大事な家族とは、定期的なやり取りを 前編
和服の試着を終えた後、四人は各々の似合いそうな服を、いくらか探し出して、軽くショッピングを楽しんでいた。
アリサとしては、別にいらない代物なので、あまり時間をかけるような事ではない。
とはいっても、礼服などが必要な状況は今後無いとも限らないので、いい機会という事で、いくらか選んでおく事にした。
その際、レリアからは、採寸を行ってから、オーダーメイドをすることを勧められた。
だが、あまり体をベタベタ触られては、アンドロイドである事がばれてしまう可能性が有る。
近年の技術発展で、近くで見ても人工の皮膚とは解らないが、触った際の感触などは、触る人が触れば、割と解ってしまう。
それでも、サイズがしっかりしていなければ、いざという時に動き辛くなってしまうし、不格好に成ってしまう。
しかし、今のアリサ達に、そんな時間は無いので、とりあえず偽装に使えそうなm一般の服だけを幾らか選ぶ事にした。
その横でも、シルフィが新しい服を選びながら、さっき着た和服の感想を述べだす。
「それにしても、あの和服って、体のサイズとかあまり気にしなくてよさそうだったね」
「確かにそうかもしれませんね、基本体に巻く感じなので、丈さえ合っていれば、かなり大雑把でも大丈夫でしょう……しかし何故そのような事を?」
「えっと、ルシーラちゃん、サイズが合う奴少なすぎて、何時も一緒に縫い直してたの……特に胸の辺り」
「まぁ、色々大きいと、大変ですからね、まぁ、基本的にあの服を着用する方々は小さい方の方が多いので、気にする事は有りません」
「何を?」
シルフィにしては、珍しく普通の話題を話し出す。
大体胸の事をいじられると、先ほどの様にビンタをしたりするが、今のシルフィは、かなりの気苦労が垣間見えている。
写真を見る限りでも、かなりスタイル抜群なダイナマイトボディである事は知っていたが、シルフィが気苦労するレベルらしい。
そして、久しぶりにシルフィの妹の話が話題に上がったことで、ふと自身の姉の事を思い出していた。
装備品であるボックスを手に入れた事によって、現在はラベルクが担当しているコンピュータであるマザーと接続できる。
だが、直接的な会話は、現在禁じられているので、報告書のやり取り位しかできずにいる。
「……姉さま」
「え?アリサお姉さん居たの?」
「え?あ、まぁ、はい、血縁は有りませんが(口にでてたか)」
姉が居る事を知られたアリサであるが、別に警戒するような事でもないので、最低限の事だけを教えだす。
アリサからして、ラベルクは憧れと言った具合である。
容姿が端麗とか、性格が非常に良いとかではない。
アンドロイドとしての面が、アリサにとっては、憧れだったのだ。
流石にそんな事を、シルフィにそのまま話す訳には行かなかったので、その辺りを包み隠しつつ話す。
「私なんかより、仕事ができて、マスターからも気に入られていたんです」
「そうなんだ(もしかして、姉妹で取り合う仲?)」
「あら、貴女姉妹が居たの?」
「はい」
「その人も、貴女と同じで従者なのかしら?」
「え、ええ、従者……というよりは、ダメな男に騙されるタイプ、でしょうか?」
アリサの表現に、シルフィとレリアは硬直する。
というのも、アリサのマスターであるヒューリーは、研究員兼オタクという事もあってか、自生活が非常に自堕落で、家事の面は、全てアリサ達にまかせっきりだった。
ラベルクは、家事用のアンドロイドとしては完成度が非常に高すぎたが故に、そう言った自堕落な姿を見ると、尽くしたくて仕方が無くなる。
そんな謎のプログラムがヒューリー本人の手によって施されていた。
さながら、親のすねをかじるヒキニート(仕事はしている)である。
「極めつけに、マスターが自分でやろうと言い出した暁には、自分はもう要らないのかと、発狂(脅迫)しだすレベルで……」
「あ、アリサも苦労してるんだね」
「ええ、特に、この間のエイプリルフールなんて」
「エイ……何?」
「いや、えっと、まぁ、その日だけは、行き過ぎて居なければ、嘘をついても良い日、と言った所でしょうか?」
「変わった文化ね」
「(アリサの故郷って、何でそんな奇妙な文化が多いの?)」
簡単にエイプリルフールの説明を終えると、その日になにが有ったのかを説明する。
実はアリサがヒューリー宅に来たばかりの頃、まだ姉呼びはしていなかったのだが、いつの間にかラベルクを姉と呼ぶように成った。
姉呼びするまでは、アリサに対し、とても厳しい部分が垣間見えていたのだが、姉と呼ぶように成った途端、ラベルクの様子が少しおかしく成ったようだ。
やたらと甘くなり、ヒューリーの身の回りの世話を一緒にやっていた筈が、何故かヒューリーと共にくつろいでいろ、というような状況が完成してしまう。
そんな事態が多発していた。
そして、Xデイのエイプリルフールが到来すると、事件が起こった。
「その、貴女の妹を卒業するって言ったら、その、無言で自爆しようとして」
――どういう状況!?
