雨が降るときはちょっと臭う 前編
ミーアがシルフィにタブレットを渡した二日後の夜。
ミーアは、シルフィの診察を終え、資料をまとめていた。
噂の新型アンドロイドが連れてきた、謎のエルフの少女、シルフィの検査結果。
心臓を貫かれ、かなり時間が経過していたにも関わらず、リリィの施術によって復活を遂げ、昏睡状態に入った。
昏睡は三日程度で回復し、その後すぐに原因不明の高熱や筋肉痛を二日程発症した。
その際に見られた他の症状としては、皮膚の痒み等も見られたが、その後すぐに何事も無かったようにして回復した。
その後は、記憶障害等も見受けられたが、食欲や運動能力も急速に回復していき、むしろ怖い位だった。
だが、医者としても、健康状態になってくれて、とても嬉しい所だ。
「……貴女は、絶対に傷つけさせないから」
薄暗い部屋で、自分のデスクの明かりだけが灯る中、ミーアはポケットの中から一枚の写真を撮りだし、それを眺める。
写真には、ミーア自身と、その腕の中で笑みを浮かべている少女、そして、男性の姿が映り込んでいる。
今は亡き、娘と旦那との、最初で最後の家族写真。
この写真を撮ってすぐの事だった。
家族三人で会う事が出来なくなったのは。
旦那の方は、元はしがないサラリーマンであったが、ナーダが軍の形を維持するために行った徴兵で、軍に嫌々ながら編入された。
元々、仕事の影響で、帰る機会が少なかったという事もあって、育児は何時もまかせっきりだったので、徴兵されてからは、娘はミーアの両親の元に預ける事になった。
預けているミーアの両親宅は、それなりに安全な場所に有るので、疎開先としても非常に良い場所だった。
月日は経過し、軍医も少なくなったという事で、ミーア自身も戦場で軍医として活動する事となった。
ミーアの旦那は、スレイヤーの凶刃にかかり、首を切断された状態で見つかった。
そして、娘が疎開していた田舎も、スレイヤーの手によって壊滅させられた。
当然、娘や両親は、死亡していた。
ほぼ全ての家屋が倒壊し、焼け焦げた中で、見つかった娘の遺品は、連絡用等の為に持たせていたタブレットだけだった。
画面はひび割れ、熱で幾らか故障してしまっていたが、友人に紹介してもらった科学者に無理を言って直してもらった。
タブレットには、娘がいたずら感覚で撮影した動画のデータが残っていた。
そのデータは何とか修復され、全てを失ったミーアの心の支えとなっていたのだ。
そして、何とか今の今までを生きのこり、いつの間にか、この異世界へと逃げ延び、シルフィと出会った。
外見の年齢的に、娘が生きていたら同じ位に成っていた少女。
ミーア自身、エルフはかなりの長命である事も知っており、シルフィは既にミーアの年齢以上に生きている事も承知の上だ。
だが、なんとなく似ているのだ。
顔や声などでは無く、雰囲気だけが、娘の面影が有る。
種族も違ければ、外見さえも異なっている。
だが、何故か見ていると母性本能的な何かに駆られてしまうのだ。
「(……理由はわかる、あの子は、とてもいい子だから、アンドロイドにあそこまで感情移入できる何て)」
できる事なのであれば、シルフィには戦ってほしくはない。
戦場と言う危険地帯では、何時も善人ばかりが先に死んでしまう。
生き残るのは、何時も戦場を楽しむ狂人か、自分の事ばかりを考える臆病者がほとんどだ。
きっとシルフィも、無茶な事をして、死を早めてしまうタイプ。
話を聞く限りでも、アンドロイドのリリィを助けようとして、無茶な賭けに出てしまった結果、不意打ちで背中を刺されてしまったのだろう。
「(誰かのために、自分を犠牲に出来る、とても素晴らしい事なのだけど、犠牲に成った人が生き残れる可能性は、非常に低い、それどころか、犠牲を覚悟した人を助けようとして、また新しい犠牲が生まれてしまう、嫌な悪循環が出来上がってしまう)」
そうならない為にも、シルフィにはできるだけ戦闘には参加してほしくはない。
ただの、普通の女の子として、余生を過ごしてほしい。
