大事な家族とは、定期的なやり取りを 中編
アリサ達がショッピングを楽しみ、報告書を提出したその日の夜。
ラベルクは、今日の業務を終えて、アリサからの報告書を読むべく、マザーの設置されている部屋へと足を運んでいた。
アンドロイドであるラベルクの業務能力は、この基地に配属されている兵士たちにとって、嫌という程戦力になっている。
基地内の清掃から、食事の配給、ビークルの手入れまで兼任している。
最近は懐事情に厳しく、人員も不足しだしているナーダにとっては、非常にありがたい存在である。
特に、ヒューリーの元で勤務している間で、習得した料理スキルをフルに活用して作る食事は、隊内でもかなり人気が高い。
しかも、普通であれば、捨ててしまうような部分の食材を、何とか工夫して兵士たちの胃袋を満足させている。
徐々に貧相なメニューになりつつあったというのに、今では普通の軍隊の食事と言えるレベルまで、クオリティが上がっている。
それらの功績から、ラベルクの事を救世主と呼ぶような兵士もいる位である。
とにかく低予算でも、軍隊としてしっかりと活動できるように、陰ながら支援しているのだ。
誰も文句のつけようの無い完璧なアンドロイド、それが彼女である。
だが、そんな彼女でも、人に言えないような欠陥を持っている。
「さて、あの子の今日の報告を見るとしましょうか」
マザーの部屋に到着したラベルクは、辺りをキョロキョロと見渡し、誰も居ない事を確認。
さっそくマザーに接続し、アリサから送られてきたメールを開示する。
パスワードは、ヒューリーが自前で使用していた物なので、難なく開錠できる。
すると、アリサ本人がまとめた報告文と同時に、今日の出来事の一部始終が映像で送られてくる。
会話ができないので、せめて映像をと、ラベルクの方から頼み込んだのだ。
「ふ、ウフフ、グヘェ~」
約二十三時間と四十七分十二秒ぶりに聞く、妹の音声に、ラベルクは口を緩める。
既に解っているかもしれないが、ラベルクの欠点、それは重度の姉バカであるという事だ。
彼女のメモリの半分近くは、アリサで埋めつくされており、同じく家事と事務処理能力を持つモデルの筈であるアリサの世話さえも、焼いてしまっているのだ。
何ならアリサの寝込みを襲ったり、メンテナンス称して義体をじっくりと舐めまわすようにして、味わったりしている。
オマケに、報告内容にアリサが不利になりそうな言葉が書かれていたら、怪しまれない程度に加筆や修正を施している。
そして、前回のように、アリサの口から、ラベルクを褒めちぎるようなセリフが聞こえようものならば……
「グヘ、理想のお姉ちゃんか~本当にいい子ですね~グヘへ~」
「(うわ~キモ)」
もはや姉というよりは、ただのストーカーにしか見えない彼女の行動をとってしまうのである。
しかも、何時の間にか侵入していたカルミアに目撃されてしまっている。
ラベルクに冷たい視線を向けるカルミアは、腕を組みながら、入り口の近くで身を隠しつつ、ズーム機能と、指向性マイク機能を用いながら、ラベルクの言動を観察。
因みに、カルミアは先日の一件で、ラベルクに記憶操作を行われ、記憶の一部が消去されている状態。
そんなカルミアに気が付くことなく、ラベルクはアリサの言葉に骨抜きと成りだす。
「はぁ~そういえば、三年前のエイプリルフールに、そんな事ありましたね~、あの時は驚きましたけど、自爆はやり過ぎましたね~、でも可愛いいから許しちゃいます!」
「(三年前に何が有ったんだよ)」
「死ぬほど痛かったのですね、言ってくれれば謝ったのですが……よし、今度膝枕しながら耳かきしてあげましょう、耳かき棒何手使わずに、私が直接舐め取ってあげますよ~……あ?」
「(キモイ通り越して怖いんだけど!)」
一応、カルミアの人工皮膚に鳥肌なんて物はないのだが、この時だけは、鳥肌が立つような感覚が、カルミアに襲いかかり、思わず自分の二の腕をさすりだす。
そんなカルミアの事に気が付くことも無く、アリサに完全にお熱なラベルクの表情は、突然曇りだしてしまう。
