第四話 コミュニケーションは適度な距離感で
事故でエルフの森へと墜落し、収監されてしまったアリサは、住民の一人である、シルフィと共に、里を抜け出した。
アリサからしたら、シルフィは色々と謎の多い人物。
色々と聞き出したかったが、当の本人は、本当に知らないという態度を変えず、アリサも如何したものかと、頭を抱えることになる。
ただ、シルフィの正体に関しては、アリサの任務には、あまり関係のない事、もういっそのこと、彼女の事に関しては、あまり深く考えないようにした。
――それからしばらくして
「……」
「……」
森のけわしい道を歩む二人。
あの会話より丸一日、あれから一言たりとも話していなかった。
そのせいもあり、気まずい空気が二人を包み込み、余計に話そうという気分を阻害してしまう。
「(やばい、間が持たない、空気が重い)」
「(装備落下地点予測開始……完了、此処から十数キロ離れた地点にて、落下したと推測される)」
一切の会話の無いこの空気に、シルフィは押しつぶされそうな気持に成っているのに対し、アリサは紛失した装備の落下予測ポイントを絞り込んでいた。
話しかけようにも、言葉がのどに詰まってしまっているシルフィだが、ついに意を決し、アリサに話しかける。
「えっと、あ、アリサ、ちゃん?いや、えっと、アリサさん?」
「敬称の類は必要ありません」
「あ、そう(ああああ、もう、会話の間が持たない!!)」
どうにかして、アリサの名を呼ぶことができたが、淡白な返答に、息を詰まらせてしまう。
そんな彼女の気持ちを察したのか、今度はアリサの方から話しかけてくれた。
「あの、別にそんなに、かしこまらなくても、よろしいですよ、ご友人と話すくらいの感覚で、気軽にどうぞ」
「う、うん、ありが、と、う」
シルフィにとって、とてつもなく嬉しい発言、アリサの提案に応えるべく、シルフィは里でどんなふうに友人と接していたかを思い返していく。
里で過ごしてきた、四百年と少し、ろくな人間関係を構築できず、基本的に一人で勉強し、食事も一人、弓や魔法の練習の時も一人。
狩人としての講習が終われば、他の皆は友人と何処かへ遊びに行ったり、食べに行ったりしていたのに、自分は一直線に帰宅。
会話と言う会話ができたのは、死んだ父と、家出した義妹だけである。
そうと分かった瞬間、なぜかシルフィの目から涙があふれ、謎の虚無感が襲い掛かる。
ただ単に、勉強と訓練だけの日々、卒業しても基本的に一人。
義妹と一緒に狩りに出ることが有っても、当の義妹は百年近く前に家出してしまった。
父親とも死別し、本当に一言も話さない日なんて珍しくは無い、とにかく悲しく、寂しい毎日。
「(普通の人って、何話すんだろう)」
「……あの、まさか、いえ、とりあえず、最近有った嬉しい事とかでも」
「え?じゃぁ」
アリサのアドバイスに、シルフィは一枚の板きれを取り出し、何かが書かれている面を、アリサに向ける。
若干声も震わせながらではあるが、シルフィは何とか口に出す。
「その、三日前の競鳥で出た万鳥券とか……」
「競馬的な奴ですか?」
競鳥、いわゆる競馬の鳥バージョンである。
使用されるのは、ダチョウのように陸地を駆ける、ロード・バードと言う魔物の子供を、一直線のコースで走らせ、どの鳥が一番にゴールするかをあてる物。
里では狩人たちの息抜きとして、週に一回くらいのペースで開催されており、シルフィも興味本位で何度か参加していた。
しかし、当のアリサは、競馬はもちろん、ギャンブルには一切手を付けた事が無く、会話は物の数秒で終了してしまう。
アリサとしては、できる限りシルフィの情報も得たいところであるため、おすすめの話題を、いくらかピックアップしてみた。
「ほかに何か無いのですか?ファッションがどうとか……普段妹様よお父上と、何を話されていたのですか?」
「えっと……技の成果とか?」
「それはちょっと」
「ツッコミのコツとか?」
「それ家業なんですか?」
「うん、なんかいつか役に立つって」
「だからツッコミの時だけ饒舌だったんですか」
「と言うか、なんか、反射的に」
考えてもみれば、シルフィが普通に言葉を発していた時は、大体ツッコミの時。
くすぐっていた時は、反射的な言葉であることもあるので、ノーカウント。
いつの間にか話が脱線しかけ、歩みも止まってしまっている事に気が付いた二人は、再び歩みを進めると同時に、二人の会話も途切れてしまった。
せめて、何かツッコミができるようなことでも起きれば。
そんな淡い期待を抱きながら、シルフィはアリサの後に続く。
――そして、歩き続ける事数時間
「イヤアァァ!!助けてえぇぇ!」
「早速ですね」
立派な触手を持った魔物に、シルフィがとらわれてしまった!
