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第六話 味付けは適度な分量で

 ベヒーモスの追跡を、丸一日かけて振り切り、気が付けば森の外へと出ていた。


 魔物と言うレッテルは張られていても、猪科の動物であることに変わりは無い。

 大木を小枝のように安々と破壊し、優れた嗅覚で、隠れた二人を見つけたりと、振り切るのに、滅茶苦茶苦労する羽目に成った。


 しかし、流石に一日も追跡していられる程、暇ではないらしい。

 森の外まであと五キロ辺りで、追跡を止め、森の中へと戻って行き、それに気付かなかったシルフィは、疲労さえ忘れて、外へと飛び出した。

 しかも、アンドロイドであるアリサを引きずって、である。


 アリサの義体は、従来のシリーズよりも、軽量化されているとはいえ、総重量は、シルフィよりも身長が低いというのに、九十二キロ近くある

 一応、スーツには身体補助があるとはいえ、それだけの重量のアンドロイドを引きずる辺り、結構な怪力だ。


 と言っても、歩き続けるプラス丸一日の逃走、疲労は限界に達し、地平線に差し掛かる夕日の元、力尽きた。


「つ、疲れた」

「お疲れ様です」


 アリサはキャンプを設置し、介護用時代で得た知識を使い、死んだように倒れこんだシルフィに、目覚めるまでの間付き添った。



 ――翌日



 目が覚めたシルフィは、顔を青ざめながら、手に持っている器を眺めていた。


 彼女の目に映るのは、ピンク色の沸騰している液体

 沸騰と言うより、何らかのガスが発生し、内部で気泡が出来上がっているように見える


 いうなれば、魔女がぐるぐるかき混ぜている壺の中身みたいな、ドロドロとした液体。

 ツンと来る謎の刺激臭に、シルフィの里でも、決して食べる事のないような、謎の生物が浮いており、食べられる物なのか怪しい。


「ねぇ、何?これ」

「看病用の薬膳スープです、昔教わった物を再現してみました」

「もしかして、貴女なりのアレンジとか」

「加えましたよ」

「加えんでええわ!!」


 アリサが用意したのは、介護用時代に教えてもらった、疲労困憊の時に飲ませる、特性の薬膳スープだ。

 この辺りでは手に入らないような材料もあった為、アリサなりに成分の近い物を探し出し、調合して、今に至る。


 しかし、介護時代のアリサに任されていたのは、主に洗濯や掃除、夜の警備・見回りなど、そもそも料理のプログラムが施されておらず、料理の方はからっきしであった。

 そのせいで、初心者にありがちな、変なアレンジを行い、全く別の液体が完成してしまっている。


「これ、明らかにやばい色でしょ」

「安心してください、死ぬような物は入っていません」

「安心できるか!」


 ツッコミはするが、せっかく作って貰った物なので、意を決したシルフィは、手渡されたスープを、気合で一気にねじりこんでいく。


 今まで味わったことのない、酷い味、思わず鼻を摘まんでしまうような悪臭が、鼻を突き抜ける。

 液体と言うよりは、ゼリーのような半固体、レシピに凝固剤の類が無いはずなのだが……


 森での暮らしにおいて、非常時の際にはすり潰した芋虫や、焼いた昆虫なんかを食べる事だってある。

 そのせいか、食べられないときは、本能的に喉が拒絶するようになっており、大体の物は食べられる自信があった。


 しかし、彼女の飲み込んだスープは、彼女の喉と言う名の関所は、完全にエラー反応を起こしてしまう。

 もはや体内に摂取させたものが、食物なのか毒物なのか、認識できそうになく、吐けばいいのか、受け入れればいいのか、迷いが生じている。


 今にもリバースしてしまいそうな表情を浮かべ、冷や汗も滝のように流れだしながらも、一杯完食し終える


「おえ、ご、ご馳走様」

「お代わりもありますから、遠慮せずどうぞ」


 現在進行形で煮立っている鍋の中は、夢に出てきそうな絵面に成っており、アニメとかであれば、絶対モザイクがかかって居そうな代物。

 見ただけで食欲が削ぎ落ちていき、先ほど感じた味を思い返し、本格的にリバースしてしまいそうになる。


「いや、もうお腹いっぱい」

「そうですか、捨てるのももったいないですし、後は私が処分しておきます」


 そう言い、ピンクの液体が二リットル近く入っている鍋(現在進行形で熱されている)を鷲掴みにし、一気に喉に流し込んでいく。


 そんなアリサの姿を、信じられないという目で、シルフィは見てしまう。

 当然だろう、器一杯を飲むのに、汚水を飲んでいるような苦痛を味わっていたというのに、鍋いっぱいに入っている劇物を、当たり前のように飲んでいるのだから。