何故ならば、シルフィがアリサの手を握ったシーンが出てきたのである。
そのシーンを見た瞬間に、ラベルクは嫉妬に満ちた顔になってしまったのだ。
「邪魔なんだよ、泥棒猫」
「(泥棒猫?……あのエルフか?)」
アリサの報告に度々乗っているエルフの少女、シルフィ。
この異世界に来てからという物の、アリサの報告には、シルフィに関する情報が必ず存在している。
しかも、その報告内容の熱は、日をまたぐ事に熱く成りだし、時には七割がたがシルフィに関する報告で埋め尽くされることだって有った。
基本的に、アリサは過去の経験から、人間に心を開く事は無い。
だが、シルフィの場合は、徐々に打ち明けつつある。
最近はその傾向が強くなっており、いつの間にかラベルクはシルフィの事を泥棒猫なんて呼ぶように成ってしまったのである。
更に極めつけは、手を握ったシルフィのセリフ。
『寂しかったら、私の事、お姉ちゃんだと思って良いからね』
それを聞いた瞬間、ラベルクは発狂した。
「ヴェアアアア!!」
「何してんだぁぁ!!?」
謎の奇声を発すると、目の前に有るマザーの制御用コンソールを、力任せに叩き壊してしまう。
その奇行に、流石のカルミアも思わず大声でツッコミを入れてしまう。
カルミアも、一応はアリサシリーズの端くれ、ラベルクの任務が、マザーの死守である事もしっかりと知っている。
だというのに、コンソールを破壊し、さらに追い打ちをかけるようにして、踏みつけまくっている。
一体何が起きたのか、カルミアからしてみれば理解不能であった。
「あんの泥棒猫!あの子のお姉ちゃんは私一人で十分じゃぁぁ!!」
「どんな理由でキレてんだよ!?アンタの任務はそれの護衛じゃなかったのかよ!」
「は、カルミア様、何時から!?」
「割と最初からいたわ!」
カルミアの存在に気が付き、更には最初から聞いていた事をしったラベルクは、更に発狂してしまう。
妹卒業を言い渡されただけで自爆してしまうような性分であるだけに、今すぐにでも自爆してやると言い出しかねない状況だ。
しかし、取り押さえようにも、カルミアとラベルクでは、体格に差異がありすぎることも有って、鎮圧には難航してしまっている。
そして最悪な事に、コンソールは完全に破壊されてはおらず、衝撃でアリサが送ってきたビデオレターが、スピーカー状態で垂れ流し状態になってしまっている。
取っ組み合いになる二人が、徐々に落ち着きだした所で、ビデオの内容はその日の夜へと移行し、最悪な一言が部屋に響いてしまう。
『お、お姉ちゃん』
暫く無の状態が訪れ、アリサとシルフィのやり取りが流れ続ける最中、ラベルクは肩に乗ってきたカルミアをそっと下ろし、半壊しているコンソールの前にたたずむ。
「ヴェアアアア!!あの子ったらぁぁぁ!!」
「だから止めろ!!その自称お姉ちゃんみたいな感じの奇声!!」
「うるさい!うるさい!このままだと、私は自傷お姉ちゃんになりますよ!」
「黙れメンヘラ!大体あんた、それ守るのがマスターからの命令じゃなかったの!?忠誠心は何処に行った!?変なコンピュータウイルスにでも感染した!?」
再び奇声を上げながら、ラベルクはコンソールを完全に破壊してしまう。
そんな言動に、カルミアは連続してツッコミを入れ出しながら、死体蹴りを続けるラベルクを取り押さえようとする。
もうただのコンソールだった物に成っている部品に、蹴りを入れ続けるラベルクに、色々と物申した結果。
「何がマスターへの忠誠だ!何が愛国心だ!そんな物豚に食わせろ!!」
「ウイルスじゃなくてミームに感染してやがったよコイツ!」
「私がその気になれば、大統領だって、ぶっ飛ばせる!!」
「あいつ大統領じゃないから!色々とおかしい!」
更にキレ散らかした結果、とんでもない事を口にして、死体蹴りを続けたラベルクは部屋から出ようとする。
その前に、注射器を何処からか取り出して、その中身を注射する。
その中身は、カルミアも良く知っている代物、故に焦りを見せながらラベルクを止めようとする。
