口は災いの元 前編
ほら穴の中、リリィとシルフィは、お互いに正座をしながら向き合っていた。
というよりは、リリィの方が一方的に熱い視線を送っているだけで、シルフィはリリィの目を見るどころか、その姿を視界に納める事すらできずにいた。
完全にリリィの瞳は恋する乙女のそれであり、好きだという気持ちがシルフィへ向けて連続発射されている。
シルフィとしては、あの告白は、確かにラブとしての好きに部類されるのだが、此処でラブだと言ったら、いろんな意味でリリィに襲われかねない。
それに、あの告白は、死の間際の最期の言葉として発した事、その後普通に生きかえって、こんな状況になるとは思わなかったのだ。
リリィには悪いが、シルフィはあの告白はラブでは無く、ライクの方であるという事にする事にした。
「……えっと、リリィ」
「何でしょう?」
「その、あの好きは、その、恋人になろうとか、そう言う奴では無くて、友達として好きと言う事で……」
「キスまでしておいて、何を今更、なんなら、このまま最後まで行っても構いませんよ」
「う、そうだけど……(リリィって、性欲あるの?)」
最期だと思って、リリィに渡したシルフィのファーストキス。
それのせいで、完全にリリィは恋人になってもOKと言った気分であるせいか、少し拗ねた表情を浮かべてしまっている。
それでも、まだ恋人関係に成るのは、少し早すぎると、シルフィは考えてしまう。
実際、出会ってからまだ一か月前後だ。
「えっと、その、まだ私達会って日が浅いよね」
「まぁ、そうですね」
「だからさ、先ず、親友から始めようよ、友達の、一個上の」
「親友……まぁ、良いでしょう、貴女の心をより深く射止めれば良いだけの話ですから」
「う、うん……」
リリィの返答に、シルフィは口を引きつらせてしまう。
目にハートが有るように見え、かなり危ない感じのオーラが見え隠れしてしまっていたのだ。
「(私、もしかして結構危ない感じの人に告白しちゃった?)」
と言う不安を感じながら、とにかくシルフィは話題を変えるべく、別の話をリリィに振る。
その内容は、今後の方針だ。
先ほど、大雑把な事は聞いたが、もう少し詳しい事をリリィから聞きたい所だ。
「え、えっとね、リリィ」
「はい?」
「その、先ずは、何処に向かうの?リリィのお家に行く前に」
「そうですね……一先ずお義母様のお墓に、手を合わせに行くべきでしょうか?」
「お、お義母様?」
「准尉の事です、機械であり、かつての敵であったとしても、やはりお義母様へのご挨拶は、当然ですから!」
「(既に親族に加わる気満々!?)」
リリィの気の早さに驚きながらも、シルフィは改めて話題の変更を行い始める。
そもそも、ジェニーの墓標は、シルフィの故郷である森に存在する。
こっそり出会っても、今森に帰ればどんな目にあうか解らないというのに、何故こんな話題を出したのかは、あえてツッコまずにいた。
下手をすれば、今度こそ本当に里を吹き飛ばしかねない気もする。
「と、とにかく、そう言う話はまた後でにしようよ、次の町は何処なの?」
「……とりあえず、近くにあるドワーフの鉱山を目指し、其処で武器を調達します」
「え?武器なら、其処に沢山あるけど」
婚姻の話題から逸れた結果、ちょっと機嫌が悪くなったリリィの答えに、シルフィは首をかしげる。
武器であれば、シルフィが勝手に持ち出した武器が山ほど有り、整備の為にほら穴の奥に大量に放置されているのを、シルフィは指さす。
量や種類を考えても、わざわざ調達の必要を感じない程なのだというのに、何故調達の必要が有るのだろうか。
理由は簡単、持ち出した武器は、ジャックのようなスレイヤー級の敵に対しては、全て無力なのだ。
ブレードやバスターソードは、強度が不足しており、銃に関しては、完全な不意打ちでなければ、足止めにもならない。
「予定であれば、今日のデモンストレーションが終了した数日後、私専用のブレードが届く事に成っていたのですが、この様なので、それと同等か、それ以上の物が必要です、量産品では、やはり強度が不足しているので」
「そっか、わかった」
「それから、並行して貴女の武器とエーテル・ギアを制作いたします」
「え?私の?」
「はい、色々と武器を持ち出してくれたおかげで、素材は何とか成りそうです、時間はかかりますけどね」
「あ、ありがとう(私にも、リリィ達みたいな鎧が)」
