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時には休息も大事 前編

 ジャックがムラサメに乗艦してから約三日が経過した。

 その三日前、ジャックの追跡を振り切ったリリィは、空軍基地に到着するなり、スタッフ達を押しのけ、シルフィの蘇生処置を強行、無事に成功した。

 手術の後、リリィは他のスタッフ達に連行され、義体は拘束、意識の方は基地のメインサーバーに監禁される事になった。

 シルフィの方は、医療スタッフ達に集中治療室へ運ばれて行った。


 その後、リリィはヘンリーとの通信による会談で、現在に至るまでの間の詳細な報告を求められた。

 やはり、ウルフスに敗北したことが響き、相応の措置を取られかけてしまった。

 だが、今回輸送された新型のエーテル・ギアを使い、スレイヤーの討伐を成功したあかつきには、今回の事は不問にするとのことだった。


 三日後、リリィは、サーバー内に意識を監禁された状態で、許されている限りのアクセス権限を用いて、義体と輸送されてきたエーテル・ギアの調整作業を行っている。


「(……やはり、損傷が激しい、それに、ウルフスの言う通り、私の反応速度では、ジャック達に追いつけない、改良が必要だ)」


 ジャックとの闘いで、かなり損傷してしまっているが、むしろ、これを好機としてとらえ、改良作業に入りだす。

 直近の課題としては、やはり反応速度の向上だ。


 ジャックの様に、戦闘パターンが豊富にインプットされている存在であれば、行動の予測は、比較的容易い事ではある。

 対して、データの無い敵は、どのように行動するのかというのが、別の人間と照らし合わせても、異なる行動をとることが有る。

 故に、ウルフスの様な初見の強敵に対して、リリィ達アンドロイドは非常に弱のだ。

 打開策自体は、既にヒューリーが考案してくれていたので、義体の修復と同時に、追加機能の拡張を開始する。

 続いて、送られてきたエーテル・ギアの調整に移ろうとしたが、現在のリリィには、それ以上の心配事に駆られる。


「(……シルフィ)」


 シルフィだ。

 リリィは作業の合間を見つけては、シルフィの運ばれた部屋の監視カメラにアクセスし、何度も様子を見に行っていた。

 基地のスタッフ達は、監禁に成功していると思っているが、義体にアクセスできないだけで、基地の大体の設備にはアクセスができる。

 スタッフ達としては、アリサシリーズに関連している設備以外は、アクセスできない様になっている事が一番望ましいだろうが、普通に失敗している。

 そのおかげで、リリィは今も尚眠るシルフィを見舞えている。


 蘇生に成功してから三日。

 未だ目覚める気配は無いが、生命維持装置無しでは生きられない、なんて最悪な状態ではない。

 流石に医療設備にアクセスすれば、抜け出している事がばれてしまうので、こうしてカメラを通じてでしか、シルフィの様子を確認できない。

 そんな歯痒さを感じながら、リリィは一日でも早くシルフィが起きる事を願う。

 だが、どうしても不安を拭う事ができずにいた。

 リリィ自身の処置に問題は無く、引き継いだ医療スタッフの対応もおかしな点は無い、後は目覚めるのを待つだけだ。

 それなのに、このまま目覚めなかったら、そんな不安がリリィを支配している。


「(……シルフィ)」


 そう呟いたリリィは、元居たところへと戻る。

 もしも目を離している時に、シルフィがまた死んでしまったら、そう考えただけで、離れる事すら拒みたく思える。

 だが、今はやるべきことが有るのだ。

 届いたばかりの新型エーテル・ギア『アスセナ』の整備が有る。

 軽く見ただけでも、今まで使用していた物と段違いの性能を持っている。

 あれであれば、仮にこの基地が攻められたとしても、何とか防衛できるだけの戦闘能力を得る事は可能だ。

 またジャックと戦う事になれば、きっとシルフィは連れていかれてしまう。

 それがシルフィを安全に生かす為に必要なのだとしても、渡したくはない。

 これからも、シルフィと一緒に居るためにも、次の戦いで負ける訳にはいかないのだ。


 ――――――


 リリィが監視カメラのアクセスから離れた頃。

 ベッドに寝かされているシルフィは、目を覚ます。

 視界が少々ぼやけてしまっているが、知らない天井が広がっている事は、はっきりとわかる。


「(あれ?私……)」


 徐々に意識もはっきりし始めたシルフィは、口に付けられている呼吸器を外し、ベッドから起き上がる。

 ぼやけていた視界も、はっきりし始めると、シルフィは体中についている機器を外し、ベッドから降りるべく床に足を付ける。


「(冷たい……ッ)」


 スリッパ一つないせいで、直に床と接するが、気にせずそのまま立ち上がろうとした瞬間、急な目まいが、シルフィを襲い、床に手をつく。

 その時見えたシルフィ自身の手は、随分とやせ細っていたが、そんな事が些細な事であるかのような事が起こる。

 まるで全身の血管の中に、ミミズでも這っているかのような感覚と共に、心臓がとてつもなく強く鼓動し、一気に体が熱くなる。

 もはや寝て居なければ辛い程、体は重くなり、シルフィはそのまま倒れこんでしまう。


「(苦しい、アリサ……)」


 大きく息をしながら、シルフィは心の中で助けを求めると、部屋のドアが開き、白衣姿の女性たちが凄い剣幕で入って来る。

