四つの戦い・2 中編
一方で、ジャックはというと。
召喚された十数体もの魔物を相手に、孤軍奮闘していた。
並みの冒険者程度であれば、すぐにでも飲み込まれてしまいそうな物量。
それに加え、ただの雑兵では無いと言わしめるかのように、高い戦闘力を持っているという厄介な布陣。
だが、ジャックからしてみれば、何時もの多勢に無勢の状況。
ただ単に、近代兵器から、魔物に変わっただけの、何時もの四面楚歌の戦場だ。
周辺に市民の居ない事を良い事に、炎を纏った刀を振り回し、広範囲を焼き払い、切り裂いている。
その状況を、クルーガーは、頬を赤らめながら見ていた。
バラバラに砕かれるスケルトン、焼け焦がされながら切り裂かれるトロール達、彼から見れば、なんとも惨く、美しい花火だ。
「良い、良いよぉ君ぃ、もっと美しい光景を見せてよ!」
指揮棒を優雅に操るクルーガーに合わせ、周りの魔法使いたちは、魔法陣に魔力を流し込み、新たなる魔物達を召喚する。
今度は質では無く、数を優先しており、ゴブリンやオークというような、下級の魔物達が、先ほどの三倍近く出現する。
召喚の成功と共に、指揮棒を滑らかに振るい、支持を出す。
「フォーメーション・クラーニヒ」
ゴブリン達は瓦礫を利用して、横方向からの攻めを行い、オークたちは、一部のゴブリン達と共に、猪の如く勢いで、正面から猛進する。
ジャック一人を囲い込むように展開した彼らの進行は、まるで魔物の波とも呼べる。
そんな状況下となっても、ジャック自身も正面から攻め入る。
ゴブリンの群れが、左右からも襲い掛かって来る中で、オークを踏み台にして、上空からの攻撃を試みる。
「ッ!」
その瞬間、ジャックに向けて、奥に居る魔法使いたちからの多種多様な魔法が繰り出される。
魔法の攻撃により、空中で爆散してしまうジャックであったが、攻撃の体勢を崩してはおらず、炎を纏う刀を、上空から振り下ろす。
「桜我流剣術・爆道斬」
着地の衝撃と共に、ジャックの周囲に炎が発生し、周りのゴブリン達は焼死し、目の前に居たオークは両断され、魔物達の屯する街道から、複数の火柱が発生する。
その様は、まるで火山の噴火のようであり、無数にいたゴブリンやオークは、爆散する。
火柱によって、完全に道を開かれてしまうが、クルーガーはたいして焦りは見せていなかった。
「良い炎だぁ、でも、ここまで来れるかな?」
ジャックが道を開けた途端、クルーガーは再び指揮を開始する。
今度の召喚させる魔物は、防御力の高い個体を選択し、縦二列に配置させるようにして召喚する。
「フォーメーション・パリエース」
魔物は、最初に召喚したスケルトン・ナイトだが、今回は粗悪な鎧等では無く、かなり立派な鎧をまとっている。
更に、大人一人を簡単に包み込む事ができる程、巨大な盾を装備している。
そんな個体が、十体近く召喚され、ジャックの前に立ちはだかる。
「さぁ、来てよ」
「良いぜ、その御大層な壁、ぶっ壊してやる」
壁を形成したクルーガー達を前に、ジャックも意気揚々と炎を操り、切り開かれた道を突き進む。
火球の様になりながら、烈火の如き攻めを繰り出し、スケルトンたちと正面衝突する。
まるで、車同士がぶつかった、という表現が、生ぬるく思えるような衝撃が発生し、召喚された内、四体は爆散する。
ぶつかる直前で、後方の魔法使いたちが障壁を発生させ、ジャックの攻撃のほとんどが殺され、威力が弱まったようだ。
「チッ」
ジャックの舌打ちが鳴ると同時に、残ったスケルトンたちは、レイピアをジャックの体めがけて、刃を突き刺す。
同時に、足元から発生した光と共に、ジャックは爆散し、更に追撃として雷が繰り出され、ジャックにダメージを与える。
そんな光景を前に、クルーガーは笑みを浮かべる。
「どう?爆発と雷の集中二段攻撃は?流石に死んじゃうかな?」
