何時だって別れは寂しい 中編
シルフィを送り届け、帰宅したアラクネは、ラズカと共に夜の酒盛りを開いていた。
会話の内容は、明日には旅立ってしまうアリサ達の話である。
そこまで込み入った話では無く、果たして二人は恋仲に成れるか、という事が主軸の話である。
「それにしても、あの二人って、付き合わないのかな?シルフィの方は、完全にその気があるけど」
「送り届けた時には、もう気付いていたわ、あの子」
「……ちょっと考えたけど、シルフィがああなったのって、ユニコーンのせいだったりするの?あの二人、結構長い間山に居たらしいし」
チビチビとグラスを傾けながら、ラズカはふと過ぎった疑問をアラクネに投げかけた。
アラクネの話によれば、ユニコーンの気配は封印されていても、わずかに漏れ出ており、それが影響を及ぼして、この町に同性愛者が急増した可能性がある。
二日間程山に居たシルフィが、ユニコーンのスキルの影響を受けて、目覚めてしまったという事も考えられる。
ユニコーンが倒された今、その能力の根源が無くなり、何時かはその気持ちが冷めてしまう、のではないか、という事が懸念されるのだ。
「(ま、誰が誰を好きに成ろうが、本人の自由だけど)」
「ああ、その心配はないと思うわ」
「え?」
アラクネ曰く、ユニコーンのスキルは、現在においてはあまり効果を発揮されていないのではと考えている。
実際、ユニコーンの放っていた気配も、封印場所の周辺のみであり、五メートル程度離れただけで、全然感じなくなってしまうので、町にはあまり影響は無い筈。
二人の事も、できるだけ近づかない様に釘を打ってあったので、恐らく近づいてはいない筈だ。
「となると……この町に同性愛者が多いのって、過去の呪いの遺伝?」
「の、可能性があるわね」
呪いというのは、物によっては遺伝する場合がある。
大体の呪いというのは、時間経過、もしくは聖職者関係の仕事をしている者によって、解除させる事が、主な治療方法である。
だが、解呪できる呪いと、できない呪いがあるので、未だにこの町の呪いが解消されていない辺り、この呪いはいまだに解呪の方法が見つかっていないのだろう。
そのことも在ってか、現在モンドも、教会へ調査の依頼を検討している。
この町に同性愛者が多いのも、かつてこの町にユニコーンが襲来した時に受けた呪いを、この世代にまで遺伝してしまっているのだろう。
現に、ユニコーンが討伐された今でも、百合のカップルが減っている様子はないのだが、それが本人たちの好みであるかは、今の所不明である。
「成程、確かに、復興作業中も、裏でイチャイチャしてる連中居たし」
「でも、二人が接近するかどうか、それは全く別の話ね、アリサの方は、脈拍無しって感じだし(実際は脈もクソも無いけど)」
「あ~そうだった、あの仏頂面、恋愛には興味無さそうだし」
「興味って言うか……そもそもちゃんとできるのかしら(あんなこと言ったけど、本当に恋愛に発展するのかしら?)」
つい先ほど、シルフィにアドバイスしたばかりであるというのに、アラクネはさっそく不安になってしまっていた。
一応、アリサはマスターであるヒューリーに、尊敬、もしくは、恋愛的な印象を持っているのは明らかだ。
通常、民間のアンドロイドには、そう言ったプログラムでもしない限り、恋愛に発展することは先ず無い。
ヒューリーがガイノイド達に囲まれて、ウハウハハーレムを築く系の人間であった場合には、そう言ったプログラムが仕組まれていてもおかしくはない。
しかし、アリサシリーズの全貌は、現在は解らないが、二十年前の連邦では完全にブラックボックスの塊。
仕えていた個体たちが、全員そう言った感じであるかは定かではない。
ただ一つ解るとしたら、アリサシリーズは、民間に普及しているアンドロイドとは、全く違うアルゴリズムで動いている。
という事を、研究所の同僚が判明したと言っていた。
軍事用に使用されている個体は、捨て駒として扱えるように、その辺でも普通に普及しているようなOSや、技術が搭載されている。
生物専攻なので、あまり深堀はしなかったが、割と優秀なプログラマーだったにも関わらず、かなり頭を抱えている所を思い出し、アラクネは更に首をかしげてしまう。
「(自己学習がどうとか、シンギュラリティが如何とか言ってたけど……そんな映画みたいなこと、そうそうある訳ないか)」
ツッコミどころの見受けられる見解や、そのほか気になる事を、頭の中で巡らせたアラクネであったが、そのような考えは、すぐに消え失せる事態となる。
酒に酔ったラズカが、アラクネに寄り添い出し、更に飲酒によってフワフワしだした思考のアラクネは、理性を失い、夜の営みへと発展してしまった。
――――――
翌日
起床し、旅立ちの準備を終えたシルフィ達は、ラズカの自宅へと招かれ、今回の一件の説明を町長であるモンドへと行っていた。
同時に、町を襲ったエルフの二人や、強力な魔物であるユニコーンを討伐した事も、一緒に称えられた。
そんな中で、シルフィは非常に困惑していた。
何故なら町を破壊したのは、ほとんど自分たちのせいだというのに、町の代表からお礼を言われるのは、少し罪悪感を覚えたのだ。
というか、ユニコーン討伐はほとんど事故みたいな物。
