昨日の敵は今日の友 中編
翌日、リリィとシルフィは、冒険者たちに教えてもらった鍛冶屋の元へと足を運んでいた。
「しかし、マサムネ、この辺りでは変わった名前ですね」
「なんでも、葵さん達と同郷の人から技術を習って、それで名前をそっちの国の人っぽく変えたらしいよ」
「成程、それであれば、鍛冶を任せられます、問題は、素材の方ですけどね」
「素材なら、私が持ってきた武器を使えばいい……て言うのもダメなの?」
「はい」
「やっぱり、強度不足のせい?」
「はい、ネオ・アダマントでは、従来のアダマント合金と比べて、強度が不足していますから」
「え、ネオって奴の方が脆いの?」
「はい、強度どころか性能さえも二歩ほど劣っています」
リリィのカミングアウトに、シルフィは目を丸くする。
大仰な名前が付けられている割には、普通の方の性能が高いとは、とても思えなかった。
そもそも、ネオ・アダマント合金は、ナノマシンの材料として使用できるように加工したアダマント合金の事だ。
物質面の強度が高いおかげで、ナノテクに応用しても、十分な強度を誇る、というだけで、総合的な強度では、従来品の方が強固だ。
それでも、必要に応じて形を変え、最低限の手間で修復を行い、量産も容易、此れだけ見れば、かなり優れた素材だ。
だが、反面的に性能は通常の合金よりも非常に脆弱な物だ。
従来品は、刀の材料として利用できる配合にすれば、量産こそ難しく成る代わりに、性能では、量産されているブレード以上の性能を持っている。
だが、形を作るには、機械やプログラマーではなく、職人の力が必要となる。
なので、リリィがどれだけ頑張ってプログラムを行い、ネオ・アダマントを加工したとしても、ジャックの力に耐えられる保証はない。
冒険者方の話によれば、店主は修行時代に葵達の故郷で修業を積んだ事が有るらしく、リリィの使用しているような日本刀状の武器も制作できるらしい。
しかも、技術もそれなりに高く、日本刀の本来の材料である玉鋼ではなく、アダマントであっても、日本刀に近い物を制作できるというのだ。
腕の方は、少し不安ではあるが、とりあえずドワーフであると言う所に賭ける事にした。
「此処だね」
「はい、そうですね」
適当に話をしながら進んでいると、教えてもらった工房に到着する。
其処では今でも鉄を打つ音がせわしく鳴り響いており、入るのに少し戸惑ってしまうが、此処で止まっていても何も始まらないので、一先ず入店する。
「お、お邪魔しまーす」
「失礼します」
「フンッ!!……フンッ!!」
鉄を熱しているおかげで、非常に高い室温となっている店内では、一人のドワーフが、赤く熱された大剣を打ち続けていた。
小柄ながらも、筋骨隆々のドワーフの彼が、更に小さく見える程の大剣、それを真っ赤に熱し、力いっぱい叩いている。
その作業音のせいで、室内はかなりうるさくなっており、本人もそっちの方へと意識を集中させてしまっている。
とりあえず、ノーアポで来てしまった事に罪悪感を抱きながらも、リリィは出す事の出来る最大の声量で、作業を続けるマサムネらしき人物へと話しかける。
「す、すみませーん!剣のオーダーメイドを頼みたいのですが!!お時間よろしいでしょうか!!」
「何だべ!!?」
「他の冒険者様の紹介で参りました!!武器の制作を依頼しても宜しいでしょうか!!?」
「金なら先週返したべぇ!!」
「取り立てじゃありませぇん!!!」
「もう地下送りはゴメンじゃぁぁ!!」
「帝〇の者でもねぇっつぅの!!」
「ピンゾロ賽使って、チンチロで稼いだべからぁぁ!」
「何イカさましてんだクソジジィ!!」
「(いや、何でここの世界の人がカ〇ジのネタ知ってるの?)」
「たく、クソ爺が、耳にウジでも湧いてんのか?」
「フンッ!!」
「ヌフォ!」
「リリィ!!?」
全く聞く耳の持たないマサムネらしき人物に、かなりの小声で悪口を言ったつもりだったのだが、鍛冶用のハンマーがリリィの顔面に襲い掛かった。
――――
暫くして、一仕事終えたマサムネは、リリィ達からの仕事の話を聞くべく、腰を据えて話す場を設けた。
そして、先ほどリリィにハンマーを叩きつけてしまった事を詫び始める。
「いやぁ、すまんのぉ、こっちも汗だくで仕事をしていたべから、手が滑ってしまったべ~」
「いえいえ、お構いなく(絶対聞こえていやがったよこのボケ老人)」
「(さっきのはリリィが悪いよ)」
ハンマーを叩きつけられた事で、リリィは怪我こそしなかったが、視覚カメラにヒビが入ってしまうという損傷を受けてしまった。
数秒程度で回復する損傷であったので、とりあえずこの話はこれで終わりにし、仕事の話に移る。
「所で、剣のオーダーメイドだったべか?」
「はい、できれば、これ以上の物を、制作していただければと」
「どれどれ?」
ブレードを受け取ったマサムネは、鞘から刀身を引き抜き、鑑定を始める。
材料は彼も見慣れているアダマント系合金であるが、ナノマシンで構築されている分、彼の鑑定眼で、しっかりと性能を把握できるか少し不安ではある。
時折難しい表情を浮かべたりしたりと、少し不安要素はあったのだが、最終的には笑顔を浮かべてくれた。
「ああ、任せておくべ、だども、これ以上となると、相応の素材が必要に成るべから、それこそ、強靭な魔力を練り込んで、初めて強力な刀が仕上がるんだ」
アダマント系合金は、基本的に魔力をため込む性質を持っている。
