獲物を狩った時が一番危ない 中編
岩山のはるか上空、二振りの刃が、互いにぶつかり合い、強烈な衝撃波を発生させていた。
ジャックの使用するエーテル・ギア、バルチャーは、最初こそジャック本人を振り回すじゃじゃ馬だったが、彼女のセンスのおかげか、徐々に慣れ始め出している。
秀逸なのは、翼型のスラスター。
羽の扱い方次第では、アリサ以上の空中機動を見せ、更には先端部分からは、紅い光弾を射出するという遠距離攻撃を行っている。
対して、アリサはアーマーとブレードのみというシンプルな武装。
本来であれば、ライフル等を精製し、遠距離攻撃を行う事もできるのだが、修復の影響で、材料の絶対数が減っており、現状の装備が精いっぱいである。
だが、武装の多さが、戦力差にはつながらない。
少なくとも、空中での戦闘においては、アリサに一日の長が有る。
何とかそれを利用して、互角程度には渡り合っている。
遂に対峙したアリサとジャック、この二人の戦いは、シルフィの常識から、あまりにも逸脱しており、二人の下で手を出せないでいた。
「……アリサ」
だが、このまま指を咥えていては、アリサが負けてしまう危険がある。
今でこそ互角ではあるが、徐々にジャックの動きが機敏になり始めている。
役に立たなければ、そんな思いが、シルフィの中を巡り、上空へと弓を構える。
今こそ、自らの持つ射撃能力が光る場面だ。
息を整え、魔力を弓に込めていき、照準を定めだす。
「(早い、鳥系の魔物とは全然違う)」
確実に生物の限界を超えている二人の動きに、照準はなかなか定まらずにいる。
二人は、ほぼ予備動作無しで軌道を変えており、自らにかかるGの影響を完全に無視した動きを見せている。
そもそも、これは戦闘機を弓で撃ち落とすような挑戦、無謀にも程がある。
だが、こういう時こそ、落ち着くべきだ。
焦らず、じっと弓を引き、狙いを定める事に集中する。
できる事であれば、駆動系等、所々見られる隙間や、完全に露出している顔面を狙いたいところだ。
いくら魔力で、弓の威力を底上げしても、鎧に防がれては、意味が無い。
そして、じっと待ったかいがあり、遂に狙いが定まる。
「(そこっ!!)」
アレンに放った時とは違う、むしろベヒーモスに事故で当ててしまった時以上の衝撃が、周囲にまき散らされる。
矢の速度は、ライフルの弾丸を超え、ほぼ一直線にジャックの顔面へと、吸い込まれるようにして進んで行く。
アリサとの闘いに夢中になり、完全にシルフィを蚊帳の外へ置いている事が仇となっている。
「ッ!?」
だが、ジャックの耳は、迫りくる矢の音を掴み、反射的に回避行動をとられてしまう。
それでも、弓矢で、しかも下方向から狙い撃って来るとは思わなかったらしく、ギリギリ頬を掠める。
焼けるような痛みと、意外な位置からの射撃に、一瞬の動揺を見せてしまい、その隙をアリサに突かれてしまう。
「感謝します!シルフィ!!」
シルフィへの感謝を叫びながら、ブレードを首へ繰り出す。
スラスターの推進力と、アリサ本人の力を合わせ、ジャックの首を何とか捉え、そのまま岩盤へと叩きつける。
爆撃のような轟音が発生し、岩盤にはクレーターが生成される。
「腕、切り落としておくべきだったな!!」
「クソがっ!!」
未だにスラスターを噴かせ、ブレードに入れる力を上げてはいるが、ジャックの首は、彼女の所持している刀に阻まれ、切断が阻害されてしまっている。
首を斬られかけようとも、ジャックはアリサのブレードを徐々に押し返し始める。
それに対抗し、アリサも力を最大で引き絞り、首を取ろうとするが、徐々に押し負けだす。
ブレードがジャックの首から離れた時、ジャックの刀から炎が吹き出て来る。
「ッ!」
「炎鬼牢!!」
複数回の斬撃と共に、炎の斬撃が発生し、アリサのブレードは、完全に弾かれてしまう。
更に、飛ばされたアリサへ向けて、ジャックはもう一つの技を繰り出す。
「炎討ち!」
とてつもなく素早い動きで繰り出された斬撃を、アリサは寸前で受け止める事に成功する。
しかし、その衝撃までは、相殺しきれず、更に奥へとアリサは吹き飛ばされてしまう。
