時には休息も大事 中編
シルフィがミーアの胸の中で泣いた翌朝。
シルフィは夢の中で、過去の事を思い出していた。
もう百年以上前、エルフにとっても非常に長く、過去の出来事だ。
まだ修業時代で、鬼人拳法を使用しても、一分足らずで限界を迎えてしまっていた頃。
『ねぇ、お父さん』
『なんだ?』
『どうして、お父さんは鬼人拳法を何時間も使えるの?あんなに辛いのに』
当時のシルフィが何時も疑問に思っていた事。
師匠でもあるジョニーは、シルフィと違って、ほぼ無制限といっても良い位、鬼人拳法の使用可能時間が長い。
修行に使う時間は、何時も五時間程、その間、ジョニーはずっと発動していたのだ。
シルフィの質問を受けたジョニーは、笑いながら答える。
『はは、確かにお父さんは、結構な時間使えるけど、もっとすごい人がいるよ』
『そうなの?』
『ああ、お父さんの師匠は、一週間ずっと使ったことが有るし、師匠の師匠は、日常的にずっと使えるんだよ』
『……本当に?』
『ああ、本当さ』
その話を聞いた時、シルフィは驚いた。
一分で死にそうな程辛くなるというのに、それを日常的にずっと使えるなんて、信じられない。
だが、そう言っている本人が五時間も連続で使用できているのだから、あながち間違いではないのかもしれない。
『どうすれば、それ位長く使えるの?』
『難しいけど、コツが有るんだ、でも、その前に何時もの瞑想、頑張ろうな』
『はーい』
――――――
「……まただ」
目が覚めたシルフィは、見ていた夢の事を思い出す。
今回思い出したのは、とても忘れそうにないような、大事な思い出だった。
鬼人拳法のコツだけでなく、他にもたくさんの記憶が、目覚めと同時に湧き出て来る。
だが、全て良い思い出、という訳では無く、悪い思い出まで蘇ってしまっている。
そのほとんどが、学び舎や、訓練場で受けていた虐めについての事だった。
今まで、いじめを受けていたという事位しか、記憶に無く、かなりフワフワしていたのだが、今になって鮮明に思い出す。
水筒の水を掃除に使った汚水に変えられたり、階段から突き落とされたり、武器を壊されたりした。
思い出しただけで、胸が苦しく成るような嫌な思い出ばかりだ。
「……何で、今」
忘れていた筈の記憶達は、シルフィの意識の表層部分に現れ続ける。
まだ記憶にモヤがかかっている部分は有るが、アレンの事については、やはり印象が薄すぎて、大した思い出も無かった。
そんな嫌な事ばかりの日々でも、ジョニーやルシーラが支えとなり、憂鬱になりながらも、楽しい思い出も沢山あった。
何故このような事を今思い出したのか、よくわからないままでいると、朝食がシルフィの前に運ばれて来る。
病人用の薄味の食事であったが、今はそれ位が丁度良かった。
食事が終わると、ミーアの問診に移行し、それも終わると、今日は基地の中を歩く事に成る。
少し早いかもしれないが、そろそろ動けるかもしれないとの事だ。
「大丈夫?歩けそう?」
「うん、何とか」
ミーアの手を借りながら立ち上がったシルフィは、用意された歩行の補助器具を使い、基地の中を歩き始める。
なんとも無機質な通路が続いているが、シルフィの持っている常識とは、また違う印象を受ける。
ただ、一つだけ言えるとすれば、先ほどから窓の存在が見受けられないのが、気になるところだ。
陽光も刺さないというのに、天井に付けられている板が明かりを灯している。
「(そう言えば、お父さんが言ってたっけ?確か、電灯とかいう……)」
「どうかしたの?」
「あ、えっと、なんか、窓とかが無いなって」
「詳しい場所は言えないけど、窓がないのはこの施設が地下にあるからよ」
「地下?」
「ええ、できるだけ敵に見つからない様にね」
「……敵」
敵という言葉に、シルフィは反応する。
数日前に仕留め損ねてしまった敵、ジャック・スレイヤーの存在を、無意識ながら思い出したのだ。
それだけで、怒りや悔しさがこみあげて来る。
もはや、過去に有った虐めなんてどうでもよくなる位、あの敗北は悔しい物だった。
「シルフィ?」
「あ、ごめんなさい、ちょっと、思い出しちゃって」
「そうね、でも、貴女は戦いについては、心配しなくてもいいのよ、ここは見つかりにくい様にカモフラージュされているし、仮に見つかっても、貴女のお友達や兵士がいるから」
「そ、そうだよね(できれば、私も戦いたい)」
それから、三十分程雑談を挟みながら歩き、適当な所で休憩を始める。
その際、自販機で適当な飲み物を買ったのだが、缶の飲み物を買ったのが間違いだったようで、シルフィが開けるのに四苦八苦してしまった。
缶の開け方を教え、二人はゆったりと体を休める。
休憩をしていると、シルフィとミーアの耳に小うるさい声が入る。
『何度言ったら解るんだ!!?』
「な、何!?」
「あ、この声」
ミーアは、少し嫌な顔をしながら、声のした方を向き、その存在を認識する。
叫んでいたのは、白衣姿の初老の男性で、種族は人間のようだ。
男性は、バインダーを持ち、助手らしき存在を傍らに置き、怒鳴りながらシルフィの元を通り過ぎようとしている。
「良いか!私の研究が実れば、スレイヤーなんて目ではないんだぞ!貴様が無能なおかげで、何時までも進歩がないんだぞ!」
