十四 〜雷龍と精霊〜
わたしの流し込んだ気から逃げるようにドロドロは背中に集まってる。ここから肩口へ抜いてやればっ。
「ほらっ! 出てきなさいっ!」
トドメとばかりに勢い良く気を流し込むと伊吹ちゃんの肩口から黒いモヤモヤが噴き出す。
……デカイ。ごめん、これちょっと家壊れるかもぐらいにデカい。見上げるぐらい大きいモヤモヤ!
形が出来てきた。さっき感じた通り蛇だけど十畳ぐらいの和室に収まり切らない大蛇って恐ろしいわね。
でも予めこんぐらいのサイズと予想して、出て来たら外にかっ飛ばすと決めてんだからこっちは。
しゃがみ込んで力溜める。もう止めらんないし。障子は突き破るものという事で、先謝っとく。すみませーん!
「おりゃぁぁぁ! 横滑りドロップキックゥ!」
全力で踏み切り。真横に飛びながら両足で蹴り抜けば、足先の手応えバッチリ。咲夜さんの技かっこよかったから真似してみた。
障子から何から雨戸も縁側も派手に吹っ飛んじゃったけど伊吹ちゃんが居るとこは無事! という事で百点!
「八尋! どうする!? ダメージは見た目ほど入ってないからアイツ、ピンピンしてるよ!」
お堂から飛び出し地面にのたくる大蛇を指差しながら八尋に確認。
「今回は準備済みですので、少し下がったところでご覧下さい」
準備済みとは、用意がいいわね。お手並み拝見と行こうじゃないの。
「唵!」
キタキタっ! 八尋が取り出した独鈷が周りに浮いた。青と黒の雷撃エフェクト、眼から血は出して無いし、無理はしてないのね。これまで見た感じで言うと黒いのだけだと身体の負担が大きいのかな?
青色エフェクト混じってると、外に力が向いてる印象。黒一色の時は何だが周りの空気と一緒に自分も呑み込む様な様相だったもんね。
おっ? こう印を結んで捻って、前に出して、後ろ足引いて開手からの手をかざして、なんか出しそう!
「定命より請う。解! 北辰! 浄雷之弍!!」
ちょっと待って。眩しっ、すんごい眩しい。先に言おうよ、こういうのは。
ええぇぇー。龍出てる、龍。龍って手から出せるの? 日本絵画フォルムの龍がバリバリバリバリってそりゃ反則じゃない? バリバリしたのは雷かしら。なんなのそれ。
あっ龍が蛇を見つけたっぽい。目が獲物を捉えたもの。ほら喰らい付いた。……その龍、自発行動タイプなのね。技というか檻から化け物放ったみたいね。
「クッギャァ××△◯卍€!!」
……あんなのに咬みつかれたらそりゃそんな声出るでしょうね。ご愁傷様。
それにしても八尋むっちゃ強いじゃん! 準備したらこの規模の攻撃出来るって。——あっ、龍が蛇を咥えたまま空に上昇していく。
「滅!」
八尋の掛け声で龍と咒式が大爆発。玉屋ー。花火みたい。いやいやいや。ちょっと待て。
……あんた、これはぽかーんよ? なにしてんの?
爆発した中央部から宝石みたいなキラキラした青色の物体が地面に落ちてきた。
なにかしら? すんごい気になる。とりあえず拾っとこ。
「終わり? もう大丈夫?」
青色物体を拾い上げて八尋にきいてみる。
「終わりました、封じられていた神体も無事です」
「神体? もしかしてこの青色?」
「そうです、今、お拾いなった物がそうです」
手のひらサイズの綺麗な石。妙に手に馴染むわね。
「ところで咲夜さんとの闘いとかお爺ちゃんの件とかあんまりにも説明不足が過ぎるわよ。そもそも水嶋が影の中にずっと収まってるのはこれ如何に」
「ご無事である事は保証出来ます、私の命を掛けても良いです、水嶋さんも同じお気持ちです」
「師匠も怒ってるし……それにそんな命掛けるとか卑怯よ。何も言えないじゃん」
「今はまだ総てお話ししても理解頂け無いのです。良子さんへの姉弟子からのお話も遅かれ早かれ必ずある事でした。早めた事は否定しませんが……」
姉弟子……私よりよっぽど説明しないといけない人がいたわね。そっち見て話した方が良いと思う。
「その件は今からじっくり話そうか? 八尋」
怖っ……。八尋君あのね? その人私より強いの。それと敵には容赦しないのよね。だから率直に言うと、直ぐに逃げた方が良いと思うよ?