シルフィが後どれだけの寿命を残しているのか、それは解らないのだが、少なくとも、異世界人であるシルフィには、これ以上戦争には関わってほしくはない。
シルフィに娘の形見であるタブレットを渡したのは、ミーアなりのケジメと言える。
もう、過去に捕らわれる事も無く、怨敵であるジャック・スレイヤーを殺すためだ。
医者が誰かを殺すなんて、愚の骨頂ではあるが、シルフィと言う少女を守れるのであれば、それでもかまわないと思っている。
「(いや、それができるというのであれば、私は医者でなくても良い、家族の仇を取る)」
――――――
翌日の夜。
診察や壁の修理を終えたシルフィは、タブレットで残りの時間を潰していた。
タブレットで閲覧や視聴の出来るアニメや漫画は、シルフィにとてつもない刺激をもたらしていた。
この異世界において、本と言えば、挿絵のほとんど乗っていない文字ばかりの物が主流。
対して、漫画と言う物は、まるで主人公たちが動いているかのような躍動感が有る。
アニメに至っては、もう興奮どころでは無く、本当に目の前でキャラクター達が生きているかのような錯覚に陥ってしまうのだ。
そして、今はミーアにおススメされたアニメを視聴中だ。
「(……なるほど、アイツがやってたのって、この主人公の技なんだ)」
おススメされたバトルアニメを見ていると、スレイヤーと出くわした時に、彼女がやっていた謎の儀式(シルフィにはそう見えた)の正体が判明した。
どうやら、アニメの主人公達が使用している技を真似ていたようなのだ。
「(バカみたい、お話の技を真似するなんて……でもちょっと解るかも、カッコ良いし、その気になれば、何とかマネできそう……)」
そう思ったシルフィは、辺りをキョロキョロと見渡し、誰も居ない事を確認すると、ベッドから降りる。
そして、更に辺りを見渡し、人の気配が無い事も確認する。
「か、か〇はめは~」
等と、小声で、しかもちょっと控えめな動作を行いながら、ちょっとマネをしてしまった。
その結果、急に恥ずかしくなり、顔を真っ赤にしながら、ベッドに入り込み、毛布に包まってしまう。
「違う!ちょっとした出来心なの!」
と、完全に混乱し、誰に言っているのかよく解らないセリフを吐いてしまう。
だが、正直言って、これも必要な事のように思える。
ジャックとリリィの掛け合いを見ていた時、シルフィはどうしようもない位の疎外感を覚えてしまっていた。
当然、リリィとジャックの出身がほとんど同じなのであれば、かみ合う話の一つや二つあってもおかしくは無い。
だが、そう言った話は、どうしてもシルフィには難解な物、と言うか、今見ているアニメや漫画の話なので、ついていけないのだ。
ならば、少しでもその手の話に詳しくなり、二人の話について行けるようにしたい所である。
「(できれば、アリサの好きな作品とか聞いておこう、あの子が好きな物とか、私も知っておきたいし)」
冷静を取り戻したシルフィは、リリィと再開した時の話題を一つだけ思いつくと、今度は漫画の閲覧に走る。
バトルアニメは、シルフィには少し刺激が強く、どうにも落ち着かない気分になったので、箸休め感覚だ。
一先ず、ミーアにおススメされた漫画でも読もうかと思ったのだが、実は、他に面白い作品を見つけてしまったので、そっちの方に行ってしまう。
それは、女の子同士の恋愛を描いた物。
シルフィ自身も、同性に恋をしている身、たとえフィクションであっても、何か参考になるかもしれないと、読み始めたのだ。
ただし、百合物は百合物でも、シルフィの読んでいるのは、ジャックも愛読している姉妹百合系の作品だ。
実の姉妹同士が、互いに片想いの状態になっており、非常にもどかしいくも面白い作品だ。
一番新しい話で、二人は正式に付き合いを始めるのだが、そこに尊さや嬉しさすら感じてしまっている。
「(姉妹でも、こうなっちゃうのかな?もし、私がこういう趣味だって、もっと早く気づいていたら、ルシーラちゃんと……)」