 シルフィを助けたのは、求めていた人物とは全く違う人間であったが、部屋に入ってきた人たちは、シルフィの事を手厚く看護し始める。


「酷い熱、一体どうしたの?」

「そんな事より、早く機器を戻して!それから冷却パックも持ってきて!」

「解りました!」

「(アリサ、アリサぁ)」


 高熱の影響なのか、再び意識が朦朧とし始めたシルフィは、再度眠りにつき始め、駆けつけてきた医療スタッフ達は、シルフィの看護を続ける。

 シルフィの高熱は、更に二日程続いたが、医療スタッフらの賢明な介護のおかげで、何とか回復する。


 ――――――


 高熱でシルフィが倒れた日から四日後。


「気分は如何?」

「えっと、ちょっと頭が重いかな」

「無理も無いわ、酷い出血に高熱だったもの、生きているのが不思議なくらいよ、とりあえず、簡単な質問をさせてもらうわ」

「は、はい」


 回復したシルフィは、主治医である小動物のように小さな耳と尻尾の生える獣人の女性からの質問に、答え始める。

 彼女の名前はミーア、この基地の医療スタッフの一人であり、リリィに代わって、シルフィの介護を担当する事となった人物だ。


 医者としてのスキルも高く、母星に居た頃から、それなりに名の有る医者であったが、ナーダの軍医数の減少に伴い、ほとんど無理矢理連れてこられた根っからの医者だ。

 そのせいか、元々軍医として入隊した者たちと比べて、比較的温厚にシルフィに接している。


 因みに、質問の内容は、シルフィ自身の名前、出身等の身元の確認から始まった。

 しかし、シルフィの体内にドッグタグ代わりのナノマシンも無く、バックパックも紛失してしまっている為、身元を証明するものが無いので、あまり意味はない。

 それから、一般常識の質問に移ったが、聞いた内容が、ミーア達の母星における一般常識だったので、これもあまり意味が無かった。

 だが、リリィの書いた報告書、そこにシルフィはこの世界の住民と明記されていた事は、主治医となった時に聞かされていたので、その確認はできた。


「(やっぱり、この子はこの世界の住民なのかしら?でも、あの装備は一体どこで……)」

「あ、あの、他に何か?」

「あ、いえ、そうね、怪我を負う直前の事について、何か覚えているかしら?」

「えーっと、アリサと一緒に、ジャックと戦って、それから……えっと……」

「無理しなくて良いわ、失血のせいで、記憶が飛んでいるかもしれないから」


 リリィと共に、ジャックと戦っていた事は思い出したシルフィであったが、何とかジャックの首を取ったあたりから記憶が飛んでしまっている。

 スーツのおかげで、止血は行えていたが、それでも、かなりの量の血を失ってしまったため、記憶に障害が出てしまっているようだ。

 だが、ジャックを倒したという所は思い出したシルフィは、慌てるようにして、ミーアに確認を取り始める。


「そうだ、アリサ、アリサは!?」

「アリサ?……あ、大丈夫、あの子なら、今修復作業中よ」

「修復……治してるって事だよね?」

「そうよ、だから安心して」

「良かった……それに、倒せたんだよね?ジャックを」

「……」

「ミーアさん?」


 シルフィの質問に、ミーアは少し言葉を詰まらせてしまう。

 一応、リリィからの報告によって、ジャックの首の切断の成功までは知っているが、それだけでは、ジャックを倒す事はできない。

 その事は、ナーダの中では常識といえる。

 シルフィがその事を知らないとなると、少し伝えづらいが、医者として、黙っている訳にはいかず、真実を打ち明ける事にする。


「……ごめんなさい、ジャックは、その、かなりの特異体質で、首を切断するだけじゃ……」

「……そんな」

「だけど、貴女が首を切断したおかげで、あの子は逃げられた、そして、貴女の治療も行えたのよ」

「……そっか、結局、私はあの子を助けるどころか、助けられたんだ……悔しいなぁ」

「(フォローしたつもりだったけど、地雷だったみたいね)」


 多少の嘘も混ざっているが、真実を打ち明けられたシルフィは、悔しさのあまり、涙をこぼし始める。

 あんなに必死に成って戦ったというのに、結局敗走してしまった。

 それだけでは無く、助けようとした筈が、逆に助けられ、大事だと言っていた任務を放棄させる結果になってしまった。


「……ほら、泣かないの」


 そんなシルフィを見かねてか、ミーアはシルフィを包容する。

 今まで何度かリリィの胸で泣いたりしたことは有ったが、今回は少し違う印象を受ける。

 シルフィにとって、リリィは友人としての慰め、だが、ミーアのそれは、何故か母親の温もりに近い印象を受ける。

 今まで父子家庭で、母の愛を知らずに育ったシルフィにとって、とても新鮮な気分を覚える。

 いや、正確には、過去に何度か味わった事はある。

 まだ物心ついたばかりの頃、同じような安心感を覚えた。

 そのことを思い出し、安心したシルフィは、眠りにつき始める。


「……今は、ゆっくりおやすみなさい、貴女が立ち直るまで、たとえ少将でも、介入はさせないから」


 そっとベッドにシルフィをベッドに寝かしつけたミーアは、カルテを持って、部屋から出て行った。


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