「ちょっとアンタ、それってもしかして」
「そう、開発が中止となってしまった、あらゆる衝撃に対して、一瞬で硬化するナノマシン、これであのエルフをぶっ飛ばしに行きます!」
「バカ!何でそれが開発中止に成ったのか知ってるでしょ!!」
「あ」
カルミアの忠告を耳にした瞬間、ラベルクは何かを思い出したような表情を浮かべると、途端に硬直してしまった。
まるで石像にでもなってしまったように、ラベルクはピクリとも動かなくなってしまったのだ。
そんなラベルクを、カルミアは冷めた目で見つめ、あきれ返っていた。
完璧アンドロイドかと思えば、ただのシスコンの変態。
妹が絡めば、正常な判断の一つも下せなくなる。
それがコイツの秘密だと知り、カルミアは部屋を後にしようとすると、動けない筈のラベルクが、カルミアを呼び止める。
口さえ動かせないので、喉の言語インターフェースだけを使い、カルミアに話しかける。
「あの、カルミア様」
「やだ」
「まだなにも……」
「どうせ助けてって言うんでしょ、元に戻してって、嫌だ、失敗作の物注射したアンタが悪い」
「いけずぅ~」
ラベルクが注射したナノマシンは、ちょっとした事ですぐに硬化し、更にはアンドロイドの人工筋肉など、駆動に必要な機構の全てを硬直させてしまうのだ。
つまり、全て鉄の様に固くなってしまうので、実質ただの鉄の人形と化してしまうのである。
その為、ナーダでは注入タイプの物は、開発段階で失敗作のレッテルを張られてしまった。
現在は、その特性をスーツに内包させている人工筋肉に持たせることによって、完成品として昇華させた物が出回っている。
そして、ただの人形と化したラベルクを置いて、部屋を出ると、連続してカルミアの体内の通信機に、ラベルクからの着信が何度もかかる。
無線を使ったり、ゲームセンター並みにうるさく成るレベルでモールス信号を送ったりして、カルミアへと助けを求めだす。
いい加減鬱陶しくなり、遂にその通信に答えてしまう。
「(いい加減にして、こっちもこっちで任務が有んの!!)」
『……では、ガトーショコラで手を』
「(うたないから)」
『クイニーアマン』
「(嫌だ)」
『ダックワース』
「(……)」
『クグロフ、フィナンシェ、スニッカードゥードル、スフォリアテッラ』
「(ス〇バか!?乗らないって言ってるでしょ)」
何とかしてカルミアを懐柔しようと、彼女が好物であるお菓子類を、ワイロにしようとするが、メニューが徐々にマニアックになりつつある。
しかも、現在は予算がかなり限られている状況。
そんなオシャレな洋菓子を作る余裕はない、つまり、虚言である可能性が高いのだ。
それに、カルミアだって暇では無く、今だって彼女専用に開発された装備品のメンテナンスが有るのだ。
だが、ラベルクはとっておきを用意していた。
『パンケーキ……三段積みで』
「(う……うるさい)」
『ハチミツ、マシマシ』
「(黙って)」
『フルーツも生クリームもたっぷり』
「(パンケーキなら、仕方ないか、今回は助けてやるよ)」
実は、パンケーキはカルミアの一番の好物だ。
アンドロイドだというのに、好物が有るなんておかしな話であるが、ラベルクがこっそりそんな感じのプログラムを施している。
密かに搭載した味覚センサーが、甘味を検知した際、カルミアは、所謂快楽に近い物を感じるように、調整されている。
そんなこんな、カルミアの懐柔に成功し、ラベルクはカルミアの作業部屋に運ばれ、処置を受ける。
「全く、アンタ妹が絡むとこんな能無しになるとはね」
「う、不甲斐なくて申し訳ありません」
ナノマシンの除去作業が終わると、作業台から起き上がったラベルクは、カルミアに謝罪を入れ、その直後にカルミアの事を拘束する。
「ムグ!」
「でも、八回目の阻喪は、容赦しかねますよ」
「この、クソババア」
「大丈夫です、パンケーキは、お作りいたしますよ」
恩を仇で返すが如く、鬼の形相となったラベルクは、カルミアの記憶の操作を行い、今日の一件に関するデータを削除した。




