十七 〜審査〜
りょうこちゃん視点◇→三人称水嶋視点
「あとは、そちらのお方と御霊についてざっくりと教えておくわ」
御霊? アクアの事かな……?
「八尋は何にも教えてくれないのよね」
「そうねぇ。一つはっきり分かってる事だけど。アイツは調停者って言う立場の人間なの。それと言霊って分かる? 言葉には力が宿るって言う事なんだけど、アイツの特性と相まって言ったことが現実になる可能性が強まるのよ」
だから詳細は伏せがちと。最悪のパターンを話すとそうなるかも知れないからとかかな? ……予知じゃんそれ。凄いとか通り越してるんだけど。あの思わせぶりとか思案顔はそれが理由だったのね。
「それはそれで凄いとかしか言いようが無いんだけど」
「実際、凄いのよ? 調停者はその時代で一番強く、かつ世界のほつれやアンバランスな力場、集合思念を調整出来るだけの意思の力が無いとなれないから」
「一番強くて?」
確かにあの雷は凄いけど。師匠は八尋を秒殺だったよね?
「私はアイツより単純には強いけど、バランス調整する意思はないから。それに先祖からの生業は、はっきり言うと神堕としに神殺し。バランスブレイカーそのものだもの。ね? 水嶋さん。今はそう呼んで欲しいのよね?」
東王の件? 詳細希望で。やたら良い響きの名前だったわよ?
「良子ちゃん……こっちのことを教えてこなかったのは私だけど、彼へのその態度を見るに色んな疑問を放棄してるわね。落ち着いて聞いてね? 良い? その人、平たく言うと神様なの」
ふーん。師匠滅多に冗談言わないのに……ゔぇっっ。冗談じゃ無い時の顔ですし。
「ねぇ、水嶋。罰が当たる……当てれる事なんて無いわよね?」
水嶋に振り向きながら聞いてみる。
「信仰心が自身の存在に寄与するカテゴリの神格では無いので神罰などは不要でございます。それよりも、もっとこの下僕めに命令を」
……駄目だコイツ。何にも通じてないわ。サラッと自分が神様だって言ってるし。高位の立場って言うから、鬼とか天狗の親戚カテゴリの人達の偉い人って勝手に思ってだけど。
「神とは何なのか……」
思わず呟いちゃったよね。
「あんまり深く考えずにね。異常な力を持ったわがまま五歳児に対応するぐらいの心構えで良いのよ」
五歳児。その五歳児と一回アイスの当たり棒で揉めた事あるんですよね。私。
だって駄菓子屋のお婆ちゃん目が悪くなって当たりかどうかも分かんないのを良い事に外れの棒で交換しようとするから注意したのよ。
もちろんギャン泣きよ。親御さんがすぐに出てきて注意についてはお礼を言われたのよ。その後の子供への言い聞かせの内容でへこんだの。
悪い事をするとエンマ様に怒られるよ? ほら、怒られたでしょって。五歳児もヘドバンしながら頷いてた。私、エンマ様らしいよ?
「良子ちゃん? また何か思い出してるわね。戻ってきなさーい」
「ーーっはっ! ごめん続けて」
師匠の声で我にかえった。だめだめ忘れよう。
「続きね。八尋、アイツは間違ってもそんなパワーバランスが崩れるような事はしないわね、ただどちらかに偏った状況だと何かと動くんだけど」
だよね、こないだも、何の得も無いのに、ぶっ飛ばされてるもんね。
「さっき言った言霊ね? 良子ちゃんに変な認識与えたりしないようにとか、良子ちゃんがなるべく自分の意思で選ぶように気をつけてるのよ、アイツ、いつも勿体ぶった物言いしたりしてない?」
「してる! いつもどっちが良い? とか提案!って言ってる!」
「多分、全部無駄なんだけどね? 良子ちゃんそんな物に絡め取られるほど安くないから」
流石、師匠分かってる。わたしは安くない。
そして私はいつだって一生懸命に与えられたミッションをこなすべく真面目に取り組んでおります。
「お爺ちゃんも言ってたわね、私の行動が予測出来なくて八尋が苦労してるって、あっ! そだ! 今度咲夜さんと一緒に遊びに来てってお爺ちゃん言ってたよ?」
「寂しがりやねぇ、私と咲夜は子供の事で足が遠くなってたし、そろそろ顔出そうかな?」
大事な事聞くの忘れちゃダメよね。水嶋の話が濃すぎるのよ。全くもう。
「いつ頃あそこにいたの?」
「中、高、大学と鞍馬の山で下宿しながら学校行ってたのよ、八尋は七歳ぐらいの時に山で迷子になってたところを僧正坊が保護して才能あるから鍛えるぞって。その時は私はもうこっちに戻ってたけど。身体操縦は私もちょっと指導したの。それと咲夜も同じく下宿してて同じ学校行ってたのよね、言ってたでしょ私の名前?」
