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【完結】りょうこちゃん、せきらら。  作者: 山田 詩乃舞
職業:会社員(試用期間)
19/94

十八 〜お風呂〜


「ふふ、ふんふんふん〜♪」


 音痴だから滅多に披露しないのに湯船浸かって鼻歌出ちゃいましたよ。それぐらい実家のお風呂は最高という事ね。


 広い。綺麗。ヒノキ! ブルジョワジー。


 何で家を出ようとしたのかな私? 小さい女ですよ、私は。実家何処って聞かれたら此処なのにね。


 別にお母さんて呼べば良いし、就職出来なけりゃ、家業のお手伝いに収まりゃ良いじゃんね。


「……そう考えれたら、良いんだけどねー」


 お母さんとは呼ぶけどね、今すぐじゃないけど。


 やっぱりさ、ちゃんと自分で独り立ちしてるとこ見てもらいたいのよ私。それが本当の親孝行だと思う。


「良子ちゃ〜ん、着替え置いといたからねー」


「は〜い」


 ……はっ!! これ、コレだから! 此処にいると何にもしなくなるのよ、私という奴は。稽古ぐらいしか能動的に動かないし、今も家に戻ろうかなって考えたもの。


 一人暮らしの友達の家行って愕然としたあの時の気持ちを思い出さないと。このままじゃ、また前みたいに漬物石の如き鈍重な女が一人爆誕してしまう。


 余計な、でも無いけど、考え事してたらのぼせてきちゃった。はぁ。お母さんって呼べずに家出ちゃったのちょっと気まずいなぁ。

 

「母親か……」


 カレーとか唐揚げとか、普通のご飯が出てきて、春樹が産まれて幸せ一杯の家庭だったのに、飛行機事故なんか会うんだよね、これが。大阪から飛行機で北海道旅行。初めての飛行機あんなに楽しみだったのに。


 映画で観たような風景、まさか自分に降り掛かるなんて。乗ってた人は誰も思いもしなかったはず。


 今から落ちると告げてくる異音、混乱と嘆きの金切り声、嗚咽と悲鳴、突き上げてくる揺れと浮遊感。


 気付いた時には機外。目の前には二つに折れた旅客機、奇跡的に無傷な私と春樹。血塗れの父と母は二人が無事なのを確認すると静かに眠った。開いたままの眼を閉じた後の記憶が無い。


 気付けば此処で師匠と暮らしてた。


 師匠はお父さんとお母さんの友達で事故のニュースを見た時、居ても立ってもいられず現場まで駆けつけて私達を見つけてくれた。私達は身寄りが無いからそのまま引き取ってもくれた。


 少しだけ思う。あの事故が無い人生はどんなものかを。


 ——! イカン。どうしようもない事があるのよこの世は。今を生きてるし、良いじゃん、それで。


 ねぇーアクアー。


 お風呂に浮かぶ、つるぷやボディ。


 宣言どおりになったわね、アンタ。お風呂入る時カバンから出てきて形も変わってるから、びっくりしたけど。


 触り心地も良い、凄く良いわよ! ムニっとツヤっと、しかも貴女なんかクリオネライクなフォルムになってるじゃん。好き。


『空も浮ける』 


 空中へとふんわり浮かびだすアクア。

 えっ、すご……。のぼせるわね、上がろっと。


 ◇ ◇ ◇


「水嶋痩せた?」


 具体的に言うと体重が三分の一減った人みたいなやつれかた。


 部屋着ーージャージです。文句あんの?ーーに着替えて居間に来たらもうこうなってた。


 そんなに長風呂じゃないし、四十分もないと思うけど。新手のエクササイズでもそうはならないわよ? 


「いえ……その」


 言い淀み具合。何かあった感が凄い。言ってみ? 


