第五話 飛び道具の練習は周りをよく見て
ローパーを葬ったシルフィは、その遺体を解体し、体内から宝石のような物を取り出した。
それは魔石と呼ばれる、魔物の死骸より回収することのできる、特殊な鉱石。
事切れた魔物の、心臓に当たる部分に、魔力が集中し、結晶化したものだ。
魔力の塊、つまりエネルギーの結晶体であるため、この世界では燃料資源として扱われている。
暖を取る為だったり、明かりを灯す為だったり、用途は多岐にわたる。
それ故に、シルフィの里はもちろん、向かおうとしている町でも、商取引が行われており、これから外で暮らすことになるシルフィの収入源としても、期待できるものである。
という事を、アリサがシルフィに教えた。
「(一応、私がこの世界での隠密活動の為にプログラムされた物なんだが、まぁ、良いか)」
別の部隊が長期にわたり、この世界で陰ながら活動を続けていただけあって、アリサにもその手のデータがプログラムされ、この世界に容易に浸透できるようになっている。
まさかこんなことに使用するとは、流石のアリサも予想していなかった。
「有った、有った、これ町でも売れるんだね?」
「ええ、集めておいて、損はありません(価値がプログラム当時から変貌していなければ)」
アリサにプログラムされている、魔石のレートは、大体三年ほど前であるため、もしかしたら、既に大暴落しているかもしれない、という不安もある。
ただ、魔石が安くなっていても、倒すことで同時に手に入る、肉や毛皮の類も、普通に売れるので、恐らく問題は無い。
しかし、シルフィの持つバックパック、彼女の親が購入してきたのは、容量の小さい安物、今回は魔石だけを入れるだけに留まる。
アリサはバックパックの類を持っていないので、必然的にシルフィがバックパッカーとして、扱われていた。
ただし、死骸はそのままにしておくと、腐敗して良くない影響を出す可能性がある為、その辺に埋めておいた。
魔石の回収を終えた二人は、さっそく歩みを進めていき、森の外を目指していく。
と言っても、相変わらず、何かアクシデントが無ければ、沈黙の空間が形成されてしまう。
アリサからすれば、これと言って気にすることではないが、やはりシルフィとしては、何とかアリサとの仲を構築しておきたいところである。
何とか中を深めようと、何か共通の話題でも見つけようとしたり、どうにか会話のきっかけを作ろうと、思考を巡らせていく。
しかし、その前に自分から話しかける事自体、難しい事であることに気が付き、再び落ち込んでしまう。
「(勉強とかばかりじゃなくて、ちゃんと人と関わるべきだったな)」
このままでは、外で生活することもままならないのでは?
そんな不安が募り、今までの努力不足を嘆きながら、先ずは話しかける事に慣れるべく、一先ず、彼女の名前を呼ぼうとする。
「ね、ねぇ、あ、アリしゃっ、アリサ(噛んじゃった)」
「……何でしょう」
「えっと、寝てるときにG的な何かが口に入った時って、凄く驚くよね」
その一言で、ただでさえ真冬だった二人の空間は、更なる極寒へと変貌した。
明らかに今ふるような話ではない。
しかし、この森の夏は、その生物が大量発生する為、割と耐性の有るシルフィは、蚊やハエ位の認識なのだ。
そのせいか、別にそういったことを口にしても、大してなんとも思わず、思いついた話題も、これくらいだった。
それ以前に、ツッコミ状態にないシルフィには、これが限界の話題であった。
思いがけない発言のせいで、普段無表情のアリサも、心なしか呆れている感じがする。
完全に黙ってしまったアリサを見て、シルフィは、ただただ、後悔の念にさいなまれ、己の人間関係の乏しさを悔い、涙さえ流してしまう。
そして、今言うべき言葉を、シルフィは心の底から叫ぶ。
「ごめん!!」
「良いですよ、今まで全然話してこなかったあなたが、いきなり饒舌に話すなんて、土台無理な話ですし」
そんなアリサの優しい言葉に、シルフィは心の底から感謝する。
「ありがとう!!」
「あんまり大きな声出すと、またよからぬことになりますから」
「あ、そうだったね」
「やれやれ、まぁ、魔物であれば、討伐できますから、安心してください」
「ありがとう、でも、魔物退治なら、私も手伝えるよ、これでも里じゃ結構強い方だから」
「そういう思いあがった人から、先に死んでいきますので、ご注意ください」
「ごめん」
だけど、ちょっとだけ普通に話すことのできたことに、ほんのり安心したシルフィであった。
――陽が傾き始めたころ
「……」
「……」
弓を構えるシルフィと、その後ろで火を焚いていたアリサの目に映ったのは。
なぎ倒された木々、射貫いた筈のウサギ型の魔物、キラー・ラビット……だった物。
さかのぼること、数分前。
陽が傾き、夕食の為の狩りを、シルフィが行い、アリサが火を焚こうとしていた。
丁度良く、二人の近くにいたキラー・ラビットが襲いかかってきたので、瞬時に弓を射ったことで、こうなった。
