四つの戦い・2 後編
レリアは、魔物の壁の外で、聖職者達と共に負傷者の手当てを行っていた。
何時も最前線で戦わせてしまっているロゼの為に、必死になって覚えた回復魔法を存分に活用して、負傷者の手当てにあたっていた。
町の中では、現在も激しい戦いが繰り広げられており、ロゼの安否が気になって仕方がない。
ロゼのほかにも、アリサやジャックのような実力者も加わっている。
この三人は、その辺の冒険者なんかよりもはるかに実力を持っている。
余程の事が無い限り、負けることは無いだろう。
だが、それでも心配であることに変わりは無い。
町からは、爆音と雷鳴が立て続けに鳴り響き、炎と雷が町の中で吹き荒れている。
その激しい戦いは、夜明けまで続き、日が昇り、空が青く染まりだした頃、ようやく戦いの気配は収まる。
「……ロゼ」
「あ、姫様!」
レリアは、聖職者達の生死を振り切り、町へと向かう。
ロゼの安否が気がかりだった。
幾らロゼが強くとも、あれほど力を行使するのを見たのは、初めてと言って良いのだ。
万が一の事を考えると、心配でしかなかった。
アリサの形成した大穴から町に入ると、レリアの目には、変わり果てた町の光景が映り込む。
「……町が」
町は完全に消え去っていると言っていいほど崩壊し、犬小屋一つ残らず破壊されている。
その瓦礫の中で見つけられた人影は、たった二つだけ。
他の二人の事を気にしながら、影の方へ向かっていくと、徐々にその陰の正体を突き止める。
陽光に照らされながら、一人は紫煙を吹かせ、もう一人は魔力が切れてしまったように、倒れ伏してしまっている。
「ロゼ!」
倒れてしまっているのは、ロゼだった。
完全に魔力を使い果たしており、左腕は千切れかけてしまっている。
駆け寄ってよく調べると、骨は何本も折れてしまっており、折れた骨は、内臓に何本も突き刺さっている。
ただの骨折であれば、回復魔法で治せるが、内臓に突き刺さった骨をどうにかするのは、かなり難しい。
オマケに、左腕は今にも千切れて落ちてしまいそうだ。
ロゼの実力から考えても、サイクロプス程度の魔物では、これほど負傷する事はあり得ない筈だ。
「……何が、有ったの?」
「安心しろ、死にはしない、今回はサービスで治してやるから、鎧を脱がせるの、手伝ってくれ(殺されるかと思ってボッコボコにしたし)」
咥えている煙草を、携帯灰皿に捨てたジャックは、バックパックから一本のチューブと、液体を取り出し、ロゼの左腕を診る。
一応メディックとして活躍できるように、ジャックは多少の医学講習を受けている。
消毒と洗浄を済ませると、チューブの中身である軟膏を左腕の傷口に塗り込み、強引に接合する。
「ッ!!」
「安心しろ、痛みは一瞬だ」
「(絶対そう言う問題じゃない)」
ジャックの塗った軟膏は、医療用のナノマシン群。
ゲル状の物質で保護されており、傷口に塗りこまれると、傷の保護と抗菌、修復を行ってくれている。
たとえ手足が欠損していようとも、確実に接合し、完治させる。
だが、他の傷はそうはいかないので、今度は注射器で、類似している中身のナノマシンを注射する。
完治までとはいかないが、鎮痛と内臓に刺さっている骨の除去程度であればできる。
ただし、あくまでも内臓に刺さる骨を分解し、内臓の傷を修復する事が精々で、骨の再生までは行ってくれない。
治療の完了と共に、ロゼは目を覚ますが、相当乱暴な施術だったので、涙目になりながらジャックを睨みつける。
「……ヤブ医者め」
「コイツで、砕けた骨以外はどうにかなる、腕の接合は、三週間以上かかるから、それまで包帯は毎日変えてやれ」
「……わかった、ありがとう」
「礼はいい、それよりも……一つ聞きたいことが有るんだが」
ジャックは、腕の固定を終えたロゼと、レリアを座らせると、抜刀しながら二人を睨みつける。
血管を浮き上がらせ、怒りを露わにするジャックは、二人にとあることを問いただす。
「何故奴らは子供達を贄にできた?お前たちが守っていた筈なのにな」
問いただした途端、ジャックの放つ殺気に、レリアとロゼは押しつぶされそうになる。
子供達を預けておいたというのに、一人残らず生贄にささげられているのだから、子供好きのジャックからしてみれば、殺意しか湧かない。
だが、レリア達からしてみれば、子供達の今後を考えて行動していた矢先に、連れ去られてしまったのだから、自分達ではどうにもならない事だ。
「(そんな事、私達に言われても)」
「そんな事私達に言われても、何だ?」