さぁ、大変だ!
「大変だじゃねぇ!!」
グランド・ローパー
巨大なイソギンチャクのような見た目をしており、所謂服だけ溶かす液体なんかを出し、生物を捕縛、対象の体内に幼体を産み付けるという習性をもつ。
しかも丁度産卵の時期、たまたま通りかかったアリサとシルフィに目を付け、とてつもない速度で襲い掛かってきた。
アリサは捕まる直前で、ブレードを振り回すことで回避に成功。
しかし、反応の遅れたシルフィは拘束され、このような事態に成ってしまったのであった。
取りついた触手は、シルフィの体をまさぐり、何処から幼体を産み付けようか、探っている状態だ。
うねうねとうごめく触手は、わめくシルフィの口へと移動し、今にも体内に卵を産み付けられてしまいそうになる。
「おやおや、このままでは、チェストがバスターされてしまいますね」
「そんな事言ってないで、早く助けて!!このままじゃ、〇される!〇ロ同人みたいに!」
「安心してください、貧乳エルフの触手物とか、あんまり需要ありませんから」
「うるせえぇぇ!有る人には有るんだよ!」
「(本当に突っ込むときは饒舌だな、と言うか、ほとんど別人だし、それにあの子の親、娘に何を教えたんだよ)」
この異世界にない単語を発している辺り、どうやらシルフィの親は、本当にアリサの世界の住民であるという事は判明した。
それはさておき、このままではグロい方面でのR指定に成ってしまうと判断し、レッグホルスターのエーテルガンを取り出す。
照準を合わせ、触手を次々と撃ち落としていく。
触手より分泌される体液は、防御面も優れており、その滑りで、物理的なダメージを軽減する効果を持っている。
現在のアリサの武装では、ブレードで斬るよりも、光学兵器によって焼いた方が良い。
触手を回避したとき、そのことを学んだ。
その考えは当たり、光弾が命中した触手に付着していた粘液は蒸発し、その奥にある触手は削られるように消滅し、シルフィの救助に成功する。
「きゃっ!」
「そのまま地面に伏してください」
シルフィが伏せているのを確認したアリサは、今度は本体へと銃撃を開始。
容赦なく降り注ぐ青白い光弾により、次々と体を削られ、グランド・ローパーはその場に倒れ伏す。
、
「やっと戦闘描写が書かれましたね」
「え?何?」
「こちらの話です」
「まぁ、良いか、それにしても、このスーツ凄いね、此奴の体液浴びても、全然溶けない」
立ち上がると同時に、スーツに付着している液体を振り払い、普通であれば跡形も無く溶けてしまっている筈なのに、こうして一切ダメージを受けていない事を賛美する。
二人の着るスーツには、余程強力な酸でも降りかからない限り、溶けることは無い、そんな当たり前の事も知らないのかと、アリサは少し見下していると。
シュルリと、シルフィの足に、ローパーの触手が絡みつく。
「うわ!こいつまだ生きてる!」
「ほう、なかなかしぶといですね、襲うのであれば、もう少し大きな物を持っているエルフにした方が良いというのに」
「助けられると同時にコケにされたの、初めてなんだけど」
『キサマは、何を言っている』
「……え?」
聞いたことのない声が、二人の耳に入り、ゆっくりと視線を下へと移す。
『そんな、脂の塊なんざ、興味ない』
「((喋ってるうぅぅぅ!!?))」
聞き覚えの無い声の正体は、今まさにシルフィの足を掴んでいるローパー本人、しかも、二人ともこの個体が喋るなんてこと、聞いたことも無い。
そんな二人の気持ちなんて、つゆ知らず、死にかけのローパーは。
『俺はだらしない体より、お前みたいな引き締まったケツの方が好きだあぁぁぁ!!』
その最後の言葉を発した瞬間、シルフィはローパーの本体を全力で踏みつぶし、完全にとどめを刺した。