本当の鬼は、人の中に居る 後編
休憩がてら、シルフィはヘレルスにちょっとした相談を始めた。
因みにヘレルス曰く、信徒でなくとも、悩みを抱える者が居れば、その悩みに耳を傾けるのも、神の意向とのことだった。
内容としては、殺しをしてしまった事や、自分の体についてだ。
イャートを殺した時、クラブと対峙した時に感じた、あの黒いドロドロとした感じの正体。
それがどんなものなのか、聞いてわかるような事なのか解らないが、一先ず聞いてみることにした。
クラブはどうなったのか、現時点では不明だが、少なくとも、その黒いドロドロを感じた時、イャートを殺している。
クラブの時は、一思いに殺す方を選ぶのではなく、ただひたすらに痛めつけて、苦しめて殺そうとしていた。
しかも、その時は心なしか楽しく思えてしまった。
そんなドロドロの正体が解らない限りは、秘めている想いを打ち明けたとしても、アリサに迷惑なだけ。
仮に正体が判明したとしても、衝動で人を殺したり、痛めつけたりするのを楽しむような人と、一緒には居たくはないだろう。
だからこそ、今ではこのまま同行して良いのか、余計に心配に成ってしまっている。
シルフィは、当時の状況と、今の状況を、上手く繋ぎ合わせられるように説明し、ヘレルスは、その相談に耳を傾ける。
「黒い、ドロドロですか、それは、実際に出ているのですか?」
「あ、いや、そう言う感覚って言うか、実際に出てる訳じゃないの」
「そうですか……その時、体は自由なのですか?」
「いや、その、完全にそのドロドロに、自由を奪われちゃって、自分だとどうにもできない感じ、かな?(でも、そのおかげで、私はアイツに勝てたんだよね)」
「……そうなると、何かに憑かれているかもしれませんね、あの、ちょっといいですか?」
「ん?」
一つの仮説を立てたヘレルスは、シルフィの額に、自前の錫杖を押し当てる。
意識を集中し、ヘレルスは、シルフィの魔力の流れを垣間見る。
ヘレルスの考えが正しいのであれば、この魔力の流れの何処かに、何らかの異常が見られる筈だ。
だが、何処にも異常はなく、何らかの悪魔、あるいは魔物に取りつかれている可能性は、打ち消されてしまう。
「(悪魔に取りつかれている様子はない、そうなると、殺したり、一方的に傷つけたりした、それはもう、彼女の本心としか……)」
悪魔に取りつかれ、錯乱じみたマネをしてしまう、という事であれば、お祓いの類をすれば、良くはなる。
だが、そうでないとなれば、シルフィの本心という事になってしまう。
本人の言い分によれば、体が勝手にやったという事らしいが、本人がそう思っているだけで、実際は明確な殺意を持ってやった事である。
しかし、ヘレルスは頭を回転させ、もう一つの可能性を探り出す。
余計な先入観は、正確な答えを出すことができなくなってしまう。
シルフィがそう言う事をするようには見えない、という偏見も有るにはあるが、できる限り信じてあげたいというのが、ヘレルスの善意だ。
「……あの、もしかして、自分の精神にも影響が出るようなスキルや魔法をお持ちでしょうか?」
「え?そんなのは、使えないけど……あ」
「え、あるんですか?」
「えっと、有るって言っていいのかな?」
「おいおい、どうした?さっきから辛気臭い空気作っちまって」
「あ、葵さん」
相談の最中で、二人の間に割って入った葵は、シルフィに近寄り、目の前に座り込む。
座っても、立っているシルフィより少し小さい位の座高であるだけに、かなり迫力がある。
本人曰く、辛気臭い空気が嫌だったから、勝手に入ってきた、という感じだ。
実際、辛気臭い空気は嫌いらしく、葵自身何時も陽気で朗らかだ。
「ヘレルスの奴に、何か嫌な説教でもされたか?だったら、許してやってくれ、職業柄、そう言うのが有るんだ」
「あ、えっと、そう言う感じじゃ、無くて……」
「そうか?なら、どうしたんだ?」
「えっと、その、私、鬼人拳法っていう技が使えるんだけど、もしかしたら、その技のせいで、精神が不安定になっているんじゃないかなって?」
途中から会話に参加した葵からすれば、何のことか解らなかったので、会話の内容を、ヘレルスが解説してから、話を進める。
記憶の片鱗で、ジョニーから聞かされた鬼人拳法の一部概要について、シルフィはいくらか思い出していた。
精神が不安定、あるいは未熟である場合、魔力制御などに支障が生じ、体の限界を無視した動きをしたり、制御しているつもりでも、逆に、意にそわない行動をしてしまう。
というような性質を持っていると、教わったことが有るのだ。
その話を聞いたヘレルスは、かなり難しい顔をする。
当然だろう、鬼人拳法なんて単語、鬼人である葵と行動していても、一切聞いた事が無いのだから。
「あの、葵さん、鬼人拳法って、何ですか?」
「……さぁ?」
「え?鬼人なのに、知らないの?」
「ああ、そんな技、一言も聞いたことないな、アンタの親父さんが勝手にそう呼んでいるのか、あるいは、アタシの出身とは、違うところの鬼人が、知っている可能性はあるな」
「そうなんだ」
葵の言葉を聞いて、なんとなくだが、シルフィはジョニーの言葉を思い出す。
鬼人拳法に関しては、あまり口外しない様に、という風に言われている。
