子供好きも度が過ぎれば犯罪 前編
時は少し遡り、アリサ達がレンズの町を出発する前の事。
エルフの里の暗殺者の一人、フーリは、後にアリサとレリアが交流することになる町から、少し離れた場所にある洞穴を訪れていた。
自然にできた地下洞穴を、土の魔法を使って、迷宮状に改良されたその洞穴は、下手をすれば、一生迷ってしまう程に複雑に入り組んでいる。
「ふーん、人間にしては良い隠れ家つくるじゃん」
この洞穴は、彼女たちエルフの隠れ家等では無く、この近辺で盗みなんかを生業としている盗賊団の物だ。
現在彼女は、リーダーであるクラブに命じられて、彼らと接触するために、わざわざこんな所にまで足を運んだのであった。
地の利は盗賊団の方にあるかもしれないが、フーリにとっては、この地下迷宮であっても、迷う事は無い。
彼女の得意としている風魔法を使い、迷宮を流れる大気を読み取り、迷宮の内部構造を完全に認識しているのだ。
加えて、長年の狩人としての勘と観察眼を駆使すれば、罠の見分けも容易だ。
そのおかげで、迷う事も無く、侵入者撃退用のトラップにも引っ掛かる事も無く、迷宮の奥へと進んでいる。
「お、あれかな?」
かなり歩いた先で、男達の話し声が耳に入って来る。
できるだけ近づいて、接触相手であるかを確認する。
ガラの悪い人間どもが十数人、外に居た見張り連中と合わせて、諜報員の連中から得た情報と一致する。
そして、彼らが何を話し合っているのか、しっかりと聞き耳を立てる。
その内容は、最近この近くをお忍びで歩き回っているお姫様を誘拐するための会議のようだ。
こちらも、諜報員連中からの情報提供で知っている。
試しにそっちの方も見てみたが、どう考えてもここに居る連中では、誘拐するどころか、返り討ちに遭うのが目に見えている。
特に護衛の女は、異常なまでに鼻が利く。
遠くから殺気を向けても、すぐに目が合ってしまう程だ。
オマケに、目標であるお姫様もかなり実力が有る。
その辺のごろつき位であれば、ワンパンできる位には強いのは、一日見ているだけで分かった。
そこで、おいしい商売話を彼らに叩きつけて、一時的な協力体制を築き、姫の誘拐を代わりに行う事が、彼女の目的だ。
というわけで、先ずは堂々と彼らの前に姿を現した。
「どうも~盗賊の皆さま!繁盛されていますか?」
マジで堂々と彼らの前に現れ、盗賊団の面々は、突然の登場に、驚きを上げた。
彼らとしては、この洞穴のセキュリティに一切引っ掛かることも無く、この部屋にまで侵入されるのは、完全に想定外なのだ。
外には見張りが常駐し、何か異常が有れば、すぐに魔道具で知らせが来る。
仮に気づかれずにこの洞穴へと入っても、罠が一つでも発動すれば、すぐにわかる様になっている。
だというのに、こうして金髪のエルフの女が一人、彼らの目の前に現れたのだ。
当然警戒するべく、盗賊たちは、それぞれの武器を構えだす。
「何だお前は!?」
「どこから入ってきやがった!」
「まぁまぁ、そんな物騒な物はしまって、今日は貴方方に美味しい商談を持ってきたんですよ!」
なんとも綺麗な営業スマイルを振りまいたフーリの前に、この集団の頭目がフーリの前へと歩んで来る。
今回彼女がこの役目に選ばれたのも、暗殺者の中で、最も愛想笑いが上手く、人当たりも良いからである。
そんな彼女へと、スキンヘッドの厳つい体格の彼は、手に握られている斧を構え、警戒しながら接近する。
「おいしい商談、そんな一言で、俺達から信用を得られると思うか?」
「う~ん、たしかに、でも、お金の縁であれば、無視はできないでしょ?」
そう言って、フーリはマジックボックスの中から麻袋を取り出すと、雑に彼らの前に置き、その中身を見せつける。
そして、その中身を見た盗賊たちは、その価値に再び驚きを上げる。
中身は大量の金塊、今彼らの目の前に有る物だけでも、普通の家庭が計画的に使えば、五年は働く必要はないだろう。
盗賊という存在なのであれば、ただの口約束ごときで懐柔できるとは、フーリは考えてはいない。
