巨人の戦場 後編
アリサと通信を行っていたシルフィは、一人のエルフの攻撃を受け、狙撃ポイントに選んでいた民家の崩落に巻き込まれてしまっていた。
「う、スーツが無かったら、骨二~三本折ってたかも」
崩落には巻き込まれたものの、屋根の上にいたおかげか、瓦礫の下敷きに成る事は避けられ、更にはスーツの恩恵によって、軽傷で済んだ。
だが、決して今の状況を、良い物であるとは言えない。
なぜならば、目の前に居るエルフ、クラブという厄介な相手が居るのだから。
「……まさか、隊長自らご出陣なんてね」
「私の願いが叶う第一段階が完了するのだから、主役の私が出ない訳にはいかないだろう?」
既にサーベルを抜き、戦闘態勢に入るクラブを前に、シルフィはハンドガンを構える。
今にも戦いが始まりそうな雰囲気であるが、シルフィにはどうしてもフに落ちないことが有る。
何故この町の人達を巻き込んだのか、それが理解できないのだ。
「ねぇ、何でこの町の人達を巻き込んだの?狙うんなら、私とアリサだけを狙ってよ」
「……何故、だと?」
先ほどまで嬉しそうな笑みを浮かべていた筈のクラブの表情は、シルフィの持ち掛けた質問によって、一気に曇りだす。
そして、何の言葉も発する事も無く、クラブはシルフィへと襲い掛かる。
そんなクラブに対し、シルフィは銃撃を行う。
最近やたらと遠くの物が見えるようになると同時に、動体視力も向上している。
クラブのスピードは、常人の目には映らない程、とてつもなく早い。
それを確実に目視し、的確に銃撃を加える。
だが、それだけのスピードで動く事ができるクラブにとって、シルフィの銃撃は、意味を成さない。
銃弾は全て回避され、シルフィの間合いに入り込み、サーベルの柄で頬を殴り、首を掴むと、再び民家の上へと飛び乗る。
そして、シルフィの背後を取り、抑え込みながら町の状態を視界に入れさせる。
「見ろよ、この惨劇、ここで平和な暮らしをしていた奴は、サイクロプスの餌食に成るか、思い出の町の建造物に押しつぶされている、誰のせいだ?」
「そんなの、アンタたちが勝手にやった事でしょ」
シルフィの答えを聞くなり、クラブはサーベルの刃をシルフィの首に押し当てる。
「何を勘違いしている?この事態を引き起こしたのは、まぎれもない、貴様だ、貴様が里を出たから、ここに住む人間達は、こんな目に遭っている」
「……」
「そうだろ?お前が大人しくしていれば、この町はこんなありさまにはならなかった、今日死んだ奴らにも、明日が有った筈だろ?」
「う」
クラブの言葉に、シルフィは胸を痛める。
確かに、アリサを助けず、ずっと里に居れば、ここの住民は、こんなにも怖い思いをしなくて済んだのだ。
この事態を引き起こした発端、それは自分自身なのだと、シルフィは考えてしまう。
徐々に自覚を始めるシルフィは、表情を歪ませ、自分自身の行いを悔い始める。
だが、それ以前の問題がある。
確かに、結局のところは、シルフィ自身が里を出た事に問題がある。
しかし、行動に移したのは、まぎれもなくクラブ達なのだ。
「どうした?こういう時は、謝るのだろう?ほら、さっさと地べたに這いつくばっていろ」
「グッ」
頭を踏みつけにされ、民家の屋根に顔を押し付けられる。
グリグリとかかとを押し付けられると、同時にシルフィの胸の奥から、怒りが湧き出て来る。
この町の人々には、本当に申し訳ないと思っている。
自分の身勝手で、こんな悲惨な状況を作り上げる結果になってしまったのだから。
だったら、今の自分にできる事とは何か、単純な事だ。
「ヌアアア!!」
「ッ!?」
シルフィは、鬼人拳法を発動し、クラブの事を強引に引きはがす。
急なパワーアップに驚いたクラブは、すぐにシルフィから距離を取り、サーベルを構え直す。
そして、立ち上がったシルフィは、ハンドガンからマチェットに装備を切り替える。
「好き勝手言うけど、これをやったのはアンタたちでしょ!」
「……気に入らない、その目」
「何?」
「お前に話す必要はない、それに、お前を殺せれば、すぐにでも次の段階に行ける」
「……どういう事?」
「言っただろ?これは私の目的の第一段階、第二段階がある」
「第二段階?」
「そう、それは」
