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十二 〜外法咒式 二〜

 


「ゲホッ、ゲホッ! 今言っておる、伊吹を治せるというのは本当か!」


 武蔵坊氏起動。娘の為なら身体ボロボロでも起き上がるのが父親よね。


「我は何を……ハッ!? 兄者!」


 丹波氏も起動っと。


「丹波さんには、伊吹さんとは別の咒式が取り憑いていました。こちらの向井良子さんに取り除いて頂いたのですよ」


 いやーそれほどでも。そんなに褒めたら照れちゃう。


「おおっ、この様な可憐な女子が救うてくれたのか! あれほど次郎坊を憎いと思うておったあの気持ちは。……ありえぬ、次代の長にそのような。これほど耄碌しておったとは。わしは謀られておった、済まぬ! 済まぬ! 兄者!」


 熱い兄弟の抱擁。おっさんの放つ熱気。正気に戻っても丹波さんはあんな感じなのね。


「構わぬ。次郎坊は見抜いておったようじゃ。それに、この者の面に見覚えがあるじゃろう」


「継承面! そうであったかそんな事も分からなくなるほどに、おかしくされておったのか……」


 八尋を見ながら泣き出す丹波さん。ハンカチいる? 


「それで肝心の伊吹さんはどこに? 治せるか診ますけど」


 丹波さんにハンカチを渡しながら武蔵坊さんに聞いてみる。


「すぐに案内しましょう。その前に……向井様。此度の事、御礼申し上げる。丹波、お前からも礼を」


「感謝しても仕切れませぬ。厚く、厚く御礼申し上げる」


 これでもかというぐらいに厳つい巨漢二人に、深々とお辞儀されるメイド服の女。……自分でも分かってるけど、ヤバい絵面ね。


「伊吹さんを治せるかどうかまだ分かんないしお礼には早いですよ?」


「いえ、既に我らは救って頂きました。信じております」


 ありゃりゃ敬語始まる。辞めて欲しいんだけどなぁ。ハードル上げないでよ、治せなかったらどうすんのよ。


「……ひとまずは案内お願いします」


「ではあちらに見える母屋まで御足労願えますでしょうか、伊吹はそちらで臥せっております故」


 あちらに見えるといわれて歩き出してはや五分。ここの敷地広すぎる。道の砂利も綺麗、見えるところは全部手入れが行き届いてる。人手掛かりそう。重要文化財の寺院みたいな建物もボゴボコあったし……。


 で。着いた先は母家というよりお堂ねこれ。

 

 あーあ。……もう見た目でヤバいんだけど。

 

 辺り一面空気の密度は濃く、重く。粘ついた気配が肌に届くぐらいに撒き散らされてる。希望ちゃんのはモヤモヤって感じだけど。こっちのはドロドロ。


 黒い害意とでも言おうかしら。お堂に入る階段からすぐ先の部屋で伊吹ちゃんが寝てるらしいけど、この距離でこの気配。……まだ十メートルは離れてるのに感じられるのよ?


「すんごい雰囲気ネバネバしてるし。ヤバさマックス! って感じ……急いだ方が良さそうね」


 お堂に向かって進みだす。ん? 気配。


「伊吹は助かるでしょうか?」


 随分と苦味ばしった良い男がお堂の横手から登場。


 意志の強さを感じる鋭い顔付き。背も高くて頼り甲斐ありそう。細マッチョ感がそこにプラス。結論、超イケメン。


 そして重心が一切ぶれない足運び。間違い無く強い。例の次郎坊さんって人かな?


