! はりきって参りましょう!!」
力強い! 空高く手を掲げ、周囲を鼓舞するその姿! 負けてられないわね。
「レッツゴー!! って……アンタそんなキャラじゃ無いじゃん! 乗せられちゃったけども。相変わらず意味の解らない仕事させるわねホント。今から受付して普通に入ってくのに護衛も何もな……?」
あれ? 何かビルのエントランスーー馬鹿みたいに広いーーから強面のおっちゃん達と普通のおっちゃん達が、十人、十一人か、全力ダッシュでこっち来てんだけど? 普段一緒に居なさそうなのが混じると違和感が……ダメ、ちょっと面白い。あっ、強面連中長めの刃物持ってるわね……ここ東京ど真ん中なんですけど。警察ぅ。守衛さんってどこ行ったのー。
「ねぇ? 八尋。言いたい事だらけだけどさ、まず、ああいうのから守るってならアンタ別に私の力要らなくない? 仙術でチャチャーっと出来るでしょうに」
「確かに、対応は出来ると思いますが、ご覧の様に一般社員の方が無理矢理に参加させられているので、あの柄の良くない方達に人質に利用されるなど万が一がある場合、私だけでは事故を完全に防ぐ自信がありません」
アレ、無理矢理なのね、確かに普通のおっちゃん達は顔が引き攣っておどおどしてるもんね。
「私がいれば大丈夫って?」
「良子さんのお力に縋るしかありません」
「言い方……断り辛くしてるでしょ? あーあ、ほら。また囲まれたわよ。こんなんばっかね、アンタと行動してると」
目を見てはっきり言われると弱いのバレて来てるよね……その手法は多用しないで頂きたい。
「室長! 無駄な抵抗はやめて大人しくついてきて頂けますか!」
おっちゃん達の代表かな? 重要キーワード叫んだわね?
「……室長なの? 何それ面白いんだけど」
「そうですね技術開発部、特殊材質研究室、室長が肩書きになります」
「コーヒー屋さんは?」
「兼業ですね」
「室長兼喫茶店マスターは兼ねれないと思うんだけど……とりま付いてこいって言ってるわよ?」
「付いてはいけませんね、ですので良子さんの出番かと、私は万が一に備えておきます」
はぁぁ……コーヒー屋だけで良いじゃん、ホントややこしい奴ね、八尋のやーわーややこしのやー。
これ絶対まだ何か出てくるわね、この序の口感、まだまだ幕内控えてるんでしょ? どうせ。ほら、ねっとりとした視線を送って上げるわよ……ねぇ何でこんな視線浴びて平気なの? 面の皮厚すぎない?
……水嶋は出て来なくても良いからねー。影揺らしてアピールしても駄目。この手の普通の人と輩の手合いが混じってる状況の経験少ないでしょ? まあ、見てなって。解説付きでやったげるから。
「室長! 言う事を聞いて下さい! そちらのお嬢さんも早く立ち去りなさい! 今なら何も……きゅう」
この推定会社員の人達は優しく、気絶の方向でこのように、両手の指を使って頸動脈を圧迫します。ポイントは目の前から消える様に見えるスピードで背後を取る事です。因みにこの速さを実現している歩法は〈転〉と言います。藤堂無手勝流の基本にして奥義です、普段使い出来るよう頑張って習得しましょう。
さあ意識が無くなりましたね? 力が抜けて膝から崩れ落ちると危ないので、頭に手を添えながら優しく地面に寝かせましょう。さあ、あとは安全地帯へ送りますよ。
磨き上げられた床素材、ツルツルしているので滑りも抜群。カーリングの様に八尋にお届けします。ハイッ! ナイキャッチー。
「どやっ!」
完璧でしょ? 水嶋さん。どうかしら? 美技?……中々良い評価くれるじゃないの。
お読み下さりありがとうございます。




