大事な事は言葉で 後編
一週間前
基地から逃げ出したリリィとシルフィは、連邦の追跡をかわしながら、逃亡を続け、見つけたほら穴の中で休んでいた。
半永久機関を持つリリィであっても、生成できるエーテル量は一定、ジャックの使用していたウィングのエーテルを用いても、長時間の飛行はできない。
できるだけ長く飛ぶために、低空をゆっくりと飛行し、追っ手を回避しつつ、移動を行った。
そして、飛行に使用できるエーテルも尽き、まだ動けないシルフィの事を担ぎ、偶然にもほら穴を発見し、其処で一晩を明かす事にした。
「お疲れ様、リリィ」
「ありがとうございます」
ほら穴の中に入ると、此処まで色々と大荷物を抱えて飛行したリリィは、ライフルを手に、入り口で見張りを行う。
シルフィは穴の奥で、リリィに壁へともたれかからされ、体を休めていた。
天を使用した鬼人拳法は相当な負荷だったようで、未だに痛みは取れないようだ。
「ところで、逃げてきたのはいいけど、この後如何するの?行くあてとか有るの?」
「……私達アリサシリーズは、命令が無い場合は、私達を運用する事を前提とした基地に行くことに成っています、此処から最短は、我々の本拠ですね」
「本拠?リリィのお家って事?」
「まぁ、そんな所です、詳しい場所は、言えないようプログラムされていますので、申し訳ありません」
「そうなんだ」
「……所で、そのバックパックはどうしたのですか?
「ああ、これ?ジャックが返すって……」
「……」
「……」
リリィが唐突にバックパックの質問をして来る。
簡潔に無くした筈のバックパックを入手した経緯を説明した瞬間、リリィは警戒を始め、完全に戦闘態勢と言えるような雰囲気を漂わせている。
そんなリリィを見て、シルフィが思い浮かべたのは、時々使用していた無線機と言う機械。
遠くに居ても、まるで近くに居るかのように会話ができる代物なのだが、もしかしたら、今の状況の言葉等を、一方的に聞く事の出来る機械があってもおかしくはない。
そう考えた途端、シルフィはバックパックの中身を検め始め、リリィもそれに協力し始める。
「何!?なんか変なのでも仕掛けられてるの!?」
「もしかしたらです!盗聴器や発信機の類が付けられていてもおかしくは有りません!!」
二人は慌てて持ち物の検査を始める。
もしかしたら、発信機の類が取り付けられ、既に敵が隠れ場所を掴んでしまっている可能性が有るのだ。
そんな危機感を覚えながら、二人はバックパックから次々と持ち物を取りだし、一つ一つ検める。
中にはシルフィが勝手に持ち出したアリサシリーズ用の武器の他にも、ジェニーの持ち物が幾らか戻されていた。
それらには、此れと言った仕掛けは無かったので、今度はジャックが入れたと思われる備品が次々出て来る。
リリィの世界では普通に売られている調味料に、木製の食器、様々な料理道具、更には化粧品や手鏡等が入れられていた。
「何!?なんか変なのたくさん出てきたんだけど!!」
「中華鍋に、おたま、菜箸、泡だて器、塩、コショウ、醤油、ミソ、酒などの調味料、調理器具、そして、化粧水にファンデーション、ハンドクリーム、手鏡、化粧落としの類……あの人自分のバックパックと間違えて居ませんか?」
「アイツ何時も戦場にこんなの持ってるの!?」
「ええ、バックパックが質量保存を無視して装備を入れられるようになってからは、弾薬等よりもこういった生活必需品を入れている事が多いそうです」
「いや、アイツ本当に戦場に何しに来てるの!?敵に塩を送るどころか、フルコース料理送られてきた気分なんだけど!!」
「仮に彼女を倒して、逃げ延びた後で、餓死されてしまったら困ると思ったのでしょうか?携帯食料も有りますし」
「その場合だと、入れられた装備の前半は解るけど後半は何?何をする道具なの?水もミルク?もマズイし、腐った奴入れられた?」
ジャックの用意したのかもしれない装備品の類、大体が生活必需品なのだが、その一部はシルフィの知らない物だった。
そのせいで、化粧水やハンドクリームを、水を飲むようにして飲んでしまっている。
そんなシルフィを見て、リリィは急いで止める。
「あ、それ食べ物じゃありませんよ!顔や手に塗る奴です!」
「塗る?薬なの?」
「……えっと、薬と言いますか、化粧品と言いますか……」
「え?色とかつかないけど、意味あるの?」
「(そう言えばこの子狩人だったな)カモフラージュの為では無く、第三者に美しくみられる為のお化粧ですよ」
「ああ、戦利品の歯とか繋げた奴を首にかけるみたいな奴?」
「そうですね(何?この思い出したかのような狩人設定の会話)」
そんな会話を挟みながらも、二人は大量の荷物を検め終え、特になんともない事が判明し、一安心した。
だが、これでますますジャックの狙いが解らなくなってしまう。
このまま見逃してくれるとは、とても思えないのだが、もしかしたら、本当に敵に塩を送っただけなのかもしれない。
