十一 〜僧正坊〜
「ーーという様な状況じゃ」
よくわからない空間の中、黙ってお見合いするわけにもいかないので、まず事情を聞くべきと聞いてみたお爺ちゃんの昔語りがようやく終わりました。
超長かったし要約すると。昔はイケイケで。そりゃもう男も女も千切っては投げ、千切っては投げ。
僧正坊って言ったら悪鬼羅刹も裸足で逃げだすってぐらいのネームバリュー。
お爺ちゃんの名前ね、僧正坊。
昔は凄かったそうです。いや確かにあんだけ気配消せるの凄いけどね、私あそこまで出来ないし。聞いた話はスケールデカすぎる自慢話ばっかで殆ど覚えてないけど。
大事そうなとこだけはちゃんと覚えた。私偉い。
まず、お爺ちゃんは一族の長なのは間違い無いけど、慶応の時代辺りから里の有力者達に権限を移譲して、いまは名誉職扱い。
慶応って明治の前よね。何歳なのよ。……まあ置いとこう。気にしたら話し進まないし。
今は山の精霊へのお祈りとか御供物の準備したりとかだけやってるらしい。本当はこれが一番大事みたいなんだけど。
まぁ時代は変わるし、里の運営とか外部の交渉とか若いのに任せてお爺ちゃんは潔く隠居するかって感じだったみたい。
でも思ったより暇だったから知り合い通じて、自分の体術を教えて引き継いでもらえる人を探して、見込みのあった咲夜さんとうちの師匠が体術習いに通ってたと。
今回の件はお爺ちゃんからも早く咲夜さんのところに謝りに行くように今の長的立場の人に言ってるけど、何故かかたくなで。聞いてくれないみたい。
お館様ってのがその長的立場の人。お爺ちゃんの奥さん側の親戚。ほんで、伊吹ちゃんって呪い食らっちゃった子のお父さんでもあると。
希望ちゃんのお相手はお爺ちゃん側の親戚で次のお館様候補らしい。
何か背後関係がハッキリしてきましたよワトソン君! あっ……八尋いないの忘れてた。
肝心な時にいないし役立たねぇでやんの。
あいつ大分大袈裟な話ししてた。王になるたらどうたら。
ホラフキンにしようかな、あだ名。
「彼奴は十全に役目を果たしておるよ、主にあやつがした説明も儂の動き次第ではそうなっておった。嬢ちゃんにはいまいちピンとこぬじゃろうが、見通す者と呼ばれる程の男じゃぞ」
見通す……? では私のこの服は一体何を見通して着せられているのか。
「それと面をつけておったじゃろう? あの面は咲夜も藤堂の嬢ちゃんも、そして里のものにも面を付ける資格を持つものがおらん。それがどういう意味か今見せてやろうて……ふんっぬ!」
あれま、凄いじゃないの! お面の目の所からビーってビーム出て、映像出てきた! お爺ちゃんメカニカル! メカじゃ無いの? 仙術っていうの? ……教えてほしいんだけど。
「まずは見よ、今代のお館、武蔵坊じゃ。八尋の面と同期させて八尋の視点で見ておる。……それとお主に仙術は使えん、適正が必要なんじゃよ」
八尋も同じ事言ってたけど、適正あるかもしんないじゃん。諦めないよ私は。おっ画面動き出した。
「その武蔵坊さん、すんごい怒った顔してるけど……あっ! やられる! 結構な薙刀捌きよこれ。避けた! けど連撃激しいわね」
一閃と言うに相応しい線が走るような斬撃。相当鍛錬を積んでるわね。VRゲームみたいな視点だから臨場感が凄い。
「まあアレぐらいは避けるじゃろ」
「八尋に教えたのがお爺ちゃん?」
「教えたのぅ、というか儂の唯一の正式な弟子で仙術の継承者じゃ」
「確かに八尋、怪しげな術を使うけど。お爺ちゃんが使ってるようなヤツと一緒なの? 八尋と気配が全然違う。お爺ちゃんが術を使う時の気配は何か例えようが無いけど、木とか石、滝の様な?」
「うはははっ! 藤堂の嬢ちゃんと同じことを言いよる。流石の藤堂流じゃのぅ。八尋もいずれそうなるよ」
有名なのね藤堂流って。最近出会う人達? (鬼と天狗はなんて呼ぶのかな?)さも当然の如く知ってるしどっちも師匠の知己だし。
「人間じゃないよね?」
「一応人間じゃよ。ちぃとばかし普通ではないほうに極まるとこうなるのじゃわ。儂の身体は術で膨らませとるだけじゃし」
「全然、納得出来ない説明ね」
術で膨らむ人間に初めて遭遇したよね。