「師匠いじめたんじゃないのー?」


「あら良子ちゃん、人聞きが悪いわよ」


「だって水嶋げっそりしてるから、明らか顔が小さくなってるよ」


「そういう仕様よ、仕様、とっても仲良くなったんだから」


 たしか首吹っ飛んだ後もこんな感じになってた。顔がしおれてた。

 

「水嶋大丈夫なの? 首飛んだりしてない?」


 師匠からは私達と居る時にしか出さない雰囲気が出てるから、仲良くなったのは本当だろうけど。


「何も問題はございません……我が君にお仕えする心構えをご教授頂いただけでございます」


 ……首飛んでないかを聞いて問題ないって、答えになってないよね。会話のキャッチボールをしようよ。そのまま受け取ると首は飛んだけど問題ないって言う良く分からない会話なのよ? 


 それにさ。ご教授頂いたまででございます。キリッ。とか、したつもりだろうけど顔がしぼんでるからただのホラーなのよ。


 ……まあいいや、きっとこれ以上聞いても答えないだろうし。


 切り替えてご飯食べよう、ご飯。


「春樹まだかな?」


 折角だし皆んなで食べたい。ちゃぶ台囲むの好きなんだよね。


「良子ちゃんがお風呂入ってる間に帰って来たわよ、部屋からそろそろ降りてくるでしょ」


 へー、気配抑えるの上手くなったのね、あの子。気の制御が苦手で普段から漏れ出てるせいで近くに居たら直ぐ分かるのに。


 お風呂でリラックスしてたとは言え私に気取られずに帰って来るなんて少しは制御上手くなったんじゃないかな。呼んでみよ。


「春樹〜! ご飯にしようよ〜!」


『うぃー! すぐ行く〜!』


 前言撤回。二階から足音響かせちゃってもう……もうちょっと丁寧に動きなさいよ。気が少し制御出来る様になってきても、体の使いがなってないって後で師匠に怒られるわよ?


「ご令弟は今、おいくつに?」


「十八になったばっかりの、イケメンよ! それはもう学校でファンクラブが出来るレベルのね!」


「姉ちゃんハードル上げすぎ! 何でそんな誰も得しない上げ方すんの?」


 来たわね。謙遜すると嫌味だから受け入れときなって。ファンクラブだって実在してるんだから。あれだけ言ったのにまだ謙遜するかこの弟は。


 高身長ハイスペ顔面アンド勉強だけは得意な頭脳してんだから。常々思うけど、目だけはお父さんに似なくてお母さん譲りのぱっちり二重で良かったよね。私はバッチリお父さんの眼光炯々受け継いでるけど。


 ちょっと癖毛なのも変わらず、今日も元気みたいね。早く座んなさいよご飯食べたい。


「事実よ、事実、私は事実を述べただけよ? ねぇ師匠? 春樹は、早よ座んなさい。頂きまーす」


 合掌。


「そうね、良子ちゃんは正しいわ、頂きます。さあ水嶋さんもお食べになって」


「御相伴に預かります。頂きます」


 テーブルに並べられたご馳走。もう匂いで分かってた。今日は唐揚げ。これ嫌いな人居るのかしら? ほら春樹、ブツクサ言ってないで。食べようよ? 唐揚げ美味しいよ?


「はぁぁ、良くないけどもう良いや……頂きます。そんでそちらの方は? 紹介してよ」


「水嶋六郎と申します、以後よしなにお引き回しの程を」


 水嶋って実は礼儀正しいし、上品なのよね。ちゃんとお箸置いて挨拶してるし。ご飯も頬張る様な真似はせずに春樹に聞かれて直ぐ答えれる様にしてたし。


 パンツマンの時は一体何がどうなってたのやら。

 

『先に紹介した方が良かった』


 影に入ってるアクアから思念。貴女中々鋭い事言うわね。その通りだと思うわ。でもね? 残念だけど唐揚げと水嶋の紹介だと唐揚げが勝ってしまったのよ。


 僅差よ? ただ……魚の煮付けも有るとなると勝負にならなかったの。


「水嶋六郎さん、向井春樹です。よろしくお願いします。……んっ? ちょっと待って、水嶋六郎?」


「どしたん? びっくりして? 知り合い?」


 そんな目を見開く程の事があるの? 忙しい子ね。座ったと思ったら唐揚げにも手を付けずに。


 確かに春樹からすると、知らない人がコートを脱いで、意外とマッシブな肉体を披露しつつ、クロス的なーーこれ何なのよホント。革鎧?ーーなにかを着て正座でご飯食べてるから驚くかもしれないけどさ。


