十九 〜素性と奥義〜
「なあ、姉ちゃん? バンド解散からニ年、全く表舞台に出て来ないから、失踪扱いで殆ど伝説化してる人が何でウチで飯食ってんの?」
「何でだろうねー」
最もな疑問だと思うわ、春樹。でもね? 知らない事にしたい。そうすべきなの。ほら私の顔を見て。うん、駄目だ伝わらないわね。なによ目ぐらい合わせなさいよ。
「我が君にお仕えしておりますので、ご実家に帰られるのに同行させて頂きました」
だからあんたが素直に答えてんじゃねぇって。
「ワガキミ? 母さん、知ってる? あと仕えるってなに? 姉ちゃんに?」
「我が君……位の高い貴族、王への呼称としても用いられるわね。仕えるって言うのは文字通り良子ちゃんに仕えてるのよこの人」
あっ……春樹、思考停止した。おーい春樹くーん? 私も今、面食らってるからちょっと早めに戻って来てくれるとお姉ちゃん嬉しいなー? ほら目の前に手をかざされたりして鬱陶しいでしょ。ほらほら。
「どうしよう。姉ちゃんだからあり得るけどこれは想定外過ぎる」
姉ちゃんだからってどういう事? ちょっと、ちゃんと言いなさいよアンタ今、程よくバカにしたでしょ。
お姉ちゃん分かるんだからね。むきぃぃ! 耳を引っ張ろうとしたのに上手いこと手首掴まれた! 力だけなら負けないってか?! むぎぎぎィィ!
「喧嘩は辞めなさい二人とも。春樹、バイトでもし万が一ぶつかる事があったら、有無を言わさず逃げろって教えた相手の名前覚えるわよね? 言ってご覧なさい?」
「母さん何だよ、突然に? それ姉ちゃんには内緒だって言ってたんじゃねぇの? あっ、待て辞めろ! 馬鹿姉貴!」
隙ありぃ! 方針転換、脇の下。サワサワっとな。何ィィ!? これも防ぐだとぉ!
「もう内緒にしなくても良くなったのよ、早くいってご覧なさいな」
「なんだよもう……えっと、北鬼、西姫、東王、南星、灰塵、鞍馬法眼……んー六人、合ってるでしょ?」
「偉いわ! ちゃんと覚えてたのね。お母さん嬉しいわ。ところでなんだけど、彼、その東王よ」
あっ、また思考停止した。師匠も遊んでるわね。流石に今、ふざけたら怒るから止めとこう。ご飯食べよう。再開、再開。
「そういやバイトって何? 春樹何してんの師匠?」
「どれくらい強くなったか確かめたいって言うから私に来た仕事で大丈夫そうなの少しやらせてみてるのよ。お姉ちゃんに勝てるぐらいが目標だっていうし。なら実践と実戦ってとこ」
「師匠。春樹に危ない事させないでよ。私より強くって、ほっといても後ニ年もすりゃ強くなるでしょ?」
「うーん……どうだろう? 良子ちゃん最近実戦経験積んだでしょ。自分で気付いてないかも知れないけど、また強くなってるわよ?」
実戦経験というか不思議体験の方が割合多かったけど。強くなってるかな? 何というか。
「確かにちょっと強くというか。何か掴めそうな感じしてるわね」
「私との稽古以外で初めて全力出せたんじゃない? 良子ちゃんの癖から呼吸のタイミングから、そもそも教えた私が拳筋分かってるから、稽古じゃあんまり気持ちよく闘えた事なかったでしょ?」
「稽古はそうねぇ……確かに楽しい感じはしないかな。」
師匠強いから勝率二割ないし、それにあくまで稽古だし。確かに楽しいとかはないわね。
「咲夜さんの時は全力だしてはいたけど、気乗りしなかったから……でもあの咒式? アレに遠慮無く全力で打ち込んだ時にまだ先が有るっていうのは気づいたわ」
「その部分は実戦で掴むしかないのよね、相手を打ち倒す感触と間合い、その先にある間隙の一瞬。私とだけ稽古してるとどうしても掴めないから」
「姉ちゃん!」
放心状態からようやく戻ってきたのね、早くご飯食べないと冷めちゃうよ? 皆んな、もうご飯食べ終わるわよ。
「サイン貰っても良い?」
それ後で私が言おうと思ってたヤツ。
「私に聞かなくても水嶋に言いなさいよ、私はそもそもボーカルの〈リトデビちゃん〉推しなんだから……あーっ! 水嶋! 〈リトデビちゃん〉は!? 今も!? 連絡取れんの!?」
何を落ち着いてるのよ私は! 私の女神! ミューズ! かなり太い線よね! ワンチャン会えるんじゃ無いの!?