シルフィの持ち出した武器は、全てアリサシリーズ用の物だ。
それら全て、同じネオ・アダマント合金で制作されている為、プログラムさえ弄れば、何とかシルフィ用の装備は制作可能だ。
とはいっても、プログラム等の構築には、かなりの時間を要するため、今すぐにとはいかない。
「それまでは、持ち出した武器で戦う事に成りますが、安心してください、幻滅しないような性能は保証いたします」
「そっか、楽しみ、だよ……」
「シルフィ?」
リリィが説明を終えると、いつの間にかシルフィは眠りについていた。
先ほどまで死ぬか生きるかの瀬戸際に居て、更には今のひと騒動、疲れてしまってもおかしくない。
そんなシルフィの頭を、お返しとばかりに自身の膝に乗せたリリィは、警戒を行いながら、シルフィの睡眠を見守りだす。
「……おやすみなさい、今日はお疲れ様でした(寝顔も、やはり可愛いな、私も、口づけ位、良いですよね……唇は、正式にお付き合いしたら、なので、頬に、失礼します)」
眠るシルフィの頬に、リリィは軽く口を付ける。
「ふふ、覚悟、してくださいよ、私の心をこんなにもかき乱したイヤラシエルフさん」
――――
翌日、追っ手を警戒しつつ、リリィとシルフィは目的地であるドワーフの鉱山へと進んでいた。
ジャックの思惑のおかげで、体力も向上しているシルフィは、慣れて居ない筈の山道であっても、スイスイと進んでいる。
だが、慣れない道をエスコートして、高感度アップを狙っていたリリィからしてみれば、嫌な結果に収まっている。
とは言え、シルフィに不満が無い訳でもない。
「(なんか、ちょっと嫌だな、アイツのおかげで、リリィに迷惑かけずに済むなんて)」
「(大尉め、余計な事しやがって)」
悔しそうに手を握りしめるリリィを他所に、シルフィは一つの疑問を思い浮かべる。
そもそも、今こうして、リリィとジャックが戦う事に成った経緯、それが一体どんなものであるのか。
「ねぇリリィ、一つ聞いていい?」
「はい、何でしょう?」
「貴女たちの世界って、そもそも、何が発端で、戦争してるの?」
「……私、シルフィに異世界出身と言いましたっけ?」
「それは誰からも聞いてないけど、明らかに異世界出身だって感じの見せられまくっちゃったし、異世界から来た人だって、思わない方がどうかと思うよ」
「は、はぁ(あれだけ見て異世界から来たと確信するのもどうかと思うが…)」
ふとした疑問は置いておき、リリィは事の顛末を、シルフィに聞かせる。
リリィにインプットされている歴史は、基本的にナーダ側のファイルをベースにしているので、何処まで真実が含まれているか、保証はできない事を前提として。
先ず、リリィ達の母星は、今から数十年前に、存在する全ての国が同盟を結び、一つの連邦国家として樹立していた。
ナーダは、その連邦政府から独立した国家だ。
連邦政府樹立から二十年後、人口増加や食料難を解決するべく、政府は一部の市民を宇宙に設置されたコロニーに打ち上げる方針を進めた。
その際に、太陽光発電システムも兼ねた軌道エレベーターを使った事で、スマートに宇宙へ移民させる事に成功した。
そして、市民を程よく宇宙へと飛ばした後、今度はエネルギー資源関係の問題が発生した。
特に声を上げていたのは、石油の輸出によって生計を立てていた国々。
太陽光発電による恩恵を受ける事が出来ても、石油が売れなくなっては、財政は傾く事に成ってしまう。
火力発電の必要性が無くなってからは、すっかりと落ちぶれ、内戦続きの国となってしまった。
そんな中、彼らの国で、太陽光発電にも代わる発電装置を構築するための資源が大量に見つかった。
資源の発見と、有効な活用性を見出した研究者こそが、後のジャックの怨敵と成るヴィルへルミネである。
その資源と言うのは、ミスリルだ。
ミスリルは、アダマントのように、エーテルをため込む性質ではなく、効率よく運用するための、いわば安定剤の役割を持たせられる。
シルフィの世界においても、魔法使いたちの使用する杖や、魔法に関連する武器であれば、その多くにミスリルが使用されている。
そのミスリルを安定剤として使い、人工的に精製した魔石を燃料に使う事で、その装置は完成する。
それこそが、リリィにも搭載されているエーテル・ドライヴだ。
精製される純度の高いエーテルは、土壌に影響を与え、食糧難の改善を行う事に成功。
