表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/343

巨人の戦場 前編

「やれやれ、子供達の温もりが名残惜しいぜ」


 民家の上に上り、大分目立ち始めてきた月を眺めながら、紫煙を吹かせるジャックは、別れた子供達の事を思い出していた。

 子供達と触れ合っている時だけ、より鮮明に思い出すことができる思い出がある。

 本当に心から愛した人、もうこの世にはいない、最愛の人物。

 昔から子供好きであったが、たった一人だけ、本当に心の底から愛した、最愛の人。

 今まで空虚で、苦しみしかなかった人生に、光を与えてくれた人。


「(あいつと一緒に過ごした最高の日々、鮮明に思い出せる)」


 目を閉じると、浮かび上がってくるシルエットが有る。

 自分と、最愛の人物のシルエットだ。

 高校生位の女性と、小学生程の小さな女の子の影。

 あの日々に戻りたいと、何度願っただろうか。

 だが、時間は戻ったりはしない、愛する人とは、もう二度と会う事ができない。

 懐かしながらも、悲しい気分になっていると、ジャックの耳に妙な音が入り込んで来る。


「……チッ、誰だ?寝てる年寄りの歯ぎしりみたいな音出しやがるクソ野郎は?」


 愛していた人を思い出していたというのに、急に響いて来た不快な音に、良い思い出達は一気に霧散してしまう。

 折角いい所であったというのに、邪魔をされて不快な気分と成ったジャックは、吐き出した煙草を灰皿へ捨て、犯人を捜そうと周囲を見渡す。


「……あの光、まさか、召喚魔法か?」


 見渡していると、町の中央付近にある広場に、妖しく光る何かを見つける。

 その光は、召喚魔法を執り行った際に出る光。

 闇属性の魔法である召喚魔法は、紫っぽい光を周囲にまき散らす傾向が有る。

 だが、ジャックの目にする光は、過去の中でも、それなりに大きな規模と取れる。

 こんな夜更けに、何を召喚するつもりなのかと思い、見つめていると、光の中から複数の影が出現する。


「おいおい、マジかよ」


 出現したのは、体長十メートルは有る巨大な魔物、サイクロプスの群れ。

 展開している魔法陣の中より、サイクロプスたちは、まるで蟻が自身の巣から出来るが如く、大量に出現する。

 しかも、そのどれもが出現と同時に、町を無差別に破壊し始める。


「たく、壁ぶっ壊されて侵入されるより、よほどタチが悪いぜ」


 すぐに対応するべく、ホルスターから二丁の銃を取り出し、出現してきた個体すべてに銃撃を繰り出す。

 できるだけ被害を出さない様に、実戦と訓練で培ってきた射撃技術を存分に発揮し、全ての銃弾をサイクロプスに命中させる。

 だが、サイクロプスの筋肉や骨、いや、肉体の全ては、武器となり、鎧となる。

 拳銃弾のマグナム程度では、貫通させる事は叶わず、全て豆鉄砲と成り果て、命中した銃弾は、全て地面に転げ落ちてしまう。


「(この銃じゃ歯が立たないか、まぁ、拳銃なんて異世界じゃ、人間を初見殺しする程度しか、役に立たないって事か)」


 少し微笑んだジャックは、先ほどの銃撃によって、ジャックの存在に気が付いたサイクロプスを相手取るべく、装備を変更する。


「俺が居る時に進撃してきたこと、後悔させてやるぞ巨人共!」


 刀を引き抜いたジャックは、次々とサイクロプスを葬る。

 肉の鎧によって守られている彼らの体であっても、更に固い装甲板で守られる兵器を両断してきたジャックの攻撃には、無力のようだ

 ジャックが主に狙うのは、首から上の部分。

 大体の化け物というのは、首から上が破壊されれば、活動を停止させる。

 特に、サイクロプスのような大型の敵は、その分生命力もすさまじく、手足を斬った所で、すぐに再生する。

 つまり、頭を狙って、息の根を瞬時に止める事が、一番手っ取り早く倒せる方法だ。

