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獲物を狩った時が一番危ない 後編

 アリサは、回復を待ちながらシルフィの戦う様をその目に焼き付けていた。

 不完全な鬼人拳法の使用によって、体はもうボロボロ、立っているのもやっとの筈なのに、諦める素振りも無く、ジャックに立ち向かっている。

 ヒーリング能力も無く、アンドロイドでもないというのに、凶悪な存在であるジャックに挑む。

 マチェットを折られても、ジャックへ痛恨の一撃を繰り出し、両足を折られても、闘争心の消えていない目を向けながら、銃撃を行う。

 そんなシルフィの行動に、アリサは鼓舞され始める。


 エーテルの回復と、ブレードの修復が終わったのを確認し、アリサはスラスターを吹かせる。

 シルフィの方を向いているジャックへの奇襲攻撃、これが最後のチャンスに成るかもしれないと、アリサは全ての力を込めて、首へブレードを振るう。

 だが、直前でジャックは振り向き、アリサと目が合う。

 ブレードで反撃を繰り出そうとする素振りを見せたジャックであったが、肝心の刀は、シルフィが全力で握り閉め、使用を妨害している。

 行けるかもしれないと、アリサはジャックの首を狙うが、そんな期待は淡く崩れ去る。


「クソ!」

「悪いな」


 アリサのブレードは、ジャックの背面にあるウィング型スラスターで防がれてしまう。

 まるでもう一組の腕であるかのように、アリサのブレードを受け止め、もう一方のスラスターで、アリサのブレードを撃ち落とす。

 丸腰となったアリサへと、ジャックはもう一方の手にハンドガンを持ち、両方のスラスターと共に、射撃攻撃を繰り出す。

 弾丸の炸裂と、スラスターからの射撃で、アリサは爆炎に包まれる。


「アリサ!」


 シルフィの心配を他所に、爆発によってできた煙から出て来ると同時に、アリサはブレードによる斬撃を繰り出す。


「……邪魔だ」


 アリサの斬撃を前に、ジャックは余裕をもって、シルフィの腕を足で蹴り、瞬時にアリサのブレードをへし折る。

 そこから立て続けに、ジャックはアリサへと、刀の連続攻撃を行う。

 炎は纏っておらず、ただ純粋な斬撃のせいで、アリサは大量に出血し、再び倒れこんでしまう。

 そもそも、アリサにとっての出血とは、車からガソリンを抜き取る行為に近い。

 多少であれば問題は無くとも、大量に吹き出してしまうと、アリサの行動に支障が出て来る。

 その理由は、人工血液はアリサの体にエーテルを送る為の代物だからである。

 例えるのであれば、人工血液は、電線のような物だ。


 人工血液で、エーテルを人工筋肉へと巡らせる事で、出力を確保し、アリサは行動している。

 貧血状態に成ると、エーテル・ドライヴで、どれだけエネルギーを精製しても、巡らせるための血液が無ければ、意味が無い。

 その為、一緒に流れるナノマシンが、できてしまった傷口を瞬時にふさぐようになっている。


「これだけ、血を流せば、動けることは無いな」

「そう、ですね(人工血液は、エーテルで生成できるが、それでも補充には時間がかかる、もはや、これまでか)」

「……何故あいつを助けた?今のお前の状態だと、すぐにこうなる事位、分かるだろ?だったら、安全な場所で身を隠しながら、回復を待つのが定石だろうに」

「……」


 倒れ込むアリサは、ジャックの言葉を自分の中で肯定する。

 アンドロイドであれば、先ずは回復のために、行動を移すべきだ。

 ならば、シルフィが命を懸けて戦っている時に、身を隠し、少しでも回復に時間を割くべきだった。

 だが、助けなければならないと判断した。

 あのままでは、シルフィが殺される。

 そう思っただけで、思わず行動に移り、ジャックへと攻撃を仕掛けた。


「嫌、だったんですよ、あの子が死ぬのは」

「何だと」

「笑ってくださいよ、こんなアンドロイド、おかしいですよね」

「……いや、笑いはしないさ、だが、一つだけ解らん、アイツはお前にとっての何だ?」

「私に、とって、ですか……彼女は、あの子は、シルフィは、私の」


 ジャックの質問に、アリサは少し悩む。

 どう言って良いのか解らない、シルフィは、友人だと思ってくれているようであるが、自分自身は、シルフィの事をどう認識すればいいのだろうか?