「駄目ですよって言ったら地獄耳も相変わらずだなっ! って」
咲夜さんの話しを師匠にしながらふと過ぎる八尋の顔。……あいつ、師匠と古馴染みもいいとこじゃん。まさかラーメン屋を改装してまで網を張ってた? これは問い詰めないと。
「まだお仕置きが足りないわね、あれだけ締めてまだ言うとは……やっぱり脳みそに綿菓子とか詰まってるんじゃ無いかしら」
「脳筋ぷっりは凄かったよ! すんごいタフだったし冷や汗かいちゃった!」
師匠咲夜さんの話してる時楽しそう。咲夜さんも何だか楽しそうだったもんね。友達なんだね。それと大事なこと聞きたい、これ私も十六年疑問に思いつつも聞けなかった事だし。
「名前の事なんだけど……もしかしてさっきの言葉に力が宿る事に関係してるの?」
「そうね、意味合いは似てるわね。私のは願掛けと誓約だよ、私は名無し、家はあれど名は持たず、名が無い故に、自己は無く、その力は御家が四百年そうした様に他者の為に振われる」
マミー。ごめん。さっぱり分かんない。
「ようは自分の為にこの力は使いませんって表明するのに名無しだよってしてるのよ。過ぎた力を持ってると神様連中がビビってちょっかい出してくるのよね。それ相手にしてると周りの人も巻き込むし無用な敵や争いの元を作るから。何人かいたの、私のご先祖様に名無しの人、何代目とかっていう記録だけの人がいて大体が神殺しを成した人達」
「??」
「この辺の制限とかの感覚はまだ分かんないだろうね、教えて来てないから」
もう少し、あともう少し説明頂けましたら、二割ぐらいは理解が進むかと思いますです。はい。
「名前が無いって言うのは力が半減するんだよ、この世への干渉力っていうのかな?それが、弱まる。」
「??」
「まああとは御霊にでも聞くと言いよ、世界の本質は私なんかよりよっぽど詳しいんだから?というか世界そのものなのよね御霊って」
世界ってこの世界? カバンの中で今寝てるあの子が?
「何にも考えてなくても大丈夫よ?もうそうなるように大っきな流れは出来てたから、いつか何処かで貴女達は出会ってたでしょうし」
水嶋が神様でアクアは世界? ねえ? お腹一杯なんだけど。
「あら? キャパオーバーね、今日はここまでにして久しぶりに泊まって行きなさい。ちっとも帰ってこないんだから。ご飯ちゃんと食べてるの?」
「えーと賄い付きのバイトでして…」
「それは駄目ね? 自炊ちゃんとするからって約束で一人暮らしを許可したのよ?」
はいぃ、私が自炊をサボってましたぁ……だって一人分だけ作るの面倒なんだもの……。
「あうぅ、八尋製賄い塩分控えめで良いかなって……」
言い訳とも言えない言い訳だけど……お? 通じた? 仕方がないわねっていうお顔。
「ちなみに私が八尋に教えたのよ?料理」
あっ! 何かホッとする味って思ってたのよ賄い。ポンと手を打ちながら納得。
「もう。すぐ餌付けされるんだから。私、悲しい」
「ごめん! ホントごめんなさい。ちゃんと自分で自炊します、賄いも控えれる……かな?」
「じとー」
いや、師匠、口で言っても可愛いだけだから、罪悪感を抉ってこないで……見つめちゃいやん。
「お風呂沸かしてあるから入って来なさいな」
「はーい!」
外で一緒の時はそんなに思わないけど、家帰ると完全に私のお母さんよね、ホント。大学入って一人暮らししてからあんまり帰ってないから帰った時の母親モードが凄い。まあそれが嬉しいんだけど。
「貴方はまだ話しがあるから此処に」
「承知致した……」
すごく真面目な顔して「承知」とかいう水嶋。絵面が面白くてからかいたくなるよね。アクアと接続してから影の中じゃなくても水嶋と念話みたいなのができるようになってるから、ちょっとイタズラ。
例えばパンツの話したらマズい? とか考えてみる。
『お許しください』
水嶋が泣きそうな顔をしながらこっちを向く。
嘘よ、言わないってば。
『緊張感が限界でございます』
まあ、大丈夫だって、知らんけど。死なないでしょ、たぶん。
適当に頭の中で答えたら水嶋の目からハイライトが消えた。本当に限界じゃないの。ごめん、ごめんちゃんとフォローしといたげるから。
「師匠、なんだかんだ水嶋が助けてくれてきたから私無事なのよね。だからあんまり虐めないでね?」
「今後の打ち合わせだよ、緊張するのは分かるけどね」
ほら、師匠も呆れ顔だよ。大丈夫だってば。じゃあ後でね。
お風呂! お風呂!