「可能でございます。というより愚妹如きをご紹介させて頂くなど畏れ多く恐縮でございます」
えっ……? 嘘? 今あの〈リトデビちゃん〉の事、妹みたいに言わなかった? この人……。
〈リトデビちゃん〉よ? あの日本の音楽シーンに颯爽と現れた、現代のメシア兼世紀のファッショニスタよ?
私のジャージ、リトデビちゃんコラボ仕様のオキニなんだけど?
色違いで二十着まとめ買いして、着回してるぐらい好きなのよ? パンツルッキンファッキ○フライングヘッドと兄妹?
「姉ちゃんホントにファンなの? 何で初めて聞いたみたいな顔してびっくりしてんの」
ちゃうねん、見たい物しか見ない癖があってだな。そもそもバンドの世界観だとギターとボーカルは本来ならば敵対関係な間柄を音楽の力で乗り越えてだな……。だからため息つくな。
あー。思い返さなくても結構、雑に扱ってた水嶋の事。そんで今気付いたけど、居間に飾ってあるカレンダー。
おもいっくそ〈Tail at drive〉のファンクラブ会員限定ーー解散後もファンクラブは存続中ーーカレンダーで、今月は水嶋さんがデカデカと収まってるね。
すんごい決めポーズ。これはこれはご親切にどうも。わざわざポスターの横に立って頂いてと。見比べる……までも無く。
うわぁ。本人じゃん。
グラサン普段したままだから顔は分かんないけど背格好とか輪郭、口元、完全にそうだよね。認識しちゃってからだと言い訳出来るレベルじゃないわ、これ。
「違うの聞いて。この人最近、武士みたいな喋り方だし、始めてあった時は……あれ? 良く良く思い返すと契約前後でのキャラ変ありすぎじゃない? 流してたけど」
「ご説明が必要であればさせて頂きます」
先に言おうよ。キミ達ホントそういう所ある。良くない。
「とりあえず教えて?」
「先程、藤堂師より東王と紹介に預かりましたが、それは私に宿る神格の名です、一族の中に何名か神格を宿す者が現れる、そんな一族の生まれでございます。そしてある程度高位の神格を制御する為には別の自身を作り出す必要があるのです」
「別の自身? 二重人格とかいう奴?」
「完全に記憶はありますし制御を離れる事もないので二重人格と言って良いのかは分かりませんが並列思考というものが一番近いかも知れません、愚妹との音楽活動では神格をとにかく抑える方向にしないと一般の方々にかなりの影響が出ますので」
「良く分かんないわね? 春樹分かる?」
「合ってるかどうかは分かんないけど、今は神格をそこまで抑えて無いって事じゃないのかな? 雰囲気が〈miroku〉とは違うから。最初見た時に確信は得れなかったからね、本名言ってくれなかったら流してたかも」
「初めの方はすんごいチャラかったのよ? アレが〈miroku〉の時?」
「左様でございます、お恥ずかしい限りですが以前までの私ですと、神格を抑え込むとあの様な軽薄と言われても仕方のない状態になります」
「神格を抑え込むってのが良く分かんないけど、大変だからあんまり外の事には気を遣える状態には出来ないって事なの?」
「確たる目的も無く、流されるまま、自身を解放する事も出来ず、あの様な醜態を晒して生きて参りました。……お許し頂きたく」
そんな感極まった感で言わなくても。ちょいまて、何故泣くし。わたしじゃないよこれ!
師匠も春樹も何でそんな目で私見るの? それと水嶋。立ったまま無言で涙を流さないで。座って? ね?
「許すも何も……その、神格って奴抑えないと何か大変なんでしょ? 分かったから突然に涙を流さないでよ」
肩さすって上げるからさ。ほら深呼吸。落ち着いてよね。
「水嶋さんのとこの一族ね、何人か知ってるから分かるんだけど。何年か……神格が高位だとお爺ちゃんになるまでの人もいるらしいけど、修行すれば神格を制御するのにそこまで力を割かなくても良くなるわよ? 軽薄と言うよりも制御中はほぼ全開で陽の気を回す必要があるからその影響で柔らかい物腰になる人が多いのよ、良子ちゃんも春樹も経験あるでしょ? 内功ずっと練ったままで居ると気分良いの、それがもっと極端に出るのがこの人達の特徴なのよ」
「それは分かったけど、泣く意味が分からんし……」
私が泣かせたみたいな空気は何ですか。
「使命を得たって言ってるでしょ、彼? 使命って言うのは、宿した神格が真実求めるモノなの」
「だから目的が分かんないって……」
バンド解散二年前だよ? 水嶋と会ったの二ヶ月前だよ? 使命得てから何待ちよ? 時間軸が合わなくて混乱するんだけど。
「我が君をお助けする事が使命であり、私の立てた誓い……!」
誓い……! じゃねえし。二年前から八尋が何か準備してたって事なの? この人のバンド、マジで売れてたよ?
