殺す者の戦い 後編
首を落とされ、死へと向かうフーリは、何事も無かった様に立ち去るジャックの背中を、じっと見つめていた。
「(なんだ、殺そうと思えば、何時だって殺せたのか)」
だとすれば、ずっと手を抜かれていたのだろう。
最後に見せた一撃は、恐らく万全の状態であったとしても、回避することも防ぐ事も出来なかっかっただろう。
さっきの遠距離攻撃以上の速度をたたき出してきたのだから。
「(人間にだって、こういうヤバい奴が居るんだ)」
エルフでもなんでもない人間に、自分以上の実力を見せられたフーリは、急に自信が無くなって来る。
今まで見下してきた人間に殺される。
この事実には、怒り以上に虚無感を覚えた。
種族だけで、人間の優劣は決まらない、今まで教え込まれた事は、全てただの虚言でしかないのだ。
「(思えば、最低な一生だったなぁ)」
死ぬ間際、フーリは今まで葬ってきた仲間の事を思い出す。
禁を犯してでも自由を求め、外へと出て行った仲間たち。
中には、同僚や友人も居た。
里で一番の俊足と謳われ、暗殺者に加わるという名誉を授かった時は、正に天にも昇る心地だった。
だが、今思えば、その時の自分はどうかしていた。
逃げ出した連中の気持ちも、今なら解らなくもない。
ただの圧政としか思えないような縛り付けは、本当にエルフとして誇らしいと考えている奴以外は、何時も心苦しく思っている。
フーリ自身、今までエルフとしての生を誇らしく思っていた。
今となっては、自分たちなんて井の中の蛙でしかない、ただの愚か者の集まりだ。
今になって、罪悪感が押し寄せてくる。
それに、フーリにだって、外に多少の興味はあった。
「(……見たかったな~海って奴)」
暗殺の為に外に出た時、不意に見かけた本に書いてあった海という物。
大きく、沢山の生物が生息する水の世界。
里では、外に興味を抱かせない様に、そんな物は存在しないと言い伝えられている。
だが、暗殺ついでに調べていると、徐々にその存在が真実だと判明してきた。
そして、何時しか見てみたいと考えるようになってきた。
今回のクラブは、やけに張り切っていたこともあって、良い働きをすれば、好きな願いをかなえると言われた。
海に行けるかもと、子供を手に掛けるような汚れ仕事を引き受けたが、考えてもみれば、こんな些細な事で、海に行ける訳がない。
今までやってきたことは、全て無駄な事だ。
子供達には、怖い思いをさせてしまった。
自分自身の勝手な目的の為に。
薄れゆく意識の中で、フーリは誰かに持ち上げられる感じを覚える。
少し霞みだしている視界に、何故か戻ってきたジャックの姿が映り込む。
「……クズでも、自身の罪を悔いるのなら、死に際の願い位は聞くさ、その代わり、自分の罪をしっかり懺悔しろよ」
「(……え?)」
「見たいんだろ?海」
「(何で?)」
ジャックは、フーリの頸を持ち上げながら耳を指し、何故自分の考えが解ったのか答える。
「……そんなに強く思われたら、聞こえちまうのさ、俺の耳はな……そんなに行きたければ、海で水葬で弔ってやるさ」
意外だった。
まさか殺し合った奴に、悲しげな表情を浮かべる奴が居るなんて、考えられなかった。
しかも、どういう訳か、考えている事を見透かされている。
もし里の連中にこんな姿を見られれば、きっと頭を潰され、魔物の腹の中に出も放り込まれただろう。
それなのにジャックは、死に際の願いを聞き入れるだけでなく、弔いまでしてくれる。
「(なんて愚かで、お人よしな奴、そんな奴が殺す者なんて名乗るなんて)」
「何とでも言え、ただし、俺が海に水葬してやろうと考えたのは、そうすれば、アンタがより紳士的に自分の罪に向き合えると思ったからだ……いいから寝て居ろ、暇なとき連れて行ってやるから」
徐々にフーリの目から、涙が零れ落ちて来る。
