雨が降るときはちょっと臭う 中編
ミーアは、シルフィに全てを打ち明けた。
自分の家族の事や、シルフィに肩入れしている理由も含めて。
仕事に没頭し、考えない様にしていた事で、仕事仲間にも打ち開けていない事だ。
ずっと苦しく思っていたのだが、シルフィに話した事で、大分気持ちが楽になっていた。
だが、同時に惨めにも思ってしまっていた。
シルフィとは会ったばかりの間柄、顔も種族も異なっているというのに、年上の少女を娘のように扱っている自分が、どうしようもなく思えてしまう。
そのせいで、歪んだ笑みと涙がこぼれて来る。
「ミーアさん?」
「ごめんなさい、笑ってもらっていいのよ、こんな親バカ」
俯いてしまっているミーアを見て、シルフィは同情してしまう。
シルフィ自身も、親を理不尽な理由で亡くしてしまっている身だ。
戦争などと言う理不尽で、家族を失ってしまっているミーアの気持ちは、痛い程解る。
そして、ミーアの事を見ていると、その悲しみがシルフィ自身にも伝わってきてしまっている。
締め付けられるような胸の痛みに、押しつぶされてしまいそうな孤独と悲しみ。
「ミーアさん、私ね、五年位前にお父さんを亡くしちゃったの」
「え?」
「それよりも前に、お母さんは、私を生んですぐに死んじゃったの(お父さんは生きているって言ってたけど、いまいち、ピンとこないんだよね)」
「……ごめんなさい、辛い事を思い出させてしまって、不幸なのは私だけじゃないわよね」
「……そうじゃなくて、嬉しかったの」
「え、何が?」
「お母さんができたみたいで、凄く嬉しかったの、正直、私はミーアさんよりも年上だけど、ミーアさんの方がずっと大人だと思ってるよ」
シルフィにとって、母親と言う存在がどんな物なのか、検討すらできない存在だ。
父親からは、時折母性と取れるような物を感じる事もあったが、結局父親である事に変わりは無いのだ。
故に、本当の母親と言う物を、シルフィは知らずにそだった。
だからこそ、最初の診察の時に、抱きしめられた時、ようやく母性と言う物が何なのか、把握する事が出来た気がする。
加えて、四百年以上生きているとはいっても、結局は籠の中の鳥のように育ったシルフィからしてみれば、れっきとした社会人であるミーアは、本当に大人の女性と言える。
そして、シルフィの言葉を聞いたミーアは、思わずシルフィの事を抱きしめてしまう。
「ミーアさん?」
「ゴメン、しばらくこうさせて」
「……うん」
穏やかに了承したシルフィは、ミーアの包容を受け入れる。
大人になったとしても、ずっと大人のままで居られる訳では無く、こうして誰かの温もりを求めてしまう物なのだと、シルフィは思ってしまう。
そんなシルフィの事を抱きしめながら、ミーアはずっと飢えていた愛情と言う物を存分に補給する。
「……(今度こそ、絶対に守ってみせる、もう、失いたくない)」
「ちょっと、ミーアさん、苦しい」
「あ、ごめんなさい」
「……ふぅ、もう大丈夫?」
「ええ、大丈夫、大丈夫だから、貴女は、もう戦う事なんて考えなくて良いのよ」
「え」
「お願い、貴女は、平穏に生きる事を考えて、ナーダにも、連邦にも関わってはダメ、貴女は、この世界で穏やかに生きて」
「ミーアさん?」
「ありがとう、そのタブレットは、これからも好きに使って良いから」
そう言残して、ミーアは部屋を後にする。
その背中は、何処か悲しそうで、寂しそうだった。
まるで、これが最後の別れで有るかのように、シルフィには思えてしまっていた。
――――――
シルフィの部屋から出たミーアは、今後の事を考えながら薬品棚の有る部屋へと向かっていた。
「(あの子は、何としてでもここから出してあげないと、できれば明日の夜にでも)」
リリィのまとめた報告書の内容は、既にナーダの上層へと伝わってしまっている。
このままここに留めておけば、シルフィはきっとよからぬ事に利用されてしまう危険性が有る。