◇ ◇ ◇
「あの娘は私の娘よ、血は繋がってはないけど、否定する奴は私の総てで滅ぼしてあげるわ」
自身にだけ向けられる、焼けた鉄棒を眼前に翳されるかの様な殺気。皮膚に触れれば忽ち肌が焼け落ちるかに感じるこれは、或いは怒気か。
先日見た姿もまた仮初に過ぎず、調停者は程よく手加減されていたと言う事実を改めて知った水嶋六郎は、どうすればこの場を収める事が出来るかを考えていた。
何という殺気か。名を封じて尚これほどとは。我が君を見る時の彼女は聖母が降臨したと見紛う微笑みを絶やさぬのに、今の此れは何だ?
鬼子母神ですらここまでの殺気を放ちはしない。
しかも我が君には気取られぬ様に我にのみ向けてとは、叔父御は負けて当然と言えたのか、我もまた井の蛙であったか。
ピクリとでも起こりーーこの突き付けられる殺意に反応してはいけないーーを出せば塵の如く屠られる未来は想像に難くなく、この場は命だけが残れば最善であろうと彼は結論付けた。
「さっき言った誓紙を入れるのも本当よ。祝福してあげるわ。でもあの娘を推し頂こうとするのは絶対に許さない、それこそ大事な大事な貴方達の御柱様ごと塵も残さず消してあげる」
御柱様……彼らが神として人の世に現界する為の根幹、それを消すと言われてなお、彼には逆らう気が起きてはこず、身じろぎもしない。
彼女が本当にそう思っている事がこの放たれる気から伝わって来る。脅しではない。正しく警告だ。そして優しさでもある。此方がどう出るのか、意思表示をせよと。そう要求されているのだと彼は理解した。
「この身は主の願いを叶え、役立つ為だけに有ります故、ご心配されるような事は起こりませぬ」
「なら新たに誓いなさい、あの娘との契約内容には王佐が入ってるはずよ、私の封印で上書きして王を消す、貴方はあの娘を助けるだけで満足なさい」
彼にとって最も有ってはならない、それだけは許容出来ない類の断定だった。彼は見誤った、命など安い。いや、この神格が滅せられようともそれだけは承諾出来ない。
何故彼女がその事を知っているのか、彼には想像がつかなかった。主が王典をその身に宿している事は契約の時初めて知った事だ。
そしてそれは契約以外では知りようもない筈。何故彼女がそれを知っているのか、彼には確かめる術は無かった。
闘争へ傾こうとする内に渦巻く心を抑えつけ、血を吐くかの様に彼は懇願した。
「出来ませぬ……それだけは出来ませぬ。多くの者が光を失い、彷徨うのです……推し戴きはしませぬ! もう同じ間違いは二度としないと皆で誓ったのですから、神などと崇められても所詮我らは世界に縛られ見捨てられた存在、遠くから眺めるだけで! 見守るだけで良いのです!」
「信用出来ない」
先程を遥かに上回る殺気が彼を襲った。顔を辛うじて上げれるかどうかの圧力。息など出来はしない。もうこの肉の身は総て剥げ落ちて骨だけの存在になっているのでは無いのかと錯覚しそうになるが、更に圧力が強まりそれすらも考えられない。
彼は意識を保つのにやっとという有様に追い込まれた。
「貴方達は人間の枠に収まろうとするけど、無理ね。必ず破綻するわ。何度も見てきたもの。欲求と権能があやふやになって暴走する、その度に誰かが泣く羽目になるの、天に座し、地にも手を伸ばそうなど傲慢でしか無いわ」
「返す言葉もない……しかし!」
玩具を取り上げられた幼児ですらもう少し気の利いた言葉を操り懇願するだろう。だが彼に出来たのは、どうか、どうかそれだけはと、藁をも掴もうと手を前に伸ばし震えるばかり。
「貴方は別の人格を作ってまで権能をコントロールしてるけど、自分は大丈夫だなんて宣ったら、今すぐ此処で塵にしてあげるわ。そうねぇ五百年は顕現出来ない程度にはね」
死が直ぐそこにある。だがそれも良いかと、誇れるでも無い自身の道程が思い出され、彼が覚悟を抱いたその時。
「はぁっ……はぁっ……」
「あら? 貴方、御霊と繋がってるじゃない、それは良いわね。とても良いわよ!」
嘘の様に殺気が霧散し聖母の微笑みを持って語り掛ける彼女を彼は見た。
我が君が先日、契りを結ぶに至った、この世の理御霊。影の中で意見を交わし同じ主を戴く同志との認識だが……繋がっている?