そのまま追撃、という訳では無く、アリサの居る場所とは、まるで違う方へと、刀が振るわれる。
「流石に二度目はなぁ」
ジャックが切り裂いたのは、再び放たれたシルフィの矢。
流石に、二回目の奇襲は上手くいかなかったようだ。
シルフィから発されている僅かな音を頼りに、ジャックは疾走し、一気に距離を詰める。
「早っ!?」
ほぼ一瞬で、数百メートルという距離を詰められ、シルフィは焦る。
動体視力が向上していなかったら、首を刎ねられてしまったであろうが、何とか弓を盾にして、ジャックの刀の軌道をずらす事には成功する。
代償として、父の形見である弓を失う羽目になってしまったが、背に腹は代えられず、すぐに放棄し、マチェットを抜く。
繰り出されてきた上からの二撃目を、何とか防ぎ止める事に成功するが、更に問題が発生する。
「(お、重いぃぃっ!!)」
「ただの雑魚だと思って、捨て置いたが、どうやらただの雑魚じゃないみたいだな!俺の攻撃を二回も防ぐとは!」
「(うっさい!こっちは褒められて嬉しいなんて言ってる状況じゃないんだよ!!)」
防いだ瞬間、反射的に鬼人拳法を使用したのだが、ジャックの一撃は、そのままシルフィの事を圧し潰す勢いだ。
全身の筋肉の筋一本でも緩めば、骨は砕け、体は目も当てられない事になるだろう。
この衝撃に耐えられるマチェットに感謝しながら、シルフィは何とか耐え続ける。
そんな中で、ジャックはまだまだ余裕が有る様に話しかけて来る。
「この頬の傷、全然治らねぇ、しかもあの狙撃能力、うちに欲しい位だ……どうだ?こっちに来ないか?」
「こっちは質問答えてる暇ないんだよぉぉ!!」
「へ、そいつは、悪かったな!!」
謝罪と共に、ジャックは刀を離すと、そこから連続で攻撃を繰り出し始める。
常人の目には、決して留める事も出来ない、あまりにも早すぎる剣速、クラブなんて目では無く、反応するだけで精一杯だった。
命のやり取りを行う中で、シルフィはとある違和感を覚えていた。
視力の方で、何とかジャックの太刀筋を見れているが、初見であれば、恐らくは反応できずに斬られていたかもしれない。
思うより、体が先に動き、勘だけが、ジャックの攻撃に反応している。
その光景を、何とか戻ってきたアリサも目撃し、思わず見入ってしまう。
「(あの動き、勘だけでジャックの動きを……いや、当然か、彼女の親御さん、准尉の師匠は……)」
そして、ジャックの剣を受け続けるシルフィは、徐々に違和感の正体に気付きだす。
多少の差異はあるが、目の前の化け物が振るっている剣には、見覚えがある。
「(何で、何でコイツが、お父さんの技を!?)」
「(この動き、打ち合いやっている時のアイツを思い出すな)」
幾千幾万と受けた、父の剣と同じ物。
とてつもない疑問を感じながらも、シルフィは直感だけでジャックの動きを捉え、反応する。
だが、このままでは、ジリ貧でシルフィの方が先に力尽きてしまう。
見ている場合では無いと、我に返ったアリサは、急いで現場へ急行し、シルフィを救い出す。
「アリサ!」
「……早く解除を、今なら、そこまで負担はかかりません!!」
「でも!」
「おしゃべりしている暇、有るのか!?」
ジャックの言う通り、二人に話している暇は無かった。
そこから、もはや戦いというよりは、ただの蹂躙に近かった。
ジャックの異常聴力を前に、どんな攻撃も防がれ、炎を纏った猛攻を前に、ただただ圧倒されてしまう。
やがて、シルフィは活動限界を迎えてしまい、行動不能になってしまう。
残されたアリサも、果敢に挑むが、ブレードは折られ、一方的に攻撃を受ける事となる。
「どうした?新型の性能ってのは、そんな物か!?」
ウルフスの時の様に、ただ一方的に攻撃を受けるのみ。
今まで受けたどんな攻撃よりも、早く、重い一撃数々に、アリサは攻撃を受け続け、最終的には、道端に転がる小石のように、蹴り飛ばされる。
体のあちらこちらに蓄積されたダメージで、アリサはほぼ行動不能となってしまう。
そんなアリサへと、無情にもジャックの凶刃が迫りだす。
