本当の鬼は、人の中に居る 前編
町での戦闘が終わったころ、ウルフスの手引きによって、シルフィ達は転移に成功。
転移先である、どことも知れぬ、暗い空間の中で、シルフィは夢を見ていた。
懐かしく、そして暖かな夢、もはや、夢というよりは、思い出ともとれるものだった。
愛妹であるルシーラと共に、父親のジョニーから魔法を教わっていた時の思い出。
練習している中で、よく父が呟いていた言葉も、なんとなく思い出し始める。
『優しく、安らかなる心に、天の御使いと、鬼の加護を……』
随分と前の記憶。
そのせいで、いくらかぼやけてしまっているが、確かに父から魔法のやり方を教わっている時だ。
今まで忘れてしまっていた、過去の記憶。
そして、ルシーラが居なくなり、しばらくした後、ジョニーが処刑される数週間前の事。
その時に、石を渡された。
見たことも無い程、美しい宝石を渡された時は、どんな反応をすればいいのか解らなかったが、それを渡された時、ジョニーはとても真剣だった。
『お父さん、これは?』
『これは、お父さんの願いだ』
『願い?』
『そうだ、お父さんは、この先どうなるか解らない、だから、シルフィがこれを受け継いでほしい、そして、お父さんの教えた魔法も、決して忘れてはいけない』
『そんなに、大事な物なの?』
『ああ、約束なんだ、お母さんとの』
『え、お母さん?』
この時、何故こんな事を言ったのか、解らなかった。
父からは、母親はシルフィを生んですぐに亡くなってしまったと聞かされていた。
だから、どんな約束をしたのかというのが、少し気になったが、この後のジョニーの発言に驚いたのを、シルフィは思い出した。
『いいかい、シルフィ、お母さんは生きている』
『え?』
『でも、お母さんは、森の外に居るから、きっとシルフィの事が解らないかもしれないけど、この石を見せれば、きっとわかってくれる、いいね?』
『わ、わかった』
『ありがとう、これで、お母さんとの約束を果たせるよ』
死んだと聞かされた母親が、実は生きている。
四百年、ずっといない物と考えていた母の存在、今更生きているなんて言われても、実感がわかなかった。
約束がどんな物なのかまでは教えてはくれなかったが、それでも、大事な思い出の一つだ。
――――――
「……何で、今思い出したんだろう」
目を覚まし、何故あんな夢を見てしまったのかという思考が、シルフィの頭を巡る。
だが、考えてもみれば、魔法に関する事や、家族の事を、あまり覚えていない。
今まで気にも留めていなかったが、何故あんなにも大事な思い出や、知識を忘れてしまっていたのだろうかと、シルフィは考える。
しかし、どう頑張っても、頭の中に霧がかかってしまっているかのように、何も思い出す事ができないのだ。
「起きましたか?」
考えていると、シルフィの耳に、アリサの声が入り込む。
シルフィは、自分の上に乗り掛かっているアリサを視界に納め、生存を確認する。
一応体中の出血は止まっており、気になる点といえば、やはり欠損してしまっている左肩だ。
本人はあまり気にしていないようであるが、気になって仕方がない。
だが、それよりも、生きているという事実に、シルフィは涙を流し、思わず力一杯抱きしめてしまう。
「良かった……生きてて」
「……まぁ、ちょっと、危なかったですけど」
「うう、ゴメンね、こんな事に、巻き込んじゃって、ごめんなさい」
「……だから、謝る必要は、無いと……」
抱き着きながらすすり泣くシルフィを、アリサはどうすればいいのか解らずにいた。
これほどまで、誰かが自分の身を案じて泣いてくれたのは、初めてなのだ。
だから、どのように接すればいいのか解らず、この状況を持て余してしまう。
「(だけど、この涙も、私が人間であると思い違っているから、か、なんだか、嫌だな)」
嫌な思考が巡りだすアリサであったが、すぐにくだらない考えだと割り切り、忘れようとする。
そのために、適当な話題に切り替えだす。