話を聞いていた三人は、同時にそう思った。
「私が悪いのは解っているのですが、まさか自爆しようとするなんて」
「で、でも、アリサがここに居るってことは、阻止できたんだよね?自爆なんてされたら、此処に居ないよね」
「そ、そうよね、も、もしかしたら、それがお姉さんの嘘で、威力が極小だったのよね?今度同じギャグをするときは、私もぜひ見てみたいわ……」
「良いですが……死ぬほど痛いですよ」
なぜだか解らないが、今の一言で、マジで自爆したという事を察してしまった三人であった。
その話を聞いたシルフィは、思わずアリサの家庭事情を深読みしてしまう。
アラクネから聞いた話と、今のアリサの話を纏めた結果、シルフィの中では、思い人であるヒューリーはもちろん、冗談を真に受けた姉も、皆死んでしまった事になってしまう。
実際は、アリサの姉、ラベルクの人格データは、自爆しても重要な部分だけは奇跡的に残ったので、何とか修復され、その際に第い四世代型から第五世代型へと改修されている。
だが、シルフィの中では、アリサは完全に天涯孤独の身となってしまっていた。
自身もまた、親を失い、更には妹とも、今後再開できるかもわからない状況。
そこか似ている気がしてならなかった。
そして、シルフィは思わず、アリサの手を取る。
「さ、寂しかったら、私の事、お姉ちゃんだと思って良いからね!」
「は?」
「(あら~、この子意外と大胆なのね)」
「(そろそろ昼か、腹減った……)」
アリサからして、シルフィの発言の意味は不明だった。
だが、恐らく自爆したと言ったせいで、姉が死亡してしまったのでは?と、勘違いしているのではないかと予想する。
そんな中、シルフィはまた大胆な事をしてしまったと、顔を赤らめてしまっていた。
「あ、あの、姉さまは生きていますからね」
「え」
「何ならピンピンしてますし、今でもやり取りはしています」
「……」
「後、シルフィは姉というより、介護老人です……世話が焼けるところとか特に」
「(ガーン)」
アリサのグサグサ刺さる言葉に、シルフィは打ちのめされ、そのまま床に倒れ伏してしまった。
特に最後のセリフが余計だったらしく、涙目となってしまう。
せっかく元気づけようと、姉代わりになる宣言したというのに、生きていたという事実、その上、世話が焼ける発言、ショックでしかなかった。
「私、やっぱりお姉ちゃんっぽくないよね、もっとしっかりしないと……」
「(あからさまに落ち込んでいるわね)」
落ち込むシルフィをなだめながら、レリアはもう少ししっかりとした人間に成れるよう、これからも精進するように告げる。
そんな中で、シルフィは今までで、ルシーラに対して、姉らしい事をできて居たのかを考えていた。
義妹であるルシーラは、結構甘えてきたのだが、それは単純に、彼女が甘えたがりで有っただけだ。
考えてもみれば、自分が姉らしい事は何もできずにいたことも思い出してしまっている。
レリアもまた、何人かの弟や妹が居るという過程環境、最年長の姉としてふるまうべく、更生してからは、そのプレッシャーも感じてはいた。
だからこそ、シルフィの気持ちを少しはわかっているつもりである。
そう言うこともあって、同じく長女としてのアドバイスを、幾らか施している。
だが、ちょっとそっぽを向きながら、ボソっと言ったアリサのセリフを、レリアは聞き逃さなかった。