だからこそ、人間の好きな金を見せつけることで、先ずは交渉の席だけでも設けたいところである。
「どうです?せめてお話だけでも伺えれば幸いです」
「……良いだろう、話だけは聞いてやる」
「ありがとうございます」
フーリの言う商談、それはこの近辺にある適当な村を襲撃し、子供を何人かさらってきて欲しいという事だった。
理由の方は、フーリ自身聞かされていない。
クラブ曰く、人間の子供を少なくとも十人程必要だとのことだ。
しかし、達成には多くの人間の目についてしまう危険がある。
外へ出る特権を持つ暗殺者とはいえ、必要以上に目撃されるのはご法度。
ならばいっその事、この盗賊たちを利用して、大量にさらってやろうという魂胆のようだ。
当然、金額はさらった子供の数に応じて増額、大人の方は煮るなり焼くなり、好きにしていいと、フーリは説明する。
そして、もしもいい仕事をしてくれれば、姫様の誘拐に手を貸すと、報酬を付け加えた。
「成程、アンタが子供を必要としている理由はあえて聞かないが、そんな全身に餌をぶら下げてたら、危ないぜ」
頭目がそう言った途端、フーリの背後に一人と、側面に数名の盗賊団たちが、武器を手に襲い掛かる。
フーリの容姿は控えめに言っても美人と言える。
着用しているマントからチラチラと、見え隠れしているバランスの良い体も、盗賊たちにとっては、目の保養にも成る。
オマケに大量の金塊、それらを見て、ここ暫く禁欲状態の彼らにとって、彼女という存在は餌でしかないのだ。
彼らがレリアを誘拐する理由としては、結局は金だ。
目の前にはしばらく遊んで暮らせるだけの金塊に、良い具合の玩具まである。
フーリ一人を捕まえれば、当面色々な部分で困る事は無い。
彼らからしてみれば、巨大な魚の群れという事なのだ。
「(やれやれ、人間って言うのは、本当に愚かだ)」
欲望むき出しで襲い掛かって来る彼らに、フーリは内心呆れながら両腰差しているククリ刀に手をかける。
二本とも瞬時に抜き取ると同時に、ククリ刀で彼らの武器を凌ぎ、同時風魔法を発動。
結果、フーリに襲い掛かった盗賊たちは、弾き飛ばされる。
彼らの居る部屋には、まるで何かに切り裂かれたような跡が大量に形成。
全員怪我がないとはいえ、当事者たちからしてみれば、瞬きをする間に吹き飛ばされ、更には壁や天井が切り裂かれたのだ。
それだけで、頭目はフーリの実力は、ここに居る全員が束になっても勝てない事に、心の底から理解してしまう。
同時に、彼女の商談を飲まなければ、こちら側に命がない事も、理解した。
「……もう一度確認する」
「なに?」
「子供を十人程さらう、大人はどうでもいい、だな」
「そう、商談は成立かな?」
「ああ、姫をさらうよりは、大分楽だからな」
商談が成立したことに、フーリは満足した顔をすると、金塊の入った麻袋を置いて、アジトを後にした。
その前に――
「あ、二日後の昼にもう一回来るから、その時に子供が一人も居なかったら、全員殺すね、その金には追跡用の魔法かけてあるから、持ち逃げしても無駄だよー」
と、笑顔で告げる。
盗賊たちからしてみれば、無茶も良い所だ。
「は!?」
「二日後だと!!」
「できないの?」
反論しようとした途端、フーリの持つククリ刀は、頭目の首筋を捉え、一瞬で殺せる状態にされた。
瞬く間にククリ刀を押し付けられた事で、頭目は威厳なんて投げ捨て、冷や汗を垂れ流しながら、フーリの普茶ぶりに首を縦に動かしてしまう。
「やらせていただきます!」
「良い子でよろしい」
――翌日
盗賊たちは、己の身可愛さに、本来であれば綿密に計画を立ててから行う筈の、村の襲撃を、気迫と根性だけで実行し、何とかノルマの子供十人をさらう事に成功した。
――そして、約束の日
「これで文句ないだろ!?」
「うんうん、上出来、上出来、はい、子供一人分の料金、大事に使ってね」
約束通り、昼頃に訪れたフーリは、牢屋に閉じ込められた子供達を見て、上機嫌に頷くと、以前の大広間に赴き、其処で約束通りの金を支払う。
麻袋一つにつき、一千万相当の金塊が入っており、合計で一億の金塊だ。