「お主の方がよっぽど理不尽なんじゃがのう。八尋はようやっとるよ」
あっ。そのため息。八尋と一緒のやつ。何よ何よ、弟子も弟子なら師匠も師匠ね。人の事馬鹿にして、そのふぅやれやれって感じすんごいムカつくんですけど。
「まぁ、そう怒らんでも良かろう。ほれ、そろそろ決着がつくぞ?」
八尋は鋭い横薙ぎを上体そらしから紙一重で避ける。そのままバク転。
体勢が整ったと同時に八尋の周りに小さな刃物が浮かぶ。青黒い雷撃みたいなエフェクト放ってて、意味分かんないけどホント超カッコいい。
「あの刃物、独鈷かな? あれを浮かせてるのも仙術なの?」
「そうじゃ。初歩では無く中級から上級者の仙術運用というところかのぅ」
「あっ、勝った」
あっさり勝った。独鈷を斬撃の軌道に入り込ませて妨害。すぐに間合いを潰して水月を抉る様に突き上げ掌底。
「急所を打ち据えたのぅ。これで一件落着としたいとこじゃが、武蔵坊はそもそも八尋に勝つつもりは無さそうじゃ。娘の事が気になってそれどころでないのであろうよ。怒ったフリじゃな、あれは」
「怒ったフリ?」
「下の者の手前、侵入者に簡単にやられる訳にもいかん。第一あの面をつけとる者が誰であるか武蔵坊は知っとる。派手に闘って負ける事でどうしようも無い状況にし、外部の力を借りる流れを作りたいのであろうよ」
「武蔵坊さんは首謀者では無い?」
「では無いのぅ、誰かと言われれば分かってはおるのじゃが難しいとこじゃの。どうにも何者かに思考誘導されとる様に思えてなぁ。儂が出て行けばお館の立場が悪くなるし。かといって粛清しようにも里のものはそれこそ、乳飲み子の頃から知っとるのじゃ。おまけに自分の事より里の事を思っての行動じゃしのう、ほんに気乗りせんくてのう……」
「難しいのね、めんどくさ」
「この世は面倒くさい事で成り立っておるのじゃよ、主も学業を納めた後に働きにでも出れば分かろうて」
「就職……」
普通に出来たら良いけどなぁ。なんか無理そうよねー。
うん? 立ち話してたらまた誰か出てきたけど、次はどなた?
「武蔵坊の弟、丹波じゃ、後は此奴がどう出るかじゃの」
その声色からしてこの丹波って人は真犯人とかでは無くスケープゴートってところかしら。武蔵坊さんとそっくりな風貌、こっちの方が白髪多いわね。
あぁ、形相が……そんなに目を吊り上げて肩怒らせて、でも悲しい顔。——ああ、なるほど。お爺ちゃんこの人死なせたくないのね。
「向こうの声は聞けないの?」
流石にそこまで便利じゃないか?
「おお! これは気が効かなんだ、今だそう」
できちゃう。凄い、仙術凄い。
『狼藉者め! 名を名乗れ!!』
『ここで名乗る名は残念ながら持ち合わせておりませんが、貴方方の問題を解決する提案があります』
駄目よ丹波さん。その提案のっちゃダメ。すんごい予想外の展開になるよー。
「主が絡むと予想外になるだけじゃて」
容赦ないわね……茶々入れないで。そりゃちょっと言われた通りに出来ない事もあるけどさ。
私は一生懸命に指示を聞いて言われた通りにしようと頑張っていますぅ。八尋にもまだ二回ぐらいしかびっくりした顔されてませんしぃ。
それに私のせいで事態が読めないんじゃ無くて、説明が不足してるせいでややこしくなるの。ご理解の程、よろしくお願い致しますぅ。
「まあ、今からその予想外が始まるわけじゃから、そんなに口を尖らせて顔をしかめんでも良かろうよ」
いや、だってわたしにも言い分というものが。
「ほら八尋が呼んでおる。今から外界との穴を開けて繋げるのでそこを通るがよかろう」
いわれて画面を見れば八尋と目が合った。中空見つめて隙だらけよ八尋。
『こ、ち、ら、へ、ど、う、ぞ』
ホントだ。口パクだけどそう言ってるわ。あの口の形。
どうやってそっちにいけばいいのか考えていたら目の前にグニグニと黒い穴が出現。はいはい、通りゃいいんでしょ、通りゃ。
「また近々会うじゃろう、今度は咲夜と藤堂の嬢ちゃんと一緒に顔を見せに来てくれると嬉しいのぅ。影の中のお人も今回は気を張られたであろう、そちらの長には儂から話しをしておくでの。ご安心召されよ」
水嶋隠れても意味ない問題。もう出てきて挨拶ぐらいしていったら?