「(いや、こうなった、で済むレベルじゃねぇ!)」
自らに起きた、ありのままの事を、シルフィは思い出す。
弓を射った瞬間、何故かごっそりと魔力が弓に吸い込まれる。
突然の事で、矢が指から離れ、そのまま矢は放たれ、キラー・ラビットへ、尋常じゃない速度で迫り、胴体に命中。
結果、抉れるようにして、その小さな体を貫通、その後ろにそびえ立つ大木たちも、道連れにするかのように貫いていった。
「……なにこれ?」
一番驚いているのは、犯人であるシルフィだ。
親の遺した弓を、軽い気持ちで放った結果、こうなってしまったのである。
実際この弓を放ったのは、これが初めてなのだ、まさか当の本人も、こんなバカみたいな威力が出るとは、思っていなかった。
いきなり魔力を大量に消費した影響で、脱力状態と成り、ぺたりと座り込んでしまったシルフィの元に、アリサが寄ってくる。
「怪我とかありませんか?」
「うん、目の前に有った全部が無くなっちゃったけど」
「まぁ、怪我は無いようで何よりです」
「何なの?この弓」
「フム、ちょっと見せてもらえますか?」
シルフィの弓を借り、アリサは組成や内部構造をスキャンし始める。
外観は滑車の無いコンバットボウみたいな感じ、素材の方は強度と柔軟性に優れた強化カーボン。
故障も少なく、場合によっては、スーツさえも貫通する威力を持っているが、現代戦においては、あまり使用頻度は高くない。
ただし、頑丈さを求め、構造を単純化させたため、弦を引くには、かなりの力を必要とし、使用者はかなり選ぶものと成ってしまっている。
だが、シルフィの持っていた物は、特別にチューンされたものらしく、内部に特殊な機構が搭載されている。
それは、魔力を用いて、矢の貫通能力を高める機能、使用する量自体は任意で変えられるらしい。
しかし、何も考えずに使用したせいか、シルフィの魔力を限界まで吸い取ってしまった。
此れであれば、シルフィの魔力がごっそり持っていかれたのも、納得できる。
「成程、まぁ、先ほど放った矢は、専用のものではないので、恐らく空気摩擦か何かで消え失せたでしょうから、これと言って問題は無いでしょう」
「いや、大ありでしょ、こんな目立つ事したら、里の人たちに感づかれるでしょ」
「それもそうですね、早いところ、移動いたしましょう、今日は徹夜ですね」
「そうだね」
火の処理を行い、早いところ移動しようと、荷物を纏めると。
「ゴオォォォ!!」
森に響きわたった獣の声、それと共に、ドカドカと、地鳴りのような足音が、徐々に近づいてくる。
「え!?この声って!」
シルフィには心当たりがあり、顔を空よりも真っ青にし、これから対面する獣を想像していると、弓によって切り倒された木々を吹き飛ばし、それは姿を現す。
体長十五メートルは有る巨大な猪。
ベヒーモス、この森の主とも揶揄される、強力な魔物、シルフィの里でも、見つけたら絶対に手を出すなと、幼少の頃より釘を打たれる程である。
そんな化け物が、二人の目の前に現れたのだ。
当然シルフィも、幼少から絶対に手を出すなと、言われて育てられた身、反射的にアリサを引きずって逃げ出す。
「イヤアァァァ!!」
「随分な獣を呼び寄せてしまいましたね、あれは魔物なんて単純な存在ではなく、魔獣とでもいうべきレベルですね、私でも、今の装備では殺しきるのは難しいでしょう」
「呑気に分析してないでよ!」
「しかし妙ですね、ベヒーモスはこちらから手を出さない限り、基本大人しい生物の筈ですが」
アリサのデータベースにインプットされている、ベヒーモスに対する記録では、刺激さえしなければ、襲われる心配はない、という旨の記録が施されている。
ベヒーモスは、基本的に自分よりも弱い生物を襲わず、ダメージを与えた場合にのみ、襲い掛かってくる性質を持っているのだ。
大木のように太い牙を振りまわし、生えている木々をなぎ倒しながら、追跡するという、まさしく猪突猛進、状態から見て明らかに怒っている。
心当たりとすれば、先ほどシルフィが放った弓矢だ、シルフィに引きずられながら、アリサはベヒーモスをスキャンしていく。
「あ」
「どうかしたの!?」
「あそこ、こめかみの辺り」
アリサが指差す方を、シルフィも見てみると、確かにこめかみの辺りに、何かが刺さっているのが、目に映る。
「え、ちょっと待って、え?あれって」
「貴女が放った矢ですね」
「嘘でしょぉぉ!?この弓、そんな威力有るの!?」
「(確か、使用者によっては大口径の機関砲並みの威力出るとかって、あれ本当だったのか)」
ベヒーモスの体は、非常に硬い皮膚で構成されており、弓矢程度ではまず貫通できない、それを数キロ先と言うロングレンジからの射撃で命中し、一撃を与えたのだ。
それを攻撃とみなしてしまったのだろう、事故とはいえ、とてつもなく幸先が悪い。
そんな事を考えるアリサを引きずりながら、シルフィは、縄張りの外である森の外へと、全力で逃げていった。