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悪鬼羅刹の誓い 前編

 ジャックが基地の内部へと突入した頃、シルフィは病室から抜け出していた。

 何故か鍵がかかっていたおかげで、抜け出すのに苦労してしまったが、扉を破壊して脱走した。

 病人用の長袖長ズボンに、素足と、お世辞にも戦闘に向いている恰好ではないのだが、それでも抜け出さずにはいられなかった。

 というのも、ジャックの存在を、直感的に感じ取ったのだ。

 しかも、此処に向かってくるつもりでいる。

 それも、ここの兵士達を殺しながらである。

 恐らく、シルフィを見つけるまで、出会った全ての兵士を殺すつもりなのだろう。


「(見える、照明ってやつが落ちているのに)」


 部屋の外に出て見れば、様々な物が見える。

 ジャックの攻撃で、照明が落ちてしまっているにもかかわらず、まるで昼間の様に明るく見える。

 その目や音を頼りにして、ジャックを探し始める。

 だが、できればミーアの事も探しておきたい所だった。

 此処の職員とはいっても、非戦闘員に近い戦闘力しか持っていないのだ。

 以前話をした時の去り際、ミーアからは黒い感情がシルフィには見えていた。

 もしかしたら、何か行動を起こすつもりなのかもしれないと、シルフィは走る。

 ただ当ても無く走り回り続けていると、一発の銃声がシルフィの耳に入り込んで来る。

 嫌な予感がしたシルフィは、急いで銃声のした方向へと移動し、二つの人影を発見する。

 だが、片方は死にかけているように見える。


「ミーアさん!!」


 死にかけているのがミーアであるという事を確認したシルフィは、走る足を速め、かなりの高速で移動する。

 正に目にも止まらぬ速さで動くシルフィは、数秒程度でジャック達の姿を捉える。

 既にミーアは胸に銃弾を受けており、目の前のジャックは、トドメと言わんばかりに、自身の銃をミーアの頭部に向けている。


「ジャックゥゥ!!」

「ん?」


 マヌケな感じで振り向いたジャックの顔面に、シルフィの鋭い蹴りが直撃する。

 それによって、ジャックは通路のはるか遠くへと吹き飛ばされていった。

 そんなジャックには目もくれず、シルフィはすぐにミーアの元へと駆け寄り、容体を確認する。

 急所には当たっていないが、胸に銃弾を撃ち込まれてしまっており、今にも出血死んでしまいそうだ。

 多少の焦げ臭さが漂っているが、そんな事は気にせず、シルフィは服のお腹の部分の布を引き裂き、止血を試みる。


「待ってて、すぐに止血するから!」

「……待って」

「何で、このままだと」

「ええ、死んでしまうわ、だけど、此れで良いの、これで、あの子達の所に行ける」

「……でも、だけど!」


 既に死を覚悟しているミーアは、シルフィの応急処置を拒んでしまう。

 だが、シルフィからしてみれば、ミーアには生きていて欲しい、だからこそ、このまま見殺しにはできないと、治療を強行しようとする。

 それでも、シルフィの治療を、ミーアは拒んでしまう。

 同時に、涙を流すシルフィは、自らの内側から、あのドロドロとした感じが湧き出て来るのを感じる。

 また、目の前で人が死ぬ、そんな事はもうごめんなのだ。

 このままミーアが死んでしまえば、再びドロドロに飲み込まれてしまいかねなかった。


「シルフィ、最後に貴女を抱かせて」

「ミーアさ、あ」


 死にかけているミーアは、シルフィの事を抱きしめる。

 既に冷たく成りだしているミーアの体に包まれたシルフィは、再度涙を流す。

 もう、あの温もりが消えかかってしまっている。

 すっかり忘れてしまっていた、母の温かさ。

 それを奪った存在に、シルフィは怒りが込み上がり、ドロドロも体を侵食し始めている。


「……ダメ」

「え?」

「飲み込まれてはダメ、貴女自身の憎悪に……飲み込まれれば、貴女は、貴女では無く成ってしまう、だから、思い出して、貴女の目的を」

「私の、目的?」

「どうして貴女は、その力を手に入れようと思ったの?どうして、其処までの強さを、求めたの?何か、夢や目標があったんでしょ?」

「それは……ッ!?」


 ミーアの言葉を聞いた途端、シルフィは強い頭痛を覚える。

 そして、過去の思い出が想起される。

 かつて父と約束した事。


『いいか?シルフィ、力というのは、単純に、勝利する為に有る訳じゃない、自分自身の信念を貫くために有る』

『信念?』

『そうだ、だが、弱者を踏みにじるような、邪な信念は持つのならば、お父さんは、お前に力は与えない、約束できるか?』