「ふう、良薬口に苦し、ですね」

「いや、それどう考えても毒薬でしょ」


 普段から何食べているの?とは、恐ろしくてとても聞くことができないシルフィであった。



 ――町へと向かう道中

 シルフィは、目に映る全ての景色を正確に捉えられるように成って行った。

 つい先ほどまで、アリサ特性の毒物?の影響で、視界が乱れ、嗅覚もろくに働いていなかった。

 しかし、症状の方は時間経過と共に、それは薄れ、徐々に周りを認識できるようになっていった。


 木々に遮られることなく、視界に映り込む草原、さんさんと輝く太陽が、道行く二人の少女を照らし、柔らかな風が、二人の肌をなでる。

 現代社会の暴挙で、汚されていない綺麗な空気、自然の気まぐれ以外でしか、汚されることのない、豊かな自然。

 青空の元、壮大な大地を駆ける、草食型の魔物の群れ、彼らを追う肉食の魔物、まるで緑色のマダガスカル島である。


 そして、そんな世界の台座となる、血の滴る大地。


「……ねぇ」

「何でしょう?」

「さっきまで、すごい綺麗な表現だったのに、何でそんなバイオレンスな事になるの?」


 二人の旅路を邪魔するのは、主に草原に生息している魔物たち、その中で縄張り意識の強いタイプは、何も知らずに足を踏み入れたアリサたちへと襲い掛かる。

 しかし、アリサの圧倒的な戦闘能力を前に、襲い掛かった全ての魔物は全て切り裂かれ、美しい大地が、血で染まった。


「別に良いでしょう、どうせその辺でも、似たような事は起こっているのですから」

「そうじゃなくて、何でピクニックの最中みたいな表現が、いきなりグロテスク表現になるの?」

「作者の趣味でしょう?」

「何で疑問形?そしてどんな趣味」

「まぁ、そういった話は置いておき、早いところ魔石を回収いたしましょう」


 高周波ブレードに付着した血のりを適当にぬぐい、鞘に納めると、付属のサバイバルナイフで、魔物たちを次々と解体していく。


 同時にシルフィは後方から放っていた矢を、再利用の為に回収する。

 流石に一発撃つたびに、座り込まれてしまえば、戦力として期待できないので、何度も扱う事で、慣れさせる用にしている。

 といっても、今回は使うまでも無いような個体ばかりだった為、普通に射貫くだけで済んでしまった。


 解体と回収を終えた二人は、死骸を処理して歩みを進める。

 最初の町へと進んでいく、今自分たちに置かれている状況を、認識すること無く。




 ――シルフィの故郷にて――

 この里の住民達を統括する族長、その補佐を担う初老のエルフは、目の前に部下の一人を招集し、ワインを嗜んでいた。


 彼の前にひざまずく一人の女性、武闘派と言う雰囲気を見せておきながら、彼女は全くと言っていいほど、気配を感じさせておらず、凄腕の戦士であるという事を醸し出している

 彼女はこの里を逃げ出した裏切り者を、人知れず処断する、凄腕の暗殺集団の頭目である


「今回の獲物は、君達は存じているであろう」

「ええ、あの異端の者、そして、そいつが逃げ出すように手引きした人間、現在もしっかりとマークしております」


 その発言に、族長補佐は笑みを浮かべる。

 しかし、それは期待からの物ではなく、嘲笑などと言った、見下すような感情だ。


 彼女らの代まで、里から抜け出すエルフ達は、全て処断されてきた。

 そんな中であっても、たった一人、彼女たちを退け、逃走を成功させた存在が居た。

 彼女たちは、そいつにボコボコにされ、逃げ帰るという醜態を、さらす事に成ってしまったのである。


 それだけではない、もう一度暗殺を行うべく、リベンジの為に捜索を再開、数か月後、失敗して泣きながら帰ってきた。

 それ以来、その一人だけはどうしても見つからず、捜索を断念してしまうという、類を見ない失態を侵してしまった。


 それ故に、この族長補佐は、彼女たちの事を完全に見下していた。


 これは彼女にとって、名誉を挽回し、汚名を返上するための重要な任務だ。

 たとえ彼女らからして、近所の子供を倒して来い、何て言われているような獲物であっても、確実に仕留める必要があった。


「今回は、しくじることは無いだろうな?」

「もちろんです、万全を尽くし、対処に当たります」


 そう言い残し、彼女は姿を消す。

 二人の命を消すために。


 その後、ベヒーモスに荒らされたポイントにて、二人を追跡していた彼女の部下十四名。

 そのうち十二名が、重傷を負った状態で発見された。


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