表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/343

四つの戦い・2 後編

 レリアは、魔物の壁の外で、聖職者達と共に負傷者の手当てを行っていた。

 何時も最前線で戦わせてしまっているロゼの為に、必死になって覚えた回復魔法を存分に活用して、負傷者の手当てにあたっていた。

 町の中では、現在も激しい戦いが繰り広げられており、ロゼの安否が気になって仕方がない。


 ロゼのほかにも、アリサやジャックのような実力者も加わっている。

 この三人は、その辺の冒険者なんかよりもはるかに実力を持っている。

 余程の事が無い限り、負けることは無いだろう。

 だが、それでも心配であることに変わりは無い。

 町からは、爆音と雷鳴が立て続けに鳴り響き、炎と雷が町の中で吹き荒れている。

 その激しい戦いは、夜明けまで続き、日が昇り、空が青く染まりだした頃、ようやく戦いの気配は収まる。


「……ロゼ」

「あ、姫様!」


 レリアは、聖職者達の生死を振り切り、町へと向かう。

 ロゼの安否が気がかりだった。

 幾らロゼが強くとも、あれほど力を行使するのを見たのは、初めてと言って良いのだ。

 万が一の事を考えると、心配でしかなかった。

 アリサの形成した大穴から町に入ると、レリアの目には、変わり果てた町の光景が映り込む。


「……町が」


 町は完全に消え去っていると言っていいほど崩壊し、犬小屋一つ残らず破壊されている。

 その瓦礫の中で見つけられた人影は、たった二つだけ。

 他の二人の事を気にしながら、影の方へ向かっていくと、徐々にその陰の正体を突き止める。

 陽光に照らされながら、一人は紫煙を吹かせ、もう一人は魔力が切れてしまったように、倒れ伏してしまっている。


「ロゼ!」


 倒れてしまっているのは、ロゼだった。

 完全に魔力を使い果たしており、左腕は千切れかけてしまっている。

 駆け寄ってよく調べると、骨は何本も折れてしまっており、折れた骨は、内臓に何本も突き刺さっている。

 ただの骨折であれば、回復魔法で治せるが、内臓に突き刺さった骨をどうにかするのは、かなり難しい。

 オマケに、左腕は今にも千切れて落ちてしまいそうだ。

 ロゼの実力から考えても、サイクロプス程度の魔物では、これほど負傷する事はあり得ない筈だ。


「……何が、有ったの?」

「安心しろ、死にはしない、今回はサービスで治してやるから、鎧を脱がせるの、手伝ってくれ(殺されるかと思ってボッコボコにしたし)」


 咥えている煙草を、携帯灰皿に捨てたジャックは、バックパックから一本のチューブと、液体を取り出し、ロゼの左腕を診る。

 一応メディックとして活躍できるように、ジャックは多少の医学講習を受けている。

 消毒と洗浄を済ませると、チューブの中身である軟膏を左腕の傷口に塗り込み、強引に接合する。


「ッ!!」

「安心しろ、痛みは一瞬だ」

「(絶対そう言う問題じゃない)」


 ジャックの塗った軟膏は、医療用のナノマシン群。

 ゲル状の物質で保護されており、傷口に塗りこまれると、傷の保護と抗菌、修復を行ってくれている。

 たとえ手足が欠損していようとも、確実に接合し、完治させる。

 だが、他の傷はそうはいかないので、今度は注射器で、類似している中身のナノマシンを注射する。

 完治までとはいかないが、鎮痛と内臓に刺さっている骨の除去程度であればできる。

 ただし、あくまでも内臓に刺さる骨を分解し、内臓の傷を修復する事が精々で、骨の再生までは行ってくれない。

 治療の完了と共に、ロゼは目を覚ますが、相当乱暴な施術だったので、涙目になりながらジャックを睨みつける。


「……ヤブ医者め」

「コイツで、砕けた骨以外はどうにかなる、腕の接合は、三週間以上かかるから、それまで包帯は毎日変えてやれ」

「……わかった、ありがとう」

「礼はいい、それよりも……一つ聞きたいことが有るんだが」