 戦場で生きてきたジャックが培ってきた手段。

 だが、まだまだ多くのサイクロプスは存在する。

 周辺に木造の家があるというのは、実はジャックには非常に不利な状況だ。

 炎を使ってしまえば、火災が発生し、二次被害が出てしまうだけでなく、少佐から酷く叱責を受ける危険性が有る。

 広範囲への攻撃方法も、あるにはあるが、避難の完了していない民家付近では、好き勝手暴れる事はできない。

 民家の近くというだけで、行動は大きく制限されてしまっており、既に複数の個体が町の各地まで移動してしまっていても、派手に動く事は叶わないのだ。


「(やっぱ民家があるってキツイな)」

「おいさっきから何だ!?静かにしやがれ!」


 民家の屋根に乗るジャックに、騒ぎを聞きつけた民間人の一人が、窓から体を乗り出しながら怒鳴りだす。

 その姿をみたジャックも、彼に対して、刀を向けて怒鳴り始める。


「声が小せぇ!テメェはテメェでもっと声張りやがれ!いっその事死んだジジィババァ蘇らせる位な!」

「静かにしろって注意してる奴に、んな事言う奴が有るか!?衛兵呼ぶぞ!!」

「はい喜んで!!つーか駐屯してる連中全員たたき起こして来い!!」

「喜ぶな!第一、テメェ一人に何でそんな苦労しなきゃいけねぇんだよ!!?」

「ウルッセェ!んな事言ってる暇あるなら、部屋の隅でハゲ散らかしていやがれ!ハゲ爺!」

「ハゲてねぇ!百歩譲って剥げていたとしても、散らかってねぇ!補装されたハゲだ!!」

「それ要するにヅラって事だろ!」


 口喧嘩に発展していると、サイクロプスが二匹程、ジャックに襲い掛かるが、その二体を一瞬にして片付ける。

 サイクロプスという化け物の存在を知り、更にはその化け物を一瞬にして葬ったジャックを目にして、男はすぐに行動を開始する。


「町の外に出ろ!こいつらは町の中央から出て来る!!」

「わ、わかった!!」


 周辺の音で、民間人の状況を確認しつつ、ジャックはサイクロプスの始末を再開する。

 サイクロプス程度、僅か数体程度であれば、数秒あれば全滅させることができるが、それは民間人が居ない場合だ。

 対複数戦を想定している技がほとんどであるジャックでは、この民間人が無数にいる街中では、どうしても対処に時間がかかってしまう。

 下の公道には、多くの民間人たちが、我先にと非難を開始している。

 ジャックの言葉を耳にしていた者も多かったらしく、民衆の流れは、町の外へと向かっている。

 魔物の侵入を防ぐための壁に囲まれているこの町では、脱出できる経路も限られている。

 壁に差し掛かれば、当然民衆たちの動きの勢いは滞ってしまう。


「(せめて破壊できれば、だが、こっちに集中しなければ、犠牲者が)」


 技が使えなければ、自慢のスピードもあまり役には立たず、町全体をカバーしきる事は不可能。

 真っ先に術者を殺したとしても、サイクロプスたちが消える訳ではない、むしろ統制を失い、更に被害が広がる可能性だってある。

 一人では手が回らない状況だ。


「(クソ!せめて七美が居れば!)」


 愛妹である七美、彼女の持つ正確な電撃魔法があれば、この状況を打開できるかもしれない。

 そう考えていると、ジャックの目の前に、紫電を纏った何かが勢いよく通りすぎる。

 その何かは、丸鋸のような形をしており、ジャックの目の前に居るサイクロプスの首は切り裂かれる。

 今にも民間人たちを殺そうとしているサイクロプスにも差し掛かり、全ての個体の首を切り落としていく。

 そして、ブーメランのように軌道を変え、再びジャックの近くを通りすぎると、持ち主の手元に戻る。

 驚きの表情を上げるジャックは、その武器の戻って行った方へと視線を移すと、思い当たる人物の名前を叫んでしまう。


「七美!?」


 だが、武器をキャッチした女は、七美では無かった。

 夜色の髪に、ウサギの耳、そしてドレスを模ったような紫色の鎧を身にまとった少女、ロゼの姿だった。