彼は覚えのない自身と御霊の関係に戸惑いを覚えた。彼女の口から独白とも言えない呟きが漏れる。
「八尋もこれを見越してたのかしら? あり得るわね」
何とか声を絞り出し、ただ一つの願いを彼は口にした。
「我が君をお支えする……それのみが我、我らの願い……」
「貴方だけは認めてあげる、ただしその旨は誓紙に書くわよ? 貴方が総て背負うの、あの娘が朽ち果てる時まで見守り助け、されど推し戴かず、約束を違えた時は自死しなさい」
「委細承知……」
元より己で背負うつもりであった。総てとされても問題は無い。何とか息を整え、彼は気負う事も無く答えた。
「それと、御霊は大事にしてあげてね? 貴方達は供物や代償がないと人の願いを叶えないけど、御霊は無償で叶えちゃうんだから。貴方を今のところ信じても良い判断材料は御霊だけなのよ?」
本来であれば認めるに値しない。言外にそう宣言されたに等しいが彼にとって主に仕える事は何よりも優先される。
軽く見られる事など些事でしか無い。今はただ御霊との繋がりがある事に彼は深く感謝した。
繋がりを意識すれば確かに御霊との繋がり、重なりとでも言うべきものが感じられる。主の影に潜む状態ではあまりにも自然な繋がりだったので今まで気付く事が出来なかったようだと彼は考えた。
欲求が無く人の願いを叶える事に力を注ぐ御霊と繋がったので有れば、神としての欲求に抗う事も出来るであろうという事、守ることはさる事ながら主の願いを叶える事により喜びを覚える性質に変質しているとの判断。
そして主の精神性は王という物には納まろう筈も無し。推し戴かずとも、満ち足りるであろう筈。
彼女の判断は概ねそういった内容であろうと当たりをつけた時、彼は整えたつもりの息がまたか細くなっている事に気付き苦笑した。
「八尋にもよく言っておくから、困ったら頼りなさいな、勿論私も出来る限り動くけど……私があんまり動くと煩い奴が多いから」
「御母堂の仰せに従います故、御助力の程、平に」
主がいつか話しておられた振り幅とはこの事か。先程まで自己の存続が危ぶまれていたにも関わらず、己の頬が熱を持っている事に、彼はこれまで抱いた事のない感情が胸に芽生えた事を自覚した。
「今のは点数高いわよ! 良い響きね御母堂って。良いじゃない、意地悪して試してみたけど合格とするわね。もう解いても大丈夫よ」
ーーっ! コレを人間の身で感知出来るとはどういった理屈なのか、皆目見当がつかない。そんな感情が彼の顔に出ていたのか、彼女から種が明かされた。
「貴方の叔父さんの……最後の技だから分かるのよ」
「一度見た技は通じぬとは本当でありましたか」
まことしやかに噂されてきた彼女の業、一度見た技は二度と通じない、彼女と二回闘って生きて帰った者がいない事実からそう噂されてきたがそれが真実であった事を自身の技で彼は証明してしまった。
東王を名乗る者が受け継いできた技とも言えぬ最終手段。魂焔、自己に宿る神格の核を燃料に一時の超越者として顕現する、燃料が尽きれば当然、肉体は死に人間としての生を終える。
燃え尽きた神格は本来存在する位相に移り、力を取り戻す為、長い眠りにつく。力ずくで封印を行使された場合の最後の手段としてその技を準備していた。
使えば散るのみであれば主との契約を上書きされる心配が無いからだ。そしてこれは叔父が最後に使った技という事。
「貴方達にどう伝わったか知らないけどあの人は矜持を持って私に……いえ、聞かなかった事にして頂戴、良い?」
「承知」
神を宿すといえ肉の器である自身がこの世では本体である事を意識する事は人の世を渡る上で重要であり、また他に比べーー一般的な人類のスペックーー総てに優れる特性は驕りを生み易く、自制は今世にしがみつく為に必要不可欠な要素だ。
タガが外れ、本体であった人格が吹き飛んだ同胞の様は何度か見てきたがあの様には成りたく無い。その場で討ち取られず逃走した者の何人かは彼女に滅せられた事も耳にした。
彼女に慈悲を持って滅ぼして貰えたならまだ救いがあろう。
叔父の最後を語ろうとした彼女を見て彼はそう考えた。
「守ってね私の娘。あの人と同じ姿をした貴方が」
「それほど似ているとは言われた事は……」
「誰も言わないのね? ふふっ! 貴方達らしいわね、そっくりよ? まあ強さはまだまだだけど」
笑う彼女を見て水嶋六郎は思う。主と主が大切にする総てを守り続けると。




