諦めたらそこで試合終了なんてルール無くとも、諦めちゃダメ 前編
「お前がそこまで感情移入するとは、余程、惚れ込んでいたんだな」
涙を流さずに泣くリリィの背後で、シルフィを殺した張本人は立ち上がり、転がっていた首をつなげる。
首は簡単に接合され、シルフィの付けた傷以外は完治する。
そのままではやはり痛むのか、ジャックはバックパックの中から包帯類を取り出し、それを首に巻き始める。
「しかし、随分と焦っちまったみたいだな、肝心のエーテルを糸に注ぐのを忘れるとは、注がれていたら、そうなる事も無かっただろうに」
「……そうですね」
「しかし、文句なら、お前らの幹部、いや、ヴィルへルミネに言ってくれ、この体にしたのは、まぎれも無い、アイツなんだぜ」
「解っています」
ジャックが生きている意味、リリィはそれを知っている。
かつて、ジャックはナーダの研究の被検体だったころがあった。
その時の実験で、薬物やナノマシン等で体をいじられた結果、ジャックは首を斬られても死なない体にされた。
ヒーリング能力を持っている者の首を斬るのは、脳の働きを完全に止めるため。
幾らヒーリングを使えても、脳に酸素が送られなければ、死亡する事に変わりは無い。
頭を砕くのも、同じ理由だ。
だが、ジャックに投与されたナノマシンは、ロストテクノロジーで作られた特別製。
切断された後も、脳に酸素を供給し続けるような代物だ。
仮に頭を破壊されたとしても、たとえ脳幹を狙撃されても、ナノマシンが脳の代わりを果たし、頭の修復を行って完全に回復させる。
しかも、胴体と頭が分かれたとしても、ナノマシンを通じて、体を制御できるため、このような事態となってしまったのだ。
「……せめて、彼女にこの事を伝えていれば、こんな事にはならなかったでしょうね」
「ああ、だが、過去を悔いても仕方がない、今後どうするか、だろ?それに、まだ望みが潰えた訳じゃねぇ、そうだろ?」
ジャックの言葉を聞いて、リリィは思い出す。
シルフィを助ける方法はもう一つある。
この場では難しいが、今から数時間以内に適切な処置を施す事ができれば、この状態のシルフィを蘇生する事ができる。
だが、それを狙いとしているのはスレイヤーも同じのようだ。
「確かに、私も少々取り乱していました、考えてもみれば、彼女はまだ助かる、その為にも、彼女を基地へ連れていきます」
「そうだ、だが、そうはさせない、そいつは俺達が頂く、その前に先ずは、お前を始末しないとな!」
「ほほう、そんな事言っても良いのですか?」
ジャックはシルフィが基地へと連れていかれる事を阻むべく、刀を構え、再びエーテル・ギアを駆動させる。
それを見ていたリリィは、とある物を、ジャックに見せつける。
「あ、そいつは!!?」
「貴女の音楽プレイヤーですよ」
それは、ジャックの腰に下げられていた音楽プレイヤーだ。
プレイヤーを下げていた所を確認しても、どこにも見当たらず、リリィの手に持っている物は、本物だと判明する。
「ちょ、ちょっと待て、そいつには今までダウンロードしてきた押しの曲が山ほど入ってるんだよ!せめて壊すのはやめてくれ!」
「ええ、存じていますよ、それから、面白い物も、たった今入れておきました」
「面白い物?」
「それは、自分の耳で確認しやがれロリコンがぁぁぁ!!」
「あああ!!俺の三万八千と愛しのアニソン達ぃぃぃ!!」
リリィは、ジャックの腰からいつの間にか消えていた音楽プレイヤーを、遥か遠くまで全力で放り投げる。
正直言って、このまま戦っても、負けてしまうのは必須。
であれば、念のためパクっておいたジャックの音楽プレイヤーに、面白い物をリリィのデータの中からインストールしておき、そのまま放り投げた。
流石のジャックも、携帯性を重要視しているデザインの小さなプレイヤーを探し当てるのは、少々困難だ。
