ライバルとの出会いは格好よく 後編
葵達との酒盛りが行われた二日後。
昨日は、シルフィが二日酔いでぶっ倒れた為、仕方が無く出発を延期してしまった。
おかげで損傷したアーマーとブレードの修復や、先に外へ出て、ルートの再検索を行えたので、よしとしている。
葵達はダンジョンに残り、稼ぎを続けるという事で、外まで見送りをしてくれた後、入り口付近に隣接しているキャンプで、色々な物資を補給しに行った。
別れを惜しみながらも、アリサ達は先を急ぐべく、ダンジョン前のキャンプを後にした。
「良い人たちだったね」
「そうですね」
岩山の中を進む二人は、辺りを見渡す事の出来る崖の付近にたどり着く。
辺り一面、緑よりも、岩の多い山々が広がる光景が、二人の視界に映り込む。
アリサの計算では、この山を後一日も歩けば、目的地の空軍基地へとたどり着く筈である。
一応、シルフィの行った転移は、正しく行われていたようだ。
そんな中で、シルフィは二日前の事を思い出す。
「……レリアさん達、大丈夫かな?」
「大丈夫でしょう、スレイヤーとロゼさんもいますし、残りのエルフ程度、簡単に片づけますよ」
「だと良いけど、あの二人には、心配かけちゃうよね」
「そうですね、そこは、本当に申し訳ないと思います」
レリア達と、その町の人達の事が、気がかりだった。
ダンジョンでは、アリサが話を捻じ曲げてしまっていたので、十分に話す事が出来なかったが、分かれた今、シルフィは心置きなく話を始めた。
一応、犠牲者は多かったものの、どうにか生存者はそれを上回る結果になったのだが、ロゼが暴走したせいで、町が壊滅したのを、アリサ達は知らなかった。
暴れたのはサイクロプスと、エルフ達だけという認識なので、二人はその前提で話を続ける。
ジャックとて、軍人の端くれ、スレイヤーなんて呼ばれていても、一般市民には手を出す事は無い。
幸い、一国の姫様が居る事なので、酷い被害を被っていたとしても、すぐに支援が来るだろう。
「あの人たちには悪いですが、私達は、私達で、先を急ぎましょう」
「うん」
そして、アリサ達は先を急ぐべく、足を進める。
その道中、アリサは町で敗北してしまった事が、頭から離れずにいる。
ウルフスという異常な戦闘能力の持ち主に敗北し、こうしてノコノコ基地に着いた所で、誰も歓迎はしないだろう。
そんな考えが、アリサの頭を巡る。
スレイヤーでもない、身元不明の人間に敗北する。
こんな事では、信用を勝ち得る事はできない、このまま基地にたどり着いた瞬間、解体するなんて言われでもしたら。
「……」
チラチラと、シルフィの事を考えてしまう。
彼女であれば、ヘンリーたちに見捨てられたとしても、受け入れてくれるかもしれない、そんな淡い期待が有る。
だが、その為には、自信がアンドロイドであることを打ち明けなければならないのだ。
今まで、人間であると偽り続けておきながら、都合が悪くなりそうだから、打ち明けたなんて、それこそ都合がよすぎる。
「(だけど、このままあいつ等に仕えていて、何か意味が有るのか?戦争でしか存在の意味をなせないだけの、ただの人形のまま、不要になるまで酷使されるだけだというのに)」
本来のマスターであるヒューリーが居ない今、アリサをただの人形としか認識していない人々だけが、アリサのマスターだ。
そもそも、ヒューリーから下っている命令は、この世界に救いを与えるという事だった。
対して、ヘンリーたちから求められているのは、スレイヤーを倒せる兵器。
ヒューリーが死亡し、暫定的にマスターとなっているヘンリーに仕えても、彼と全く違う思想を持っている以上、その目的を果たすことはできない。
アリサシリーズは、スレイヤーを殺すために制作された、なんて噂も立っているが、それは噂でしかない。
元々、アリサシリーズは、ヒューリーがアンドロイドを新しい種族の一部として、迎える事が出来る事を目指したもの。
必然的に、まるで人間のような振る舞いや言葉遣いを行えるし、ヒューリーの技術で、かなりの高性能化も図られている。
そのせいで、ナーダに戦闘用アンドロイドのひな型として選ばれてしまった。
ヒューリーさえ生きていれば、戦争が終わっても、また別の生きる意味を与えられていたかもしれないが、今は叶わない状況だ。
もはや、生きる意味は、尽くしたくもない連中の為に、ただひたすら、その身を削り続ける事だ。
だが、自分でマスターを選ぶことはできない以上、ナーダに絶対服従しなければならない現状を、変える事なんてできない。
それでも、意味を変える事はできる。
「(……おかしなものだ、意味を求めるアンドロイドなんて)」
自分に感情モジュールが搭載されていようと、されていまいと、そんな事はどうだって良い。
今はただ、シルフィに自分の事を見て欲しい、自分の事をもっと知ってほしい、そんな考えが浮かび上がってしまっている。