 ジャックは、腕の固定を終えたロゼと、レリアを座らせると、抜刀しながら二人を睨みつける。

 血管を浮き上がらせ、怒りを露わにするジャックは、二人にとあることを問いただす。


「何故奴らは子供達を贄にできた?お前たちが守っていた筈なのにな」


 問いただした途端、ジャックの放つ殺気に、レリアとロゼは押しつぶされそうになる。

 子供達を預けておいたというのに、一人残らず生贄にささげられているのだから、子供好きのジャックからしてみれば、殺意しか湧かない。

 だが、レリア達からしてみれば、子供達の今後を考えて行動していた矢先に、連れ去られてしまったのだから、自分達ではどうにもならない事だ。


「(そんな事、私達に言われても)」

「そんな事私達に言われても、何だ?」

「(は?)」


 刀を地面に突き立てながら、ジャックはレリアの考えていた事と、同じ事をオウム返しで言ってきたのだ。

 心臓が飛び出すかと思うくらい驚いてしまう。

 だが、考えてもみれば、ジャックは自分の思考を相手に直接伝える能力を持っている。

 ならば、逆に相手の思考を読む事位、できなくはない筈だ。


「(だとしたらマズイ)」

「何がマズイ?言ってみろ」

「えっと、目を放したら、その……」


 レリアが質問に答えた途端、ジャックの怒りを表すかの如く、彼女の周囲から炎が吹き出る。

 どうやら、地雷を踏んでしまったらしく、恐る恐る見上げた途端、ジャックの怒りに染まり切った表情が目に映る。


「あ、えっと」

「子供から目を離すとはどういう了見だ!貴様ら!万死に値するぞアバズレ共ぉぉ!!」

「ゴメンなさい!本当にごめんなさい!!(あれ?こいつも何回か目離してる感じの事言ってた気が……)」


 ロゼは、ジャックの怒りを瞬時に感じ取った瞬間レリアを担ぎ、瓦礫の山と成った町の中で逃げ回る。

 鎧の効果で、魔力がほとんど尽き欠けてはいるが、ジャックの治療で、逃げるくらいの事はできる程に回復していたおかげで、何とか逃げ回れている。

 そして、刀を振り回しながら、殺人鬼の如く追い回すジャックの追跡は、昼過ぎまで続いたとか……


――――――


 機嫌を直したジャックは、ロゼと共に、瓦解した町の中から、衛兵たちと共に、生存者の捜索を開始する。

 レリアはアリサ達も心配だという事で、別の方を探しに行っている。

 一応、暴走したロゼを止めるべく、ジャックが戦闘を行った結果、こんな事態になってしまっている事は、レリアには黙っている。

 レリアは鎧の事は知らないというのは、思考を読んだ時にあらかた判明している。

 ロゼは、ジャックと一緒に、生存者の捜索を行うと同時に、幾らか話を始める。


「悪いが、鎧の事は、姫様には黙ってもらえるか?」

「ああ、どうやら、あの姫様も知らんみたいだからなぁ、てか、何処で手に入れた、あんな危険な物」

「……鎧は、姫様の護衛役に就任した記念に貰った物だ、それと、何故お前は他者の思考を読める?私の鼻と何か関係が有るのか?」

「有るには有る、お前の場合、先天的に身についていた物が、鎧の力で強化されたらしいがな」


 ジャックは、ロゼと自身の能力について、幾らか話す。

 ロゼ達の能力は、元は人ならざる者たちの能力であるが、何らかの要因によって、先天的、または後天的に、この能力は身につくことが有る。


 その能力は、一種の脳波と呼べるものを感じ取る能力だ。

 だが、人間はその脳波を感じ取る感覚器官をもたない為、別の五感で補うことで、その能力を形あるものにする。

 ロゼが匂いでレリア達の気持ちを感じ取れるのは、その為だ。

 そしてもう一つ、その脳波は、魔法の制御にも使われている。

 魔法がイメージを必要としているのも、それが理由であり、脳波を使いこなせば、他者に自分の思考を伝える事だってできるように成る。


「成程な、で、この剣、お前にも見せただろうが、槍の状態にして、投げる事ができる、その時、若干であるがコントロールができるんだが、コイツもその脳波って奴に関係しているのか?」

