歴史の授業は眠くなる 後編
外に出たアリサは、周囲の様子を見ながら、先ほどまでの自身の状況を整理していた。
シルフィがレリアの方へと行ってしまう。
そう考えた途端、何故か、またあの変なモヤモヤが出てきてしまった。
そのモヤモヤが出ている間、シルフィと目をあわせづらく、そっけない態度を取りたくて仕方がなかった。
そして、何故かシルフィに頭を撫でるように要求してしまった。
するとどうだろうか、モヤモヤが嘘のように晴れ、更には今まで味わったことの無いような、ポカポカとした感じに成った。
今はというと。
「……頭、もう少し撫でてもらいたかったのか?私」
何故か、もう少し撫でて欲しかったと、何故か後悔している自分に気が付き、自分の頭をさすり、先ほどの再現を行っても、もどかしい感じに成る。
ヒューリーの元に来てから、慰められた事は、何度か有ったが、こんな気持ちに成った事は無い。
むしろ、ヒューリーだろうがラベルクだろうが、撫でられても、何も感じなかった。
なのに、シルフィの時だけ、こんな気持ちになる事に成ってしまう事に、疑問が浮かび上がる。
「(私は、どうかしてしまったのだろうか?)」
考えてもみれば、最近になってから、妙な考えが浮かぶように成ってしまっている。
シルフィには、ずっとそばに居て欲しい、そんな事を考えてしまう事が、しばしばある。
そんな訳にはいかないし、何より不可能な話だ。
彼女は普通のエルフ、長生きできるとしても、何時死んでしまうのかもわからないだけでなく、裏切ることだってあり得る。
それに、シルフィがそれを望んだ所で、アンドロイドであるアリサに、シルフィと一緒に居るかどうかを決める決定権はない。
上層部がそのことを決定しなければ、シルフィと一緒に居ることは叶わない。
もしも報酬などで、アリサの所有権がシルフィに譲渡されたとしても、その時に何をされるか解らない。
最悪の場合、記憶を消されたうえで、シルフィの物に成る事だって考えられる。
だから、これからどれ位一緒に居られるか、その事さえ、考えた所で無駄な事なのだ。
「……馬鹿々々しい」
悩みに悩むアリサは、遂に考えることが馬鹿らしくなってしまい、頭を洞穴の入口に叩きつける。
くだらない事を考えるよりも、今の事を考える。
とにかく、今は子供達だ。
何時誰が来るのか、それは解らないが、見方をだしに使うような奴の同胞、子供達をどのような目に遭わせるのか、想像すらできない。
今の自分の役目を再認識したアリサは、岩盤から頭を引っこ抜き、哨戒を再開する。
――――――
洞穴内にて。
アリサが哨戒を行うと出て行った後、レリアとロゼも、この洞穴から出るべく、外を目指していた。
今の二人の目的は、教会へと赴き、今回の一番の被害者である子供達を、故郷である村に返す算段を付ける事だ。
子供達の故郷がどうなっているのか、今の所見当もつかない状況であるので、もしも滅んでしまっていた場合を考え、教会で保護してもらおうとも考えている。
この辺りの教会は、規模が大きいので、孤児院なども設置されている。
魔物とのいざこざが多い分、故郷を無くしてしまった子供や、親から捨てられてしまった子供等は、この世界にはたくさん居る。
そう言った子供達を、社会で生きられるように育てるべく、教会の面々が各国の有力者に頼み込み、何とか活動させてもらえている。
「孤児院かぁ、なら、子供達も安心だね」
「事はそう単純じゃないわ、故郷が無くなって居なくとも、あの子達の親兄弟がどうにかなってしまっている可能性だってあるのよ、それに孤児院に入ったら入ったで、なじめるかどうかの問題も出て来るのよ」
「あ、そっか、世の中って、上手くいかないものだね」
「そうよ、簡単に物事が進むのであれば、私はこんな所に居ないわ」
見送る為に同行するシルフィと、軽く会話を挟みながら、レリア達は洞穴の外へ出る。
もうすっかり陽は傾き始めており、もうすぐで魔物が活発となる時間帯に成るころだ。
速い所町に戻らなければ、色々と面倒な事に成りかねない。
「おや、お帰りですか?」
「ええ、子供達の今後を、教会の人と話さないといけないからね、それと、見張り御苦労様」
「いえ、これ位当然です」
「……では、ここは貴女たちに任せます、子供達の事、よろしくお願いね」
「はい」
「気を付けてね」
「ええ、貴女たちも」
「またあんなマヌケな失態はするなよ」
そうして、レリア達は、町の教会へと急ぎ、アリサとシルフィは、一旦洞穴内に入り、子供達の状況を確認しに行く。
今の所、外には怪しい気配は無かったので、大丈夫であると思うが、それでも心配な物は心配だ。
聖職者達の話では、一日以上かかるという話であるため、相当大変な作業なのだろうから、こんな所に数日も入れられている子供達のストレスも、かなり大きい物だろう。
せめて何かしてあげたい所であるが、あいにく、二人とも、ジャックの様に子供をあやす能力が高い訳ではない。
「あの、子供って何をすれば喜ぶのでしょうか?」
「えっと……何すればいいんだろう」
そんな呑気な会話を挟みながら、子供達の捕らわれている檻の前にたどり着く。
そして、二人の目に、信じられない光景が飛び込んで来る。
「……なっ」
「これって」
檻が有った筈の場所には、何も無かったのだ。
牢だった場所は、まるでその部分だけをくりぬかれたようにして消えており、一切の痕跡も無かった。