この平和な異世界に住まう、ただのエルフの少女に、これ以上自分たちの都合に巻き込む訳にはいかないのだ。
「(あのアンドロイドには悪いけど、あの子を死なせたくないのは、私も同じなのよ)」
薬品室にたどり着いたミーアは、必要な薬品をかき集め始める。
医師としての道に進むべく、様々な分野を学んでいた時に、科学者レベルで薬品について学んだ事を活かして、劇物の調合を開始する。
通常の軍事兵器を使おうとしないのは、ミーアにはその手の武器を使う権限が無く、使えるのは拳銃程度。
盗もうにも、武器庫は厳重に管理されているので、非戦闘員であるミーアだけの力で、開ける事は不可能だ。
「(今のうちに、作れるだけ作っておこう、私はどうなっても構わない、あの子だけでも、こんな下らない戦いから遠ざけないと)」
徹夜を覚悟で、ミーアは調合を続けた。
――――――
その頃、リリィはと言うと。
「(……随分、危険な代物を作っているな、アイツ……だがまぁ、シルフィの治療をしてくれた恩もある、黙っていてやるか)」
そう考え、リリィは監視カメラの映像に一部編集を加えておき、場面をシルフィへと切り替える。
既に眠りにつき、明日に備えているシルフィの姿が映し出された。
今のシルフィは、完全に健康体と言っても差支え無い程に回復している。
正直言って、先ほどミーアに抱き着かれた時に、嫉妬でどうにかなりそうだったが、治療の恩も有るので、そちらも不問にしている。
「(ミーア、アンタが何を考えているのか知らんが、シルフィは私が守る)」
シルフィの元を後にしたリリィは、自身のエーテル・ギアと義体の整備に移る。
義体の方は、新機能の搭載の為に、体格を一回り大きくしたので、エーテル・ギアの方も、それに合わせて調整してある。
「(サイコ・デバイス、マスターが考案していた強化パーツ)」
新たに搭載されたサイコ・デバイスは、相手の脳波の受信能力を向上させる装置だ。
元より、脳波を検知する機能は備わっているリリィであるが、このデバイスは、戦闘用に調整された代物だ。
単純に戦闘予測を行うよりも、早く、正確に相手の動きをつかめる。
アンドロイドであるリリィがこの装置を使えば、一方的に相手の思考を読み取れるという、完全にリリィに有利な状況を作れる
しかし、構造がそれなりに複雑なため、限界まで小型化しても、ヘッドフォン位の大きさが精々。
そのおかげで、義体の体格を少し大きくする羽目と成ってしまった。
俊敏性を重要視するリリィとしては、あまり望まない調整であるが、シルフィを守る為なのであれば、背に腹は代えられない。
「(できれば、もう少し大きくして、シルフィを包容できる位……いや、決してやましい意味では無くて……)」
等と考えながら、リリィは作業を続行し、何とか最終調整にまでこぎつける。
このペースであれば、明朝始まる演習には何とか間に合う。
ただし、不安事があるとすれば、演習中にミーアがシルフィの事を連れ出す危険性が有るという所だ。
もしもそうなれば、今までの苦労が全て無駄になってしまう。
何としてでもそれだけは阻止したい所である。
シルフィがこの基地から抜け出してしまえば、下手をすれば暗殺命令が下る可能性さえある。
「(……あっちもこっちも対して変わらんな、クソ共が)」
秘密主義のナーダの事だから、そう言う命令が下ってもおかしくないが、やっている事はこの世界のエルフ達と、対して変わらない。
「(文明が発達しようと、エゴが強ければ、本質は変わる事が無いという事か)」
気が付きたくの無い事であったが、リリィとしては、正直な所どうだって良い。
自身達アンドロイドを虐げるような人間達がどうなろうと、知った事では無かった。
「(……やはり、あの子はこんな危険な所に居るべきでは……いや、もしそうすれば、彼女と会えなく……)」
リリィもミーア同様に、できる事であれば、シルフィを戦争に関わらせたくないと思っている。