 あんまりジロジロ見ちゃダメよ? その人案外シャイなんだから。


「サングラス取ってくる!!」


「あの子は、もう! えらく焦って……ご飯食べてからで良いでしょうに。お行儀が悪いのが直らないわね、もっと厳しくした方が良いのかしら」


 あーあ、後で師匠に怒られるの確定だよ春樹。部屋に戻ったみたいだけどサングラス? 何に使うのよ。

 

「ところで水嶋、ウチの弟と知り合いなの?」


「いえ、お会いした事はなかったかと……」


 ちゃんと報連相してこないから、私に疑いの目を向けられるのよー。本当は知ってたりしないでしょうね? 


 まあいいけど。とりあえずその魚の煮付け最高よ? 唐揚げと交互に食べるとアガペーを得れるわよ? ほら、はよ食べれ? そうそうそれ、私の目線の先にあるそれよ。 


 箸づかいが綺麗。さては良いとこの人ね。取り敢えず私は味噌汁飲む。美味しい。


 水嶋も美味しそうに食べてる。感極まった顔でお箸を置いた——どうしたの?


「これは……素晴らしい。華のような麗しきお方と思っておりましたが、このようにお料理まで……感服致しました」


 えっ、ちょっと水嶋。それ師匠の事、口説いてない? ちょっま。ちょっとまって。師匠も何でそんな嬉しそうなの!? さっき何があったのよ! 


「あった!! これ、これ! このサングラス!! 掛けてくれませんか!?」


「ちょっと春樹! ご飯中に行儀が悪いわよ!! それに今、もっと大変なのよ!」


「姉ちゃん! 何で気付かないの!」


 気付いてるわよ! このままだと若いお父さんが出来るわよ!?


「これで宜しかったでしょうか?」


 水嶋も素直に従ってサングラス掛けてる場合じゃないでしょ! 何よ、師匠にアピールってか? グラサン掛けてキメ顔とかしたらパンツの話するわよ! ん……あれ?


「嘘っ……〈Tail at drive〉のギターにそっくりじゃん」


「そっくりじゃなくてどう見ても本人だって!!」


 飲み込んだ筈の味噌汁が鼻からちょっとお出ましになられました……嘘でしょ? あり得ないくらい似てるけど……似てるじゃ無くてそのものね。


「でも名前……ギターは〈Miroku〉でしょ?」


「今のご時世でCDコンプするぐらいのファンなのにどうして本名とか知らないの……姉ちゃんホントそういうとこある」


 だって……ファン会報誌の、みんなの意見コーナーでバンドの世界観を守りたいからメンバーの本名とか素性は忘れて楽しもうって書いてあったから……。


「どういう事なの水嶋?」


「春樹殿が仰る様に確かにそう言った活動はしておりました、今はもうしておりませんが……」


 あらー、この人本人なのね。そうなのね。そういう事もなくはない? 偶然なのか、はたまたこれも八尋の差し金なのか。


 取り敢えず味噌汁飲んで落ち着こう。ふぅ。ちょっと手の震えが治った。


「どうして活動辞めたの?」


 味噌汁飲んだら落ち着いたし、もう一回飲んどこう。


「使命を果たす為でございます、偽りの生では無く、身命を賭すべき使命を得ましたので」


「ブーッッ!」


 味噌汁吹いたわ! 使命ってなに? もしかして私との契約の事言ってる? 


「良子ちゃん! お行儀悪いわよ! もう……嫁入り前なのにはしたない」


「ごめんなさい……驚いちゃって、自分で拭くから」


 私は今、混乱してるわね。布巾だと思ってちゃぶ台拭いたけど、これ水嶋のコートだわ。ごめんね後でクリーニング出して返すから……。




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