——『居た事が公になるのは不味い』みたいな意思が頭に。
……アンタしがらみで雁字搦めね。最初に言ってたバックアップ云々はどこに行ったのよ。まあ今はいいや、行かなきゃ。
「お爺ちゃんも元気でね。師匠と咲夜さん誘ってまた来るわね」
死とかそういう概念通り越してそうな存在に元気って言うのは違和感だけど。
「ではまたの、主程の者に出会えて長生きした甲斐があったというものよ。この枯れた老骨にも火が灯ったわい。儂は付いて行けぬゆえ、この後の事も先に礼を言っておこう。此度の事、誠に感謝! 今後儂に出来る事なら礼として何でも致そう!」
はいはい、お元気でー。さて、見た目ブラックホールですごく怖いけど。とりあえず気軽に穴に入ってみてと。
あっ、入った時と同じグニャグニャ感、慣れないわねー。あっ出た。目の前に八尋と丹波とかいう人。
「こちらの方が伊吹さんの身体を治癒出来ます」
どんな安請け合いよ、それ。
あー、すっかり夜ね。灯籠が多くて視界に困りはしないけど。
「怪しげな術で、出てきおったな。悪鬼の類ではあるまいな!」
いやいや丹波さん、出会い頭で人を悪鬼呼ばわりって、腹立つー。
ん? アンタが鬼じゃ無いの? 薄ら頭からモヤッとした角みたいなの出てんじゃん。咲夜さんの角とは別物ね。
アレはそれ自身が力の塊みたいな存在だったけど。このモヤは丹波さんの中から漏れ出てる。中に何かいる気配。いやこれ絶対なんかいる。よし。
丹波さんの目線が八尋に向いたタイミングで、一気に間合いを詰めてと。そっからこう、逆袈裟の軌道でなぞるようなアッパーを斬撃の様にお腹から顎のラインで擦り当てればっ。
「グバァァァ!!」
ほら出た! あのモヤモヤ! 希望さんのよりかは大分小さめだけど。丹波さんのお口からスプラッシュしてきた。
「許可の事は置いてですが、良子さんお手柄です! 追撃はされないようにお願いします!」
でしたね、でしたね、そうでした。いきなり殴っちゃダメって約束でしたね、テヘッ!
でも結果オーライぽっいしギリセーフ。セーフったらセーフ。
「理を守れ! 仮初の物! 縛!!」
カッコいい。それマジ、スタイリッシュ。ホントそれどうやんの。教えてってば。何か両手で印を結ぶ感じとか、手を前に翳した後の足の動きとか、鬼スタイリッシュ。
次やる時は先に言ってね? 動画に撮るから。
おっ? 片手は印を結びながら、空いた手にモヤモヤ集めて玉にして。最後、キュルッて形作るの、それも良いわね……技の引き出し凄いじゃん。
「割とマジでやり方教えて欲しい」
「仙術ですので、良子さんが覚える必要は有りませんし、適正が無いと言われませんでしたか?」
「いや、そう言われたけど……ワンチャンない?」
「有りません」
ケチやわぁ〜八尋さん、ホンマにケチやわ〜。減るもんじゃ無しにやり方ぐらい教えてくれてもいいじゃないのよ。断定されるとムキになっちゃう。
「良子さんが咒式を取り出してくれたお陰で本当の黒幕に辿り着けるやもしれません。この手の悪質な咒式を扱う者と繋がりがある筋はかなり絞れます。追い詰める証拠としては取り扱いやすいサイズのこれが有れば充分です」
技は綺麗だったけど、結果出来上がったその球は物凄くドドメ色ね。五円で売ってても買わない。めんどくさいから真犯人追跡パートは欠席したいわね。
「何よ、まだややこしい話しになるの? 今日終わるのそれ? あっ、そうだ、そういやまた最初の説明と話しが違ったわよ。お爺ちゃんめっちゃ穏やかな人で闘いとか別にって感じよ」
「そうでしたか……そこまででしたか」
「どういう意味よ?」
思わず星を見つめるほどなの?
「闘いを避ける程、良子さんが強いという事です」
「う〜ん、お爺ちゃん本気で来たら勝てるかどうか……多分負けるわよ? 私の師匠とどっこいってとこだし」
気配が無いのは反則だよね。
「勝てるかどうかに持って行ける時点でイレギュラーです。この界隈のジョーカー扱いですよ、あのお二人は。咲夜さんも近しい扱いですが」
八尋、やっぱり師匠の事知ってるのね。ますます怪しい。信用出来ない人ランキングが高止まり。
「まあ良いじゃん。そんな事より今回の一番の目的は伊吹ちゃんって娘を治せるかどうかでしょ?」
ここまで読んで頂けた事に感謝を!