「(は?)」
刀を地面に突き立てながら、ジャックはレリアの考えていた事と、同じ事をオウム返しで言ってきたのだ。
心臓が飛び出すかと思うくらい驚いてしまう。
だが、考えてもみれば、ジャックは自分の思考を相手に直接伝える能力を持っている。
ならば、逆に相手の思考を読む事位、できなくはない筈だ。
「(だとしたらマズイ)」
「何がマズイ?言ってみろ」
「えっと、目を放したら、その……」
レリアが質問に答えた途端、ジャックの怒りを表すかの如く、彼女の周囲から炎が吹き出る。
どうやら、地雷を踏んでしまったらしく、恐る恐る見上げた途端、ジャックの怒りに染まり切った表情が目に映る。
「あ、えっと」
「子供から目を離すとはどういう了見だ!貴様ら!万死に値するぞアバズレ共ぉぉ!!」
「ゴメンなさい!本当にごめんなさい!!(あれ?こいつも何回か目離してる感じの事言ってた気が……)」
ロゼは、ジャックの怒りを瞬時に感じ取った瞬間レリアを担ぎ、瓦礫の山と成った町の中で逃げ回る。
鎧の効果で、魔力がほとんど尽き欠けてはいるが、ジャックの治療で、逃げるくらいの事はできる程に回復していたおかげで、何とか逃げ回れている。
そして、刀を振り回しながら、殺人鬼の如く追い回すジャックの追跡は、昼過ぎまで続いたとか……
――――――
機嫌を直したジャックは、ロゼと共に、瓦解した町の中から、衛兵たちと共に、生存者の捜索を開始する。
レリアはアリサ達も心配だという事で、別の方を探しに行っている。
一応、暴走したロゼを止めるべく、ジャックが戦闘を行った結果、こんな事態になってしまっている事は、レリアには黙っている。
レリアは鎧の事は知らないというのは、思考を読んだ時にあらかた判明している。
ロゼは、ジャックと一緒に、生存者の捜索を行うと同時に、幾らか話を始める。
「悪いが、鎧の事は、姫様には黙ってもらえるか?」
「ああ、どうやら、あの姫様も知らんみたいだからなぁ、てか、何処で手に入れた、あんな危険な物」
「……鎧は、姫様の護衛役に就任した記念に貰った物だ、それと、何故お前は他者の思考を読める?私の鼻と何か関係が有るのか?」
「有るには有る、お前の場合、先天的に身についていた物が、鎧の力で強化されたらしいがな」
ジャックは、ロゼと自身の能力について、幾らか話す。
ロゼ達の能力は、元は人ならざる者たちの能力であるが、何らかの要因によって、先天的、または後天的に、この能力は身につくことが有る。
その能力は、一種の脳波と呼べるものを感じ取る能力だ。
だが、人間はその脳波を感じ取る感覚器官をもたない為、別の五感で補うことで、その能力を形あるものにする。
ロゼが匂いでレリア達の気持ちを感じ取れるのは、その為だ。
そしてもう一つ、その脳波は、魔法の制御にも使われている。
魔法がイメージを必要としているのも、それが理由であり、脳波を使いこなせば、他者に自分の思考を伝える事だってできるように成る。
「成程な、で、この剣、お前にも見せただろうが、槍の状態にして、投げる事ができる、その時、若干であるがコントロールができるんだが、コイツもその脳波って奴に関係しているのか?」
「ああ、そうだろうな、俺の所でも、似たような奴を開発しているからな」
「そうか」
「……それはそうと、おかしくないか?」
「何がだ?」
「良く匂いを嗅いでみろ、死体の匂いはするか?(あと、ターゲットも消えてやがる、どこ行きやがった?)」
「……いや」
捜索をしていると、ジャックは先ほどから全く死体を見ない事に気が付く。
あれだけ居たサイクロプスも、逃げ遅れた人間の死体も、ジャック達の殺したエルフ達の姿も、一切ないのだ。
そして、ロゼの鼻も、死体の腐敗臭を微かにしか感じ取れていなかった。
あれだけあった死体が、一日も経たずに消えてしまっているなんて、これは異常な事だ。
「……こいつは、どういう事だ?」
「さぁな……悪いが、この事はお前たちに任せる、俺は先を急ぐ」
「……行くのか?」
「ああ、俺みたいな一兵卒にできる事は、もう無い、無責任かもしれないが、俺は俺の役目を全うしなきゃいけなくてな」
「そうか」
「だが、あのエルフ共に関しては、慎重に行け、もしかしたら、あの鎧の力をもう一度使う羽目に成る、次は、死ぬかもな」
「忠告をどうも」
ジャックは、任務を遂行するべく、先を急ごうとする。
消えた死体に、金髪のエルフ、かつて同じ事が有っただけに、気になって仕方がない、だからこそ、今は先を急ぐ必要がある。
