悪鬼羅刹の誓い 後編
シルフィがジャックとの闘いを繰り広げている頃。
リリィは、エーテル・ギアの調整を終え、大至急自身の義体に意識を送り込み、起動させる。
「(今度こそ、私は……)」
勝ってみせる。
その意気込みを可能にするべく、リリィはこの基地に置かれているアリサシリーズ用の武器を、持てるだけ装備する。
本来であれば、重武装による戦い方はゴメン被る所であるが、施設のほとんどをジャックに潰され、外に出るしか、リリィに選択肢はない。
そうなると、外に居る連邦の部隊と戦う事に成る。
だったら、せめて外だけでも殲滅すれば、本命であるジャックが姿を現す。
そう考え、雑兵達を倒せるような武器だけを持って、リリィは出撃する。
「AS-103リリィ、出撃する!」
脚部に装着したブースターユニットで、一気に加速し、外に出たリリィは、一目で友軍が劣勢に立たされている事を認識する。
既に、連邦製の人型兵器、エーテル・アームズ『ルプス』が、攻撃を開始している。
体長五メートル程の、鉄の巨人たちは、両腕に装備されているガトリング型のエーテル・バルカンや、肩部にマウントされている大型の武器で、次々と基地を制圧している。
他にも、一緒に降下してきた通常の歩兵や、大量のアンドロイド兵たちも、戦いに参加している。
だが、航空戦力の類は、まだ輸送機やガンシップ程度しか確認できておらず、まだリリィの独壇場には成る。
「……申し訳ありませんが、死んでいただきます」
リリィは、両手に装備した長銃身モデルのエーテル・ライフルを使い、空に飛んでいるガンシップや輸送機を撃ち落とし、歩兵たちに向けて、掃射を開始する。
ライフルは単発式ではあるが、機銃掃射並みの連射能力を繰り出し、下に居る連邦の兵士たちを正確に狙い撃つ。
だが、リリィとは違い、量産向けの簡易的な構造のアンドロイド兵たちは、数が多く、ライフルの射撃だけでは手が足りない。
なので、背部にマウントされているサブアームで、通常の榴弾を装備したランチャーと、ライフルの下部に装着している擲弾を使い、範囲攻撃を開始する。
実弾兵器であるが、ジャックのハンドガンのように、エーテルを充填しておく事で、通常の榴弾よりも遥かに威力の高い爆撃を行える。
下に居る連邦軍たちも、爆撃を回避しつつ、上空に向けて攻撃を開始するが、脚部のブースターで向上した機動力を前に、当てるのは至難の業だ。
オマケに、誘導兵器が使えない事も起因し、空中を高速移動するリリィには一発も当たらなかった。
「(エーテル、充填完了、一斉射撃)」
回避行動を続けるリリィは、腰部にセットしておいた二門の砲を地上に向ける。
出来る限り多くの敵を巻き込める場所をロックし、充填していたエーテルの全てを解放する。
同時に、両手に持っているライフルを最大出力で照射し、より多くの敵を薙ぎ払う。
「……まだ来るか」
下の方はある程度一掃した辺りで、上空から新手の反応を検知する。
空の方を見ると、三機の巨大な翼を生やしたエーテル・アームズ『コンドル』が姿を現す。
地上で戦闘を行っているルプス型が地上戦闘を目的としているのに対し、コンドルは、空中戦闘を主眼に置いた機体だ。
「(今のままだと、機動力は負けるか)」
その判断と共に、既に無用の長物と化している実弾兵器の類を切り離し、リリィは、コンドルとの戦闘を開始する。
体格は、ルプスと対して変わらないとはいえ、彼らの背部のスラスターは、かなりの性能を持っている。
そのおかげで、スピードや機動力のスペックは、両者違いはない。
しかし、やはり小さいというのは利点となっており、コンドルたちが両手に装備されているエーテル・ライフルの命中率は、かなり低い。
だが、三機のパイロットたちは、かなりの実力を持っており、コンビネーションも完璧だ。
「(成程、あの三人まで起用するとは、何が何でもこの戦いに勝つつもりか)」
これほどの実力を持っている連邦の兵には、心当たりがある。