ルートを間違えたのかと疑ったが、何度ルートを見直しても、そこは間違いなく、子供達の捕らわれていた筈のポイントだった。
だというのに、子供達も聖職者も居なければ、鉄格子さえも無いのだ。
――――――
その頃。
盗賊達を連行していた衛兵達は、何者かの襲撃に遭っていた。
連行している途中で、彼らの周辺に謎の結界が張られ、進行を妨害されると、突如として出現した謎の男が、衛兵だけでなく、盗賊まで殺し始めた。
その男は、金色の髪をなびかせ、特徴的な長い耳に小さな穴の開いている、初老のエルフ。
衛兵たちは、男を止めるために応戦を開始するが、まるで歯が立たず、僅か数分で全滅し、もはや一方的な蹂躙ともとれる結果となる。
「こんなものかい?」
粗悪なショートソードを不機嫌そうに投げ捨てた男は、森の中に隠れる仲間に、結果の良し悪しを訪ねる。
そして、木の陰から出てきたクラブは、辺りに転がる人間達の遺体を見て、不気味な笑みを浮かべ、称賛する。
「ああ、よくやった」
「人の事牢屋にぶち込んでおいて、いざ出してもらえたと思えば……罪人にこんな汚れ仕事をやらせるとは、落ちたものだな」
「……黙れ」
生意気な口を叩いたエルフの男は、クラブの持つサーベルの柄で顔を殴られ、無理矢理黙らせられる。
そんな行為をしたクラブに、男はあざ笑う。
「おいおい、随分と乱暴になったな、かつての師、オマケに先代のリーダーに、こんな事をするとは」
「ウルフス、貴様はもう私の師でもなんでもない、ただの罪人だ」
笑いを止めないこの初老のエルフの男の名は、ウルフス・ベイン、かつて重罪を犯し、収監された経緯を持っている。
今回は、人手の不足を補うべく、特例で牢屋から出され、逃亡防止のために、胸には子供達に刻まれた物より、強力な刻印が刻まれている。
今は、数十年ぶりに振るう剣の準備運動も兼ねて、こうして衛兵たちを相手にした所である。
ウルフス本人からしてみれば、かなり腕が落ちているようだが、クラブからしてみれば、そこまで変化はない様に見えている。
「さて、さっさと運ぶか」
手招きをクラブがすると、森の陰から三名程の魔法使いらしい姿をするエルフ達が、魔法を用いて、遺体を一か所に集める。
そして、虹色に輝く石を取り出すと、魔法使いのエルフ達は、その石へと魔力を送り込む。
「クラブ様、転移の準備が整いました、こちらへどうぞ」
「ああ……おい、行くぞ」
「しかし、フーリは良い奴だった、まさか死んじまうとは……遠いがせめて手を合わせてやるか、お前もどうだ?」
「何を嘆く?人間如きに敗北した愚か者如きに、弔いなんぞ不要だ」
「へいへい」
後頭部をボリボリとかきながら、ウルフスは、クラブたちの集まる場所へと移動する。
そして、一人のエルフが、所持している杖を石に刺し、行おうとしていた魔法を発動させる。
石を中心に、スパークが起こり、周辺の全てを覆うと、その場にはまるで、最初から何も無かったように、全てが無くなる。
転移した先には、待機していた暗殺者達のメンバー全員が待機していた。
巨大な魔法陣に加えて、その中央には、洞穴内に居た筈の子供達と聖職者達まで転がっている。
不気味さばかりを感じるこの空間の中で、待機していた仲間たちは、衛兵と盗賊達の遺体も、中央にある死体の山に放り込む。
その光景に、暗殺者の一人、クルーガーは、送られてきた死体たちに、頬を赤く染める。
「うんうん、良い数だ、子供や盗賊だけでなく、聖職者まで、これは俺達も張り切らないと」
「頼むぞ、今回は、お前が一番のキーだ」
「ああ、お安い御用だよ」
彼は召喚魔法という特殊な魔法を得意としており、大群の魔物と対峙する事と成った際には、よく頼りにされている存在だ。
召喚魔法は、魔物をテイムする能力と同時に、別の場所から魔物を連れて来る能力も手に入れなければならないこともあって、非常に難易度の高い魔法とされている。
オマケに召喚できる魔物の質は、使用者の保持する魔力の質や量に比例する。
だからこそ、強力な魔物を召喚するために、生贄を用意したり、複数人の魔法使いと連携し、魔力の質や量を向上させることが有る。
生贄は何でも良い訳では無く、子供は触媒として使用しやすく、聖職者系の魔法使いやエルフの様な高い魔力を持っている存在は、魔力の量にブーストがかかる。
しかも、クルーガーは死体フェチなんて、異常なフェチズムを持っており、有事の際には、自ら同胞を殺害して、生贄として使うことだって有る異常者でもある。
そして今も、沢山の遺体の状態を見て、感傷に浸っている所であるが、クラブに催促され、魔法の用意を開始する。
「さて、もう少し眺めて居たいが、そろそろ始めようか」
「ああ、頼む」
死体を描いた魔法陣へと集め終えると、クルーガーと暗殺集団にくみする魔法使い六名は、その周囲を囲い込み、魔法陣へと魔力を流し込む。
それに時を合わせるようにして、死体に残されている血液に含まれる魔力とも共鳴し、魔法陣は発光する。
紫色のおどろおどろしい色に染まり、クルーガーは妖しげな笑みを浮かべだす。
「良い!これは良いよ!これなら過去最高の魔物が召喚できるよ!」
クルーガーは、邪悪な喜びと共に、手に持っている杖を魔法陣へとかざす。
すると、捧げられた生贄たちは、その魔法陣に溶け込み、召喚されかけている魔物の叫び声が響き渡る。
「さぁ、出ておいで、一つ目の巨人サイクロプス君、好きなだけオモチャを壊しても良いよ!」