自分の事を、正しく認識してくれることで、今自分の求めている意味を、得られる気がする。
ダンジョンの中で、楽しそうに飲んで歌う彼女たちの様に、自分も友人と共に笑い合える存在になれるのかもしれない。
その為にも、一番知ってほしい人に、今ここで、打ち明けておかなければならない。
ずっと騙していて申し訳ないと、アンドロイドであることを隠していて、申し訳なかったと、謝りたくもある。
「(……よし)」
「アリサ?」
意を決したアリサは、一旦歩みを止めると、シルフィの方を向き、じっと視線を合わせる。
自分よりも頭一つ分大きなシルフィの姿。
改めて見みると、なぜだか可愛く見えて来る。
スーツでクッキリとしている体のラインも、人工皮膚でもないというのに、卵の様につやのある肌、サファイヤの様に綺麗な瞳、小さく、潤いのある唇、流れるように美しい草色の髪。
その全てに、魅力のような物を感じ始める。
「(あれ?シルフィって、こんなに可愛かったっけ?)」
「大丈夫?」
「あ、えっと、大丈夫、です」
言おうと決めた筈なのに、改めて気づかされたシルフィの魅力に圧倒されてしまう。
そして、アリサは今自分がどれだけ愚かな事をしているのか、改めて痛感する。
今まで、シルフィの事を全く見ていなかった。
何時も戦力として、目的を果たすために利用するための武器としてしか、見ていなかった。
ずっとアリサ自身が嫌悪していたクズたちと、同じことをシルフィにしていた。
そう考えただけで、シルフィに自分の正体を打ち明ける権利が、自分に有るのだろうかと、アリサは落ち込む。
いや、むしろさっさと打ち明けて、ただの道具として蔑まれる未来の方が、愚かな自分には合っているかもしれない、なんて考えてしまう。
「ね、ねぇ、本当に大丈夫?」
「あ、はい(優しさが痛い!痛み感じないけど、痛い!自爆してしまいたい!)」
知らないとはいえ、クズな自分の事をしっかり気にかけてくれているシルフィに、罪悪感しか沸かなくなってくる。
もし涙腺なんて物が有ったら、涙をダラダラ流していたかもしれない。
そして、何時までもグダグダしていても、一切進展しないと、アリサは気持ちを持ちなおす。
「あの!」
「はい!」
思わず大声を出してしまい、シルフィを驚かせてしまったが、その驚いた表情すら可愛く思える。
そんな邪念を振り払い、アリサはいつもの無表情では無く、真剣な表情を、シルフィに向ける。
そんな珍しい表情に、シルフィは少し驚きながら、ソワソワとする。
こんなにも真剣に、アリサに見つめられた事が無いだけに、緊張感が余計に増してくる。
「アリ、サ?」
「……」
今ならば、会ったばかりのシルフィが、変な話題を振ってきてしまった理由が、なんとなくわかる。
どういうわけだか、本当に話したい話題を下げ、全く違う話題を持ち出して、現実から逃げ出したくなってしまう。
だが、何とかして本音を打ち明けようと、意識を集中させる。
そして、黙ってしまう事三十分、ようやく打ち明ける決心がついた。
「あの、シルフィ、実は……」
「え?えっと」
真剣な表情を浮かべ、遂に意を決し、正体を打ち明けようとした時だった。
『波アアアア!!』
「「……」」
謎の奇声が、山中に響きわたり、アリサの気持ちは萎えに萎えてしまった。
体を小刻みに震わせ、明らかに怒りを露わにしている雰囲気を出すアリサは、ブレードを引き抜き、奇声を発した犯人の元へと進みだす。
「どこの誰ですかド畜生が!!」
「あ、ちょっと、アリサ!?(滅茶苦茶怒ってる!どうしたの本当に!?)」
ブレードを振り回しながら茂みや木々を切断し、犯人の元へと接近してく。
徐々に接近していく度に、奇声は大きくなり、犯人に接近していることを確認しつつ、アリサとシルフィは奇声を発している犯人を目にする。
「きゃ~め~くわぁめ~波アアアア!!」
「「……」」
黒い髪をショートポニーに括り、黒いスーツを着込んでいる女性が、何処かで見たことが有る必殺技の練習をしていたのである。
どこからどう見ても、ジャックであるが、何時もの異常聴覚は、何故か働いていないらしく、アリサ達の存在に気付かずに、練習を続けている。
何度か素振りをすると、形を崩し、頭を掻きながら、フォームの分析を始める。
「う~ん、何か違げぇんだよなぁ……こんな感じか?」
別のフォームを試すべく、改めて構えだすと、再び奇声を上げ始める。
「クワ~ムェ~ファ~ムェ~……」
本来ならば【め】が入る辺りで、両手を腰の部分に持ってきた事で、自然と視線も少し後ろの方を向き、アリサ達の存在に気が付く。
冷めた目で見つめる二人を見て、ジャックは汗を垂れ流し、顔を真っ赤に染め上げ、一言発する。
「な、ナズェミデルンディス!」
「(活舌わっる)」
「(そりゃ動揺するか)」
これが、アリサ一行と、ジャック・スレイヤーのファーストコンタクトとなったのであった。