 ロゼの持つ武器は、愛用の片手剣に存在するギミックの一つを発動した状態、それは、剣の柄同士をつなげることで、槍のような形状するという物だ。

 そして、ロゼの体には、紫電が走っており、その表情は怒りに染まり切っている。


「……貴様らか?姫様の愛する、この町を、国を汚す不届きものは」

「(……雷系の技持つやつって、何でこんな怖い連中ばかりなんだよ)」

「私の愛する姫様の愛しているこの国、その中の数人程度の集落であっても、汚す愚者は、私が絶滅させる!!」


 剣を槍状態から、片手剣に戻したロゼは、剣に強力な稲妻を発生させると、脚部に力を籠め、一気にサイクロプスの群れへと接近する。

 その衝撃で、足場に使用していた民家の屋根は吹き飛び、更に通り過ぎた時に足場に使用した民家の屋根さえも崩壊させる。

 ジャックの目にも、映るか映らないかの速度で移動し、サイクロプスに接近しては、高速で剣を振るい、急所である首を切り裂いている。

 だが、その剣速のせいで発生したソニックブームによって、民家の窓や扉は破壊され、逃げようとしている民間人に瓦礫の波が襲い掛かる事に成る。


「(バカか!?あの女!)」


 すぐに瓦礫に飲まれかけている民間人の元へと駆け付け、瓦礫を切り裂くことによって救出を行う。

 結果的に、サイクロプスの数を減らし、民間人も救助できたが、よくできました、というわけにはいかない。

 先ほど自分が絶滅させると言っていた対象に、自分や市民まで加えかねない被害に、流石のジャックも止めに入る。


「阿保か!市民殺しに来たのか魔物殺しに来たのかどっちだ!?」

「ブベラ!」


 暴れるロゼの後頭部に、飛び蹴りを一発お見舞いし、行動を無理矢理止めると、両手の拳でロゼの側頭部をグリグリとする。

 所謂グリグリ攻撃という物だ。


「お前はバカか!?まだ民間人残ってるって言うのに、アンだけ好き勝手やるバカがどこに居る!?この頭に脳みそは詰まってんのか?それともコーヒーゼリーでできてんのか!?脳みそプルプルのウサギ女!」

「イダダダ!何をする無礼者!」

「お前の方が百倍無礼だろうが!お前の姫に焼き土下座でもしてきやがれ!!」

「その前に仲間割れしてる場合かお前ら!」


 町の破壊もお構い無しに攻撃するロゼと喧嘩を始めてしまったジャックであったが、仲裁に入った民間人のおかげで、落ち着きを取り戻す。

 そして、落ちついた二人は、もう一度屋根の上に上り、状況の把握を開始する。


「……その匂い、姫様の言っていたジャックという奴は、貴様か」

「ほう、お前は鼻が利くのか、俺は耳だ、まぁ、それはそれとして、早い所民間人を逃がすぞ、関係の無い連中が居ると、こっちもやり辛い」

「そうだな、こっちもまた蹴られでもしたら、たまった物じゃない」

「聞き訳が良くて何よりだ、先ずは、民間人を逃がすために、壁を破壊する、こんだけの化け物が居るんだ、その辺の三下程度の魔物なら、寄ってはこないだろうし、役割は……」


 作戦の大まかな内容を、ジャックが伝えようとした途端、町の周囲にある壁の一部が爆散する。

 音や威力から察するに、アリサのランチャーか何かのようだ。

 それを見聞きして、ジャックは妖しく微笑む。


「よし、アンタは町の半分を頼む、もう半分は俺が相手をする、術者共を片付けるのは、市民の避難が終わった後だ」

「……姫様以外の指図に、簡単に従う気は無いが、今は非常事態だ、その頼み、聞き入れよう」

「そんな危険な物着てんだ、ちょっとは期待してるぜ、ナイト様」

「……私は姫様以外のナイトに成る気は無い」

「……マジで返すなよ」


 ロゼのノリの悪さに落ち込んでしまうが、すぐに立て直し、ジャック達は戦闘を再開する。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