「でも、世話を焼くのは嫌いではありません」
それを聞いた瞬間、レリアはシルフィの事を無理矢理立たせ、必死に成りながら先ほど言ったシルフィのセリフを真っ向から否定する。
「シルフィさん!しっかりしちゃダメ!もっと自堕落に成って!もっと非生産的に成って!ギャンブルで全額すって、アリサさんにお金こびて!!」
「何その強制労働施設送りにされそうなダメ人間!」
「そこまで行ったら姉さまでない限り面倒見切れませんよ!!」
――どんだけダメ人間好きなんだよ
二人は心の中で同時に思った。
その後、買い物を終えた四人は、宿で一緒に食事を終え、解散した。
そして、酒に酔った今夜のシルフィは、絡み酒を発揮して、アリサにとことん甘えだす。
へべれけに成ったシルフィを担ぎながら、部屋に入ると、アリサは、シルフィに押し倒され、顔を胸に押し付けだす。
「寂しかったら、何時でもお姉ちゃんって呼んでいいからね~」
「お姉さんで居たいのであれば、その状態に成るのをやめて下さい、というか、現状では私が言うセリフですよね、それ」
「じゃぁお姉ちゃんってよんで」
「嫌です、というか、傍から見たら貴女の方が妹ですよ」
「ふえぇ~」
涙を流しながら、アリサに甘えるシルフィは、アリサの辛辣な対応を受けながらも、いつの間にか眠ってしまっていた。
規則正しい寝息を立てて眠るシルフィをアリサはじっと見つめる。
今日の事を振り返ると、今まで思った事も無い思考が巡りだすのを、アリサは感じていた。
この世界に来る一年程前に、姉であるラベルクとは離れ離れと成ってからは、一度も会っておらず、互いの会話も許可されていない状況。
シルフィとラベルクの話をしていたら、急にもう一度会いたいと、不意に思ってしまった。
直接的な会話が禁じられている現状では、文通程度のやり取りしかできないし、読む気になれずにいる。
厳密には、本にすれば聖書並みに分厚くなるうえに、異常なまでに過保護な内容なので、全部流し読みで済ませている。
せめて次の奴は、ちゃんと読もうと思った。
「お姉ちゃんって呼んで~」
「……」
そんな寝言を聞いた途端、ちょっとだけならば、と考えてしまう。
正直言って、この状況からシルフィをお姉ちゃん呼びすれば、ラベルクからどのような内容の返信が来るか解らないので、できればやりたくはない。
だが、一回だけ、友好を深める目的で言うのであれば、きっと、ラベルクもわかってくれる筈だと、小声で囁いた。
「……お、お姉ちゃん」
「今お姉ちゃんって言った!?」
結構な小声で言ったつもりが、シルフィはとてつもない勢いで起き上がって来る。
「ッ!?言ってないです、ていうか、いまかなりの小声でしたよ」
「それより、絶対言ったよね!?」
「う……うるさいですね……は、早く寝てください」
乗り掛かっているシルフィを、ベッドに下ろすと、アリサは自身のベッドに戻り、すぐに横になる。
そんな姿を、ぼやける視界で見つめるシルフィは、再び眠りについた。
薄れつつある意識の中で、アラクネとの会話を思い出したシルフィは、少し顔を赤くして呟く。
「いつか、本名、教えてね」
「……(あの蜘蛛女、余計な事を教えやがって)」
シルフィのつぶやきを聞きながら、アリサはラベルクへ今日の報告書を送信した。