だからこそ、シルフィだけでも安全な場所に避難してほしいと考えている。
その為の最適な場所が有るには有るのだが、そこへ送ると、もう二度とシルフィと会えなくなることを覚悟しなければならない。
しかし、今居る基地は、カモフラージュも機能しており、場所も厳重に秘匿されている。
座標データの方は、異世界へ移動する直前に全て破棄されているので、連邦側に漏れ出ている可能性も低い。
ジャックに音で場所がある程度ばれている可能性も有るが、それでも、直接視認する以外で、認識する方法は無い。
ここが戦場に成る可能性は極めて低いが、それでも用心するにこしたことは無い。
「(シルフィ、貴女は、私が必ず守る)」
――――――
その頃、リリィの様子をうかがい、何を考えていたのか聞いていたカルミアはと言うと。
格納庫の壁を感情に任せるかのように壁を蹴り飛ばしまくっていた。
「あんのボケカスレズドロイド!何があのクソ女が連れ出される危険性が有るだ!それよりも心配する事あんだろが!」
リリィの的外れな考えにかなりご立腹となり、周りの事なんて考えずに壁を蹴りまくる。
だが、精密機械でできているカ四肢を、これ以上傷つけない様、蹴るのをやめる。
それでも、シルフィやリリィの事を考えるだけで、怒りがどうしても込みあがってしまい、目を見開きながら壁をぶん殴る。
危険視しなければならないのは、ジャックら連邦の連中がここを嗅ぎつける事だ。
ここを守る使命の無いカルミアからすれば、どうだって良い事であるが、負け戦だけは癪に障る。
リリィ達が負けると、アリサシリーズ全体の評価が下がってしまうというのもある為、それだけは避けて欲しい物なのだ。
「クソレズ敗北主義者共が、あんな連中がスレイヤーに焼かれようが死のうがどうなろうが知らないけど、アイツが破壊されると、アタシにも影響が出るし……でも、よくある、お前に死んでもらっては困る系で助けに入るとか、虫唾が走るし……」
今のリリィでは、仮に基地の襲撃が起こった際、この基地を守りきれる可能性は低い。
だからと言って、心底嫌っている二人に助けに入る何てゴメン被る所、だが、もしもそう言う命令が下ってしまったら、もう従う他ない。
等と考えていると、カルミア自身に通信が入る。
「……何?今忙しいんだけど……ああ、うん……りょーかい、こっちはすぐ引き上げる」
通信内容は、カルミアの引き上げ命令だった。
この通信に、カルミアは上機嫌となる。
引き上げろと言う命令が下ってしまったのだ。
早急にこの基地から離れれば、二人の事を助けに行く事も無くなるのだから、早速準備を開始する。
それからも、引き上げ命令に従うべく、帰投の準備に取り掛かりながら、更に通信を続ける。
「そう、ここには何も無かった……ま、とにかく、あいつ等見てるとムカつくからアタシはさっさと退散するわ」
そう言って、カルミアはさっさと基地を後にしてしまう。
――――――
カルミアが基地を発って数時間後
朝日が照らし始め、多くの兵士達が早朝の訓練に励みだそうとしていた時、異変は起こる。
突如、従来のレーダーや通信システムが使用不可能となってしまったのだ。
これは、敵の襲来を示唆しており、基地の内部はパニックに陥りだす。
同時に、外で作業を行う者達は、空を見上げ、恐怖に支配されていた。
早朝の訓練を行っていた兵士、ビークルのメンテナンスを行っていた整備士、他にも基地の地上で勤務する者達は、皆空を見上げている。
「おい、あれって」
「バカな!何でアイツが!?」
「ここは厳重にカモフラージュされているんだぞ!?」
全員の視線の先には、巨大な翼を生やした人影が有る。
その正体が何なのか、影を目にした者達は、一目でわかってしまった。
「おやおや、皆さんお揃いで空なんて見上げちゃって、日食でも眺めてんのか?」
ジャック・スレイヤー。
この基地に居る全員にとっての恐怖の対象が、太陽を背にして出現したのだ。