何をしようにも、先ずはアリサ達を見つけて、どうにかしなければ、一歩も前に進む事はできないのだ。
去ろうとするジャックの背を見ながら、ロゼはジャックを呼び止める。
「最後に一つ聞きたい、お前は、何の大義の元に戦っている?」
「……大義?そんな物、俺には無い、俺の戦う理由は、愛する者の為だ」
「……そうか、さらばだ」
「ああ」
ジャックは、多少の不安と、罪悪感を抱きながら、町を後にする。
その後ろ姿を、ロゼは眺めながら、先ほどの言葉を思い出す。
大義なんて物では無く、愛する者の為に戦う、形は違っても、同じ志を持つ戦士。
血に染まりきった匂いであったが、その奥深くにある優しい匂い、彼女の言っていた脳波という話が本当で有るというのならば、それは奥底にある本心なのだろう。
アリサは少しわかり辛いが、少なくとも、シルフィは同じ様な匂いがしていた。
恐らく、本来ならば争い合うような間柄ではないのだろう。
それなのに、何故争う仲であるのか解らないが、彼女たちなりの深い理由が有るのだろう。
「(どちらを応援すべきかね?私は)」
両者に多少の友情のような物が芽生えてしまったロゼは、どちらを応援すべきか悩んでしまう。
もしかしたら、この場で止めるべきだったのかもしないが、ジャックには明確な意思が有る。
恐らく、第三者が口出ししても、止める事の出来ない程に、強い意思だ。
悩みあぐねていると、ロゼの背に、誰かが抱き着いてくる。
「ひ、姫様、何を」
「静かにして」
匂いでレリアであることがわかるが、少し悲しい匂いがする。
瓦礫のせいで人目が付きにくいとはいえ、外で姫が一介の騎士にこのようなことをするのは、戯れが過ぎるという物だ。
だが、抱き着かれている事に変わりは無いので、ロゼはガチガチになりながら、レリアを引き離そうと、正面を向く。
「……お、お戯れが過ぎると、い、何時も言っているではありませんか」
「……ッ」
「ッ!?」
顔を真っ赤にしながら注意するロゼに、レリアは不意を突いてロゼと唇を重ねる。
突然のレリアの行動に、ロゼは顔をトマトの様に赤くし、思考も停止してしまう。
唇を離され、すぐに注意をしようとしたが、舌が回らず、声に成らないような声しか出てこない。
「ひ、ひひ、ひms、みめさ、ひみめさ、さ、さ、さ」
「戯れが過ぎる、何て言いたいのだろうけど、ゴメン、もう抑えられないの」
壊れたラジオのように、思考が停止してしまっているロゼを、レリアは力いっぱい抱きしめる。
確かに感じる体温、吐息、鼓動、ロゼは確かに生きている。
そのことを、レリアは認識している。
倒れ伏してしまっていたロゼを見て、今まで感じた事が無いほどの不安を感じた。
ようやく手に入れた安息を、失ってしまうのではないのかという恐怖で、胸が苦しかった。
「ロゼ」
「にゃ、にゃんで、しょう」
「私は、いずれ、何処かの殿方と肌を重ねなければならない時が来るわ、その前に、まだ汚れていない私を、味わって」
「ひ、ひみゃ」
戸惑うロゼに、レリアは再び唇を重ね合わせる。
その時、ロゼの鼻の捉えたレリアの匂いは、恋する乙女の匂い。
甘く、芳醇な匂いで、ロゼはレリアの気持ちを知る。
騎士として任命されてから、ずっと秘めていた想い、それがレリアからロゼへと伝わっていく。
すぐにでも引きはがしたかったが、もうロゼは、抑えることができず、レリアの好意を受け取り、自らも、レリアへと好意を向ける。
「(ロゼ、ごめんなさい、そんなに危険な鎧を、貴女に渡してしまっていたなんて……お詫びに、私の初めてのキスを、貴女に捧げるわ)」
「(姫様、私も、貴女をお慕いしております、ですが、このような関係は……でも、今だけ、今だけは)」
唇を離した二人は、艶やかな瞳で互いに見つめ合う。
だが、崩れ落ちた瓦礫の破片の音で、此処が外である事を思い出し、二人はすぐに離れる。
「ひ、姫様、その」
「……て、呼んで」
「え?」
耳打ちで、レリアはロゼに伝える。
「後で良いから、二人きりの時は、レリアって呼んで」
「ひゃ!!ひゃい」
「さ、さぁ、アリサ達の事も探しに行くわよ!」
――――――
瓦礫の山となる町のはるか上空にて、一つの黒い影は、サイクロプス出現時から、ずっとその場にとどまり、戦場の様子をずっと見ていた。
かつて、シルフィが目撃した物と、同じ影を形成するそれは、町から飛び上がってきたドローン数機を回収すると、満足そうにうなずき、何処かへと飛び去って行く。
ドラゴンの様に大きな羽をはばたかせながら。