そして、エーテルを推進剤とすることで、従来のロケット燃料では考えられない低コストで運用の可能となったロケットを使い、スペース・コロニーとの交流も盛んとなった。
エーテルの恩恵によって、独自の発展を遂げた国々は、やがて連邦政府からの独立を宣言し、ナーダを創り上げた。
当然、連邦政府はそのような事を許すはずが無く、武力による制圧を行う事を決定した。
それが、今日に至るまでの戦争の始まりである。
「……何か、聞いてみるとつまらない話だね」
「全くです、ナーダ達は、得られたエーテル技術のおかげで、自分たちは神に近い存在であると誤認したことが、そもそもの発端、ともいえます」
「独り占めせず、皆の為に使おうと考えて居たら、こんな戦争、無かったのかもね」
「ええ、本当にそうです」
「そして、ミーアさんみたいに、理不尽な目に遭う人が増える、悲しいだけの行いなのに」
「……でも、戦争が無ければ、私も、貴女も生まれなかった、仮に、別の形で生まれたとしても、私達は出逢えるとは限りません」
「……そこは、感謝するべき所だね」
「ええ(確か、宇宙移民たちまで取り込み、エーテルを高濃縮したミサイル攻撃で、連邦が壊滅しかけた後だったな、大尉たちが名乗りを上げだしたのは)」
戦争を知らずに育ったシルフィであっても、忌むべき事であると解る。
だが、その戦争が無ければ、自分たちは巡り合えなかったと考えると、シルフィはなんとも言えない気持ちに成ってしまう。
それでも、戦争は憎まなければならない、たとえどんな嬉しい副産物を生む事に成ったとしても。
そう考えるシルフィは、ジャックの言葉を思い出す。
どちらに付いているか、その違いだけで、戦争の敵味方は決まる。
まかり間違えば、リリィと戦う羽目になるのかもしれない、そんな不安が過ぎってしまうが、そんな負の考えはすぐに取り払う。
それよりも、何故ジャックのような存在が生まれてしまったのか、シルフィはリリィに訊ねる。
「ねぇリリィ、アイツは、ジャックは、どういう経緯をたどったの?どんな事があって、あんなに歪んだの?」
「……歪んだ、と言うよりは、歪められた、歪むしかなかった、と言うような表現が当てはまると思われます」
「え?」
「以前にも言いましたが、彼女はサイコキラーであると同時に、平和好きです、だからこそ、彼女は戦争を終わらせようとしている、終らせるために、今も戦っている、でも、何故あのように、シルフィや私を煽ったのか、今でもわかりません、そして、装備品に発信機の類を付けなかった訳も、分かりません」
「……あいつが、戦争を終わらせる?あんな狂った奴が?」
「彼女は、狂うしかなかった、彼女の価値観で言えば、狂った思考こそが、戦場では正常な思考だと捉えています、しかも、ナーダの、いえ、ヴィルへルミネの行った研究は、そんな彼女を手助けする物でした」
「手助け?」
「はい、実をいうと、大尉の出生の半分以上が不明となっているのです、何処で、誰との間に生まれ落ちたのか、全てが謎、故に、正確な年齢も解らないのです、そんな彼女は、ヴィルへルミネの研究の末に、あのような化け物へと体を改造されました、死という事への虚無感をもたらされて」
「死への虚無?」
「はい、彼女が殺しを続けられるのは、自分や誰かが死ぬこと、そして誰かが殺される事に対し、大それた感情を持つことができないのです、ですが、果たさなければならない目的、それを達成するまで、決して死ぬことのできない、強い意思、それが、今まで彼女が勝利してきた理由でもあります」
「……じゃぁ、あの人も、戦争の理不尽から生まれた存在って事?私のお父さん、いや、お母さん……と、同じで?」
「(あ、考えるの放棄した)まぁ、そんな所です」
リリィは、自身の知る限りのジャックの事を話した。
その事を聞いたシルフィは、先日のジャックを思い出し、リリィの話と照らし合わせてみる。
コミカルな部分もあれば、何処か抜けている。
同時に、戦いに関しては自分の思い通りの戦場を作り出し、戦いを楽しみ、生の実感と言う物を得る。
考えてみれば、とても哀れな存在だった。
戦わなければ、生きているという実感を得られない、平和を愛しているというのに、戦いの中でしか、自分を見出せない。
しかも、それは第三者の戯れによってもたらされた事。
冷静に考えたシルフィは、ジャックがとてもかわいそうに思えてしまっていた。
「可哀そうだね」