『うん』

『それじゃぁ、シルフィ、お前は何のために強く成る?何のために力をもちたい?』

『えっと……』


 過去に交わした大事な約束を、今になって、シルフィは思い出す。

 何故忘れていたのか解らない程、大事な記憶だ。

 それを思い出したおかげで、徐々に感じていたドロドロが消えていくのをシルフィは感じる。


「(どうして、忘れてたんだろう、こんな、大事な事)」

「……そう、それで良いの、憎悪に、飲まれないで、貴女は、貴女が目指す道を、進んで」


 シルフィが大切な約束を思い出したと同時に、ミーアは大量の血を口から吹き出し、シルフィを抱いている力も無く成り、遂に倒れこんでしまう。

 倒れたミーアの手を握りながら、シルフィは涙を流し、ミーアの最期を看取る。


「最期に貴女に逢えて、良かった」

「ミーア、さん」


 息を引き取ったミーアの手元に、娘さんの形見であるタブレットを置き、シルフィは涙を拭い、立ち上がる。

 同時にミーアへの感謝が沸き上がって来る。

 ずっと忘れていた大切な約束を思い出すことができたのだ。


「……」

「……良いのか?そのタブレット(痛って~)」


 ミーアを看取っていると、蹴り飛ばされて痛めた頬をさすりながら、ジャックが戻って来る。

 その事もしっかり認識しているシルフィは、涙目になりながら、ジャックの方を振りむき、視線をぶつける。

 戦闘態勢に入り、すぐにでもジャックとの闘いを行えるようにする。


「ミーアさんは、好きに使って良いって、言っていたから、好きに使っただけ」

「そうか、まぁ、やる気満々なのは別に良いが、外でやろう、これ以上基地に損傷を与える訳にはいかないんでね」


 そう言ったジャックは、指を弾き、ドローンとのリンクを切断する。

 対複数戦を想定した装備であるドローンは、今のシルフィとの闘いでは、ただの板切れ程度にしかならないのだ。

 そんな事は気にせず、外へと歩みを進めるジャックの背を、シルフィは追う。

 同時にシルフィは、ジャックへの警戒を緩めずにいた。

 正直言って、ジャックが何を考えているのか、シルフィには解らない、最近人を見ただけで、気持ち程度ならば、あらかた解るように成った。

 だというのに、ジャックの思考だけは、地味にわかり辛いのだ。

 元々普通に何を考えているのか解らない系の奴であったが、今となっても普通に解らない。

 せめてジャックが何を考えているのか、見透かす為にも、もう少し目を凝らしてみる。


「(……ダメだ、此奴が何を考えているのか解らない)」

「……」


 目を凝らし、ジャックの観察を行っていたと思ったら、ジャックは銃を素早く引き抜き、シルフィへと射撃を繰り出す。


「危なっ!?」

「ほほう」


 照明も無く、薄暗い室内で、ジャックの銃撃をシルフィは回避する。

 不意打ちを見事に回避したシルフィの姿を見て、ジャックは嬉しそうに笑みを浮かべると、更に数回の射撃を行う。

 だが、その射撃の全てを、シルフィは回避する。

 見事に回避する様を見たジャックは、妖しい笑みを浮かべると、弾丸へとエーテルを充填する。

 薬きょうの中に、エーテルを限界までチャージすると、シルフィに向けて引き金を引き、更に強力な破壊力を持った銃弾が繰り出される。

 先ほどまでの銃弾よりも、更に早い銃弾を、シルフィは回避する。

 だが、それによって、シルフィは姿勢を崩してしまい、其処に付け込んだジャックは、シルフィをホールドし、顎に銃口を押し付ける。


「パワーは勿論、瞬発力も向上か、だが、経験の差が少し仇になっていやがるな、今度こそ、此れで終わりか?」

「……そういうの、セーフティ外してから言いなよ、ていうか、外でやるんじゃないの?」

「良い眼をしていやがる、安心しろ、外でやるつもりだ、今のは、試験的な感じの奴さ」


 シルフィの発言で、ジャックは銃をホルスターに戻し、外への歩みを再開する。

 そんなジャックの事を、再びシルフィは追いかける。


「今のはどんな感じで回避したんだ?俺の予備動作か?それとも、単純に銃弾より早く動いた感じか?」

「……両方見てるの、銃口と引き金を引くタイミング、それからこっちに来てる銃弾、この二つ」

「そうか、やっぱり、お前は目か、俺は耳さ、こんなもの付けていても、普通に会話できる位には耳が良い、だが、空気で伝わった音を聞いている訳じゃない、今こうして漂っているエーテルの波で聞いている、今のお前の視界も、光では無く、エーテルの反響で見ているのさ」