妖しい笑みを浮かべたクラブは、シルフィにサーベルを向けながら、自身の目的を打ち明ける。
「お前の妹に、より深い絶望を与えて、苦しめながら殺す」
「ッ!?」
クラブの目的、それはシルフィの妹、ルシーラを殺す事。
かつて、里を抜け出したルシーラの暗殺を行おうとしたクラブ達であったが、その結果は、二度にわたって惨敗という結果。
その結果、クラブは左目と名誉、尊厳を失った。
以来、クラブはルシーラだけでなく、その家族であるシルフィ達にまで、牙を向けようと考えるように成ったのだ。
シルフィの親の死刑執行を促し、後はシルフィを如何するかと悩んでいた所だった。
ルシーラは、シルフィに対して並々ならぬ感情を抱いていた。
もしも、シルフィの生首でも晒せば、きっと深い絶望を味わう事に成る。
その前に、ルシーラに通じる者であるシルフィの事を、徹底的にいたぶりたかった。
「こんな所だ、お前をもっと苦しめ、そして、首を刈り取って、アイツに晒し、なぶり殺しにする、これで復讐は完了だ」
「……小さい女」
「……なんだと?」
「それって要するに、ルシーラちゃんには勝てないから、私達に八つ当たりしてるだけじゃん、そんな身勝手な理由で、この町の人を巻き込むなんて、許さない!!」
クラブの身勝手な理由に、頭に来たシルフィは、その怒りを体現するかのように、クラブを攻撃する。
ただ単に、能力で底上げされた身体能力をバネにしただけの攻撃だ。
教えられた剣術は、一切活用しない、感情に身を任せているだけ。
だが、身体能力が底上げされている筈のシルフィの攻撃を、クラブは涼しい顔で凌いでいる。
クラブの目から見て、シルフィの攻撃は非常にスローに見えている。
その上、力の方も強いかどうかと聞かれると、そうでもなく、クラブ自身よりも少し弱い程度だ。
ルシーラに比べれば、大人と子供程の差がある。
「どうした?大見栄を張っておいて、こんなものか?」
シルフィの実力の低さに幻滅したクラブは、一気に攻勢に出る。
彼女の長年の戦いの経験で叩き上げた剣は、シルフィの数個上を行っており、一気にシルフィは押され出す。
更に、クラブのサーベルは、風の魔法を纏い、斬撃と同時に発生するカマイタチが、攻撃の手数を底上げし、シルフィの体をスーツごと切り裂きだす。
焼けた刃を押し付けられたような痛みが、体のあちらこちらで発生し、シルフィの表情は苦痛でゆがめられる。
「(そうだ、その顔が見たかった!)」
苦痛の表情を浮かべるシルフィの顔を見て、クラブは嬉々としてサーベルを振るい続ける。
その苦痛から脱するべく、シルフィは苦し紛れにタックルを繰り出す。
結果的に、痛みから逃れる事は出来たが、二人は近くにある民家へと一緒に突っ込み、一部を破壊し、瓦礫と共に地面に落下する。
着地と同時に、クラブはシルフィから離れ、様子をうかがう。
「小しゃくな」
やはり落下した際のダメージは、クラブであっても受けてしまうらしく、体のあちらこちらの骨にヒビが入ってしまっている。
だが、それらの傷は、彼女の持つヒーリング能力で、瞬時に回復させていき、シルフィの様子を見る。
スーツのおかげで、落下ダメージは受けていないが、体の切創で、大分出血してしまっており、弱っている。
オマケに、鬼人拳法の反動までも発生しており、立ち上がるのも困難になっている。
「脆弱な体だ、オマケに、力のせいで弱るとは」
生れたての小鹿の様に、必死に立ち上がろうとするシルフィへと、クラブは接近する。
そして、シルフィの首に狙いを定め、サーベルを振り上げた瞬間、物音がクラブの耳に入る。
音の方から、僅かに人間の気配を感じたクラブは、サーベルを振るって風を発生させ、壁などを破壊する。
「ッ!?(逃げ遅れた人!?)」
壁の向こうには、家主とその一家と思われる人間が居り、恐怖に体を震わせている。
夫婦と思われる二人の間には、子供らしき姿もあり、必死に守ろうとしている。
クラブとシルフィの殺し合いを前に、主人と思われる男性が、勇気を振り絞って二人に言葉を投げかける。
「頼む、子供だけは見逃してくれ」
主人の震える声に、シルフィは頑張って立ち上がろうと、体に力を入れ、せめてあの家族だけでも、クラブから守ろうと、行動しようと試みる。
