諦めたらそこで試合終了なんてルール無くとも、諦めちゃダメ 中編
シルフィの故郷の里にて。
クラブは、ジャックの討ち漏らした残党と共に、里へと逃げのびた後、招集をかけられていた。
治療もろくに行われず、しかも他の生き残りに至っては、全ての責任をクラブに擦り付け、実刑を免れている。
シルフィにもう片方の目をやられ、盲目となったクラブは、拘束されながら、無理矢理連れられ、族長補佐の前で跪かされる。
血は止まっているが、シルフィの能力の影響で、回復魔法も効果は無く、未だに癒えきっておらず、全身が焼けるような痛みが続いている。
クラブの前でふんぞり返る族長補佐は、今の彼女の現状を心配する様子も無く、ただ蔑みの込められている視線を向け続ける。
「……クラブよ、随分滑稽な姿になって戻ったな」
「……」
「お前は言ったな?しくじることは無いと……それが、なんだ?その様は、異端児に目を潰され、更には全身なます切りか」
「……」
三度敗北し、ノコノコと戻ってきた。
もはや、クラブは完全に生気や覇気を失っており、答える気にもなれず、ただ黙り続けている。
だが、そんな彼女の気持ちを知ろうが知るまいが、クラブに慈愛をもたらそうなどと、族長補佐は考えない。
むしろ……
「何とか言ったらどうだ!!」
何時までも口を閉ざすクラブに、族長補佐は飲んでいたワインの瓶を投げつける。
瓶はクラブの額に直撃し、額から出血するが、その新しい傷は、ただ熱いだけで、痛みは無かった。
だが、それだけで彼の気は済まず、使用人に持ってこさせた鞭を使い、何度も何度もクラブを打ち付ける。
その度に、巻いていた包帯は破れ、傷口は開き、体の表面を引き裂いていく。
「貴様は、どれだけ、我々の顔に泥を塗ったら、気が済む!この、役立たずが!!」
「……」
執拗に鞭打ちを続ける族長補佐であるが、未だに黙り続けるクラブに、遂に堪忍袋の緒が切れる。
次は鞭では無く、衛兵の持っていたサーベルを強引に奪い取り、クラブへと向ける。
「その沈黙、極刑の望みと受け取る!!」
サーベルを勢いよく振り下ろした瞬間、女性の声が、部屋中に響きわたる。
「おやめなさい!」
「ッ!?」
その声を聴いた途端、族長補佐はハトが豆鉄砲を食ったような顔をする。
驚いた拍子で、サーベルを落とすと同紙に、声のした方へと、慌てて視線を移す。
しかも、周りに居るエルフ達に至っては、その存在を見るなり、驚きながらも、すぐに頭を垂れ、平伏する。
彼らの視線の先には、錫杖が握り、ローブを着込んだ一人の女性が佇んでいた。
ローブの女性は、クラブへと近づくなり、手に持っている錫杖をクラブに当てる。
すると、クラブの周りに光が灯り、体中の傷が癒え始める。
「……痛みが」
「クラブ、わたくしが誰か、分かりますか?」
「その声、族長様」
そう、彼女こそが、この里の本当の族長だ。
族長は、錫杖を床に置くと、クラブの顔を両手で持ち、今の彼女の顔をじっと観察する。
血やススで汚れ、両目はつぶれている。
そんな彼女の事を、族長はそっとなでる。
すると、クラブの体は、徐々に生気を取り戻し始め、話す元気も回復してくる。
「随分、痛い思いをされたのですね」
「はい、ですが、どうか極刑はご容赦ください、もう一度、私にチャンスをください、次こそは、必ずや、裏切り者の二人を処刑いたします、それまで、どうかお慈悲を」
「……では、今の貴女に、何ができるのですか?」
「そ、それは」
族長の言葉に、クラブは言葉を詰まらせてしまう。
大見えをきっておきながら、こうして無様に敗北し、逃げ帰ってきた。
それだけでは飽き足らず、貴重な戦力のほとんどを失い、盲目の身になった。
極めつけは、かつて禁を犯して収監されたウルフスまで使っておきながら、目標と共にどこかへ逃がしてしまった。
時間を貰った所で、盲目の身にくわえ、仲間もいない。
何ができるのかと聞かれれば、何もできないだろう。
「わたくしの力をもってすれば、その目を治す事は容易い、ですが、何故治さなかったのか、お分かりですか?」
「……」
「よろしいですか?貴女は複数の禁に触れ、目的を果たす事ができませんでした、であれば、相応の罰を受けなければなりません、故に、わたくしは、その目を治す訳にはまいりません」
「そんな」
クラブは、その言葉に絶望してしまう。
目が見えなければ、狩りに支障が生じる。
他の五感で補った所で、狩人の命の一つである目を失ってしまえば、シルフィ達を見つけることも、対抗することも難しくなる。
クラブの目の裏に映り込むのは、自分の全てを奪い取ったエルフィリア一家の影。
彼女らのせいで、人生は狂い、名誉も尊厳も失ってしまった。
せめて、もっと力があれば、結果は変わっていたかもしれない。
あの一家の能力に負けない位、強力な力を持っていれば、こんな目に遭っていなかった筈なのだ。
「力が、もっと力があれば」
「……力があって、何ができるのですか?」
「力さえあれば、私は必ず、あの者達を消してごらんに入れましょう、たとえ、盲目の身であっても!!」
「確証は、有るのですか?」
「ッ!?」
「確証も無いというのに、そのような発言をするとは、軽率ですよ」
「う、ですが、私は、私は、あいつらに、勝たなければならない、我々ハイエルフの名誉を守る為にも!!」
「……良いでしょう、では、一つだけ賭けをいたしましょう」