「ヤメロォ!!」
「ッ」
そんな光景を、黙って見て居られる筈無く、根性だけで立ち上がったシルフィは、ジャックの頬へと正拳突きを繰り出す。
だが、通常状態のシルフィでは、ただの赤子の打撃に等しく、ジャックには一切ダメージは入っていなかった。
「なぁお嬢ちゃん、挑んで来るのはいいんだが」
「が、ああ」
打撃を繰り出した拳は、握りつぶされながら引きはがされ、その握力で、心なしか手の骨にヒビが入りだしている気がする。
そして、今度はジャックの正拳が、シルフィの顔面へと襲い来る。
「この力量、ちょっとは埋めてから来い!」
「ッ!」
弾丸よりも早く、鋭い一撃を、シルフィはギリギリで腕に受ける。
その際、スーツの防御は一切役に立たず、防御に使用した左腕の骨からは、確実に折れた音が響く。
今まで何度か骨を折ったことは有ったが、その時とは比べ物にならない激痛が、シルフィに襲い掛かる。
そして、吹き飛ばされた先は、アリサの近くだった。
「シルフィ、大丈夫ですか?」
「はは、ゴメン、腕折られた」
「こちらこそ、申し訳ありません、こんな戦いに、巻き込んでしまって」
「良いよ、こんなに力の差があると、もう笑うしかない、けどね」
一緒に倒れるアリサは、戦力差に笑うシルフィが立ちあがる所を目にする。
折れた左腕は、スーツのナノマシンがギプスの代わりを果たし、応急的な処置を行っているが、まだ不自由だ。
それでも、まだ両足と右腕は残っていると言わんばかりに、片手でマチェットを構える。
その姿を見たジャックも、目を丸めてしまう。
シルフィが鬼人拳法を使用していたのは、ジャックの目にも解って居た。
だが、不完全だ、普通であれば、立ち上がることだって難しい筈だというのに、立ち上がり、戦おうとしている。
「まだ、やれる」
「(コイツ、どこかで会ったか?やっぱりただの雑魚じゃねぇ)」
驚きを上げるジャックに、シルフィは通常状態のまま向かっていく。
だが、ジャックはシルフィの骨のきしみ、筋肉の収縮、それらを聞き取り、次の一手を確実に読み、攻撃を回避する。
当たる筈の無い攻撃を続けるシルフィの姿を、ジャックはとある人物と重ねる。
もういなくなってしまった筈の部下であり、親友の存在。
行動パターンや、目つき、そして顔の輪郭、それらが酷似している。
「チッ!!(気の迷いだ、アイツは死んだ!!)」
舌打ちをしながら、シルフィの首へと、炎を纏った刀を繰り出したジャックであったが、どうしても、虚像を重ねてしまう。
その気の迷いは、行動にまで出てしまい、シルフィの首を狙ったつもりが、捉えたのはマチェットだった。
首を刈る勢いで放たれたジャックの斬撃は、シルフィのマチェットを砕き、戦力を削いだ。
流石に、これで諦めるだろうと、気を緩ませたジャックの喉元に、折れたマチェットが突き立てられる。
「グッ!!」
「(これでもダメなの!?)」
それでもなお、ジャックは死なず、マチェットが刺さったままの状態で、シルフィの両足を刀の峰でへし折り、投げ飛ばすと、強引にマチェットを喉から引き抜いた。
投げ飛ばされたシルフィは、すぐに受け身を取り、座りながら銃撃を行い、ジャックへと奇襲攻撃を仕掛ける。
数発の銃声と共に、放たれた九ミリ弾を、ジャックは全て回避しつつ、シルフィへと接近する。
弾丸を回避され続け、空に成った弾倉を片手で交換し、再度射撃を開始していくが、すぐに間合いに入り込まれ、銃を取り上げられてしまう。
「手間かけさせやがって」
「はは」
ジャックは取り上げた銃を分解し、そのまま放棄すると、刀を座り込んでいるシルフィへと向けた。
その時、シルフィと目が合ったが、その目はまだ諦めを考えておらず、未だに闘争心は尽きていない。
「お前は、何なんだ?」
「悪いけど、アンタに答える質問の答えなんてないよ」
刀を突きつけられても、シルフィは笑みを浮かべている。
その笑みに疑問を抱いたジャックは、すぐに耳を研ぎ澄まし、背後に回り込んでいたアリサの存在に気がつく。
背後へと回り込んでいたアリサは、修復したブレードで、ジャックの首を狙う。