「次郎坊さん、約束通り解決手段をお持ちの方をお連れしました。此方がその向井良子さんです。希望さんはもう向井さんが治癒されておられますので次は伊吹さんを」


「八尋……難しい依頼をしてしまったな。済まない、本当に助かった。それと向井様、希望の治療をありがとうございました。伊吹の治療も受けて下さると聞いております。何卒……」


 希望ちゃん良い趣味してるじゃん、礼儀正しいし、こりゃ格好良いわ。……あれ? 八尋を見る時なんでか悲しそうなの? ほんのちょっとだけど。


 まあ今聞くことじゃないし、それは置いとこ。


「流石にあれだけドロドロしたのは経験ないので、まず触ってみてからどう出来るか確かめないとですけど」


「伊吹に取り憑いた咒式は高名な術師でも、手も足も出ず、逆に取り殺されそうになる始末……無理は承知でお願い申し上げます」


 そんな静かに首肯して期待感抑えながら言われると返事が詰まっちゃう。人の命が掛かってるから駄目だったらとは考えたくないけど、脇汗じんわり。


「頑張ります……」


 気弱な声で返事しちゃった。——ええぃ! 女は度胸じゃい。やる気と勢いに任せて、お堂に突入。


 障子重っ。指かけてみたけどこの重さは何なの? 少しずつ障子が開いた先から漏れ出る、粘っこい空気が不快感を加速させるわね。いきなり入ったらびっくりさせるかもだし、ますば挨拶っと。


 障子ちょい()けー。


「伊吹ちゃーん。初めまして〜、スペシャルマッサージはいかが〜?」


 まずは安心して貰わないと。暗い雰囲気じゃ治るものも治らないしね。これ、師匠の受け売りだけど。明るく楽しく元気に治療。


 それでは、障子全部開けてと。


「どなた様で有られましょうか……」


 ……いかん、死ぬ。


 一歩手前じゃ無くて死ぬ。死ぬって。遊んでる場合じゃないわ、こりゃ。急げ、急げ急げ!


「ちょっと失礼、今から貴女の身体を治すから、初めて会うけど私を信じて任せてくれる? 服脱がせるわよ?」


 伊吹ちゃん……耐えてるのね。死の気配がここまで形を持つ程の呪い。希望さんに憑いてた咒式と同じ匂い。目を閉じると一層強く感じる。


 人間の命脈というべき場所。心臓とその周辺に食い込んで、命を食い散らかしてる。黒ずんだ皮膚に窪んだ眼窩、抜け落ちた頭髪……。


「背中向けてね、そうそう、呼吸が苦しい時はすぐ言ってね?」


 希望ちゃんの時とは難易度段違いね。希望ちゃんは咲夜さんの血が濃いって言ってたし、それで症状を抑え込めてたのね……鬼って凄い。


 これは、本気も本気で気を通す必要がある。久しぶりだし不安だけど、まずは背中から触診で……良し、見つけた。時間がないからすぐ始める。


 殆ど経絡が閉じちゃってるけど……ここ、心臓の裏、掌を当てて、私の中で練った気を掌から刺す。刺したところからパイプを押し込むイメージで経絡を広げるっ! 


「力を抜いてね、痛くないから」


 よしよし、いい感じに経絡が開いてきた。そう、起きて起きて、騙されてちゃ駄目。貴女の身体は生きたがってるんだから。


「なんだか身体が暖かくなってきました……お姉さんは女神様ですか? 私はもう死ぬから迎えに来てくれたんですか?」


「神様じゃないわ、向井良子って言うの宜しくね。貴女は死なない、大丈夫よ。必ず助けるから」


 経絡がまた閉じようとしてくる。駄目よ。生きたい気持ちを強く持ってちょうだい。


「罰が当たったんです。次郎坊様と希望様の幸せを願ったつもりが私の心の奥の本当の気持ちがあんなに汚れていたから」


 これは……希望ちゃんもお願いするわけだ。この娘が犠牲になるのは見過ごせないわ。


「心が全部綺麗な人なんて居ないわよ? その時その時に思った事なんかいちいち責任なんて持てないんだから」


「わたし、謝りたいんです」


「じゃあ、まずは元気にならなくちゃ」


 良いわよ、小さな頷きだけどその気持ちが大事なの。……よし経絡の動きが強くなってきた。出来れば身体の気の流れ感じてくれると捗るんだけど。


 にしても困ったわね。このネバネバを一気に追い出すのはやれない事はないけれど、終わった後に即効性のある増強剤が無いと身体持たない。


 かといってゆっくりやってても終わるまで伊吹ちゃんが持つかも分からない。


 最終兵器投入ね。スポンサーに聞いてみようかな。


「八尋! ここの人達お金持ちよね? 二百万円用意出来るか聞いてくんない?」

  