もう伝説。言いたくないけどわたし、解散聞いて泣いたんだから。それが……何で私の影に出たり入ったりしてるの?
「良子ちゃん。その人の事は深く考えないで良いのよ? 本人がやりたいって言って付いて回ってるだけ、そうするのが彼にとって一番なんだから」
「そうはいわれても、何か私の為に相当動いてくれてるっぽいから気が引けるのよね。大体何で私と契約したの? 使命を得たって言われても主語がないから何が? としか」
「勝ったんでしょ東王に。それで自分の影に居場所を作って上げた。契約に至った神格はそれだけで安定するし、制御も楽になるのよ。それだけでも彼は良子ちゃんに感謝してる筈よ。色々他にも大事な理由はあるだろうけど」
「いんや勝ったというか、殴ったら首飛んでったというか」
それについては海より深く反省致しました。
そっか、影に居場所ね。何となく契約の時に受け入れる感じがあったけど……。
「家出たと思ったら外で何してんの姉ちゃん」
だよね。わたしもそう思うよ春樹。何してんのかな。
「まあ勝てないのよ? 普通は」
「いや、一発だったけど」
軽かった。手応え無かったもん。思い出したらイラッときた。
「藤堂無手勝流奥伝の試験覚えてるわよね? 春樹もついこの間、免状出したけど」
「何だっけ? 五年以上前の試験内容なんて覚えてないよ」
「姉ちゃん……何で俺より強いのかマジで分からん、崩震だよ、崩震!」
「それな。知ってるわよ、もう!」
「何故怒るし……」
思い出したわよ。正拳突きの極み! みたいな技。普段使いの技だから名前があるの忘れてたのよ。だから春樹、そんな目で姉を見るのはおよしなさい。
「その崩震だけど、昔は崩神って書いてたのよ、神殺しの為の必要技術その壱って奴なの」
いや、そんな凄い危なそうな技、気軽に教えないで欲しいんですけどー。
見た目ただの正拳突きなんだけど、そんな凄い技?
「俺、未だにすんげぇ集中して全力で撃つのが精一杯だけど、母さんとか姉ちゃんは手加減した上で気軽に撃つもんな……そりゃそんな意外よねー、みたいな顔になるよな……」
あっ拗ねそう、もー春樹、最近何かあったらすぐ自分を卑下するのよね、年頃なのかしらねー。難しいったらありゃしない、お姉ちゃん困っちゃう。
「まあぶっちゃけただの正拳突きなのよね、撃つ時に気を通せるかどうかだけって言う」
ホント師匠の言う通り。そうなのよね、気を通すって言っても、これもまた個人差が大きいからね。
藤堂無手勝流特有の気の巡り〈流転〉を纏ったまま撃ち込むってのが出来ない人が殆どだけど、今の弟子で出来るの私と春樹とあとは誠司兄ぃ?
師匠のお爺ちゃんの花木の爺ちゃんもだ。他にもまだ何人かいるらしいけど私が知ってるのはそれぐらいかな。
「そういや誠司兄ぃは? 最近こっち顔出してる?」
「ちょくちょく来てるわよ。あのねぇ、彼女が出来そうな雰囲気みたいよ?」
師匠ったら嬉しそうに言うんだからー。確かに私達のお兄ちゃんって感じだし、師匠に取っては弟みたいな人だからね。
「今度誠司兄ぃくる時呼んでね。その話、本人からめっちゃ聞きたい」
「勿論呼ぶわ、誠司には相手の人、連れて来てもらおうと思うの」
そりゃ絶対楽しみ! いいね、ジェスチャーで師匠にお返事。おっ。あちらからもいいねを頂きましたよ。
ご飯美味しかったー。水嶋落ち着いた? なら良し。さて。
「師匠の話聞いて全部整理は出来てないけど。これからの事はひとまず保留にする、卒業まで考えたい。それで良い?」
今決める事じゃ無いわね。八尋からも全部話して貰ってないし。水嶋の事も結局良く分かんないし。
「勿論それで良いわよ。良子ちゃんがやりたい事をしてね、春樹も、高校卒業までは本格的な仕事は回さないからそのつもりでね。二人とも卒業時にもう一度聞くからその時までには大まかでも進む道が見えてると良いわね」
お読み下さりありがとうございます。