召喚した魔物諸共、吹き飛ばしたクルーガーは、ジャックがどんな状態にあるのか、楽しみにしながら、爆炎が晴れるのを待つ。
刺され、爆散し、雷に打たれる。
一体どんな死骸になっているのか、考えただけでワクワクするのだが、その期待は裏切られてしまう。
「……なーんだ、ヒーリング持ちか、これじゃぁ、首を斬らないと」
「何だよ、その失望感」
「だって、首落とされた時の死に顔って、ワンパターンなんだよねぇ、大体キョトンとしてるか、死ぬ直前の表情だったりするんだよねぇ」
「そうかい、まぁ、せっかく召喚した連中ごと、俺をぶっ殺そうとする異常者に、真面な答え求めた俺が馬鹿だった」
傷の再生が終わったジャックの、体をほぐすようなしぐさを見たクルーガーは、指揮棒を振り回す。
その指揮棒の動きに従うように、魔法使いたちは陣形を組み直し、もう一度トロールと、ゴブリン達を召喚する。
その様子を見て、ジャックは徐々にクルーガーの能力が解って来る。
随分前にも、似たような事をしていた奴が居たのを思い出し、少し笑みをこぼす。
「(成程、あの時の……やり方が独特だから、気づかなかったぜ)」
注目するのは、クルーガーの持っている指揮棒だ。
指揮棒を介し、クルーガー自身の思考を直接周囲の魔法使いと、彼らの持っている杖に伝達させる。
そうすれば、介する魔法使いが召喚魔法に適性を持っていなくても、彼らの魔力を使い、召喚魔法をより効率よく行える。
このやり方であれば、意見の食い違いで内部崩壊する可能性も低いうえに、魔物の質も安定する。
だが、逆に指揮官がやられれば、すぐに陣形は崩壊してしまう弱点を持つ。
狙うのであれば、クルーガー本人。
そこまでは何となくわかるが、はたしてここに居る連中だけで、これだけの召喚ができるのかと聞かれると、そうでもない。
十数体以上のサイクロプスを召喚した後に、あれだけの布陣を見せるには、もっと媒体が必要だ。
「(そう言えば、あいつ等全員金髪か、あのフーリとか言う奴と同じで……そうか、そう言う事か、クソ野郎)」
子供達を使った。
そう考えた途端、刀を握る力が強まり、殺意もこみ上げて来る。
「桜我流剣術・烈火尖刃」
足に力を入れ、回転しながらクルーガーへと突撃する。
肉壁となっているトロール達を切り裂き、一瞬にしてクルーガーの正面に立ち、勢いをそのままにして首を狙う。
炎を纏うジャックの刀は、一瞬にも満たない速度でクルーガーの首を捉え、切り裂くが、手ごたえはとても弱かった。
「幻影か」
その正体はゴブリンだった。
闇魔法は、召喚だけでなく、相手に対するデバフや、幻影等、相手のかく乱を誘う事を得意としており、この魔法は、そのうちの一つ。
すぐに本物のクルーガーを探し当てようと、耳を澄ませる。
そして、何とか探しあてた途端、ジャックの額に、クルーガーの指揮棒が押し当てられると同時に、ジャックは酷い頭痛を味わう。
「俺は召喚だけが取りえじゃない、捕まえた奴を内側からぐちゃぐちゃに壊してやることだってできる、その時に浮かべる死に顔は、十人十色、さて、君はどんな死に顔を見せてくれるのかな?」
「……」
クルーガーの闇魔法は、対象の精神に直接干渉し、内側から崩壊させるというマネもできる。
人間の心の中に必ずある精神的に弱い面、そこを刺激する事によって、簡単に干渉できる。
大事な物を失った喪失感、他者への嫉妬、憎悪、それら負の感情へ干渉することで、強制的に廃人にできる。
「(奥へ、奥へ、どんなに精神が強い奴でも、必ず弱い部分が有る、そこを刺激してやれば、どんな奴でも苦しみ、死ぬ)」
ジャックの精神の奥へと入り込み続けるクルーガーは、垣間見えるジャックの記憶に心を躍らせる。
自分の三分の一も生きていない筈なのに、遥かに多くの戦場を経験している。