「姉弟子……」
「僧正坊の弟子は貴方だけよ八尋? そう呼ばれるのは光栄だけど。継承者、調停者としての立場で良子ちゃんを巻き込んでるなら、私がどうするか分からない貴方じゃないでしょ?」
私の師匠ってホント綺麗よね。凛としててさ。背も高いしグラビアアイドル出来るスタイルだし。肌もキレイでお顔まで整ってらっしゃる。
化粧品売り場のポスターと並べるのよ? 幾ら撮り方が良いと言っても、それに並べて遜色無いって凄くない?
それに師匠が好んで着ているこの服。友達から貰ったとかで、唐装漢服ってやつ。自然に着こなしちゃうもの。コスプレ感なし。
商店街に買い物来る時道行く人たちみんな釘付けだもんね。年齢知ったらビビると思う。言わないけど。
「貴方が本気で隠すつもりならもう少し私に露見するのは、後だったかもでしょうけどね。良子ちゃんをコントロール出来る筈ないでしょうに」
「良子さんについて受けていた報告は実態とは大きく違いましたし、私が事態を企図した訳でもありません。そして仰る通り、私如きが良子さんをコントロールするだなんて事はあり得ません。私はお願いして提案するだけです」
「テメェ!! アタシがそれで納得するとでも思ってんのか!! あぁぁん?!」
師匠の姿がブレる。それと同時に、お肉をしっかりした土台に置いて、肉叩きでおもいっくそ、どついた時の音と破裂音が数回鳴り響く。語彙力ゼロで表現するけど、めっちゃ痛そう。
師匠爆ギレの巻。この落差がたまんないのよね、怒って柄悪い時もすんごい素敵。私と弟絡むと豹変するし見境いないのよね、普段は聖母の様な人なんだけど。
ここで抱く感想としては間違ってるけど、連撃はああやって繋げると綺麗に決まるのね。人の見ると勉強になるわー。
相変わらず初動が見えない師匠の拳打。あれ、当たってから避けるしか無いのよね。ちょっと何いってるかわかんないだろうけど。
見る勇気が湧かないけど死なれちゃ困るし……そろーり、覗き見。
うっわえっぐ。顔半分無くなってない? 鼻血どころか前歯飛んでるー。息はしてるし一安心で良いのかなこれ?
「十秒待ってやるから、テメェで治しな。お得意の仙術でね」
助け舟出しとこ。
「師匠ー。伊吹ちゃんはどう?」
「大丈夫よ、増強剤が効いたから明日は水ぐらいは飲めるようになるわ」
さすがのお早いお仕事ぶり。
「ありがと。それとその色黒の人のことなんだけど。師匠が怒ってるのはわかるけど、許してあげてくれないかな?」
私は別に嫌々手伝ってる訳じゃないし。何か楽しいのよね。ウェイトレスも、この人助けみたいなのも。上手く伝わる自信は無いけどそんな気持ちを込めて助命嘆願。
「許す? うーん……そうね、この阿呆が何を見透かして動いてるかはまだ見切れてないけど。そろそろ良子ちゃんにちゃんと話さないとダメな時期なのは確かね」
「私、知らない事ばっかりでビックリする事が最近多いけど。師匠が私をどんな事があっても大丈夫なように鍛えて見守ってくれてるの知ってるから、だから……」
その先は分かったと言うように頭に優しい掌が載る、小さい頃こうしてくれるのが嬉しかった記憶がある。今でも嬉しいけど。
「良いの?」
「さっきも言ったけど、元々話すつもりだったの。就職を諦めるぐらいの……就活が終わる時期あたり。踏ん切りもついて色々受け入れやすいだろうから」
「えーと、就職は諦めたりはしてないんですが……」
絞り出す様に言いましたけども。結構本気で言ってますけども。その顔はオススメしないって言ってらっしゃる。皆んな同じ事言うけど、まだ分からんって。どっかは受かる……はず。
「八尋! もう身体治ったでしょ! さっさっと起きて後始末しな。私は用事も済んだし引き揚げるから。報酬はいつもの手筈でね。……良子ちゃん後で、いつでも良いから家に戻ってらっしゃい。そこで話すから」
「師匠ありがとう。帰ったら顔出すね」
「それじゃあね」
わたしの頭をひとなでして背中を向ける師匠。まばたきの間に遠くなる姿。あーやっぱり走って帰るのね。
行きはヘリだったけど、師匠は何故かは知らないけど、走るの好きなのよね。
もう見えないし、山の中突っ込んでいったし。いや、確かに直線距離に勝るものは無いけどさ。
あの走り方っていうか移動法はウチの流派特有のやつで型の一つでもあるんだけど、あんなふうに見えてるのね。