今までされたどんな称賛よりも、嬉しい言葉だった。
「(……あ、りが、と、う)」
涙を流しながら、フーリは今度こそ絶命した。
そのことを確認したジャックは、彼女の首を布で包み、バックパックに押し込み、子供達の元へと急いだ。
洞穴内は、先ほど放った二つの技のせいで、ほとんど蒸し風呂状態になっており、子供達の安否が気遣われる。
「……(やっべ~モチベ向上しすぎて、通常時の三倍くらい出ちゃったからな~炎)」
一応炎が得意という事もあって、洞穴の中程度の室温に成れているとはいえ、子供や温室育ちの姫では、ちょっと耐えられないかもしれない室温に成ってしまっている。
子供達の事を心配しながら、牢屋へと足を進めると、そこには予想通り、ちょっとぐったり気味の子供達がいた。
「(やっば~)」
普段であれば、ロリ達の汗を堪能したいと考える所である。
だが、自分のせいで熱中症手前になってしまっているのであれば、話は別だ。
すぐにでも体を冷やしてやりたいところであるが、今はそんな時間はない。
ここまで暴れてしまったのなら、既にアリサに気取られている可能性だってある。
残念なことに、ジャックは水系の魔法は使えないので、手持ちの装備では、治療は行えない状態だ。
しかし、今から水を汲みに行っても、その間にアリサが来てしまう。
今ここで闘争を起こそうものであれば、子供達の命は本当に保証できない。
ジャックからしてみれば、苦渋の決断であるが、アリサシリーズであれば子供を殺すような真似はしないかもしれない。
悔しさから鉄格子を握りつぶしたジャックは、近くに座り込むレリアに、願いを告げる。
「なぁ、姫様、悪いが、子供達を頼む、ここにはリ……いや、アリサ達が来る、俺は残れない」
「……ちょっと、貴女たち、仲間じゃないの?」
「まぁな、じゃ、俺はここで失礼する」
「……待って!」
走り去ろうとするジャックを、レリアは呼び止める。
少し嫌そうな表情で振り向いたジャックを、真剣な眼差しで見つめる。
ジャックには、いくつか聞きたい事が山ほどある。
だが、何を思ったのか、ジャックはやたらニヒルな笑みを浮かべた。
「悪いが、アンタは顔が好みだが、恋愛対象にはできないな」
「告白じゃないわよ!最後までボケ倒す気!?」
「出来ればそうしたいが、時間が押してるんでね、手短にな」
「……貴女は、どれくらい、戦場に身を置いているの?」
「どれくらい、か、考えたことも無いな、だが、十年以上は戦場に身を投じているな」
ジャックの言葉を聞いて、レリアは丁度いい機会だと考える。
長きにわたって、戦場を生き抜いて来た人間が、どのような事を考えているのか、それを知りたかった。
「もう一つ教えてちょうだい、貴女にとって、戦争とは、どんなものなの?」
「……そいつを説明するには、少し時間がかかるな」
「え?」
「このエーテル濃度であれば、俺の表層意識程度なら」
鉄格子をこじ開けたジャックは、レリアの顔を掴むと、両目をこじ開ける。
そして、ジャックはレリアの瞳を、血の様に赤い瞳でのぞき込む。
薄っすらと恐怖を感じるレリアの瞳へ、ジャックの魔力が、流し込まれるのを感じた。
「あ、ああ」
「じゃ」
僅か数秒間、レリアとジャックは見つめ合うと、レリアはジャックを突き放す。
座り込んだレリアは、鼻血を垂らしながら肩で息をする。
そして、このような事をしたジャックは、最後に別れを告げ、洞穴から離れた。
今のレリアには、追いかけるだけの力も無ければ、止める手立ても無かった。
息を整えるレリアは、自分の頭の中に流れ込んだ映像を回想する。
「(あれは、何?ただの映像なんかじゃない、記録、いや、記憶其の物?)」
映像の内容からして、全てジャック自身の記憶であると考えたレリアは、改めてジャックの記憶を洗い直す。
絶え間なく続く理不尽、民間人も、仲間も、何もかもが殺され、壊される。
