目上の人との交流は、神経を使う 中編
アリサがレリアにジャーマンスープレックスをかけた後。
どうやら技をかけられた際に、受け身を取っていたらしく、大きなダメージは負っておっておらず、すぐに回復。
アリサとしては、ショックでレリアの記憶が消えていて欲しかった。
しかし、そんな都合のいい事が起ることは無く、レリアは全てを覚えていた。
当然、アリサがレリアを王女殿下である、レリア・カーマイン・イリスである事を見抜いていたことも、アリサが叫んでしまった事もあって、既にばれている。
そして、酔って何も覚えていなかったシルフィには、事の顛末を説明し、レリアは、この国の姫君で有る事も教え、何をしでかしかかも、包み隠さずに教えた。
真実を知ったシルフィは、顔を青ざめ、開いた口が塞がらない状態と成った。
そして……
「その……」
「この度は……」
『申し訳ありませんでした!!』
衣服を着用したレリアに、アリサとシルフィは深々と土下座をする。
そんな二人を、ベッドに座りながら見下ろすレリアの姿は、シュールながらも、確かに王族の貫録を出している。
同時に吹き出している圧力で、アリサもシルフィも、押しつぶされそうになってしまう。
とはいえ、当の本人は、別に怒っている表情では無く、何故だか穏やかな表情を浮かべている。
「まぁ、まぁ、落ち着いて、最初に言ったでしょう?恥ずかしい結果になったけど、私は一向にかまわんって」
そう、レリア的には、アリサとシルフィ、ひいてはロゼの恥ずかしくも可愛い姿を見るために開催した催しなのだ。
だから自分だけ恥ずかしい結果になったからと言って、声を荒げるのは、筋が通らない。
その言葉を聞いた時だけ、アリサとシルフィは救われたと感じたが、その次に放たれた言葉に、肝を冷やす事になる。
「とはいえ、私にスープレックスかましたり、私が王女って事知りながら、容赦なくスープレックス決めたり、挙句にはスープレックス入れたことには、ちょっと怒ってる感じかしらねぇ~」
「本当にすいませんでした!!」
首の後ろを撫でながら、青筋を浮かべるレリアの姿に、アリサは額を床に叩きつける勢いで、再び頭を下げ、謝罪の意を表する。
アリサとしては、このような状況だけはあってはならない。
今後この国との友好な関係を築くためにも、目の前に居る国のトップとは、良好な関係を結んでおかなければならない。
何とか許しを得て、顔パスで城に入れる位の関係には成りたいところ。
アリサの横に居るシルフィも、アリサの反応で、事態のマズさを思い知る。
おかげでで、かなり緊迫した空気が出来上がってしまう。
そんな空気の中で、レリアの横でつつましく佇んでいたロゼが、発言の許可をもらい、自身の中で渦巻いていた疑問を打ち明ける。
「あの姫様、一つよろしいでしょうか?」
「何かしら?ロゼ」
「……ルップスレックスって、何ですか?」
「スープレックスよ、先ほどアリサさんが私に決めた技」
ロゼが如何でもいい質問を投げかけたことで、アリサとシルフィはずっこけ、レリアは目を細めながら、その質問に答えた。
おかげで緊張した空気はやわらいだが、ロゼのような存在が、姫君の護衛で大丈夫なのだろうかと、アリサは考えてしまう。
「(こんな人が護衛で大丈夫なのか?)」
「なんか心配そうな感じだけど、大丈夫よ、この子強いから」
そんな彼女の気持ちに気が付いたのか、レリアはロゼに関する事を、二人に対し、簡単に説明を施す。
ロゼは、近衛騎士の一人とは言え、元はただの一般市民。
学校は貴族が通う場所である、という事が常識のこの世界においては、レリアの元に来るまでは、読み書きが少しできる程度だった。
加えて、戦いの時以外ではそれほど頭が回らないので、良いか悪いかで言ってしまえば、悪い方に部類される。
一般市民の出であり、学が有る訳でもないのに、何故近衛兵にまで成り上がれたのか、アリサからすれば疑問でしかなかったが、それもレリアの口から説明される。
答えは単純、レリア本人が、自分専用の護衛として、一般の衛兵団から抜き取った。
すなわち、ヘッドハンティングをしたのである。
頭は弱くとも、その忠誠心と実力は本物であり、何度もレリアの危機を救ってきた。
それでも、アリサは何故ロゼが抜擢されたのか、理解しきれなかった。
確かに、忠誠心などが本物であることは、行動で示せるかもしれないが、やはり王家の護衛役ともなれば、相応の家の出でなければ、務まる事が無い筈なのだ。
「しかし、いくら忠誠が本物であっても、やはり一般の出が、護衛というのは……」
「私が良いと言っている訳だし、何より、可愛いから良しって感じなのよ」
「(か、可愛い!!?)」
「か、可愛いという理由だけですか?」
「ええ、もちろん、あと建前としては私が実力主義って事に成っているわ」
「建前を先に言ってよ」
「でも、それ以上に、この子本当に可愛くて、この間だって……」
ロゼが顔を赤らめ、恥ずかしがっている横で、レリアの口から、ロゼの可愛い所が延々と語られだす。
一見クールに見えても、実は結構恥ずかしがりである所、配属されたばかりは、手が触れ合っただけで死ぬほど喜んでいた事。
赤裸々に明かされてしまい、ロゼは顔をトマトのように赤くしてしまう。
今にもこの部屋から逃げ出しかねない感じであるが、体を小刻みに震わし、涙目になりながら、レリアに仕返し染みた事を考える。
「……」
「そんな感じで、もう本当に可愛くて」
「……ひ、姫様って、昔はかなり、突っ張っていたんですよ」