腰から下がブレて漫画のダッシュしてる人みたい。やっぱり人目があるところで、あの型を使うの控えないと。
「良子さん、ありがとございました」
小さくなっていく師匠の姿を見ていると八尋からお礼の言葉。
「師匠あんなにキレてんの久々見たから焦ったわよ」
てかアンタ、顔面陥没から立ち直るの早いわね。何よじっと私の手元見て。
「手にお持ちの御神体ですが良子さんに、所有権がございます」
「所有権?」
「今回の本来の報酬ですね、売るも良し、飾るも良し」
これ価値あんの? 妙に気になる綺麗さだけど。
「精霊信仰によってこの世に顕現した神体です。願いの象の中に封印されていたようですね。今回晴れて日の目を見たというところです」
精霊? 神体? なんぞそれ。
うーん……出来ればこういう使い途の分からんものより最中の箱に入った山吹色とかの方が好きなんだけど、八尋さんや。
それに、アナタ持っとけば? みたいに言われると裏しか感じないのよね。
「何か私が持ってなきゃ行けない感じなのを、黙ってるとかない?」
「その類いのアイテム所有者は何故か、その神体、石であったり木像や石像、鐘、仏具、或いは武具など形は様々ですが、惹かれるんです」
「惹かれる?」
「あの爆発の中で真っ先に見つけたでしょう? 私は良子さんが手に取るまでどこに行ったか分かりませんでしたから」
確かに無意識で手に取ってたし爆発の瞬間から落ちてくるとこ見えてたしね。光り方とか不思議な青色の色合いとか確かに気になるけど。
まあくれるっつうなら貰うけど。ちょっと不思議な触感で気持ちいいのよこれ。
「貰っとくけど、気をつける事はないのね?」
「持ってるだけでお守りになりますよ」
持ってるだけでお守りって……何か良い鞄でも買ってそれに入れて持ち歩こうかしら。
「そういや、ここの人達のゴタゴタはこれで解決で良いのよね?」
「丹波さんに取り憑いた咒式を取り除けたのは望外でした。彼を支援されていた有力者の方々も里の事を思えばの事ですから」
詳しく聞くと丹波さんは、里のお役目様という立場だそうで。長の意見も差し戻せるぐらいの権力をお持ちだそう。それに見合うだけの実務能力も備えてる。そんな人が取り憑かれてたと。確かに不味かったわね。
「お仕事完了?」
「完了です。次郎坊さんも今回の件で次代の長として充分な評価を得た様ですから。希望さんの輿入れにも問題はありません」
「そりゃ良かった。って言うか、師匠が三人潰したって言ってたけど外にいたの武蔵坊さんに丹波さんに次郎坊さんに八尋でしょ? 一人無事だったってこと?」
「次郎坊さんだけは姉弟子の初撃に反応出来たので無事ですね」
「凄いじゃん! 私があれに反応出来るようになるまで二年かかったよ!? 初見とか! 天才じゃん!」
「仙術の適正さえ有れば次郎坊さんが継承者であった事は間違いありません。姉弟子の強さは知れ渡って居ますので長に相応しい箔がつきましたね。というか姉弟子はそのあたり見越して居られた様子でした」
丹波さん復活した辺りからみんな遠巻きにだけど見守ってたもんね。ギャラリーの前で師匠の拳打を捌いたとなればそりゃ凄いってなもんなのね。いやどんだけだよ、ウチの師匠。
「最良の形で事態は収まりました、良子さんのおかげです」
あっ……コイツ。なんだかいろいろ有耶無耶にしようとしてる。その笑顔、そろそろ手口も掴んできたから分かって来たわよ。
ダンプカーと闘わされて、刃物向けられて、いや、まあ無事だし、今回は手を打っても良いけど、何か悔しい。何故にそのスマイルなのか。無駄に爽やかなのが、よりムカつく。
「良子さん、姉弟子の件、引いては貴女の事を事前に知っていながら説明せず引き込んでしまいました事、改めて謝罪致します」
本当に今更な事、言い出してきたわね。最初からそのつもりだったんでしょうに。ほらほら全部吐いてご覧。
「初めは叔父に頼まれたついでに様子を見守るだけのつもりでしたが……叔父は此方とは関わりが殆ど無い方ですが、感の鋭い方ですので、こうなる事を何処か予感していた様に思います。まさか此処までとは思いませんでしたが」
「何が此処までなのよ! 何が!」
「己が非才を嘆くばかりです……」
「アンタ、お爺ちゃんの真似してるなら辞めた方がいいよ? ホントムカつくんだからそれ」
「善処致します」
これ絶対直さないやつだし。