その仮定が正しかったとしても、そんな事をする理由が、リリィには解らなかった。
仮にジャック自身が、後で決着を付けようと考え、色々と詰め込んだというのであれば、発信機か盗聴器位付けていても、おかしくはない。
「(まぁいい、一先ず食料の方は何とかなるか)とりあえず、今は何かお腹に入れた方が良いでしょう」
「あ、ありがとう」
考えを切り上げたリリィは、空腹状態のシルフィに携帯食料を渡す。
戦場では使用の限られる火を、できるだけ使わない様に、封を開けたらすぐに食べられるものだ。
保存性と栄養面のみを考慮して作られている為、味は非常に悪いパウンドケーキのような物だ。
手渡された食料を、辛い表情で食べるシルフィは、リリィの事をじっと見つめる。
「……如何かしましたか?」
「何か、背伸びた?」
「え?まぁ、はい」
「それから、何か嫌な事でもあった?」
「何故そう思うのです?」
「なんとなく」
「……」
シルフィの言葉を聞いていると、リリィは妙な高揚を覚える。
シルフィの言っていたように、今のリリィは少し身長が高くなっている。
とはいっても、伸びたのは精々二センチ程度、パッと見ただけでは、誰も変化に気付かないだろう。
本当に細かい変化であるというのに、気づいてくれたのが、少し嬉しかった。
だが、嫌な事が有ったという事まで見抜かれたのは、少し引いてしまったが、それでも、気づいてくれたことは、とても嬉しく思う。
「ちょっと、お話ししようか」
「はい」
リリィは、見張りを一旦止め、ほら穴の奥にシルフィと座り込み、話を始める。
せめてお茶菓子の一つでもあればよかったが、クソ不味い携帯食をかじりながらと、とても女子同士の話し合いには見えない。
「で、何か有ったの?」
「その、やはり貴女を連れ出してしまった事に、少し罪悪感が有りまして」
「……なんだ、そんな事か」
「そんな事って」
「そんな事だよ、リリィに連れ出されなくても、私はリリィを助け出すのに協力していたんだから、処刑は免れなかっただろうし、今はむしろ、出て良かったって思ってる」
「……何度か後悔していた割には、随分ポジティブになりましたね」
「そりゃ、リリィに何度も叱られちゃったしね」
後悔している暇が有れば、今如何するかを考えろ。
リリィに何度か言われた言葉だ。
以前までのシルフィは、後悔の念に押しつぶされそうになることが、何度か有ったが、今ではそうでもない。
別に過去から目を背けたという訳では無く、過去を全て受け入れ、背負い、見つめながら生きる事にしたのだ。
過去と言うのは、鉛のように重く体にのしかかることもある。
潰されてしまうかもしれ無くとも、生きなければならない、過去が追ってきたとしても、今如何するかという事に集中し、強く生きる。
これがシルフィ成りに、リリィの言葉を解釈した結果だ。
「……私がこう言っても、後悔は晴れない?」
「はい、とても重くのしかかっている気分です」
リリィの覚える罪悪感、それはシルフィの事をジャックのような化け物にしてしまった事もある。
そして、リリィ達の世界の事情を、異世界の人間であるシルフィにまで背負わせてしまった。
利用するための道具として、戦力として連れ出した結果が、今の後悔に繋がってしまっている。
まさか、シルフィへ好意を寄せてしまう程、感情モジュールが高性能だったとは、思いもよらなかった。
そう言えば終わってしまうが、何故ヒューリーが、こんなプログラムを施したのか、リリィには解らなかった。
そして何より、本来であれば犯してはならない罪を、リリィは背負ってしまった。
どんな理由が有っても、犯してはならない罪。
こんな事であれば、最初からシルフィの事なんて見捨てて、一人で行動するべきだった。
なんとも愚かな自分に、リリィは拳を握りしめ、歯が折れてしまう位、強く食いしばる。
「……リリィ」
「何でしょう……うわ!?」
後悔の念に苛まれているリリィの頭を、携帯食を食べ終えたシルフィは、半ば強引に自身の膝の上に乗せる。
少し恥ずかしい気のシルフィであるが、膝の上に乗せたリリィの頭を、そっとなでながら微笑む。
「気負い過ぎ」
「え?」
「ねぇ、私達、友達でしょ?」
「え、あ、まぁ、はい」
「だったら、時には相談して、貴女の悩みも、後悔も、私が一緒に背負うから、お互いに、お互いの事を支え合う、それが友達でしょ?」
「……シルフィ」
なんとも、臭いセリフだ。
リリィはそう思ってしまった。
シルフィの言ったセリフは、人間がよく言う、仮初の仲良しごっこのセリフ、リリィにとってはそう言った印象だ。
だが、胸の内から、ふつふつと、何かが沸き上がって来る何かを、リリィは感じる。
「(何かは解らない、だけど、これ以上は感じてはいけない気がする)待ってください、貴女には、私の悩みは重すぎます、だから、これ以上は……」
「アラクネさんから聞いたよ、すっごく辛い思いをしていたんでしょ?その過去を、今も背負っているんでしょ?」
