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悪鬼羅刹の誓い 中編

 刀に炎を纏わせたジャックは、一気に距離を詰めてきたシルフィを迎え撃つ。

 ジャックが刀を使用して戦っている事に対し、シルフィは素手。

 明らかにシルフィの方が不利に思えるが、そんな事は無かった。

 むしろ、以前の戦いがお遊びであったかのように、シルフィはジャックを相手に立ちまわる。


「(なんだろう、ジャックの動きが遅い、それに、私の体、羽みたいに軽い)」


 まるで、自分の体が羽毛にでもなってしまったかのような感覚となるシルフィであるが、本当に体が軽く成ってしまった訳ではない事は、攻撃した際に解る。

 何故ならば、かつては攻撃が命中したにも関わらず、たいしたダメージを与える事が出来なかったジャックに、確実にダメージを与えているのだ。

 しかも、ジャックは避ける素振りを見せているにもかかわらず、シルフィの攻撃を受けている。

 つまり、今のシルフィの攻撃は、ジャックの反応速度ですら追いつけない程だという事だ。

 だが、ジャックもやられるがままと言う訳では無く、お得意の剣術の構えを取り、シルフィに繰り出す。


「ッ!桜我流剣術・炎討ち!」

「アッツ!」


 その叫びと共に、ジャックはシルフィに対して横薙ぎの一撃を繰り出す。

 強い踏み込みを推進力にした一撃必殺の技であり、ジャックの使用できる技の中で、最も扱いやすい物だ。

 普通の人間であれば、振るわれた事にも気づかないような代物であるが、シルフィはバックステップで回避する。

 だが、若干反応が遅れてしまい、シルフィの腹部に火傷を伴った切創が出来上がってしまい、火傷の熱さと、切断による痛みが、シルフィへと襲い来る。

 その怪我は、今まで味わったことの無い類の痛みをもたらし、動きを止めてしまう。

 ジャックの追撃に警戒するシルフィであったが、痛みに表情を歪めるシルフィを見て、ジャックは刀を担ぎながら、ゆっくりと近寄り、何故か助言を行う。


「……集中しろ、傷口にエーテルを集中させて、傷を治せ、今のお前なら、火傷と切創程度であればすぐに治る」

「(なんなのコイツの変な優しさ!?)」


 等と思いながら、激痛で涙目のシルフィはジャックの言った通りにエーテルを操作し、傷を塞ぎ始める。

 成れない事ではあるのだが、開いた皮膚だけでなく、焼かれた肉さえも、僅か数秒で回復する。

 しかも、ジャックは完治するまでの間、律儀に待っている。

 完治させたシルフィは、今の自分の体の奇妙さに首をかしげながら立ち上がり、ジャックを睨みつける。


「私、ヒーリング何て使えないんだけど」

「俺もだ、光の方に一切の適性は無い、だが、鬼人拳法ってのは、基本的に肉体の操作を行う事に極意が有る、細胞の一つ一つを操る技術、だったら、回復速度の向上程度、造作も無い、が」