 頭に付けているヘッドフォンを指しながら、ジャックは自身の耳の良さと、シルフィの目の良さの秘密を話始める。

 シルフィにとって、説明自体は、自身の能力の事が解って嬉しいのだが、能力の事をこんなにもペラペラと話す理由が、シルフィには解らなかった。


「……何で教えるの?」

「お前は俺みたいな奴との戦いの経験は浅いだろうからな、せめて最低限の知識位は有っても良いだろ?それに、自分の能力の事位、ちょっとは解って居た方が良いだろ?」

「何その無駄な親切」

「俺は優しいんだよ」

「良く言うよ、此処に居る人達、何人殺したの?」

「今は戦争だ、人の命なんて、血ぃ吸ってる蚊程度の重みしかないんだよ」

「……」


 等と言う話をしながら、二人は外に出る。

 既に連邦側も、ナーダ側も、兵士達が戦闘を繰り広げており、あちらこちらで銃声や爆発が響き渡っている。

 かなりの激戦なのだが、ジャックとシルフィは、個人的な決着の為に、比較的落ち着いている場所へと移動する。


「……酷い光景」

「そうだな」

「アンタ達の故郷って、私達の所より、ずっと文明進んでいるのに、何でこんな事に成っているの?」

「さぁな、だが、皮肉にもこの醜い争いが、文明を発展させた、そして、発展と同時に人間はどんどん我儘に成って、力で奪うという事を繰り返す、文明の発展と、人間の成長は、比例する事は無いのさ」

「皮肉だね」

「まぁな」

「……そう思うのに、何でアンタは戦うの?何を思って、人の命を奪うの?」


 あちらこちらで怒っている闘争、それを千里眼ともいえる程鋭く成った視力で、シルフィは眺め、ジャックと話を続ける。

 とても酷い光景、醜い争いである。

 その考えだけは、何故か共通していると知ったシルフィは、更にジャックと言う存在が解らなくなってしまう。

 セリフだけ聞けば、普通に良い人みたいな印象を、シルフィは受けてしまう。

 だからこそ、何故ジャックが戦っているのか、聞いてみたかった。


「人の命を奪う時は、なんとも思っていないさ、何を感じているのか、強いて言うのなら、ゲームで雑魚キャラ一掃したり、強敵ぶっ倒した爽快感だな」

「何それ?」

「戦う理由は、単純に自分の目的の為さ、俺は俺の目的を果たす、その為ならば、手段を選ぶつもりはない、その為なら、虐殺でもなんでもしてやるさ」

「……そう、ありがとう、これで心置きなく戦えるよ」


 ジャックの身勝手さに、シルフィは怒る。

 だが、以前のようなドロドロを感じるような激しい怒りでは無く、今のシルフィの怒りは、小さく激しく燃えている。

 怒りに任せるのではなく、ただ自分の信念を思い出し、その怒りを受け入れる。

 憎しみも、哀しみも、全てを受け入れる。

 此処でどんな行動を起こそうにも、リリィとジャックが戦うという運命は避けられない、ならば、此処でジャックを倒す。

 この手に抱いた物も、背負った業の全ても、全て受け入れる覚悟で、シルフィは構える。


「(この技は、単に自分を強くするためだけの物じゃない、自分の意思や信念を増幅させるもの、信念が強ければ強いほど、その力や精度は増幅する)」


 ジャックと向き合ったシルフィは、鬼人拳法を発動する。

 今までやっていたように、一気に力を解放するのではなく、心臓を中心に、じんわりと体を熱くする。

 急激に力を解放すれば、その反動は凄まじい物に成ってしまう為、それを防止する目的が有る。

 そして、この力を何のために使うのか、思い出す。


「(ミーアさん、ありがとう、私が何で強く成る事に専念したのか、ようやく思い出した……私は、大切な物を守るために、この力を使う)」

「(以前と違う、ちゃんと制御しているのか)」


 愛刀を引き抜いたジャックは、シルフィの変化に目を丸くする。

 感じ取れるエーテルは、以前のように不安定かつ歪な物では無く、安定し、一本の芯が通っているように感じる。

 こうした高い精度のエーテル操作に加え、精神の安定化、鬼人拳法に必要な技術は、全て必要基準にまで上がっている。

 そんなシルフィを見て、ジャックは微笑みながら刀に炎を宿す。


「来い、今のお前の力、俺に見せて見ろ」

「解った」


 大きく深呼吸しながら、シルフィは父の言葉を思い出す。

『なら、その大切な物を守れ、お前の大切な物を踏みにじる者の悪鬼羅刹と成れ』

 この言葉が、シルフィの心を押す。


「行くよ」


 シルフィは目を見開き戦闘を開始する。


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