「そ、それは」
「出会ってからだって、私のワガママに付き合わせちゃったり、嫌な人からの命令も、聞いていたんでしょ?だったら、今は自由で居なよ、せめて、次の目的地に着くまで」
「(やめて)」
「貴女の孤独は、私が埋める、お姉さんの居ない寂しさをちゃんと埋められるか解らないけど、一人で居るより、ずっといいでしょ?」
「(もうやめて)」
「貴女の背負う苦しみは、私も一緒に分かち合う、だから、もう一人で悩まないで」
「(ダメ、もう、抑えられない)」
沸き上がってきた何かを、リリィは受け入れる。
そうしたら、シルフィの事を抱きしめていた。
そうして、どんどん沸き上がっている何かは、爆発したかのように膨れ上がる。
「好き」
シルフィの事が好き、噴き上げてきたものはその思いだった。
それがわかった瞬間、リリィはシルフィの事を抱きしめ、告白していた。
だが、シルフィにはリリィの突然の行動に理解が追い付いていなかった。
「え?」
「好きす、私も、貴女の事が、大好きです」
「え?ちょっと、待って、急にどうしたの!?(も?もって何!?)」
「(シルフィが悪いんだ、シルフィが、私の事をダメにしたんだ……絶対責任取らせてやる)」
「リリィ?」
「貴女は覚えていないでしょうけど、貴女も私に好きだと言ってくれたんですよ、ほ、頬に、き、き、キスまで、して」
「え?え?え?」
リリィの言葉に、シルフィは顔を真っ赤に染め上げながら記憶を巡らせる。
ジャックに刺された日、リリィの腕の中で、何かを言った記憶は確かにある。
だが、何を言ったか覚えておらず、モヤモヤしていたのだが、今完全に思い出した。
リリィに自身の気持ちを打ち明けただけに留まらず、頬にキスまでしてしまったのだ。
思い出した途端、シルフィは恥ずかしさで長い耳の先端まで、真っ赤に染め上げてしまい、心なしか湯気まで出ている、気がする。
そして、リリィを退けたシルフィは、遂に発狂してしまう。
「ウワアアア!!!」
「シルフィ!?」
「あれは!!あれは!!違う違う!!ノーカン!ノーカン!ノーカン!ノーカン!ノーカン!」
「何処の班長ですか!?それに、今更撤回しないでくださいよ!今まさに口説かれた直後でもあるんですからね!!」
「え、口説いた?何時?」
「今ですよ!思いっきり臭いセリフ吐きまくって、私の事口説き落としていたでしょうが!」
「あれは単純にリリィに元気出してほしかったのと、もっと仲良く成りたかったの!!」
「それを世間一般では口説いてるというんですよ!!」
「そんなつもりは無かったの!!」
「アアアア!!」
恥ずかしさのあまり、シルフィはリリィの事を思いっきり突き飛ばしてしまった。
しかも、今のシルフィは、パワーが上がっており、体力もそれなりに回復してしまっている。
そのおかげで、リリィは目の前に有る壁に勢いよく叩きつけられ、めり込んでしまった。
「ああ!リリィ大丈夫!!?」
「は、はい、何とか」
「ゴメン!まだ力が制御できてなくて!!」
――――
必死にリリィを壁から引き抜こうとするシルフィと、何とか抜け出そうとするリリィ。
此処に至るまでの会話を、盗み聞いていた存在が一人、厳密には一機が、遥か上空に佇んでいた。
黒い鉄の巨人、ドラゴンのように大きな翼をもった、禍々しい印象のエーテル・フレーム。
かつてシルフィが目撃し、サイクロプスとの闘いで、高みの見物をしていた機体と同じ個体だ。
その内部、胸の部分にあるコックピットにて、カルミアは目を見開き、口を引きつらせながら、機器を操作する。
「……クソみたいな会話聞かせやがって」
舌打ちをし、聞いているのも嫌に成ってしまい、盗聴している音声を録音だけにして、シルフィたちの音を遮断する。
機械化されている四肢と、義体を直接シートや機器に繋げており、エーテル・フレームのセンサーが認識している全てを、カルミアも認識している。
そして、こっそりリリィに仕掛けていた盗聴器が良好である事を確認し、録音したシルフィの言葉をリピートする。
なんとも腹立たしい言葉の数々に、カルミアの怒りは頂点に達する。
「シルフィ・エルフィリア、お前はアタシを、いや、アタシ達を否定した、もはや、お前はアタシの敵だ、アタシは、アタシを否定する存在を許さない、お前のような偽善者を許しはしない」
体を震わせながら、カルミアはシルフィへの怒りを強める。
「お前の偽善は、誰も救わない、ただの一時の慰めでしかない、その事を必ず解らせてやる」
眼球ユニットが取れかねない程に目を見開きながら、セリフを吐き捨てたカルミアは、リリィのいう本拠へと移動を開始する。
「(今はまだ早い、オモチャを壊すときは、より高い所に持ち上げてから、叩きつぶす方が面白い)」
とても子供がしないような笑みを浮かべながら、カルミアは基地へと帰還する。
自身の中に渦巻いている野心を叶える為に。