 増強剤のお値段ね。命が助かる値段としては格安だと思うけど、人助けでお金取るイメージが良くないのは何でだろうね。


 増強剤の材料、人が踏み込めるとこじゃ無いうえに希少で見つけにくいし採取に関わる人件費が恐ろしいから、正直赤字だけど。

 

「可能だそうです」


 即答ね。


「即金でよ?」


「それも問題ないそうです」


「師匠を呼ぶわ。知ってるでしょ?」


「!!」


 障子越しでも伝わるぐらいに驚いてるわね。


「お呼び出来る条件は整っていないかと思いますが……」


「弟子のお願いは聞いてくれるわよ? ここの住所教えて?」


「△△△ー◇◇◇ーです」


 スマホを取り出し師匠に住所をメール。それと電話。


 伊達に十五年以上弟子やってないのよ。お母さんって呼ばないとおかしいぐらいには私の母親だしね。恥ずかしくて呼べてないけど。


 そんなことを考えながら呼び出し音の四回目。


『もしもし良子ちゃん? 珍しい時間ね? 体調でも悪いの?』


「あっ師匠。 ありがとう、私は全然元気。ご飯どきにごめんね、ちょっと相談があって。さっきメールで住所送ったんだけど、今から来れたりする?」


『行けるよ? 誰か死にそう?』


 わたしの声のトーンだけで事態を何となく把握している師匠。


「さすが師匠。それで容体だけど、女の子十代後半、経絡がめちゃくちゃで内臓不全も何箇所か。いま一箇所だけ経絡繋げて起こしたところ」


『そりゃまずい、急がないと死んじゃうね。分かった。薬準備してそっち向かうよ。報酬は準備出来てる? 無いなら良子ちゃんと私の養子縁組で手を打ったげる』


「ところがどっこい、用意出来ちゃったんだな、これが。それと……すでに娘のつもりではいるので……ごにょごょ」


『良いのよ、反応が可愛くて定期的に聞きたくなるからついいっちゃうのよ。真面目な話はまた今度。それにしても、良子ちゃんは自分以外の事でならお金準備するの得意ね。ところで就職活動どう?』


 最後のそれは聞かないでマミー。


「はぁ、まあ……就職の事は言わないで頂けると助かります、はい」


『やりたい事見つかるまで家業手伝ってくれても良いんだからあまり無理しちゃ駄目よ? 何でそこに居るかとかも理由は聞かないわ。大体の想像はつくから』


「分かった。じゃあ待ってるね。ちょっとだけ気の通り強くしとくよ」


『急いで行くわね、あぁそれと。近くに色黒のスカした男の子居たりしない? もし居たら伝言お願い』


「居るけど?」


『そう……居るのね……逃げるかどうか良く考えなって伝えて頂戴、そうね一時間程度で着くわ、じゃあ後で』


 お電話終了ー。……最後のヤバっ。


「八尋。アンタ何したの? 師匠がこんなに怒るの中々ないよ」


「一言では言い表せない事情とだけ申し上げます」


 流石にあれだけ怒ってるのはマズい。昔、私と弟が柄の悪い人に外車で轢かれそうになった時以来のトーンだったわよ。


 ちなみにその柄の悪い人は師匠に全身の関節外して治してを繰り返されたせいで、師匠か、私か弟を視界に入れると泡吹いて気絶しちゃう人になっちゃったんだけど。


「死ぬより辛い目に遭うかもよ?」


「何とか切り抜けたいところですね」


 うっわ、その態度。舐めとる、私、言ったよ? 知んないかんなホント。










お読み下さりありがとうございます。


 


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