「が?」


 そう言ったジャックは、銃を取り出し、もう片方の手の方は、完全にむき出しにする。

 何をする気なのかと、シルフィが首をかしげていると、ジャックは先ほどシルフィに放ったような強力な銃弾を、自身の腕に使用する。


「な、なにを!?」


 その威力で、ジャックの腕は吹き飛んでしまう、そんないきなりの自傷行為に、シルフィは驚きを上げる。

 一応、ジャックは痛みを感じているようで、顔を少し歪ませている。

 腕を亡くすという激痛を感じながらも、ジャックはおせっかいを焼くようにして、シルフィにアドバイスを送る。


「今のお前程度では無理だが、こんな重症でも、ちょっと工夫して操作すればっ!」


 そう言った後の現象に、シルフィは驚きを上げる。

 本人の口から、ヒーリング能力は無いと言っていたというのに、どういう訳か、非常に強力なヒーリングと同じくらいの速度で、ジャックの腕は再生する。

 まるで欠損部位から生えてきたのかのように見えるような速さだ。


「こうして再生できる、だが、さっきも言ったが、今のお前では、欠損して、くっつけるための腕を無くしたら最後、再生はしない、気を付ける事だ」

「……何なの、アンタのその優しさ」

「……あいつの娘か何かだろ?だったら、ちょっとは手ほどきしておきたいと思ってな」

「……随分思い入れが有るんだね」

「ああ、アイツとは、親友であり、子弟の関係だったからな、ついでに言うとオタク仲間でもある、妹とも一緒に映画とかアニメとかの鑑賞会やってた」

「最後の方の情報どうでもいい!死ぬほど!」

「じゃぁ再開するか!」


 そう言ってスーツを着直したジャックは、いきなり再開する。

 炎を纏い、攻撃能力を高めたジャックの刀に対し、シルフィは自身の拳に、グローブ状に魔力を纏わせ、応戦する。

 だが、直接受け止めるような事はせず、極力刀の鎬の部分を狙って、攻撃を回避している。

 ジャックのアドバイスのおかげか、多少の火傷程度であれば、僅かな時間で回復し、戦いを続行している。

 明らかに最初に戦った時よりも、シルフィは段違いに強くなっている。

 だが、ジャックは、シルフィが強くなっているという事は、戦う前、というよりも、心臓を突き刺した時から解って居た。

 ジャック達の様に、人でない細胞を持つ者が、頭部を破壊されずに、命の危機に瀕した時、体に変化が起こる。

 全身の細胞達は、何とかして体を存続させようと、死んだ後でも代謝を続け、延命措置を行う。

 そして、何らかの外部的要因、もしくは、自分自身の細胞達が、自力で死んだ脳を蘇生させた時、その体に潜在する力が引き出される。

 制約として、これは一生に一度しか使えないという物だ。

 いわば、外敵から身を守るための、最後の手段ともいえる。

 しかし、今のシルフィの実力は、ジャックの想像を遥かに超えていた。

 鬼人拳法を使用しても、力負けするようなただの少女だったというのに、今は経験以外の全てを圧倒されている。


「(それだけじゃない、たったそれだけで、これほどまでの力を手に入れる事はあり得ない……考えられるとすれば、今まで積み上げてきた全てが、潜在能力の解放と共に吹き出てきたのか?あるいは、何らかの術の影響で、押さえつけられていた力が、解放された、と言った所か、そうなると、此れが、あの少女、シルフィの、実力)」