「ロゼ!?それずるいわよ!」
「喧嘩上等な感じで、淑女の嗜みと称して城の兵士を全滅させたり……」
「ごめんなさい!私が悪かったから、これ以上その話はやめてぇぇ!!」
しかし、堪忍袋の緒が切れてしまったのか、ロゼの昔話は止まることは無かった。
ロゼの言う通り、レリアはかつて、かなり尖った性格をしていたらしい。
使用人を困らせたり、止めに入った兵士を返り討ちにしたり、手のつけられない悪だった。
一応、幼少の頃は、パレードなどには参加してはいたのだが、思春期を迎えた辺りから、本格的にグレてしまった。
立派な王族になる為の作法を覚える為の練習、外交に必要な知識の勉強を拒否していたことも相まって、王家始まって以来の問題児と成ってしまった。
そんな彼女に手をこまねいたら、ある日レリアは親に、ある条件を提示した。
それは、敗北を自分に与える事。
もしも自分に敗北を与えられた暁には、喧嘩は止め、これからは王家の一員として、まじめに生きるとの事だった。
条件を提示してから、レリアの親は、城の実力者だけでなく、王都に駐屯する兵士たち、名の有る冒険者を、レリアに刺客として差し向けた。
しかし、差し向けられた刺客は全員倒されてしまい、両親は追放処分さえ考え出した時だった。
ある日の朝、寝起きのレリアに天命が下る。
東へ向かえば、レリアの願いはかなう。
そんな旨をつづった手紙を残して、レリアは東へと旅立った。
その旅路の中で、レリアはロゼと出会い、土塊を舐めさせられ、初めての敗北を味わった。
「それからすぐに、近衛兵に抜擢された」
「ごめんなさい、本当にごめんなさい」
「それは、大変な事で(またどこかで聞いた事有る話を)」
羞恥で顔を赤く染め上げるレリアを他所に、ロゼは自分たちの馴れ初め話を終了した。
その数分後、何事も無かったかのように回復したレリアは、アリサとシルフィに、とある提案をする。
折角会ったのだから、もう少し交流を深めようと、明日ショッピングにでも行こう、という事だった。
しかし、アリサ達にはこの町でゆっくりしている時間は無い状況。
下手をすれば、前の町のように、刺客のエルフ達の襲来という事態に陥り、この町の住民までもが、無用な犠牲者となってしまう。
とはいっても、そんな事実を国のトップに話してしまえば、自分らもどのような憂き目にあうか分かったものではない。
なので、適当な理由をつけてさっさとお暇しようかと思い、断ろうとしたのだが……
その事をレリアに看破されてしまったのか、謎の笑みを向けられ、圧が叩きつけられてしまい、断るに断れずに、渋々了承してしまった。
「じゃぁ、明日待っているわね」
「はい(これも友好の為、友好の為……)」
「(なんか、凄い事になったのかな?)」
「(姫様もお戯れが過ぎる)」
――――――
翌日、レリアとの約束の時間が迫る中で、シルフィは戸惑う羽目になった。
今回二人の使用している部屋は、普通の二人部屋、一人部屋よりも少し広く、ベッドもしっかりと二つある。
なのに、何故戸惑う事になっているのか、理由は単純、同室であることに変わりは無い。
シルフィは同室に居る少女、アリサに淡い恋心を抱いてしまっている、という事に気が付いてしまっている状態。
一人部屋二つよりも、二人部屋一つの方が、安上がりという理由で、今回はこの部屋が選ばれ、一緒の部屋に居る。
その事実だけで、心臓が持たないような状況に陥っているというのに、今現在、アリサの手によって、髪の手入れが成されているのだ。
その様子は、何処かの貴族が、侍女の手によって、会合の前のお手入れをしているかのような光景。
訳の解らない状況に加え、思い人がかなり近くに居て、自分の髪をセットし、しっかりとメイクアップを行う。
緊張と戸惑いの両者が同時に降りかかるので、状況がうまく呑み込めなかったが、何とか声に出して聞いてみる。
「あの~アリサさん」
「何でしょう?」
「何故にこげな事を?」
「これから王族とのコネクションを築くのですから、身なりだけはきちんとしなければなりません……それと、毛先もちゃんと整えますからね、一切気にしていないようでしたし」
「は、はい(アリサって、意外と権力に弱い?)」
軍事兵器である筈のボックスを、ヘアカット用のハサミに変え、シルフィの長い髪を整えだす。
されるがまま身なりを整えられるシルフィは、ここに来るまでの間の事を思い返す。
たしかに最近やたらと忙しかったせいもあって、毛先が枝分かれしたりしている。
オシャレには、あまり関心があるわけでは無いが、見かけは大事だと、シルフィはアリサに自分の髪をゆだねる。
すると、アリサは器用な手先で、キチンとした感じにしてくれた。
それらが終わっても、シルフィが持参している服を、できるだけ綺麗にしておき、しっかりと着つけ、見かけには徹底的にこだわった。
もう介護者というよりは、ただの従者でしかないと、シルフィは内心思ってしまう程にきちんとした動作だったという。
「うん、まぁ、手持ちの装備ではこのくらいですね」
「あ、ありがとう(うわ、一瞬誰かと思った)」
支度が整うと、シルフィはアリサの手によって整えられた自分の顔を鏡で見て、その完成度に内心驚く。
アリサもそれに共感し、自分の技術に自惚れている。
そして、シルフィはふと思った。
「……そういえば、アリサの服は?」
「あ」
幾らシルフィをメイクアップしたところで、交渉の仲介役と成れる立場のアリサは、何時もの戦闘スーツしか持っていない事に、二人は気が付いた。