「……あの、かなり長時間鬼人拳法を使用していたようですが、体の方は大丈夫なのですか?」
「え?」
号泣していた筈のシルフィは、アリサの質問を聞いた途端、その涙の意味合いが変わってしまう。
何故ならば、完全に忘れていた筈の痛みが再発し、激痛に苦しみながら涙を流す事になったのだ。
「イダダダ!!痛い!マジ痛い!ゴメン!ちょ、ちょ、ちょっと降りて!!」
「はいはい」
能力の反動で発生した全身の痛みを思い出してしまい、アリサそっちのけで苦しみ初めてしまう。
加えて、アリサが乗ってしまっている事で、その激痛は、より苦しい物と成っていたので、シルフィは早急にアリサを下ろし、悶絶し始める。
そんなシルフィを横に、アリサは近くに転がっていた自分の左腕を接合。
治った両腕で、シルフィの体をほぐしつつ、周囲の様子を確認し始める。
ウルフスの話では、あの石を割ったシルフィ本人のイメージを反映することによって、移動場所を決めるという事だった。
一応、シルフィにはポイントと方角は教えてある。
ただし、彼女が正確に把握しているとは限らないので、ちょっと変な所に飛ばされても、文句は言わないつもりでいた。
「(……マジでどこだよ、ここ)」
まるで、あの盗賊団のアジトのような光景が、周りに広がっている。
データによれば、目的地で有る基地の近くに、こんな大規模なゲームの地下ステージのような場所が有るとは記録されていない。
確かに、付近にドワーフの鉱山が有るという話はあるが、少なくとも、鉱脈ではない事位は一目瞭然だ。
しかも、かなりのエーテル濃度であり、レーダーも通信機も使えない程。
ここでシルフィを見失ったら、合流は困難だ。
明らかに変な所へと飛ばされてしまっている。
「(やれやれ、どうした物かね)」
「あ、そう言えば、ウルフスさんが、また会ったら遊ぼうぜって」
「……あのエルフを知っているのですか?」
痛むのを我慢しながら、言葉を発してきたシルフィの言葉に、アリサは反応する。
確かに、クラブがあのエルフの名前を叫んでいたのだが、それが本名であるのか、あだ名であるか、第三者には解らない。
それなのに、あのエルフの名前を知っているのは、少し気に成る所である。
「えっと、確か、里最強で、百年位前になんかの罪で収監されたとか……イタタタ」
「……ちゃんと言ってくださいよ、そんな大事な事」
「ゴメン、収監されてたから、来ないかと思ってて……」
「そう言えば、貴女の親御さんと、何か関係が有ったそうですが、どのような関係で?」
「あー、えっと、確か……あ、そう言えばあの人、お隣さんのパン屋さんだった人だ、何回かおすそ分けで、パン貰ってた」
「待たんかい!」
「痛ったい!!」
シルフィの話を聞いていたアリサは、唐突なカミングアウトに、シルフィの背中を軽く叩く。
いきなり出てきた最強さんとやらが、お隣さんで、実はパン屋だった事等、ツッコミたい所が山ほどある。
というか、おすそ分けとかもらうような間柄だった事も、色々と物申したい所である。
それ以前に、あんな化け物が、呑気にパンを焼いている姿が想像できないし、スレイヤーでない存在に敗北したというだけでも、かなり問題だというのに、実はパン屋に負けてたとか、問題とか以前の話だ。
「ちょっと待ってください、どう考えてもあれパン屋の戦闘能力じゃありませんよね、完全に戦争こそが生きがいみたいな感じの方でしたよね」
「あー、正確には、確か、あれ、本業が狩人で、副業感覚でパン焼いてたって感じかな?……あれ?逆だったかな?」
「はぁ、まぁ、そう言う感じの設定ならまだわかりますが……」
「えっと、昔はただのパン屋さんだったけど、あの人が子供の頃に、襲撃してきた魔物に、親兄弟を殺されて、強く成れる理由を知って、自分を極め続けて最強に成ったとか」
「それ明らかに別の方の思い出ですよね、というか、あれ、完全に強く成れる理由知りすぎてますよね?」
