一 〜綺麗な色してるから触手だとは思わなかった〜
八月七日。午後三時。
バイト先から百メートルぐらいのところにある公園の端っこで、かれこれ十分は突っ立ってる。
それは何故かというと、視界の端に正体不明の物体が自己主張しているからなんだけども。
「なんでやねーん」
いいボリュームで声出た。思わず関西生まれが飛び出しちゃったよね。
だって半透明のかろうじて人型(粘度高め)の青いゴブリンだよ? そんなの斜め前にいるんだよ?
……ふう、声出したら少し落ち着いた。ちょっと整理しよう。
そもそもこの半透明さんは、バイトの報酬で貰った綺麗な石だったのよ。まあ、さっきまでだけどね。
カバンに入れて持ち歩いてたんだけど、さっき突然ブルブル震え出してさ。放置するのも怖いから、勇気出して掴んだわけよ。
そしたら中はぬっるぬるのびっちょびっちよ。カバン放り投げて帰ろうかと思ったけど、何とか我慢して取り出しまして。
そしたらさ、手のひらに持った石というかもうすでにゼリー? みたいなのがムニムニしだして。
「よっこらせっ」てな感じで、手のひらから地面に降り立ちましたと。
で、それからずっと控えめに佇んで、こっち見てる。顔っぽいのがこっち向いてるから、たぶん見てる。
……これがバイトの帰り道でわたしが遭遇している事案。意味わからん。
『…………キュ……』
「おうっっ!」
ふぇっ!? テレパシーみたいなのきたっ!
何いまの!? 何となく挨拶的なニュアンスのように感じたけどっ!
……ごめんごめん声大きかった。ビックリしたのね。
『おこった?』
やっぱり。頭に直接、意思というかイメージが。
プルプルしないで、怒ってない、怒ってないよ。目つきが悪いとか顔が怖いってよく言われるけど、怒ってない。
だから、口ぽっいところからなんか赤い粘液ださないでね。まずは落ち着こうよ。
『もう少し近寄りたい、なんなら肩に乗りたい』
みたいなニュアンスのテレパシー……。
うーん、そっかー、乗りたいかー。……もう少し待とう。心の準備が要るの。準備。分かる?
『きらい?』
違う、違う、嫌いとかそういうのじゃないよ。お菓子あるよ。チョコのお菓子、これ好き?
食べるんだ……。どう消化するのそれ? 食べ方はまぐまぐしてて、可愛いけども。
それにしても、どうしよう。元の石を入れてたバックも手も、ビッチョビチョだし、ちょっとねっとり。現実だねー。幻覚じゃないかぁ。
……蝉が良く鳴いてらっしゃる。
こうなった原因は、あのバイトを始めたせいだっていうのは分かってるんだけど。
そう。それは喫茶店のウェイトレス。
うん、おかしいのはわかってる。んなわけない。本当にそう思う。
でもコーヒー出したり。サンドイッチ出したりしてる合間に、霊能力アンド妖怪奇譚バトル! みたいな展開が実際あったんだもの。だから今の状況はまだ比較的マシというか……。
身体ペカペカ光って、首取れても死なないやつと契約とか。ダンプカーみたいな突進かまして来るアマゾネスと決闘とか。黒いウネウネした長さ二十メートルの蛇(人間丸呑み余裕の胴太さ)討伐とか。
まあ、だいたい殴れば解決? したけどさ。
私ってどうやら、習ってきた【武術藤堂無手勝流】のお陰でそっち方面の人達? に対して強いみたいだし。
でもまさか神様とか妖怪を殴り飛ばせるような武術だとは、考えもしなかったよね。
まあ漫画みたいな修行とか一杯あったし、おかしいかな? とか思うことはあったけど。周りがおかしいと気付かないというか。
割と最近まで、キャンプでの食料現地調達(熊肉)は普通だと思ってた。わたしの知り合い全員熊に勝つ人ばっかりだし。
——そういえば、親友の桜花も熊に勝てるわね。……あっ、そうか、そこもか。
はあー。大学卒業後は普通に就職したいなぁ。このままずるずるバイト続けてると……職業なんなの? 妖怪退治? そんな職業あんの?