故に、こんな山奥で無くせばただでは済まない為、リリィのぶん投げたプレイヤーを急いで追いかけてしまう。
その隙に、リリィはシルフィを担ぎ、自らのエーテルをシルフィに注ぎながら移動を開始する。
目的地は当然、空軍基地だ。
エーテルを供給しながらであれば、到着した後の処置も楽に成る。
「シルフィ、必ず助けます、だから、絶対に生き返ってくださいよ!」
――――――
リリィ達が必死こいて空軍基地へと足を進めている中、ジャックは何とか音楽プレイヤーの回収に成功。
そして、何処にも傷がない事を確認し、ほっとしていると、プレイヤーから、何か声が聞こえているのに気が付く。
「何だ?」
まるで宴会の会場であるかのような賑やかな笑い声が、流れ始めたと思えば、誰かがみんなの前で歌い始めるかのような空気が流れ始める。
暫くして、しん、と空気が静まり返ると、とてつもなく酷い歌声が聞こえて来る。
吐き気を催すようなその声は、どこと無くシルフィの声に似ている気がした。
そんな事よりも、地獄の声を大音量で、しかも至近距離で聞いてしまったジャックは、今まで味わった事のない吐き気に見舞われる。
飢えをしのぐべく、毒キノコを食べた時以上の苦しみを味わい、白目を向いて気絶してしまう。
プレイヤーが、落下している時の空気の流れを頼りに追ってきた為、何時もより耳を鋭敏にしていたのが仇と成ってしまった。
気絶しても、近くに落としたせいで、立て続けに酷い歌声を聞く破目に成り、プレイヤーその物が壊れるまで、ジャックは気絶と覚醒を繰り返した。
――――――
リリィがシルフィを基地へ運んでいる頃、ナーダの拠点にて、ラベルクはヘンリーへと報告を行っていた。
主な内容は、件の町での戦闘報告だ。
リリィがダンジョンへと送られてしまった影響で、本人からの報告が取れない為、別ルートで仕入れた情報を提出している。
「……成程、例のエルフ達の暗躍で、町一つが壊滅、首謀者は残党と共に、騒ぎに乗じて逃走、君の妹は、同行しているエルフと共に、行方不明、か」
「はい、直ちに捜索部隊を編成し……」
「いい、スレイヤーでもない存在に敗北するアンドロイドに、ようは無い」
「ですが」
「私に口答えするのか?」
「……」
やはり、ウルフスに敗北したことが、一番響いているらしく、リリィへの信用は失われつつあるようだ。
ラベルクとしては、信用を失うには、いささか軽率すぎる。
姉として、妹を庇いたい気持ちもあるが、理論上では、リリィはスレイヤーと対等に戦えるのだ。
リリィが本当の実力を出すには、この拠点に保管されている、正規のエーテル・ギアが必要になる。
今リリィが装着している物は、量産を重要視している分、性能は少し低く設計されている。
正規品さえ装着すれば、今回敗北したというエルフにも、勝てたかもしれないのだ。
「(等といっても、言い訳がましいか)」
「一先ず、君の妹から連絡を待とう、本当に君の言う通りの性能であれば、自力で連絡位よこすだろう……下がってよし」
「はい」
一礼したラベルクは、ヘンリーの執務室から出て行くべく、扉に向かおうとした時、一人の見知らぬ人間が入室してくる。
まるで執事のように、タキシードを着込んだ若い男性。
と、思っていたが、よく見れば、体の一部に金属反応があり、生命反応も見ることはできないことに、ラベルクは気が付く。
「(アンドロイド?それにしては、見た事が無いモデル)」
「ヘンリー様、頼まれていた書類をお持ちいたしました」
「ああ、ご苦労」
「あの、ヘンリー様、せんえつながら、その方は?」
「おや?知らなかったのかね?彼はカルド、先日カルミアと、うちの研究員がロールアウトさせた、新型だよ、君と同じくらい優秀でね、これで、君の負担も減るだろう?」
「初めまして、私はカルド、貴女がラベルク様ですね、以後、お見知りおきを」
「いえ、こちらこそ」
ヘンリーの説明が終わると、書類を渡したカルドは、ラベルクの方を向き、一礼する。