その性質を利用することによって、エーテル技術を使用した武器等は、装甲に使用されているアダマントをコンデンサーやバッテリー代わりにしている。
この性質は、合金の配合方法によっては、まばらではあるが、ネオ・アダマントは、魔力の伝導率のみ、通常のアダマント合金と同等の性能に調整されている。
剣等を打つ場合、伝導性を悪くする事によって、魔力をほぼ密閉するという事もできる。
そうすれば、金属に練り込まれた魔力の属性を常に解放することだってできる為、使用者が本来持っていない属性の攻撃を行うという事もできる。
だが、その場合は、合金の材料に使用されている素材の性質上、相応の技術が必要となってしまうため、滅多な事では作られる事は無い。
と言うか、魔力を込める側にも、それなりの技術が必須であるため、製作其の物が難しいのである。
そして、リリィの欲する武器は、現在使用されているブレード以上の性能である事に加え、できればジャックのような強靭な再生能力もちであっても、有効打を与えられる物だ。
考えられる人物をリリィは見つめ始める。
「強靭な魔力……」(ジ~)
「ああ、強靭な魔力だべ」(ジ~)
「……え?私!?」
「はい、如何かお願いします、貴女の力が必要なんです」
尚、マサムネの場合は、単純にエルフだからと言う理由で、シルフィの事を見つめていた。
シルフィの力、未だに不完全とは言え、十分ジャックの再生を阻害できて居た。
そうなると、不完全な部分を何らかの方法で補いつつ、原材料となるアダマントに練り込む事で、リリィの望む物が作れる。
シルフィとしては、急な事で一瞬戸惑う事となったが、リリィの頼みでもあるので、聞き入れる事にした。
「(リリィには私の武器も作ってくれてるし、少しは何かしないとね)」
「それでは、早速制作に入りたい、と言いたいところですが……お客様の方は、どれほど……」
「ああ、心配しなくていいべ、さっきやってた大剣が最後だべから、それほど待ち時間は食わないべ」
「良かったです」
「ただ、客の方がもう少しで取りに来る頃だべから、作業はその後だべな」
そんな話をしていると、店の扉が開き、その大剣の持ち主と思われる人物が、紙袋片手に入店してくる。
その事に気が付いたマサムネは、リリィ達に待つように言うと、仕上がった大剣を持ち主の元へと持って行った。
「ほれ旦那、頼まれていた大剣だべ」
「おお、噂通り良い腕だ、新品同様だ、此奴は代金と礼だ、小腹がすいた時に出も食ってくれ」
「(ん?今なんか)」
「(聞いた事のある声が)」
マサムネの言う客と言うのが、聞き覚えのある声である事に気が付いた二人は、失礼を承知でその客を目にする。
無精髭を生やし、金色の髪を持っている耳の長い男性。
そう、かつてリリィを大破させたエルフの男性、ウルフス・ベインその人である。
彼の姿を認識するなり、リリィとシルフィは、大声を上げてしまう。
そして、二人の声を聴いたウルフスも、二人の事を認識した途端に、目を丸くし、驚きの声を上げる。
リリィとシルフィは当時の事を思い出してしまい、反射的に戦闘態勢を取ってしまう。
「あ、アンタ!性懲りもなく私達を付け狙ってたの!?」
「もしそうであれば、今度こそ容赦はしませんよ!!」
「ちょっと待て!俺は剣の修理に来ただけだ!お前らが此処に居るのは今初めて知ったぞ!!」
「うるさいです!あなたのせいで、私は不名誉な烙印を押されたんですからね!!」
そう言ったリリィは、以前敗北したおかげで、アリサシリーズ全体に泥を塗る事となってしまった事の腹いせも兼ねて、ウルフスへと斬り掛かる。
そんなリリィに対応するべく、ウルフスは直ったばかりの大剣に巻いておいた布を引きはがし、臨戦態勢に入る。
だが、そんな二人の間に思わぬ横やりが入ってしまう。
「クォラァァァ!!」
「ヒデブ!!」
ウルフスへと斬り掛かったリリィの顔面に、再びマサムネのハンマーが叩きつけられ、リリィは行動を阻害される。
そして、マサムネの怒りの咆哮で、シルフィはすっかり怖気づき、ウルフスも、黙って大剣をしまう。
「オラの店で暴れる奴は、たとえ皇帝陛下でも容赦しないべ!!」
「ご、ごめんなさい」
「申し訳ありませんでした」
正にハンニャのような形相となったマサムネに、感じたことのない恐怖心を覚えたリリィとシルフィは、大人しく席に戻った。
「さぁ旦那、問題が無ければ、お代を」
「あ、ああ、ちゃんと用意してある、所で……ちょっとあいつ等と話してもいいか?」
「ん?ああ、暴れなければ構わないべ」
「ありがとうな」
代金を払ったウルフスは、大剣を背負いながら、リリィとシルフィの二人の前に座り込み、二人の事をじっと観察する。
出会った頃と比べ、まるで別人のように成長している。
それが彼の受けた二人の印象である。
「と、まぁ、なんだ、色々あったが、無事で何よりだ、お二人さん」
「ええ」
「その節はどうも」
「……あー、分かってくれるかは別として、俺はアンタらの敵じゃないからな」
「「ソーデスネ」」
「ソーデスネって、信用してないだろお前ら」
「「ソーデスネ」」
「腹立つなこの小娘共」
「……」
二人の態度を見て、ウルフスはちょっと、ど突いてやろうかと大剣を握り、それに反応し、二人は戦闘態勢に入ろうとした。
だが、彼らの背後から放たれた殺気に圧倒され、すぐに警戒を解除する。