老若男女問わず、全ての命が何の訳隔たりも無く奪われる。
戦場では、全ての命はただのゴミになってしまう。
正に理不尽を形作るような記憶の片鱗を目の当たりにし続けるジャックが思う事。
それは、戦争を引き起こした政府たちへの怒り。
巻き込まれた民間人への悲しみ。
自分たちと同じように、政府のエゴで死にに行かされている兵士たちへの、憐れみだった。
ジャックから見て、兵士はよく、国の為だと言って戦場に身を投じているが、そんな物はただの建前でしかない。
中にはその建前が本音である者もいるが、その多くは別のものの為に戦っている。
死に際に、人は今まで以上に素直で正直に成る。
その死に際を何度も聞いて来たジャックの仲間たちの遺言、そのほとんどは、家族や友人を案ずる言葉だった。
ジャックにとって、戦争とは権力者たちが起こす無駄な争い。
国の為に戦えと言っているくせに、その国を形作る市民たちを死なせに行かせる。
国の事を思って戦う者なんて、一定数居るような血の気の多く、自ら戦場に立とうとする上層階級や貴族位しかいないというのに。
だが、一般の兵士たちは、家族の為とは言わない、国の為だと言わなければならないのだから。
戦場に勝者は居ない、勝つのは何時だって、戦場にはろくに出てこない戦勝国の政治家たち。
戦争とは忌むべき物と考える、ジャックという一人の兵士から聞かされた意見に、レリアは苦笑する。
「……成程、目的を果たした奴が勝利する、そうよね、戦争に勝つという目的を果たしているのは、私達上層階級だものね、戦場の人達はきっと、家族の元へ帰る、友人と一緒に生き残る、そんな事を考えているわよね」
ジャックの記憶?を共有され、レリアは改めて、今までの視察で見てきたものを思い返す。
見聞き出来た民の暮らしの一部。
貧しくとも、ほほえましく思える暮らしをする家族。
一緒に買い物をする親子や兄弟。
楽しそうに遊ぶ子供達。
仲間や友人と共に、嬉しそうに酒に酔う冒険者や職人達
自分たち上層階級の人間の都合で戦争を起こせば、それらは一瞬にして消え去る。
「……ふふ、ありがとう、おかげでやるべきことが見えてきたわ」
話を聞いて、というより、思考を送られて、レリアは俄然やる気をだした。
元老院は勿論、民の心を理解し、戦争を始めようというような考えに、至らない様にする方法を考える。
勿論、諸外国との関係も良好にしなければ、戦争が起きてしまう。
兎にも角にも、人と人が争うような事は、絶対に避けなければならないのだ。
しかし、今は先ずやらなければならない重要なことが有る。
子供達を、故郷へ送り返さなければならないのだ。
「……やることは色々あるけど、先ずは貴女たちを故郷に返さないとね」
「うん、ありがとう、おばさん」
「……」
子供のおばさん発言に、レリアは硬直する。
確かに、もう二十歳は過ぎているし、子供の視点から見れば、確かにおばさんと呼ばれてもおかしくはない。
だが、どうにも腑に落ちなかった。
何故なら、ほとんど同い年ジャックには、お姉ちゃんと呼び、何故自分はおばさんと呼ばれなければならないのだろうか?
「え、えっと、私の事も、お姉ちゃんって、呼んでいいのよ?」
「でも、呼び方お姉ちゃんと同じにしたら、読者の人達が混乱するかもしれないし……」
「ちょっと!!貴女あの女に何吹きこまれたの!?というか、別に黒いお姉さんとか、赤いお姉さんとかでもいいでしょ!?」
「でも、外見は想像するしかない小説で、色で判別されても……」
「解った!わかったから!それ以上やめて!もうやめて!」
子供達の謎のボケに突っ込みながら、レリアはロゼ達の到着を待機する。
できる事であれば、シルフィが一番乗りで来てくれることを期待していた。
「(ツッコミのエルフは良いエルフって、本当なのね)」