だが、その一方で、クラブだけは、その一家を蔑んだ目で睨みつけ、サーベルを構える。
サーベルに風がまとわりつく場面を目撃した主人は、奥さんと子供を抱きとめる力を強め、更に震えた声で懇願する。
「頼む!やめてくれ!」
「……反吐が出る」
「ッ!やめて!!」
シルフィの言葉も虚しく、無慈悲に振られたサーベルによって発生した竜巻のような風に、一家は飲み込まれてしまう。
民家諸共破壊するような威力の魔法、これでは生存の確率は絶望的だ。
この時、シルフィは自身の視力の良さを、初めて呪った。
目にしてしまったのだ、あの一家が、発生した風によって、無慈悲に惨殺されてしまった光景を。
「あ、ああ、アアア!!」
声に成らない悲鳴を上げるシルフィは、胸の内から何かが湧き出るのを感じていた。
あの時、イャートを殺した時と同じ、黒く、ドロドロとした何かだ。
ドロドロは、かつて経験した時以上に粘度が高く、更に黒い物。
黒いドロドロは、胸から脳髄へと到達し、あの時と同じように、シルフィの体に干渉しようとする。
「人間風情が、私達に生を懇願するとは、浅はかにも程があるという物だ……さて、そろそろ終わりn」
一家が死んだことを確認したクラブは、シルフィにターゲットを切り替えた瞬間、左腕に違和感を覚えた。
首を左に向けると、目の前には、いつの間にかマチェットを振っていたシルフィの姿があり、更には、自らの腕が切り落とされてしたのを目にする。
そして、その瞬間、一瞬だけだが、シルフィと目が合い、反射的に距離を取ってしまう。
「(なんだ?何が起きて)」
「何で」
「は?」
「何で、そんなに易々と殺すの?しかも、子供まで」
「……何を今さら、貴様だって見てきただろ、我々の聖地を土足で穢し、制裁を受けた人間達を、むしろ、私のような崇高な存在を目にし、手を加えられたのだ、感謝してほしい位だ」
腕を再生させながら、クラブは、まるで自分自身たちが神で有るかのように、説明を始めた。
この説明を聞いた途端、シルフィの感じているドロドロは、全身のほとんどに到達する。
まるで、怒り、憎悪、殺意のような、あらゆる負の感情を濃縮したような感じである。
この世界には、様々な種族が存在し、姿や寿命等に差異はあるが、生物学的な括りを考えると、全て人であるという説がある。
つまり、皆同じ存在である筈なのに、クラブは人間達を見下しているのだ。
「……ふざけるな、お前だって、同じ人間だろうに」
「同じ?何を言っている、何故我々が、他のエルフと外見に差があるか解るか?」
「……」
「知らないなら教えてやる、私達は、普通のエルフじゃない、その上位種、ハイエルフなんだよ!」
「ハイ、エルフ?」
「そう、かつて、天の御使いと交わり、生まれた神に等しき存在、正に神の代行者ともいえる存在、もはや、人間なんて格下の存在の枠に収まらない、真に崇高なる存在、その末裔こそが、私達だ」
「……それだけ?」
「は?」
「言いたい事は、それだけ?天の御使いだか何だか知らないけど、そんな事が、そんなくだらない事が、アンタらが他の人達を見下す理由?そんなバカみたいな考えで、アンタたちは、一体、何人の罪のない人を……」
片手で顔を抑え、今まで故郷のエルフ達が人間を見下してきた理由を聞かされたシルフィは、ただ自分の思った事を口にした。
もっと深い理由が有るのかもしれないと思い、ずっと抑えてきたが、今の説明で、もう限界を迎えた。
そんな浅はかな理由で、他の人間達から優越感を覚えるような小さな連中であるとは、思いもよらなかった。
怒りがこみあげて来ると同時に、シルフィの体から、黒い何かが発生した様に、クラブには見える。
黒い何かの気配の正体を、クラブの体は知っていた、というより、覚えている。
かつて、惨敗を味わう事に成ったルシーラとの闘いの時にも、似たような気配を感じていた。
だが、もう一つある。
もう一つ混じっている。
ルシーラのような危険人物を、養子として迎え入れたシルフィの親に襲い掛かった時、そのもう一つを感じた。
「お前は、一体なんだ?」
この時、クラブは人生で二度目の心の底からの恐怖を感じていた。