「ああ、そうだろうな、俺の所でも、似たような奴を開発しているからな」

「そうか」

「……それはそうと、おかしくないか?」

「何がだ?」

「良く匂いを嗅いでみろ、死体の匂いはするか?(あと、ターゲットも消えてやがる、どこ行きやがった?)」

「……いや」


 捜索をしていると、ジャックは先ほどから全く死体を見ない事に気が付く。

 あれだけ居たサイクロプスも、逃げ遅れた人間の死体も、ジャック達の殺したエルフ達の姿も、一切ないのだ。

 そして、ロゼの鼻も、死体の腐敗臭を微かにしか感じ取れていなかった。

 あれだけあった死体が、一日も経たずに消えてしまっているなんて、これは異常な事だ。


「……こいつは、どういう事だ?」

「さぁな……悪いが、この事はお前たちに任せる、俺は先を急ぐ」

「……行くのか?」

「ああ、俺みたいな一兵卒にできる事は、もう無い、無責任かもしれないが、俺は俺の役目を全うしなきゃいけなくてな」

「そうか」

「だが、あのエルフ共に関しては、慎重に行け、もしかしたら、あの鎧の力をもう一度使う羽目に成る、次は、死ぬかもな」

「忠告をどうも」


 ジャックは、任務を遂行するべく、先を急ごうとする。

 消えた死体に、金髪のエルフ、かつて同じ事が有っただけに、気になって仕方がない、だからこそ、今は先を急ぐ必要がある。

 何をしようにも、先ずはアリサ達を見つけて、どうにかしなければ、一歩も前に進む事はできないのだ。

 去ろうとするジャックの背を見ながら、ロゼはジャックを呼び止める。


「最後に一つ聞きたい、お前は、何の大義の元に戦っている?」

「……大義?そんな物、俺には無い、俺の戦う理由は、愛する者の為だ」

「……そうか、さらばだ」

「ああ」


 ジャックは、多少の不安と、罪悪感を抱きながら、町を後にする。

 その後ろ姿を、ロゼは眺めながら、先ほどの言葉を思い出す。

 大義なんて物では無く、愛する者の為に戦う、形は違っても、同じ志を持つ戦士。

 血に染まりきった匂いであったが、その奥深くにある優しい匂い、彼女の言っていた脳波という話が本当で有るというのならば、それは奥底にある本心なのだろう。


 アリサは少しわかり辛いが、少なくとも、シルフィは同じ様な匂いがしていた。

 恐らく、本来ならば争い合うような間柄ではないのだろう。

 それなのに、何故争う仲であるのか解らないが、彼女たちなりの深い理由が有るのだろう。


「(どちらを応援すべきかね?私は)」


 両者に多少の友情のような物が芽生えてしまったロゼは、どちらを応援すべきか悩んでしまう。

 もしかしたら、この場で止めるべきだったのかもしないが、ジャックには明確な意思が有る。

 恐らく、第三者が口出ししても、止める事の出来ない程に、強い意思だ。

 悩みあぐねていると、ロゼの背に、誰かが抱き着いてくる。


「ひ、姫様、何を」

「静かにして」


 匂いでレリアであることがわかるが、少し悲しい匂いがする。

 瓦礫のせいで人目が付きにくいとはいえ、外で姫が一介の騎士にこのようなことをするのは、戯れが過ぎるという物だ。

 だが、抱き着かれている事に変わりは無いので、ロゼはガチガチになりながら、レリアを引き離そうと、正面を向く。


「……お、お戯れが過ぎると、い、何時も言っているではありませんか」

「……ッ」

「ッ!?」


 顔を真っ赤にしながら注意するロゼに、レリアは不意を突いてロゼと唇を重ねる。

 突然のレリアの行動に、ロゼは顔をトマトの様に赤くし、思考も停止してしまう。

 唇を離され、すぐに注意をしようとしたが、舌が回らず、声に成らないような声しか出てこない。


「ひ、ひひ、ひms、みめさ、ひみめさ、さ、さ、さ」

「戯れが過ぎる、何て言いたいのだろうけど、ゴメン、もう抑えられないの」


 壊れたラジオのように、思考が停止してしまっているロゼを、レリアは力いっぱい抱きしめる。

 確かに感じる体温、吐息、鼓動、ロゼは確かに生きている。

 そのことを、レリアは認識している。

 倒れ伏してしまっていたロゼを見て、今まで感じた事が無いほどの不安を感じた。

 ようやく手に入れた安息を、失ってしまうのではないのかという恐怖で、胸が苦しかった。


「ロゼ」

「にゃ、にゃんで、しょう」

「私は、いずれ、何処かの殿方と肌を重ねなければならない時が来るわ、その前に、まだ汚れていない私を、味わって」

「ひ、ひみゃ」


 戸惑うロゼに、レリアは再び唇を重ね合わせる。

 その時、ロゼの鼻の捉えたレリアの匂いは、恋する乙女の匂い。

 甘く、芳醇な匂いで、ロゼはレリアの気持ちを知る。

 騎士として任命されてから、ずっと秘めていた想い、それがレリアからロゼへと伝わっていく。

 すぐにでも引きはがしたかったが、もうロゼは、抑えることができず、レリアの好意を受け取り、自らも、レリアへと好意を向ける。


「(ロゼ、ごめんなさい、そんなに危険な鎧を、貴女に渡してしまっていたなんて……お詫びに、私の初めてのキスを、貴女に捧げるわ)」

「(姫様、私も、貴女をお慕いしております、ですが、このような関係は……でも、今だけ、今だけは)」


 唇を離した二人は、艶やかな瞳で互いに見つめ合う。

 だが、崩れ落ちた瓦礫の破片の音で、此処が外である事を思い出し、二人はすぐに離れる。


「ひ、姫様、その」

「……て、呼んで」

「え?」


 耳打ちで、レリアはロゼに伝える。


「後で良いから、二人きりの時は、レリアって呼んで」

「ひゃ!!ひゃい」

「さ、さぁ、アリサ達の事も探しに行くわよ!」



 ――――――


 瓦礫の山となる町のはるか上空にて、一つの黒い影は、サイクロプス出現時から、ずっとその場にとどまり、戦場の様子をずっと見ていた。

 かつて、シルフィが目撃した物と、同じ影を形成するそれは、町から飛び上がってきたドローン数機を回収すると、満足そうにうなずき、何処かへと飛び去って行く。

 ドラゴンの様に大きな羽をはばたかせながら。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