その分、より多くの死に顔や死体を目にしている。
哀しみ、憎悪、怒り、喪失、負の感情と言える表情を浮かべる死骸の並ぶ、ムクロの山。
中には、クルーガーの長い人生でも見る事の出来ないような死体もある。
現代兵器によって、体の崩壊した兵士たちの死骸達は、クルーガーにとっては酒池肉林の素晴らしい環境。
もっと長居していたいが、今はジャックの弱い部分を探り当てようとする。
「(……なんだ?)」
奥へ、奥へ進むにつれて、クルーガーは違和感を覚え始める。
最深部に隠される心の弱い部分というのは、近づくにつれて明らかになり始めるというのに、未だに見つけることができない。
それどころか、道が入り乱れている。
目的としている場所は、徐々に一本道に成る筈が、どんどん道が入り組み始めている。
「(どうなっている、お前は、一体なんだ!?)」
珍しく動揺しながら移動するクルーガーは、気が付けば、紅い華の咲き乱れる空間にたどり着いていた。
なんとも美しい花園であるが、クルーガーは恐怖を覚えている。
こんな事はあり得ないのだ。
こんなに美しい精神の中は、見たことが無い。
それ故に恐怖を覚えてしまう。
そして、恐怖を感じていると、クルーガーの体に、背後から刃が突き立てられ、その刃を突き立てた存在が、耳元で囁きだす。
「(――心に、土足で踏み入るな)」
「ッ!??(あり得ない!俺が、精神世界で後れを取った!?)」
クルーガーは驚きながらも、逆に自分自身が廃人と化さない様に、すぐに現実へと戻るが、自由になったジャックは、すぐに刀を構えてしまう。
「桜我流剣術・炎鬼楼」
全方位に向けて刀を振るい、炎の牢獄を形成し、クルーガーと魔法使いたちや、残党の魔物を切り裂く、この範囲攻撃こそが、炎鬼牢の本来の使い方だ。
しかし、数人程逃してしまったらしく、ちらほら逃げ足らしき音が響いている。
だが、転がるクルーガーの頭から聞こえて来る音で、そんな事は如何でも良くなる。
「……クズが」
耳を澄まし、クルーガーの死に際の言葉を聞いていると、はらわたが煮えくり返る気分になる。
今まで斬ってきたクズ共と同じ、クソのような走馬灯。
死ぬことによって、自分自身がこよなく愛する死体に成れることへの喜び。
クルーガーの唯一の心残りは、ジャックや、シルフィ、アリサの死に顔が見れなかった事。
フーリの様に、慈悲をかけてやろうなんて気にはなれず、転がる彼の首を容赦なく踏みつぶす。
「お前みたいな奴は、死んだ方が良いが……問題発生か」
その直後に認識した音で、それらは如何でもいい事に成ってしまう。
禍々しく、異様な音、もはやただの生物ではない何かが、物凄いスピードで、近づいている。
刀に着いた血を払い、戦闘態勢に入ると同時に、音の主は現れる。
「……やれやれ、まさか兎さんとはな」
「ウ~……」
現れたのは、鎧の力を解放したロゼだった。
体と大剣に黒い電気を帯電させており、既に戦闘態勢といった具合だ。
ジャックから見て、今のロゼは、魔力の蛇口が全開放されている状態、このまま放置すれば、魔力切れで死ぬ。
かといって、見殺しにすれば、レリアに示しがつかないと言える。
だが、今の危険なロゼを無力化するとか、難しいとか言うレベルではないが、ジャック自身、少し暴れたりなさを覚えているので、丁度良かった。
「良いぜ、相手になってやる、丁度不完全燃焼だったところだ……こっからは、エクストラステージだな」
黒い稲妻を纏い、暴走するロゼは、大剣を担ぎ、ジャックを睨みつける。
対して、ジャックも、炎の纏う刀を構え、ロゼと対峙する。
「来い、異世界の実力ってやつを、見せて見ろ!」
黒い稲妻と紅い炎がぶつかり合い、夜明け前の町で、二人の化け物はぶつかり合い、ロゼの魔力が尽きるまでの間、闘争は続いた。