シルフィの義妹であるルシーラと、そう言う感じの関係になっていたらと、シルフィは妄想を始めてしまう。
そうなっていたら、漫画の二人のように、もどかしい感じの恋愛をしていたかもしれない。
そして、リリィの事を好きには、なってはいなかったかもしれない。
だが、シルフィはすぐにそう言った考えをすぐに振り払う。
「(ダメダメ!さすがに、姉妹はダメ!ちょっと解るけど、これはお話なんだから!それに、ルシーラちゃんだって、私にこんな事されたら、迷惑かもだし)」
義妹とはいっても、家出をしてしまっている辺り、ルシーラが同じくそう言った趣味を持っているとは限らない。
それに、ルシーラには、しっかり者の姉と言うイメージを持っていて欲しいので、妹にそのような感情を抱いている何て知られたら、何と思われるか分かった物ではない。
「……落ち着いて、私はお姉ちゃん、お姉ちゃんなんだから、妹に手を出すなんて、許されないって、きっと、ジャックみたいなバカやアリサだって、そう言うのが有るって(でも、何でルシーラちゃんは家でしたんだろう?急にいなくなっちゃって……)」
――――――
その頃、ジャックはと言うと
「あ~七美のTシャツ、もう一枚持ってくるんだったな~」
マイルームにて、実妹である七美のTシャツの匂いを嗅ぎながら、一人遊びに専念していた。
しかし、流石に数週間も匂いが持続する訳も無く、今はただの布切れの匂いしかしなくなっており、そのおかげで、不完全燃焼という所である。
そして、ジャックはとある事を心に決める。
「よし、帰ったら絶対七美と一緒に寝よう、R指定の意味合いで、それはもう、ねっとりと、お姉ちゃんの事しか考えられなくなる位……まぁ、この前襲ったら痺れさせられたけど、待っていろよ!愛しのマイシスター!」
「それより、ブリーフィングの時間だぞ、シスコン」
等と意味不明な供述していると、少佐の頼みでジャックを呼びに来たエーラが、部屋に入って来る。
突然の事だったので、流石のジャックも毛布に包まりながら叫ぶ。
「ッ!?ノック位しろよ!犬女!」
「狼だっつってんだろが!」
「うるせぇ!人の妹に手を出すような奴は、犬畜生で十分じゃ!寝取り女!」
「寝取ってねぇ!ただ、その、寂しそうだったから、一緒に寝ただけで、付き合っている訳じゃ……」
「そんな乙女の顔されても説得力ねぇよ!心音も甘酸っぱさが見え隠れしているわ!」
等と言い争っていると、二人は物音に反応し、出入り口をチラリと見ると、横から上半身だけを出したチハルが二人の目に映る。
しかも両手には、閃光手りゅう弾と、催涙ガス手りゅう弾が握られている。
閃光は、耳の敏感なジャックにとって危険であり、催涙ガスは、狼であるがために鼻が利くという事もあって、エーラとしては、できれば嗅ぎたくはない代物だ。
既にピンは抜かれており、チハルが手を離せば、すぐにでも発動しそうな二つを見せられた途端、二人はピタリと止まる。
「あの、少佐が、言い争っている暇が有るのなら早く来いとのことです」
「は、はい」
「りょ、了解」
――――――
場面は戻って、先ほどの発言を取り消したい気分になっていたシルフィ。
「……何だろう、何か凄く変な事言った気がするのは、何故?」
「どうかしたの?」
「あ、いや、何でもないよ」
妙な感覚に陥っていると、シルフィの部屋の扉が開き、ミーアが入って来る。
先ほどの妙な感覚のせいで、かなり変な顔になっていたシルフィの事を見て、心配してしまったようだ。
それよりも、シルフィからしてみれば、診察も終わったというのに、何故ミーアが来たのかと、首をかしげる。
「えっと、何か有ったの?」
「ちょっと、言いたい事があって……隣、良い?」
「え、ああ、どうぞ」
「ありがとう」
シルフィの隣に座ったミーアは、少し悲しげな表情を浮かべる。
「……ミーアさん?(なんだろう、凄く悲しい感じがする)」
「ちょっと、お話に付き合ってくれる?」
「お話?」




