十五 〜選択肢〜
一旦、八尋のことは放っておいて伊吹ちゃんのところへ移動する。
師匠のことだから心配はしていないけど、一応、最終確認。
横になる伊吹ちゃんの手首に触れる。脈も安定、気の澱みもない。肌ツヤもずいぶんと良化してる。
「じゃあ伊吹ちゃん。身体はあまり動かしちゃダメだけど、二週間後ぐらいに十分ぐらいの散歩から始めてね。少しずつ身体を慣らして行かないと危ないから」
「私は許されない事をしました。希望さんに何とお詫びすれば」
泣き出す伊吹ちゃん。ウルウルの瞳は生気を取り戻した証拠。泣ける涙が出るなら問題無し。
……そうだ、肝心なの伝えてないや。
「希望ちゃんは私が治したから大丈夫よ」
放心状態かしら? お口パカーンと開けちゃってまあ、可愛らしい。
「良子様!」
いやいやいやいや。手をそんなに握らない、握らない。まだそんなに力入れていいような状態じゃないから。
あと様付けやめて、むず痒い。それと泣くのは我慢。泣くと体力消耗するから、よしよし。
「良子さん、姉弟子にお話しを伺う前に私からお伝えすべき事がございます」
「まだなにがあるの?」
「今回の件で新たに、鬼ヶ崎一族と鞍馬一族が良子さんの後見に加わります」
……一旦整理しよう。結論としては私のバックには人外連合が控える事になった。
うん、これは誰も信じないヨタ話しね。……あっ。
「あのさ? 今更だけどさ。さっき殴り飛ばした人達に謝っておいた方が良い?」
なんか面倒見てくれるって言ってんのに、しゃあなしとはいえ股間吹き飛ばしたしね。現場を疎かにしちゃダメだからね。仲間になるなら背中から刺されたく無いし。
「彼らは刃物を向けたのですから、良子さんから謝罪する必要はありません。会う機会があれば挨拶をする程度で充分です」
「まあそうしろってなら、それで良いけど」
「後見によって生じる利益と不利益についてがお伝えしたい内容になります。まず利益から申し上げます」
「現金収入が増える以外の利益はもう結構よ? 変な知り合いばっかり増えても仕方ないわよ」
「良子さんの就職先の選択肢が増えます」
「?」
大学四回の八月になろうと言うのに何処にもお呼びが掛からない私への当てつけでしょうか……事実は事実として受け止めておりますが何か?
「すみません配慮が足りませんでした……決して揶揄する意図はございません」
今、私は泣きそうな顔してるからね。全敗なのよ? 辛くないわけないでしょうが。……謝ってくれたから許すけど。
「想像してみて下さい、普段彼等は人間と何ら変わりない生活を送っています。それが望みでもあります。自分達の存在が露見するのは宜しくない。そうするためには相応の資金力が必要ですね?」
「お金がいりそうね」
世知辛いよね。人外と言えども世の荒波に揉まれて相応の対価を支払う必要があると。
「鬼ヶ崎一族はスポーツ関連の施設、スクール運営やそこ出身の所属するプロ選手のマネジメントを手掛けています。鞍馬一族は不動産開発で準ゼネコンクラスの規模の会社と関連グループの運営をされています」
とてもきちんとした事業内容と規模で驚き。
「……確かにここ、お金がないと維持できそうにない規模だもんね」
ちゃんと申請しないと不味いと思うような重要文化財みたいな古びた建物沢山あるしね。
鬼ヶ崎さんとこがスポーツ関連って言うのは蕎麦のイメージが強すぎて良く分かんないけど。
「良子さんはこれらの企業にほぼ無条件で就職が可能です」
お耳を拝借? あまり企業名を大きな声では言いにくいから? ふんふん、ありゃま、そんな会社も? そこも? うーん魅力的。だけど。
「今回みたいな仕事を受ける事が日常になりそうね?」
私、知ってるの。もしそこに就職したとしても、企画書良かったよ向井君。とか、得意先が君を指名してるよ! とか、次の会議の進行は任せても良いかな? なんて事は一切期待されてないことを。
私の憧れは言わずもがなそっちなんですけどね? インターンでもリーダーさせて貰ったり、内々定みたいな話も一瞬出たし。
もう指が掛かってた筈なのよね。何が駄目か本当に分かんない。それ以降は面接にすら進まないし……はぁ。
「それが不利益の部分に相当します。鬼ヶ崎か鞍馬どちらかの立場に立つ事になります。まあ今回のような仕事は滅多に無いと思いますが、戦力としては確実にカウントされますね」
やだなー。何かやだ。
「師匠はね、私を手元に置いときたいみたいなの。でも私は就職して世の中色々見たりしてみたいのよ」
「藤堂流を継ぐ気は無いと?」
「知ってるでしょ。師匠の正業、町の漢方薬局」
いざなろうにも薬剤師の免許とってから漢方の方も居るし。大学は薬科大じゃ無いし、入り直すの地頭的に無理だろうし。
何かそんな人間が後継です、という未来があんまり見えない訳です。
「存じております、何度かお世話になった事も」
「弟が勉強も出来るし、後二年もすれば私より強くなる素質もある。後継はやっぱり薬局含めて弟が良いと思うの」
それにこのまま師匠頼みの生活もできないし。やっぱり自立したいしね。
「真剣に考えてんのよ? 自分の将来。そうは見えないでしょうけど」
「ご立派です、では私からは一つ提案を」
あっ、提案来たよこれ。
「聞くだけ聞くわ……」
「この仕事を生業にされることを一考されては?」
「うーん、えらくストレートね?」
「今決める必要もありませんし、姉弟子とお話しされる時に頭の片隅にでも。姉弟子のお話も恐らくそちらの要素が濃いと思いますよ? 就職についてもまだ諦める時間ではありませんでしょうし」
今回はえらく普通の提案というか。
ふっつーのお悩み相談回答ね? 独立して個人で仕事するのって少し憧れあるけど。
でもさ。職業を聞かれて(遠くを見ながら)闇払いって言いたく無いんですけど?