ならば、本気でかからなければ成らないと思い、腰のブレードを抜こうとした時、視界にジャックとシルフィが映り込む。
「(シルフィ!?それに、アイツまで……)」
リリィの最優先事項は、ジャックを倒す事であるという事に変わりはない。
三機のエースが居るとはいえ、やはり最優先事項を何とかして遂行しなければならない。
その前に、目の前の三機を撒かなければならないので、脚部のブースターに、可能な限りエーテルを集め、足から切り離す。
「悪いですね」
切り離したユニットを狙撃し、爆発を引き起こすと同時に、リリィはすぐにその場から退避する。
ブースターに仕込まれた膨大なエネルギーが誘爆したことで、三機とも制御を失い、墜落してしまう。
その事もしっかりと確認したうえで、リリィは急いでシルフィの元へと駆け付ける。
物凄いスピードで近寄って行くと、だんだん二人の会話も聞き取れる位にまで接近する。
「しr」
「大胸筋矯正サポーター!」
「ブラ!」
「大腸菌矯正サポーター!」
「お前どんだけてんぱってんだよ!?大腸菌の何を矯正すんだよ!?そんでもって、お前の親が付けていたのはブラだ!」
「大胸筋矯正サポーター!」
「戦場で何を言い争ってんだお前らぁぁぁ!!?」
「イビデ!?」
「ヒデブ!?」
高速で接近していくと同時に、リリィは両手のライフルの銃床を使い、言い争いを始めているシルフィとジャックの脳天をぶっ叩く。
そのおかげで、ライフルは粉々に砕けてしまったが、そもそもジャック相手にライフルなんて、ただの鉄パイプ程度にしか役に立たないので、戦う時は放棄した方が良い。
だが、そんな事よりもツッコミたい事が山ほどある。
「いろんな人達が必死に成って戦っている中で、アンタらは一体何を言い争っているんですか!?」
「だってこのロリコンが私のお父さんが付けてた大胸筋矯正サポーターをブラって呼ぶの!一緒に弁解してよ!」
「一体何を如何したらそんな会話が成立するんですか!?」
「お前が悪いんだろうが、この貧乳エルフに、父親は実はただの男装母だって事黙ってたのが悪いんだろうが!」
「私のせいですか!?」
「何!?知ってたの!?貴女知っていながら黙ってたの!?」
「え!あ、まぁ、はい」
「うえええん!もう誰も信じられないよぉぉ!!」
「ああもう!そう言うのはいいですから!ていうかシルフィ、貴女大事なツッコミ役なんですから、其処のミカヅキモ程度まで知能落とさないでください!」
「うるさい!そんな事より何で黙ってたの!?」
「誰が理科の教科書の最初の方に書かれてる微生物だゴラ!!」
「……まぁ、其処の単細胞生物は置いておくとして、シルフィ、此方へ」
「え、ちょ」
ジャックの怒りの言葉を無視したリリィは、シルフィと一緒にジャックから距離を取ると、シルフィの容態を確認する。
着ている病人服がボロボロになっている所以外、此れと言って目立った外傷は無い事が解り、一先ず安堵し、シルフィに抱き着く。
聞く感じでは、修復した心臓も、しっかりと機能している事も、一緒に確認する。
「良かった、無事に回復して」
「ちょっと」
「ごめんなさい、こんな戦いに巻き込んでしまって、私が至らないばかりに……」
「……もう、良いって、それより、今は目の前の事に集中しようよ、アリサ」
「ええ、そうでしたね……あの、今なんと」
「え?」
「今、私を何と呼びましたか?」
最近までずっと呼ばれていたせいで、思わずスルーしかけてしまったリリィであったが、シルフィがアリサと呼んだ事に気が付き、シルフィを睨みつける。
その辺りの記憶を、運悪く失ってしまっているシルフィは、何の事だかという感じであるが、リリィからしてみれば、結構気にする部分である。
折角教えたというのに、普通に忘れてしまっているシルフィに、物凄い威圧感を出しながら接近し、シルフィは、その威圧に怯えてしまう。
「え、えっと、アリサ?」