「ええ、本当に(できれば、私以外の女の話なんて、したくはない、だけど、貴女は、彼女の事を知る権利が有る)……しんみりしてしまいましたし、そろそろお食事にいたしましょう」
「え、いや、今の話で喉通るかな?」
「ご安心を、私が食べやすいお食事をお作りいたします」
「え」
そう言ったリリィは、顔を青ざめたルフィを座らせ、何処かへと飛び去ってしまった。
―――――
暫くして、食材をかき集めてきたリリィは、早速調理を開始する。
しかも、ジャックが色々な調理道具を持たせたせいで、張り切りだしてしまっている。
本人曰く、好きな人の胃袋を掴むのは、恋愛の基本だという事で、戦闘能力のアップグレードと同時に、料理スキルもアップグレードしたから問題ないと太鼓判を押していたのだが、不安しかなかった。
最初は体調を酷く崩し、二度目は何か良く解らない化け物を召喚するという結果を出したのだ。
シルフィ自身、大抵の不味い食事には耐性が有ると自負していたのだが、結果は倒れそうな程の体調不良を引き起こす物だった。
しかも、一般人が食べれば卒倒する劇物だ。(その後、何故か滋養強壮に非常に効果が有った)
止めようにも、もう本人は作る気満々で、止めようがなかった。
だが、リリィの料理姿を初めて目撃するシルフィは、徐々にその不安が和らぎつつある。
一応、現地調達したキノコや香草、肉の処理と選別は完璧、特に毒に成るような物は見受けられず、素晴らしい手際で処理している。
どうやら、アップグレードしたというのは、嘘ではないようだ。
「(こ、今回ばかりは、大丈夫、だよね?胃袋掴んで体から引きずり出されないよね?)」
淡い期待を帯びながら、シルフィは漂ってくるリリィの料理の匂いをかぎ取る。
香草の香りが、シルフィの鼻孔をくすぐり、気づけばシルフィのお腹の虫が鳴り出す。
「(もしかして、今回はもしかするの!?)」
シルフィの期待はどんどん大きく成り、リリィの料理の完成を待っていると、途中からシルフィの顔にピンク色の煙がぶつかる。
「……」
何故かは解らない、見ている限りでは特に何の落ち度もなく、リリィは料理をしていた。
だというのに、あの吐き気を催す激臭が漂い出す。
しかも徐々に煙の色が赤く染まりだし、紫となり、最終的には薄い青色に変色する。
それに伴って、視覚からでも、不味い物であるという事が伝わり、なおかつ臭いも更にキツく成りだす。
煙の色が青く成った辺りで、リリィは両手を腰に添え、満足そうに頷き、蓋の閉じている中華鍋をシルフィの前に置く。
「さぁ、召し上がれ!」
意気揚々と蓋を開けると、毒ガスが爆散したかのように、青白い煙が噴き出し、地面に生えていた草たちは茶色く枯れてしまう。
しかも、煙に中てられた小動物や虫達は、力なく倒れ、鳥たちは落下してしまう。
「ご遠慮なさらずに、どうぞ」
と、笑顔で言うリリィであるが、シルフィの本能は、今すぐここから逃げろと、警戒信号をビンビンと発してしまっている。
更に最悪な事に、今度は鍋の中から節足動物のような足が十本近く出現し、巨大なハサミを二対もった巨大なカニのような化け物が出現する。
カニのような見た目の化け物には、人間二人を丸のみできそうな程に大きい口が付いており、其処からよだれがボタボタと垂れている。
この現状に、シルフィはすぐにリリィの胸倉を掴み、怒り出す。
「なんの遠慮!?こっちが召し上がられるわ!一体何をしたの!?何を如何したらあんな化け物が召喚される訳!?」
「失敬な!私はインプットしたレシピ通りに調理いたしました!」
「じゃぁあれ何!?完全に以前よりもマズイ化け物が出現しているでしょうが!胃袋掴むどころか、心臓掴まれるわ!!」
「そんな!アップグレードした私が、何故このような!?」
「どう考えてもアンタの読んだレシピに錬金術とか召喚術の本混ざってるでしょ!?アップグレードされたの完全に毒性と召喚される化け物でしょうが!!」
等と言うケンカをしていると、カニのような化け物は、シルフィ達に襲い掛かりだす。
戦いになるというのであれば容赦はしないと、リリィとシルフィは対処に当り、召喚された化け物は何とか鎮圧された。
幸い、そこまで強力な敵では無かったおかげで、シルフィのバスターソードの一振りでどうにかなった。
それはそれとして、ちょっと怒り気味のシルフィは、リリィに一言告げるべく、正座させる。
「リリィ」
「……はい」
「今後料理禁止」
「(ガーン)」