いや違う、そんな未来求めてない。私はお給料をきちんと頂ける、あんまりイジメとか無さそうな普通の会社で働きたい。
そんで、ちょっとカッコいい先輩に優しくしてもらったりして。きゃいきゃいしたい訳で。初デートは遊園地が第一希望。
週末は仲間内でBBQパーティー。憧れ。あぁ〜社会人デビューしてぇ!! 面接受かりてぇ! 数えたくない負け戦の数々! 思い出したくないっ!
『おこってる?』
……ごめんごめん、怒ったんじゃ無いからね。
コンプレックス自分で刺激しちゃった。はぁ。ため息。
最近、師匠も「就職、無理なら師範の仕事、何なら跡継いじゃう?」みたいに聞いてくるからなんかあんのよね、絶対。というかその話を聞きに行く途中にこんな事態なんだけども。
……色々考えてもこの事態は解決しそうにないし、まずは目の前の問題に取り組もうかしら。
半透明青色ゴブリンちゃんを改めて確認。こっちの言うこと理解してるし、好意を感じる挙動だし、今も静かに待ってるしね……待ってるけど……。
ちょっとねっとり、粘度高めなのとか完全デッドボールな訳ですよ。この現代日本で、二十一歳の乙女が、肩に粘度高めかつ半透明のゴブリン的何かを乗せて歩けるかと。ハードル高いよ。
『なまえ……』
ごめんごめん何? 名前付けて欲しいの? 女の子なの? ……そういや挨拶してなかった。
「私は向井良子って言うの。宜しくね。漢字とかわかるかなぁ……?」
このテレパシーほんと、どうやってんだろ。解明したらノーベル賞とかいけんじゃないかな。
『りょうこ』
そうそう、良子よ。
『なまえほしい』
名前ねぇ。ちゃんと考えるけど、ダサくても怒んないでね。
こう言う時は連想一択。青い、半透明……ほんでゴブリン。いや角が生えてるし、こう額であろう箇所、そこだけソリッドな感じ。
ちょっとキラッとしてて、宝石みたい——決めた。
「アクア、アクアよ。貴女の名前」
嬉しいのかな? プルプル震えだしたけど、半透明のおそらく目からレーザーが発射? 私の額にロックオン……何か嫌な予感がして来た。
『繋がる』
何言ってんのよ? 繋がるって、もうテレパシーでバッチリじゃん。
それに急に言葉のイメージがクリアに。何で? なに? 何で体が光り出してんの。いや、青のグラデーションで綺麗だけどさ。
ぞぶり。
ぞぶり? 何かしら? 嫌な音ね、……って、えっ……。
ぞぶりじゃ無くて! 痛っ痛っ! 刺さってんのこれ?! 尖った鑢が押し込まれてるみたいに痛い! それ絶対抜き差ししたら駄目なやつぅ! レーザーだと思ってたけど、半透明の触手だこれ!
いくら敵意が無いからって、無防備過ぎた! 抜、抜けん、触れるけど痛くて動かせない……。
痛いからバタバタ暴れてるけど、血は出てないのね……無理、ちょっと、立ってらんないかも。どうなってんの私の頭?
痛みとか結構、耐性あるつもりだけど、これはその類の痛みじゃないぃ……。
視界が揺れる。近くでヘリでも飛んでる? 違うか……破裂音? どんどん大きくな……うるさっ!
声、声だこれ……何か言ってる。
響く声が大き過ぎて、何言ってるか分かんないよ。サイレンにしか聞こえない!
あぁ目ぇチカチカしてきた……あぁあああああんぎゃー! 頭が割れる! 痛い、痛いってば!
ああ、黒い。目の前が黒く……眠い……。