完全に何処かの炭焼き少年のトラウマらしき光景が浮かび上がってきてしまい、アリサは柄にもなくツッコミを入れてしまう。
そして、変な事言った事や、シリアスパートが長すぎたからといって、ツッコミを忘れてボケに回ってしまっているシルフィを見て、首の辺りを鷲掴みにする。
全身筋肉痛で痛むというのに、更にグリグリと筋の部分をいじられ、かなりの激痛がシルフィを襲う。
「痛い!痛い!ゴメン!半分嘘!知ったかぶり!でもパン屋さんって言うのは本当!」
「全く、最近シリアスに染まりすぎていたからといって、他の人の思い出借用しないでくださいね」
「うん、でも、お願いだからこの状態で筋グリグリしないでね」
「解りました」
「後、なんか、変な所に出ちゃったね、ゴメン」
「それは、まぁ良いですが、一先ずここから出ましょう、大丈夫ですよ、今まで変な状況に成って来たんですから、これ以上最悪な状況に成る事は無いでしょう」
そう言ったアリサは、刃こぼれをしているブレードを拾い上げ、脱出のためのルートを検索する。
幸い、ソナー等のスキャン機能は生きているので、外へのルートはどうにかなる。
こんな所にまで、下手に強力な魔物が出現するような事は無いだろうし、後はここから出て、基地へのルートを再度検索するのみだ。
とはいえ、できれば戦いは避けたい所で有る。
先の戦いで、エーテルを大分消耗してしまっている。
チャージが完了するまでの間、恐らくその辺のオッサンにも負けてしまうレベルで、弱ってしまっているのが悩みどころだ。
そう思っていると、寝転がっているシルフィは、どこか震えた声で話しかけて来る。
「ね、ねぇ、アリサ」
「何でしょう?」
「これ、最悪な事態って言えるかな?」
「え?」
顔を青ざめながら、シルフィが指さす方をアリサも見ると、そこには巨大な魔物が佇んでいた。
グレート・グリズリーと呼ばれている、体長七メートル程は有る巨大な熊。
当然肉食であり、人を襲う習性もある凶暴な魔物である。
本来であれば、Bランク冒険者が相手取るような魔物だ。
しかし、アリサは弱体化しており、シルフィに至っては戦闘不能、間違い無く最悪な事態といえる。
「……最悪、ですね」
「ウソ~ン」
なんて朗らかに言っている場合では無い。
軽装備とはいっても、自分より頭一つ分大きな少女を担いで逃げるなんて、今のアリサには無理だ。
今エールガンを使用しても、弾かれる威力しか出ないだろうし、九ミリ弾なんて豆鉄砲にもならない。
なので、今やれることといえば、ただ一つだ。
「……」
アリサは、糸が切れた人形の様に、バタリと倒れ込んだ。
所謂、死んだふりという物である。
「ちょっとぉぉ!!何やってんの!?熊相手に死んだふり!?そんな迷信里の連中でも信じてないよ!」
「静かに、自然と一体になり、体の全てを自然へと還す、そうすれば熊だろうがサメだろうが欺けます」
「欺ける訳ねぇだろ!熊の腹の中に入って、そのまま自然に還るのがオチでしょうが!!」
「女の子がそんなはしたない事言うのではありません!!」
「うるせぇ!つか、死んだふりしてんのか、生きてんのかはっきりしやがれ!」
「じゃぁ、生きる方選びますよ、このまま貴女置いて私だけ助かろうとしますよ」
「アンタ鬼か!?」
「鬼の技使っている人に言われたくありませんよ!」
等と口論していると、二人の頭に赤い液体が降りかかる。
恐る恐る熊の方へ、二人は視線を上げると、そこには上半身の無くなり、血を噴水のように吹き出す熊の姿が有った。
やがて、血しぶきが止むと、熊の下半身の奥に、その犯人の姿が現れる。
黒い和服を片肌脱ぎで着込み、黒い髪をなびかせる一人の少女。
一見すると人間の少女であるが、額には、一本の赤い角が生えているという、明らかに人とは思えない部分が有る。
しかも、片手には、彼女の身の丈は有る巨大な金棒が握られている。
何処からどう見ても、二人の口から出て来る言葉は一つだけだった。
「「鬼だ」」
「……なんだ?お前ら」