それを見た頭目と、その取り巻き達は、その圧倒的な額に腰を抜かしかけてしまう。
「これだけあれば、マジで遊んで暮らせるぜ」
「ああ、全くだぜ」
「(解せねぇな)」
一喜一憂している取り巻きとは違い、頭目だけは怪しいとしか思えなかった。
確かに目の前に有る金塊は本物。
だが、会ってばかりのエルフが、こんなに羽振りが良いのは怪しすぎる。
どう見ても、良い所の家に仕えているようには見えない。
加えて、堅気の世界の住民には見えないのだ。
もし堅気では無く、何処かの家で、用心棒か何かで雇われていたとしても、ここまで羽振りをよくしてくれる家は、かなりの名家。
オマケに、あれだけ強いのであれば、噂話一つ有っても良い筈なのだ。
「それじゃ、私は約束通りお姫様をさらいに……」
「おい、ちょっとま……」
早速レリアをさらいに行こうとするフーリを、頭目が呼び止めようとした時だった。
この部屋に居る面々の耳に、聞きなれない声と共に、アジトの警報が響き渡る。
聞きなれない声は女の声だ、そして、その声の主は、盗賊全員が警戒している部屋へと、堂々と入ってくる。
「頭!申し上げます、このアジトに侵入者が現れました!」
等と意味不明な供述をして、警備を行っていた筈の兵士を引きずりながら、声の主である見慣れぬ女が当然の様に敬礼をして、彼らの前に現れる。
男を誘っているとしか思えないピッチリとしたスーツを着用し、黒い髪をなびかせる彼女は、アウェイ感は微塵も感じてはおらず、むしろ生き生きとしている。
この事態に、流石のフーリも、疑問の表情を浮かべ、更には他の盗賊たちも、訳の分からない感じになってしまっている。
「……えっと、貴方たちの仲間?」
「いや、知らねぇ」
「ヤダ、酷いわ、一緒にあんな宝石や、こんなお宝を一緒に盗んだ仲じゃない!なのに、その女は何よ!酷いじゃない!私とは遊びだったの!?」
「ウルッセェ!変な方向に話を広げるな!マジで誰だよ!?つーかこのアジトのセキュリティ仕事してんのか!?二回も侵入許しやがって!!」
急なぶりっ子を演じる謎の女の話を全て振り払うように、頭目がツッコムと、彼の質問に答えるかの如く、女は罠に使われた木の杭などを、盗賊たちに見せつける。
「あー、仕事はしてたぜ、ただ、俺を捕まえるには、ちょっと威力不足だっただけだ」
「頭!罠が全部壊されてます!!」
「……」
部下の報告、二度目の侵入者、更には二日以内に村を攻めた時の疲労は、頭目のストレスをマッハで貯め込みだす。
もう色々とどうでも良くなった頭目は、とりあえず、目の前に居る変わった格好をした女に、此処に来た理由を尋ねた。
「なぁ、アンタここに何しに来たんだ?」
「ん?ああ、簡単な話さ……」
頭目の質問に答えるべく、黒髪の女は、銀色の箱を口に咥え、白と茶色の紙の筒を手に持ちながら答える。
「た、たただのカツオぶs…暇つぶしで来たのののさ」
「逆!それ何か知らねぇけど色々と絶対逆!!」
黒髪の女は、異様に冷や汗をかきながら、白い紙の筒についている茶色い部分を上にして、親指で茶色い部分をこすりまくっている。
しかも、舌の回りもおかしく、どう考えても緊張であがってしまっている。
どう考えても正常な判断と思考ではない、いや、盗賊たちからすれば、元々正常な思考を持っているようには見えない奴にしか見えない。
あえて言うのであれば、何かに怯えている感じである。
「というわけで、暇つぶしの為に……この奥に有る楽園を利用しても良いか?」
「は?」
「では早速行くか!俺のアウターヘブンへ!!」
「おい!マジでお前何なんだよ!?」
眼にもとまらぬ速さで移動した黒髪の女は、連れ去った子供達を入れている牢屋で発見された。
しかも、まるで遊郭にでも入ったかのように、狂喜乱舞していた。
子供達からすぐに信用を勝ち取ったのか、普通に触れ合っている。
その光景を見て、盗賊たちはもう黒髪の女に対しての思考を停止した。
それから三日後、フーリは約束通り、レリアを連れて戻ってきた。