……ここの人達が八尋見ながら言うのよ。「闇払い」とか「継承者」とか、あと「調停者」とかも言ってるわね。さっきからすごく気になる訳ですよ。
闇払いとか。私がそれでいじられたら血の雨を降らせるかも知れない。
ところでお面いつまでつけてんの? ここにいる間はずっと? ホントは仕事中は付ける? 咲夜さんは知り合いだし? あっそう。
「まだ時間はあります、じっくりとお考えになればと思います」
◇ ◇ ◇
ここまでの記憶でしたー。
「てな感じの事があったのよ! 桜花!」
わたしが黒い球体から飛び出したとんでもないタイミングで通りがかった桜花を捕まえて出来事を説明。
「アンタは人がその話しを聞いて信じるかどうか考えるプロセスがまるっぽ抜けてるわよ! どこからどこを信じればいいの」
「黒い球体から出て来た私を見かけて、慌てて駆け寄ったんでしょ?」
「だとしてもよ! そもそも大丈夫なのアンタ?」
「至って快調よ? すんごい元気!」
「ちょっと頭がぐるぐるしてきた」
困惑顔がとってもセクシー。私の肩ぐらいに目線が来てる感じもグッド。抱きしめても良いかしら。
「アンタと友達してる自分が信じられない。伝わって欲しい。私のこの気持ち」
ため息混じりに桜花が呟く。それにしても。
やっばり、超常現象見てもあんまり驚いてないわね。わたしだけが知らなかったかー。桜花はそっち側だったのね。他は誰かそっち側とかないかな?
——あっ! 思い出した。そういや水嶋どうなったの? アイツ影の中よ。
『大丈夫』
アクアから力強いお返事。
『友達が来たから遠慮してる』
あらそう。水嶋とアクアでやりとり出来んのね。どうやってんの? ……あら、映像が脳裏に。ちょっ! ちょっ、あんまり一気に流し込まれると頭が裂ける! ゆっくりゆっくり!
映像終了。なるほど、さっぱり分からん。
アクアはそういやどこにいるのよ?
『鞄の中。ホントは肩に乗りたいけど、その次に居心地が良いから』
まあ肩の件については師匠に話を聞いた後で話しましょ。
「ちょっと良子! 聞いてんの? いい加減離してよ」
「聞いてるわよ、そんな大声で言わなくても良いじゃない」
抱きしめてたら抗議。
「絶対聞いて無かったわよ今の。身体はなんともなさそうだからとりあえずは良いけど……」
「それよりさ! 紹介したい奴いるんだけど?」
「男?」
「男よ。そりゃもう男ね。間違いない」
ところで、その服どこで買ったの? 際どさと可愛さのギリギリラインで男子受け凄そう。ジャージが普段着でメイド服がデフォに移行しつつある私にそれを寸評する権利は微塵も無いけど。
大学は流石に私服。上下ジャージだけど……。
しゃあないやん、あんまり服にお金掛けれないの。師匠は私の服を一杯買おうとするけど、そこまでお世話になれないじゃん? それにオシャレな服は何かあった時にいろいろと盛大に破けるのよ。
それに比べてジャージは丈夫。ちょっと汚れてもスポーツかな? で済むし。
……破るような動きを控えれば良いというご指摘が飛んできそうだけど、それについては黙秘で。
そういえばあのメイド服本当に丈夫よね。破れたりほつれたりしないもん。
「いつ?」
「明日かな? 今日は師匠とこに今から行って多分泊まりだし、明日大学の講義、私も桜花も午前だけだし、一緒に行ってお昼食べに来れば良いんじゃない?」
「はあ……分かったわよ、明日ね。離してちょうだい」
えー。もうちょっと、ぎゅっとしたいのに。何か納得いってない顔していっちゃった。
まっ、いっか。
一章 終了でございます。
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