「賭け?」
「ええ、しばし、ここで待ちなさい」
そう言うと族長は、別への部屋へと移動する。
十分程で戻って来るが、その十分間だけ、他のエルフ達は、とてつもない安息を覚えていた。
はっきり言って、族長の存在は、彼らにとって神に近い存在だ。
手をかざすだけで、対象を殺害できるだけでなく、森に様々な恵みをもたらす事ができる。
正しく神の所業をやってのけてしまうのだ。
だが、暴虐の限りを尽くすような存在では無く、アメとムチを使い分け、時に慈悲深く、時に厳しい。
そして、ツボを持って部屋へと戻ってきた族長は、そのツボをクラブの元に置いた。
「……これは?」
なんともツンと来る、サビた鉄のような臭いが、クラブの鼻をつき、顔を歪める。
目の見えないクラブには、何か検討するしかなかったが、周りのエルフ達は違った。
ツボに注がれている大量の赤い液体から発せられる、気味の悪い匂い。
間違いなく、大量の血だ。
「様々な魔物、人間の血を濃縮した物です、計十リットル、これを全て飲み干しなさい」
「血を、十リットル」
族長の言葉に、周りのエルフ達は、そろってどよめきだす。
それもそうだ、急に血の入ったツボを置いたと思えば、それを飲み干せなんて無茶ぶりをしてきたのだ。
それで何の意味が有るのか、彼らには全くわからなかった。
「これで、どうなるのですか?」
「このまま飲んでも意味はありません、わたくしが調合したこの薬を入れて、初めて、この賭けに意味が出ます」
そう言って、族長は人差し指位の瓶を取り出し、中身の全てを、血の中へと投入する。
そして、これを飲むとどうなるのかの説明が始まる。
先ず、この全てを飲み干せば、発狂しかねない苦しみが一週間程続いた後、全身のかゆみと、意識がもうろうとするレベルの高熱が出て来る。
熱や痒みは一か月以上続き、その間、痒み以外にも、頭痛や吐き気が発生し、次の一週間は全身に激痛が走る。
これら全て、死に至る可能性が有る。
特に、最初の一週間と、最後の一週間、この二つが鬼門であり、このタイミングで死ぬ場合が多い。
「そ、そんな」
「……嫌でしたら、嫌と言ってください、その場合、寿命まで檻の中で暮らしてもらいます」
説明を聞いたクラブは、顔を青ざめてしまうが、族長は強制しなかった。
何しろ、これは単なる賭け、クラブにも拒否権は有る。
だが、生き恥をさらし、檻の中で一生を過ごすか、それとも、この賭けに挑むか。
この二択であれば、簡単に答えられる。
「……そんな事、有りません、そんな生ぬるい覚悟で、力を欲したり等、致しません」
「……そうですか、では、移動いたしましょう、この地下にある、最も頑丈な檻に入ってもらいます」
「何故です?」
「最初に発狂してしまいますからね、薬の作用が終わるまで、檻で過ごしてもらいます、それを飲めば、数か月、飲まず食わずで、生きていけますので、ご安心を」
そうして、クラブは地下牢へと移され、ただ一人、牢の中に残される。
異臭漂う牢屋の中、あちらこちらから、虫の這う音が響いており、体にも、蜘蛛か何かが取りついている感じがする。
クラブは、そんな環境には目もくれず、意を決し、血を飲み始める。
鉄臭く、えぐみの強い酷い味が、口の中に広がり、今にも吐き出しそうになってしまう。
だが、根性でただひたすら喉へ通し続け、やがて、十リットル全て飲み干す事に成功する。
飲み終えて数秒経った後、突如としてクラブの体は震えだす。
「(なんだ?)」
訳も解らないままでいるクラブは、自らの体の異変に気が付き、震えが強くなり、力も抜けていき、徐々にツボを握る力も弱まり、手放してしまう。
ツボが割れると同時に、クラブはただひたすらに苦しみ始める。
まるで、耳元で大勢の人間が大声で叫び、その声に込められている意味の全てを、脳が処理しているかのように、頭痛が走る。
見えない筈のクラブの目には、様々な映像が映りだす。
誰かの記憶のような映像が、クラブの脳の処理能力を上回る勢いで注がれる。
考える余地も無く、圧倒的な情報量がクラブの脳に打ち付けられ、発狂する。
同時に、体中を巡る魔力が暴走を始め、クラブの体中に、まるで蛇が這いずっているかのような感覚を覚える。
声にならない声で叫び、体の穴という穴から、血を流し始めると、クラブは倒れ込む。
そして、数秒間けいれんを起こし、呼吸も小刻みに成り、徐々に間隔が大きくなる。
たったの十分、クラブにとっては十時間にも思えた長い苦しみは、それだけしか経過していなかった。
その十分間で、クラブは、血の混じった泡を吹き出しながら、意識を手放し、必死に動いていた心臓も、止まってしまった。
そのクラブの様子を、分厚い鉄の扉についている覗き穴から見ていた族長補佐は、呆れながら帰ろうとする。
「……やれやれ、大見えを切っておいて、やはりこの程度か」
「待ちなさい」
「何でしょう?賭けは貴女の勝ちです、もう彼女には用はありません、ただいま、死体処理の係を呼んでまいります」
「いいえ、その必要はありません、まだ心臓が止まっただけ、まだまだ望みはのこされています」
分厚い鉄の扉から見えるクラブの様子を見て、族長は妖しく微笑む。
「貴女に、強くなる意思があるというのであれば、起き上がってみなさい、それが明日になるか、一週間後となるか、それは貴女次第よ」