だからこそ、ギルドに登録した時に、慌てて消してしまった。
聖職者のヘレルスは勿論、鬼人である葵が知らない、という事は、この辺りに居る人は、誰も知らない可能性が有る。
だが、アリサやアラクネ達は知っている。
となると、本当に教え広める事の出来ない、あるいは、広めてはいけない技である可能性が有る。
「……そうなると、やはり、貴女の心の持ちようですね」
「やっぱり、そうだよね……でも、どうしたら」
「それは……」
「やっぱり筋肉だろ!!」
「は?」
心の持ちように関するアドバイスを、ヘレルスがシルフィに教えようとしたら、突然葵がとんでも理論を持ち掛けて来る。
葵曰く、落ち込んだ時は、一先ず筋トレして気分を紛らわせるようにしているようだ。
トレーニングをしていれば、暗い気分なんて吹き飛ぶし、キツイメニューをこなした後の爽快感で、自信もつくのだ。
人生を快活で陽気に過ごすにも、とにかく筋トレで自信をつけ、不安をかき消すというのが、彼女の生きざまのようだ。
「健全な精神は、健全な肉体に宿る、小難しい事ダラダラやるより、遥かに簡単だ!」
「そうかもだけど、結構長い間鍛えてるのに、こんな状態なんだけど」
「鍛錬は量より質だ!ちょっとその黒服脱げ!そのだらしない筋肉を見せて見ろ!!」
「え、ちょっと!?」
ヒートアップした葵は、シルフィのスーツに手をかけ、無理矢理にでも脱がせようとする。
当然抵抗するシルフィであったが、葵の怪力の前では、スーツの補助を合わせても、まるで意味が無く、すぐに剥かれてしまう。
幸いスーツだけで済んだが、葵は、シルフィの全身を舐めるようにして触り、筋肉の付きを調べ出す。
シルフィからしてみれば、かなり恥ずかしい事この上ない。
「ほぉ、大口叩くだけあって、結構鍛えてるみたいだが、まだまだ鍛えようが有るな」
「あ、ちょっと、何処触って、あは!くすぐったい!」
「やっぱりお前に足りないのは筋肉だ、最低でも、ヘレルス位はつけないとな!」
「え?」
「ちょっと待ってろ、見せてやるから」
「え、葵さん!?」
シルフィの筋肉を調べ終えた葵は、ヘレルスへと移動する。
そして、ヘレルスの全身を覆う修道服を脱がす事で、ヘレルスの体を露わにさせる。
身長的にはかなり小柄で、アリサとは大体同じくらいなうえに、まさしく少女ともいえるような体格を持つのだが、脱いだ途端、服の上からは想像できない物が出て来る。
それは、無駄な物が一切削がれた美しい筋肉。
アスリートのように引き締まり、腹筋も綺麗なシックスパックで、しっかりと実戦で仕える筋肉群だ。
とても回復職や僧侶とは思えないような体つきに、シルフィは目を丸くする。
どう見ても、シルフィより筋肉がついている。
「見ろよ、この腹筋、硬く思えて、少し柔らかい、理想的な筋肉だぜ」
「ちょっと、葵さん(後で藤子さんに謝っておきましょう)」
葵に腹筋を頬刷りされるヘレルスは、顔を赤らめながら引きはがす。
因みに、ヘレルス曰く、この筋肉は葵にコミットされて付いたらしい。
引きはがされた葵は、再びシルフィの方へと行き、筋肉を検め始める。
確かに言うだけあって、それなりに筋肉はついているのだが、やはりヘレルスに比べると柔らかく、量も少ない。
そこで、葵はとある提案を、シルフィに告げる。
「よし、アタシがみっちり鍛えてやろう!これでお前の悩みは解決だ!!」
「いや結構です!先を急いでいるので!」
「そうか、気が変わったら何時でもここに来てくれ!アタシらは基本的にここで稼いでいるから!その時はしっかりと面倒を見てやる!」
満面の笑みで発言する葵であったが、服を直したヘレルスとシルフィは、視線を上から下へと移動させ、急に顔を青ざめる。
その二人の様子に疑問を浮かべた葵は、二人の向いている方へと視線を向ける。
そこには、黒いオーラを発しているアリサと、藤子の姿があり、特に藤子の方をみた葵は、顔を引きつらせる。
「随分と楽しそうじゃのぉ葵、女癖が悪いのも、相変わらずじゃ」
「あ、えっと、その」
「悪いが、ここから出たら、少しよいか?しっかりとちょうky……いや、話をしよう」
「は、はい」
一文字もかすっていない言い間違いをした藤子の言葉に、葵は今まで見せていた陽気な雰囲気が消え失せてしまう。
そして、藤子の隣にいたアリサの場合、シルフィの事をじっと見つめるなり、そっぽを向いてしまう。
「え、ちょっと、アリサ?」
「……ずっと一緒に居たのに、何で私にその相談をしなかったんですか?」
「え?」
「聞いてさえくれれば、幾らでも教えたのに……それに、私以外の人に面倒をみてもらいたいのであれば、勝手にしてください」
「ちょっと!?なんか話が変な方向に行ってない!?」
急に変な展開に成ってしまったこの光景に、クレハとヘレルスは、苦笑しながら見つめていた。
一応、葵と藤子が幼馴染みで、二人ともいい感じである事は知っているので、これ位は割と日常茶飯事ではある。
そこにカップルがもう一組加わったので、少し新鮮な気分であった。
「二日後くらいに、また葵はんの、にゃんにゃん言ってる声が聴けるかもなぁ」
「あの、私一応こういう職なので、そう言う話は……」
「ああ、すまん、すまん、ついうっかり(何時も朗らかな葵はんやけど、夜は猫さんなの、ホンマ可愛いわ~)」