「……教えましたよね?私の名前、それともあれですか?二人きりの時、ゆっくり言いたいとか、そんな感じですか?なら謝りますけど、一先ずここで一回呼んでもらって良いですか?」
「え、あ、えっと……ゴメン、何時聞いたっけ?というか、出血が酷くて、幾らか記憶抜けてるみたいで……」
「……もう!ちゃんと言いました!恥ずかしかったけど、ちゃんと言ったんですからね私!!」
「ちょっと!なんか見たことない感じのキャラに成ってるよ!?」
「そりゃキャラも崩壊しますよ!アンドロイドが本名を教えるなんて、本来婚姻みたいな感じなんですからね!!」
「何そのハンカチ拾ってもらっただけで運命感じちゃうヤンデレヒロインみたいな言い方!!?」
「うるさいですよ!もう知りません!せっかく名前教えて、出血のせいで忘れたとか!信じられません!!」
「ゴメンって」
「……」
普通に痴話げんかを始めてしまっている二人の事を、ジャックはじっと眺める。
表面では平静を保っている様に見えるが、内心かなりを動揺しており、如何するか思い何でしまっている。
大抵の事であれば、此れと言った動揺も見せずに、任務を遂行して来た彼女であるが、今回ばかりは状況が違いすぎる。
目の前に居る二人の少女、彼女たちの痴話げんかを見ていると、心が異常なまでに揺らいでしまう。
「(ヤバい、如何しよう、俺は一体どうすれば……)」
考えに考えた結果、四つの選択肢が浮かんでくる。
1・ス〇ードワゴンの如く、クールに去る
2・このまま眺める
3・終わるまでソシャゲの周回
死・いっその事混ざりに行く
といった選択肢が浮かんでくるのだが、ジャックが出した答えはというと……
「(如何しよう、もどかしい、ヤバい、教えてあげたい、百パーセントの善意で、でもダメだ、このもどかしさが良いんだよ、でもまぁ、こういうケンカップル系、好きよ、許してほしかったら、私にキスしなさいとか、好きって言えとか、そう言う感じの……グヘヘ)」
二人の痴話喧嘩を眺めながら、目の前の二人を題材に妄想に浸る、であった。
実際、ジャックは姉妹百合やオネロリを中心に愛読しているというだけで、そのほかのジャンルも普通に愛読している。
「(この場合、やっぱりリリィの奴が主導か?いや、此処はあえてシルフィの方を……)」
「フンッ!」
「ダビデッ!!」
等と考え、ニヤニヤとしていたら、シルフィの鋭い蹴りが、ジャックの顔面に直撃し、近くにあった軍用のトラックに突っ込む。
「何いきなり不意打ちかましてるんですか?」
「いや、何かイヤらしい妄想されてる気がして」
「気にしないでください、そう言う奴ですから、それよりも今は私の名前の事だけを考えてください」
「(……それってつまり、他の女の事よりも、私の事だけを考えてくれと言う事か、やっぱロボッ娘キャラは独占欲強めなのがいいよね)」
「うっさい!」
「ブフゥ!」
サイコ・デバイスのせいで、ジャックの妄想を受信してしまったリリィは、腰のエーテル・キャノンで、ジャックをトラックごと吹き飛ばした。
実際、ジャックの考えていた通りの事なのではあるが、指摘されて恥ずかしく成ってしまっている。
爆炎に包まれたジャックを完全に無視するシルフィは、冷や汗を流しながら、リリィにもう一度名前を教えてもらうように頼み込む。
「え、えっと、その、もう一回教えて、こんどは絶対忘れないから」
「……す」
「え?」
「リリィ、です、私の名前」
「リリィ、可愛い名前だね」
「……それは、前にも聞きました」
笑顔で感想を述べたシルフィの顔を見るなり、リリィは恥ずかしさで顔をそらしてしまう。
更に、同じ事を言われた後で、シルフィがリリィに対して好きだと言ってくれた時の事も思い出す。
恐らく死に際の一言のつもりで言ったのだろうが、そんな時に嘘を言うとはとても考えにくい。
名前も好印象、そして何より、死に際に好きと言ってくれた。
そう考えただけで、リリィは今まで以上に顔を崩してしまう。