 考察を終えた辺りで、ジャックの腹部に、シルフィの強烈な正拳が繰り出され、内臓の全てが、すり潰されたかのような感覚に陥る。

 血や内容物を口からまき散らしながら、怯むジャックに、シルフィは鋭い眼光を当てながら、構えを取り、力を込める。


「これで、決める!!」


 力いっぱい踏み出したシルフィは、ジャックの急所と言える部分に、容赦無く打撃を繰り出す。

 まるで、幻覚でも見せられているのではと、疑ってしまう程、ジャックという化け物を、シルフィは圧倒する。

 スーツの防御力や、今まで鍛えてきたジャックの肉体の防御力さえも受け付けず、シルフィの攻撃は、完全にジャックへとダメージを与えている。

 そして、最後の一撃として、シルフィは全身の体重全てを乗せた一撃を、ジャックの顔面に繰り出す。

 結果、ジャックの顔面は砕け、破裂したかのように損傷させながら、近くの倉庫へと吹き飛び、瓦礫に押しつぶされる。


「……凄い」


 シルフィは、自身の体に起きた変化に戸惑いながらも、警戒は怠らずにいる。

 顔面を潰しても、ダメだと言われていたので、まだ生きているだろうと、考え、シルフィは構えを継続する。


「今度こそ、アンタを倒す、だから早く起きてよ、その程度で死ぬような人じゃないでしょ?」

「フ、フハハハハ!これは凄い、想像以上だ」


 瓦礫の中から高笑うジャックは、爆発と共に脱出し、シルフィの目の前に現れる。

 先ほど付けた筈の傷は、全て塞がっており、顔の方も完全に再生している。

 やはり、ただ単に殴るだけでは、ダメージと言えるような物を与える事ができないようだ。

 だが、シルフィも同じ方法で傷を治しているだけあって、回復能力に限界があるという事は、薄々感じている。

 鬼人拳法による回復も、ヒーリングと同じで魔力を使用する。

 確かに燃費は良いのだが、それでも、回復ばかりしていては、ただ魔力を消費する一方でしかない。

 それも踏まえれば、回復を続けた結果、回復しきれない事に成ってしまう。

 つまり、ジャックを倒すには、魔力切れを狙うしかないのだ。


「如何する?まだ続ける?」

「当然だ……しかし、たいした物だ、その実力、ジェニー以上だぜ、其処までとは驚いた、きっとあいつも喜んでいる事だろうな」

「……ジェニー?誰それ?(お父さんと名前似てるけど)」

「……いや、お前の母親だろ?ジェニー・エルフィリア」

「え?」

「は?」


 戦場の真っ只中だというのに、二人の間に変な空気が流れる。

 爆発やら銃声やら響いているというのに、お互いにジト目で見つめあい、更には冷や汗まで流してしまっている。

 後頭部をボリボリとかき始めたジャックは、自分のバックパックの中から、シルフィのバックパックを取り出す。

 そして、中から家族写真を取り出すと、映っている三人を見つめる。

 真ん中にシルフィ、左にトラウマの金髪エルフ、右側に元部下であるジェニー、目に狂いが無ければ、その筈なのだ。

 目元をグリグリとマッサージしたりして、何度か見無しもしたが、やはりジェニーである事に間違いはない。

 だが、念の為の確認として、ジャックはシルフィの元に寄り、写真を見せる。


「えっと……これだよな?お前の親」

「え?あ、うん、それが私のお父さんで、こっちが義妹のルシーラちゃん」

「おと、え?」

「お父さん」

「えっと、え?……あ、まぁ、とりあえず、此れ返すわ」

「あ、私のバックパック」


 バックパックと写真を返したジャックは、頭を抱えながら、状況を整理する。

 先ず、シルフィの持っていた装備品の全ては、ジェニーの持ち物、それはエーラの行った鑑定で解って居る。

 しかし、シルフィが娘でなく、孫だったとしたら、という考えも浮かんできたが、ジェニーは男嫌いの所があり、その可能性は低い。

 思考を巡らせていると、ジャックはジェニーの趣味を思い出す。


「あ、アイツ、男装が趣味だったわ」

「は?」

「元々中性的な外見だったし、喋り方も男勝りで、男装すると、本当に男っぽい印象になるのよねぇ、アイツ」

「……いやいやいや、ちょっと待って、そうなると、私四百年近く、お母さんの事、お父さんって呼んでた事に成るよね?」

「そうなるな」

「いや、流石に四百年も騙せる物?色々と無理があるでしょ」

「あー、まぁ、そうだが……下着とか、見た事位有るだろ?その時、なんか気付かなかったか?」

「いや、流石に其処まで見てたら気づk……」


 ジャックの言葉で、シルフィは、昔ジェニーの生着替えを見た時の事を思い出す。

 何時もシルフィにすら気づかれない様に着替えていたのだが、その時は偶然目撃してしまった。

 しっかりと女物の下着を、上下に着用していた事や、男の証が無かった事も、思い出してしまう。

 そんな記憶が想起されてしまったシルフィは、ジャックの目の前で顔を青ざめ、固まっててしまう。


「……」

「どうやら思い出したようだな」

「ちょっとゴメン、整理させて」

「いや、そんな落ち込む事でもないだろ」

「うるさい!あんたに解る!?四百年近くお父さんだと思ってたら、実は男装が趣味のお母さんだった事が解った時の娘の気持ち!!」

「女装好きのお父さんよりはマシだろ」

「そうだけど……あ、ちょっとまって」

「如何した?」


 ジャックに謎の真実を告げられたシルフィは、若干錯乱気味に記憶を巡らせる。

 確かに着替えをうっかり見た事はあるのだが、驚いて下の方は良く見ていなかったのを思い出す。

 だが、上の方はしっかりとブラを付けていたが、当の本人が何と言っていたのかをしっかりと思い出す。

 と言うより、誤魔化すための言い訳を思い出した、と言った所である。


「おーい、ちゃんとブラとか付けていたの、思い出したんだろ?いい加減認めろよ」

「違う」

「?」

「あれは、あれはブラじゃなくて……大胸筋矯正サポーターだよ!!」

「いい加減認めろよ!何だよ大胸筋矯正サポーターって!?つか、一体何年前のネタ拾ってきてんだよ!?懐かしい!!」

「うるさい!あれは大胸筋矯正サポーター!形、色、その他!大胸筋矯正サポーター以外の何物でもない!それ以上でもそれ以下でもない!!」

「だから大胸筋矯正サポーターなんて、言葉以外この世に存在しねぇから!お前の親は父では無く、母だ!分かったか!?」

「うるさい!うるさい!あれは大胸筋矯正サポーターなの!お母さんじゃなくてお父さんなの!!」

「認めろ!お前の母親が付けていたのはブラだ!」

「大胸筋矯正サポーター!」

「ブラ!」

「大腸菌矯正サポーター!」

「お前どんだけてんぱってんだよ!?大腸菌の何を矯正すんだよ!?そんでもって、お前の親が付けていたのはブラだ!」

「大胸筋矯正サポーター!」

「ブラ!」

「大胸筋矯正サポーター!」

「戦場で何を言い争ってんだお前らぁぁぁ!!」

「ヒビデ!?」

「ヒデブ!?」


 完全に動揺して、正常な判断を失ったシルフィと、頭に血の上っているジャックが言い争うのを上空から飛来した蒼髪の少女が仲裁する。

 その少女は、黒と蒼を基準とした最新のエーテル・ギアを着込んだリリィだった。


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