型式番号を言わなかったことに、多少の疑念を持ちながらも、お互いに一礼した二人は、別れ際に握手をする。
そして、ラベルクはヘンリーの言いつけ通り、執務室から出て行き、カルドは他に仕事が有ると、執務室に残った。
「(……あのような機体、制作するというプランは聞いていない)」
「やっほー、新入り君はどうだった?」
「……カルミア様、あの機体は一体」
「別に~私は、私の任務を遂行しただけ」
「そうですか……所で、随分と機嫌が悪そうですが、どうかなされましたか?」
「……」
執務室を出た辺りで、ラベルクはカルミアとばったり出会う。
タイミングから考えて、ラベルクが出て来るのを待っていたようだが、どうも機嫌が悪そうに見える。
カルミアの趣味は機械いじり。
アリサシリーズに並ぶアンドロイドを作れたのであれば、喜んでも良い筈なのだが、機嫌が悪そうだ。
ラベルクは、何故機嫌が悪いのか聞くなり、カルミアは体を小刻みに震わせると、怒りの理由を起こりながら打ち明ける。
「アンタがこの前作ったパンケーキ、あれ何!?」
「……あー」
「あー、じゃねぇよ!急に私の大好物作ってきたと思ったら、何あのモチャモチャ!冷や飯でカサマシするとか、マジないわ!!」
「申し訳ございませんハチミツとフルーツと生クリームで、予算の方が無くなってしまいまして」
「だったらフルーツ抜きでよかったわ!」
どうやら、先日作ってあげたパンケーキがご不満だったようだ。
一応、約束を守る為に、言った通りの内容で制作したはいいのだが、現在の懐事情では、全てを望み通りにすると、やはり予算オーバーしてしまった。
なので、ケーキの方を妥協し、冷や飯などでカサマシし、何とか形だけを取り繕ったのだ。
当然、パンケーキ特有のフワフワ感は無くなり、おにぎりみたいな感じになってしまった。
そのせいで、カルミアはかなりご立腹の様子だ。
「はぁ、まぁいいや、とりあえず、私はもう行くから」
「ええ、所で……私に何か、隠し事は有りますか?」
「隠し事ぉ?アンタの隠し事を話してくれれば、少しは考えるよぉ」
「そうですか、では、彼の型式番号位は、教えてくれませんか?」
「……やーだ」
そう言ったカルミアは、格納庫へと走り去ってしまう。
ラベルクから離れたことを確認したカルミアは、先ほどのラベルクの発言を思い出し始める。
なんとも腹立たしい言葉だった。
カルドの型式番号を聞かれた時、お互い様だと思った。
ラベルクの型式番号は、AS-I。
アリサシリーズの番号は基本的に整数がつけられる。
だというのに、ラベルクの場合は虚数を意味するIがつけられている。
ゼロ等であれば、そこまで違和感を覚えることは無いのだが、整数でも実数でもない虚数が付けられている。
どう考えても、ラベルクには何かが有る。
「何時か化けの皮剥いでやる、クソババア」
そんな事をつぶやきながら、カルミアは格納庫に到着し、任務内容を確認する。
それは、重要物資をリリィ達の目的地である空軍基地へと届ける事だ。
「……最新型のエーテル・ギア、ワンオフ機であることを良い事に、ヒューリー自身の持てる全ての技術を全てつぎ込んだ、最強の鎧……未完成らしいけど」
エーテル・ギアを、輸送用のコンテナに積み込まれる作業に立ち会うカルミアは、目を細めながらその作業を眺める。
ネオ・アダマントなどという、カルミアからしてみたら、品の無い素材で作られている鎧。
だが、スキャンする限り、コンパクトでありながら、ギミックの搭載や、高性能化が図られている。
未完成らしいのだが、実地テストのために、空軍基地へ移送しろという話だ。
「……さて、最強のアリサシリーズとやらの顔でも、拝みに行きますか、会うのを楽しみにしているよ、お姉ちゃん(ついでに、アイツのお気に入りだっていうエルフの顔でも拝んで来るか)」