 だが、シルフィが望むのであればと、アリサは率直に答える事にした。


「私の……大切な、友達です」

「そうか……だそうだ、シルフィ君」


 ジャックの言葉で、アリサは気が付く、いつの間にか、シルフィがすぐそばに来ている事に。

 足はスーツのギプス機能で固定されているのだろうが、あくまでも応急処置でしかなく、歩く事を躊躇う程の激痛が走る筈だ。

 それでも、シルフィは笑みを浮かべながら、ジャックへと歩いている。

 だが、アリサは少し不安を覚える。

 さっきの会話で、シルフィは、アリサがアンドロイドである事を知ってしまったのではと、思ってしまう。

 そんなアリサの心配を他所に、ジャックはシルフィと話し始める。


「……お前はどうだ?どう思っている?」

「決まっているでしょ、私にとっても、大切な友達だよ」

「随分物好きなエルフだな、しかも、アンドロイドなんて機械人形に、友人と呼ばれる位の関係を築くとは」

「ッ!(明かされてしまった、自分が人間でない事を)」

「それ、そんなに難しい事だったんだ、知らなかったよ、少なくとも、アリサがアンドロイドって、お人形だってこと以外は」

「え」


 シルフィの発言に、アリサは呆気にとられる。

 想像していたシルフィの反応とは、全く違う物だったのだから。

 そんなアリサに、シルフィは微笑みながら謝り始める。


「ごめんね、アリサ、実は、アラクネさんから、もう聞いてたんだ、貴女が、アンドロイドだってこと」

「そ、そんな」

「隠しててゴメン、だけど、これで、おあいこだよね、貴女も、ずっと隠していたんだから、でも、このやり取りも、友達みたいで何か良いね」

「シルフィ」


 シルフィの話を聞いて、アリサは嬉しいという気分でいっぱいに成る。

 ずっと正体を知っていて、正体を黙って居てしまっていたというのに、シルフィは、ずっと友人だと思って接してくれていた。

 知っていて尚、シルフィは人間と接するように仲良くしてくれて、更には涙まで流してくれた。

 そして、友人であることを、許してくれた。

 そのことに、感謝しかなかった。


「良いねぇ、良い友情だ、とても素晴らしい、だが、ここが戦場だってこと、忘れるなよ」

「それは、アンタも同じだよ!!」

「ッ!?」


 シルフィは、叫びと共に、ジャックの背後を取り、ガッチリとホールドする。

 そして、そのまま、ジャックの首に、何かを巻き付ける。

 その何かは、アリサもよく知る物だ。


「あれって」

「何だ、ワイヤーか!?」

「残念、蜘蛛の糸だよ!!」


 シルフィの手に握られているのは、アラクネが渡してくれた糸。

 それを両手にしっかりと巻きつけ、ジャックの首の傷口にかかるように、ぐるりと巻き付けた。

 アリサの体や、スーツの防刃性すら物ともしないアラクネの糸は、即座にジャックの首の骨を捉える。

 首に大きな切創を作っても死なないのであれば、いっそ、首をへし折ってやろうと、シルフィは力を込める。

 当然、ジャックもやられるがまま、という訳にはいかず、自らの腹部に、刀を突きさす。


「クソが!」

「ガッ!!」


 ジャックの腹部を貫通した刀は、そのままシルフィの腹部を貫き、激痛を与えられても、シルフィは力を緩めず、糸を引っ張る。

 口から血を流し、折れた手足、貫かれた腹部の激痛をこらえ、ただひたすらにジャックの首を折る事に専念する。


「アアアッ!!」

「(バカな、腹に刀ぶっ刺さってるんだぞ!!)」


 更に、火事場の馬鹿力ともいえる力で、シルフィは糸を引き続けていると、ジャックの耳に、嫌な音が響く。

 それは、骨にひびが入る音だ。

 徐々にではあるが、ジャックの首は折れつつある。


「クソ、退けえええ!!」

「(絶対に離さない、ここで、首をっ!!)」


 ジャックは、何度も何度も腹部に刀を突きさし、シルフィを引きはがそうとする。

 そして、アリサは、その光景を見ながら、回復に専念する。

 このままでは、ジャックの前にシルフィが力尽きてしまう。

 そうならない為にも、アリサは動く事の出来る最低限のエーテルと、人工血液を補充し、何とか立ち上がる。

 ブレードを新しく精製している暇はないので、装甲を引っぺがし、それを手に持って二人の元に向かう。


「シルフィィィ!!」


 アリサが向かっているのを、知ってか知らずか、シルフィは、ジャックが刀を抜いた直後に、足をジャックの背面につける。

 折れている足でも踏ん張り、更に加圧する。