「も、申し訳ありません」
「……誰なの?」
「クラウス、ここの研究主任なんだけど、以前、スレイヤーに研究を台無しにされてから、気がふれてて……」
「そ、そうなんだ」
「出来るだけ目を合わせない方が良いわ、貴女のお友達が書いた報告書、基地のほとんどの人に行き渡っているんだけど、その報告見た時、凄い剣幕だったし」
「本当?」
「ええ」
ミーアの説明を受けたシルフィは、できるだけ関わり合いになりたくないと、見て見ぬふりをしてやり過ごそうとする。
そして、目の前を通り過ぎようとしたところで、運悪くシルフィとクラウスは目を合わせてしまう。
「(ヤバ)」
急いで目をそらしたシルフィであったが、クラウスはそのまま通り過ぎるなんてことはせず、シルフィの事をじっと見つめる。
心臓をバクバクと鳴らしながら、早く通り過ぎる事を願ったが、そんな簡単には行かなかった。
「……おい、どういう事だ!?」
「え?」
「お前、何者だ!?」
「え、ちょ」
「な、何をしているの!?」
「うるさい!」
クラウスは、シルフィの胸倉を掴み、とても研究員とは思えないような力で持ち上げる。
当然、まだ本調子ではないシルフィに乱暴を働く姿に、ミーアは止めに入るが、クラウスの手で弾かれてしまった。
「な、何?」
「どういう事だ、何故あの被検体と同じ容姿をしている!?」
「被検体?」
「貴様、被検体E-208と、一体どんな関係なんだ!?」
「知らないよ!」
「とぼけるな、アイツは、私の作った最高傑作、この世に一人しかいない、最強の戦士なんだぞ!」
「だから、知らないって!」
シルフィからしてみれば、訳の分からない事を言い始めるクラウスの手を、シルフィは払いのけ、警戒しながら睨みつける。
だが、そんなシルフィを、クラウスは怒りの籠った目で睨み返す。
この暴挙に、ミーアも黙って無く、クラウスの前に立つ。
「いい加減にしなさい!この子は昏睡から覚めたばかりなのよ!」
「黙れ、貴様に私の何が解る!?最高傑作を奪われ、研究まで潰された、私の研究があれば、スレイヤーを殺せたって言うのに!」
「貴方の研究は、非人道的過ぎて、今と成っては条約違反も良い所なんでしょ!?」
「条約なんて知るか!憎きスレイヤーや、連邦のボケ共に一泡食わせる事ができるのは、私だけなんだぞ!貴様だって、あいつ等を滅ぼしたい、そうだろう!?」
「そ、それは」
「解ったら、私の研究にケチをつけるな!この獣人が!」
「きゃっ!」
「ミーアさん!」
ただひたすらに怒りをむき出しにするクラウスは、ミーアの事を突き飛ばす。
シルフィは、突き飛ばされたミーアの元により、再度クラウスを睨みつける。
「何をするの!?」
「私の研究を侮辱したからだ」
「何なの?アンタの研究って」
「ケ、何をとぼけている、貴様も使えるのだろう?天の力を、私の研究は、その力を再びこの世に顕現させるものだ」
「天?(聞いた事が無い)」
「全ての魔法の頂点に立ち、今存在する全ての魔法の原点、天の御使いがもたらした、正真正銘の魔法、報告を見たぞ、貴様が、スレイヤーの体に傷をつけたというのであれば、使える筈だ、知らぬ訳ないだろう!?」
「(という事は、私の魔法が特殊なのは、その天とかいう奴だからなの?)」
「誰の差し金か解らんが、天の力が使えるからと言って、私の前では口の利き方に注意しろ!あれを蘇らせたのは他でもない、この私なんだぞ!どうせ貴様は、連邦の作り出した紛い物なのだろう!?」
「主任、もうおやめください!」
「うるさい!無能な奴に用はない!それに、貴様も!無能の癖に、私の研究の恩恵で得た力を、好き勝手に使いやがって!調子に乗るな!」
クラウスの言葉を聞き続け、シルフィは歯を食いしばる。
言わせておけば、いい加減で支離滅裂な事を言い続けるクラウスに、怒りしか、沸き上がってこない。
人の気も知らず、自分の部下や、同じ場所で働く人さえ罵倒し、そして、今一番気にしている事を言われたのだ。
「……何で、調子に乗れると思うの?その力を使っていたのかもしれないけど、私は、完膚なきまでに負けた、それどころか、大切な人を助けようとしたのに、助けられて……」
「な、何だ?ここで私に手を出したら、どんな目に遭うと思っている?」
「知るかっ!!」
怒りが頂点に上ったシルフィは、クラウスに近寄って行く。
シルフィの放つ殺意に、クラウスはたじろぎ、圧倒され始める。
拳を固く握りしめたシルフィは、殺意むき出しの目でクラウスを睨みつけると、その拳を繰り出す。
「ッ!?」
シルフィの繰り出した拳は、音速さえ超え、ソニックブームを引き起こしながら、クラウスの顔の横を通り過ぎ、壁に命中する。
結果、軍事施設であるが故に、頑丈に作られている筈の壁に、大きくヒビが入り、天上や床にまで割れてしまう。
しかも、シルフィの腕は、肘まで突き刺さっている。
その光景を見て、ミーアは勿論、クラウスやその助手、偶々通りかかったスタッフまでもが腰を抜かしてしまう。
壁から腕を抜き取ったシルフィは、恐怖のあまり失禁するクラウスを見下す。
「……次、そんな横暴な態度取ったら、これがアンタの顔面に当たるよ」
「わ、わかった」
その後、基地の責任者に、かなり怒られたシルフィであった。