「(それに、シルフィは私が好き、エヘ、ウへへ~)」
「(アリ……じゃなくて、リリィ、何か嬉しそう……と言うか、さっきの件で、私も怒って良いのかな?)」
普通に喜んでいるリリィの事をシルフィは、ジト目で見つめる。
シルフィがリリィに怒りたい事は、自らの親、ジェニーについてだ。
さりげなくはぐらかされてしまったが、一先ず聞いておきたい事が山ほどある。
「ところでリリィ、一つ聞きたいんだけど」
「(好き、好きかぁ~ウヘヘェ~)」
「リリィ!」
「は!はい!何でしょう!?」
「……私のお父さん、と言うか、お母さん?もうどっちでもいいか、私の親の事なんだけど」
「……えっと、な、ナンノコトデショウ」
「……何で黙ってたの?」
「イエ、オコタエデキマセン、ニュウリョクホウホウヲ、カエテ、サイド、ケンサクシテクダサイ」
「都合のいい時だけロボット風に成るな!」
目を細めながら、リリィは発言する為の機構を弄り、棒読み風にしながら誤魔化し始める。
そして、呑気にコーヒーブレイクをしながらリリィ達の方を眺めるジャックの方を睨みつける。
しかも、コーヒーを堪能するジャックの顔は、何処かツヤツヤしている。(気がする)
「(あのロリコン、余計な事教えやがって)」
「(まぁ、今まで黙っていたお前が悪い訳だし、とりあえずブチュっと行っときなさいって、舌とか絡めて、とっても深いキスを)」
等と思いながら、ジャックはリリィに向けて親指をグッと立てる。
「(なんだよその親指!つか、戦場でキスしろってか!?メス百合豚が!)」
「(キス?リリィと?いや、まだ早いって……あ、リリィ、ダメ、嫌じゃないけど、まだダメ、早いって、イヤ、そんな無理矢理、あ、でも、リリィなら)」
「(おいぃぃ!シルフィがいつの間にか相手の思考読めるように成っちゃってるよ!そして妄想から戻って来て!シルフィ!!)」
「(このシチュエーション、あれだよな、四百歳近くのエルフと、まだ年齢一桁のガイノイド、此れは所謂、合法のオネロリか!?年下の方が経験豊富というギャップに戸惑いつつ、ネコにされちゃうお姉ちゃん、最高だぜ!)」
「(あんな夢見ちゃう辺り、そんな気はしてたけど、やっぱり私、リリィに襲われたいって思ってるのかな?でも、やっぱり好きな人が相手だからって、無理矢理されるのは……悪くないかも)」
「(ごめんなさいシルフィ、私の思考は解らないでしょうけど、全部聞こえちゃってますから、不本意ですが、一方的にこちらが聞き手に回る感じになってしまっているんですよ!)」
「(最初は嫌々ヤってたくせに、終盤辺りではお互い意識するように成り、何時の間にか相思相愛の間柄になって、そのまま幸せにゴールイン、もどかしい両片想いも捨てがたいが、こういうのも悪くないな)」
「(此奴の場合知っていても勝手に続けるだろうな)」
「(うん、俺は勝手にやらせてもらってる)」
「(何でアンドロイドの思考まで読んでんだコイツ!?ギャグ補正有効活用しすぎだ!)」
「(でも、これだけはリリィに言っちゃダメだよね、無理矢理されたい何て変態女って知られたら、嫌われちゃうよね、せっかく名前教えてくれる位心を許してくれたのに……仕方ない、夢と妄想だけで我慢しないと……あ、其処はダメ、リリィ)」
「(愛が抑えられなくなり、暴走してしまったガイノイド、その無理矢理な愛を受け止める抱擁力の高いエルフの少女……うん、捗る!)」
顔を赤らめ、恥ずかしそうにイヤらしい妄想をするシルフィと、人目を気にせずに興奮するジャック。
この二人の思考を読まなければならないリリィは、どんどん怒りが込みあがって来るのを感じ始める。
シルフィの妄想は、彼女の好みを知る絶好の情報源なのだが、ジャックに至っては、ただの妄想なので、普通に腹が立つ。
だが、それよりも、戦場でこんな事を妄想する二人を止めるべく、リリィは声を荒げる。
「いい加減にしやがれ!妄想中毒者共が!!」