 もはや、体の痛みなんて気にする事も無く、強引に鬼人拳法を使用し、更にパワーを増強する。

 全身を使い、シルフィはアリサに言われた事を思い出しながら、力を増強させる。


「ウワアアアア!!」


 体の限界なんて知らないと言わんばかりに、力を込め、遂にジャックの首は胴体から離された。

 首を斬られたジャックの体は、正座の体勢になり、シルフィはそのまま地面に叩きつけられる。


「ゲホッ!」


 シルフィは、出血と反動で、もうろうとしている意識の中で、アリサの姿を確認する。

 そんな中、体内に焼石でもねじ込まれたような、とてつもない痛みが走り抜けている。

 スーツが傷を塞ぎ、何とか止血をしてくれているが、裂けた内臓までは修復してくれず、感じたことも無い程の苦しみが襲う。

 だが、辛さよりも、嬉しさが勝っている。


 遂に倒したのだ。

 とてつもない猛威を振るっていたジャックを、倒す事が出来たのだ。

 ぎこちなく立ちあがったシルフィは、ジャックを横切り、アリサの元へと歩み寄る。

 どんなに強力な再生能力を持っていたとしても、首を斬られれば、後は絶命を待つだけだ。

 これで、少しはアリサの役に立てたと思いながら、シルフィは、千鳥足でアリサに接近していくと、違和感に気が付いた。


「(あれ?何でそんなに、険しい顔してるの?)」

「シル――す――せて」


 もう首を切った筈だというのに、アリサは手に持っている装甲を手放さず、何かを叫んでいる。

 しかも、かなり焦っているようにも見える。

 だが、もう意識が飛びかけているせいか、アリサの叫びは、上手く耳に入らなかった。


「(ジャックの首、まだ斬れてなかった?)」


 少し不安になりながらも、シルフィはアリサへと接近する。

 背後の陰に、多少の気配を感じながら。


「伏せてええええ!!」

「え?」


 おもむろに後ろを振り向こうとしたシルフィの背に、ジャックの刀が突き刺さる。

 しかも、位置は完全に心臓を捉えている。

 シルフィの背後で、首無し状態のジャックの体は、通り過ぎたシルフィの背後に、刀を突き立てた。

 貫通こそしなかったが、心臓に刺さるには十分な程深い。

 この一撃で、シルフィは膝から崩れ、同時に背中の刀は抜け落ち、ジャックの体は倒れ込む。


「なん、で」

「シルフィ!シルフィ!!」


 アリサは、ジャックには目もくれず、すぐにシルフィの元へと駆け寄り、瀕死のシルフィを抱き上げ、必死に声をかける。

 スーツの効果で、止血を行えても、急所である心臓を破壊されては、もうどうにもならない。

 アリサの腕の中で、徐々に死へと近づくシルフィは、涙を流しながら、アリサの頬に手を添える。


「アリサ、ゴメン、ね、失敗、しちゃった」

「喋らないでください、すぐに助けますから!」

「え、えへへ、でも、もうダメでしょ、目が、かすんで、来た」

「しゃべるな」

「……それでね、最後に、お願いが、あるの」

「しゃべるなと言っている!!」


 アリサの忠告を無視したシルフィは、最後の願いを口にする。


「……お願い、名前、教えて」

「う、ぐ……」


 アリサは、シルフィの願いを聞き入れ、自らの本当の名前を教えた。

 その名を聞いたシルフィは、優しく微笑むと、感謝を告げる。


「可愛い、名前……ありがとう、私の、最後のお願いを聞いてくれて」

「これ満足でしょう、だから、もう、喋らないで、その程度なら、まだ、間に合う」


 シルフィは、アリサの首に腕を回し、顔を接近させると、血に染まっている自らの唇を、アリサの頬に当てる。


「好きだよ、リリィ」

「……」


 そう言い残し、シルフィは微笑みながら眠りについた。

 満足気な笑みを浮かべるシルフィの手から、零れ落ちた緑色の石を拾いながらアリサは抱きしめる力をより強くする。

 安らかに眠るシルフィを抱きながら、リリィは悔しそうに歯を食いしばり、怒号の様に声を荒げる。


「そそっかしいんだよ!その程度、基地へ行けば治ったんだ!なのに、なのに貴女は!!」


 今の医術を使えば、心臓が破壊されていようとも、治療を行えば生きながらえる事が出来た。

 だが、そんな事知りもしないシルフィにとっては、今の告白は、最後の別れの言葉として、言っておかなければならなかった。

 リリィは、涙を流さずに泣き続ける。

 また、守ることができなかった。

 自分の事を受け入れてくれた優しい人間を、守る事ができなかった。


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