とはいっても、シルフィらが原因であることに変わりは無く、それを黙っていた件に関しては、温厚なモンドであっても、怒りを抑えられずにいた。
「……つまり、君達の行動が、原因となっていると」
「はい、この事に関しては、謹んでお詫び申し上げます」
「いや、過ぎたことだ、それに、君達のおかげで、ユニコーンを相手に、少ない被害で済んだだけでなく、早急な復興態勢が整ったのだから、今後は気を付ける様にしてくれ」
「ですが」
「しかし、君達の存在が、依然としてこの町の脅威であることに変わりは無い、咎めはしないが、速やかに出て行ってもらう事になる、それは、君も解って居る事だろう?アリサ君」
「はい」
モンドは、アリサ達に早急に町を出て行ってもらうように頼み込んだ。
それもその筈だろう、彼女たちという存在そのものが、町の災害その物となりかねないのだから。
当然、アリサもその事は了承するつもりでいるが、今日中には出て行くつもりであったので、頼まれるまでではない。
出て行く事を確認したモンドは、次はシルフィに話を振った。
話題としては、二人のエルフについて、もっと詳しく知りたいという事だった。
先ず、アレンの方は、消し炭にされている為、もう気にすることは無い。
次にユリアスだ、彼の方にも、しばらくすれば、別の暗殺者に殺される危険性がある。
また今回のような事態になる可能性も、ゼロではないのだ。
里の関係者がどのような処置をとるのか、モンドとしては、ぜひ聞きたいところ。
現在はこの町の風俗店で働く事が決まってしまっており、復興が完了次第、すぐにでも働いてもらう事になっている。
逃亡防止の為に、彼の首には、『罪人の首輪』と呼ばれるマジックアイテムが取り付けられており、逃げられる事は無い。
罪人の首輪は、罪を犯した者へ強制労働を行わせるために、制作されたマジックアイテム。
首輪をつけられている間、一切の魔法が使用不可能となり、解除も専用のカギでなければできない仕様となっている。
逃げようとすれば、首が締まり、神経を直接刺激して、激痛を与える。
考えを改めなければ、気絶するまでその痛みが続く代物だ。
気高きエルフが、そのような状態で、いかがわしい店で働くことと成れば、名誉が傷つくとか、そんなレベルで済む話ではない。
シルフィの予想では、もはや殺す価値も無い存在、という烙印を押される可能性だってあるのだ。
そうなれば、生きながらえるかもしれないが、エルフの途方もない寿命が尽きるまで、彼は途方も無い時間、恥辱にまみれた人生を送る事になる。
どちらにせよ、ユリアスのお先は真っ暗という事だ。
「……そうか、しかし、噂には聞いていたが、そこまで」
「噂?」
「ああ、君の住んでいる森のエルフ達には、かなり前から、手をこまねいているようでね、和平を結ぼうにも、交渉団は追い返されるか、殺されるか、このどちらかだ」
「う、面目有りません」
「最終的には、焼き払おう、なんていう話も出ている始末でね、もしも決定されれば、もう私の権限ではどうにもできないよ」
「は、はぁ(本当に焼きはらってもらうかな?)」
シルフィの住む森のエルフの蛮行には、周辺に住まう者達からも、度々煙たがられている。
町を統治する者として、度々冒険者や商人たちからの被害報告等で、エルフ達の蛮行は聞き及んでいる。
この近辺に住んでいれば、嫌でも耳に入ってしまうくらいには、噂が広まっている。
とはいっても、所詮は辺境に有る小さな森の周辺の問題。
流石にこの国の代表に近い身分の者達まで、出て来るような大きな事ではい為、国はエルフ達の森に関する全ての事を、この近辺に居る権力者たちに任せている状態だ。
しかし、もう数十年に渡って繰り広げられている議題、もはや気に留めている有力者は少ないだろう。
だが、森の通行の許可が下りれば、その森を挟む町の交通は遥かに楽になるメリットがある。
それを考えている一部の権力者は、未だに交渉を行おうとしている者もいることも在り、何か大義名分を欲している。
「(そんな中で、もしも彼女たちが原因で、これ以上町や村に被害が出れば、お偉いさん方は、本気で焼却に乗り出すかもしれないな)」
モンドが不安視しているのは、今回と今後の起きる可能性のある事件がきっかけで、この議題が再燃するかもしれないという事だ。
そうなれば、昔からこの近辺を管理する者達、特に過激な思考を持っている者からすれば、絶好の大義名分になる。
町を破壊されたから、報復としてエルフ達の森を焼き討ちする。
それによって、通行は更に楽になり、理不尽な理由で死ぬ民が減る。
反対する勢力として考えられるのは、同胞であるエルフ族の面々位かもしれない。
森の住民ではないエルフ達からしても、同胞の住む森を焼かれて、平気でいられるとは限らない。
多数の種族が入り乱れるこの世界では、ちょっとしたことでも、差別だ、ヒイキだと、声を荒げる事も、少なくは無いのだ。
「……所で、何故彼らは、そんなにも排他的な思考を?何か理由が有るのかい?」
「えっと、あ~、理由というか、やたらと自己顕示欲が強いというか……ほら、あの人達って、他のエルフと違って、髪が金色でしょ?だから、自分たちは選ばれた存在だって」
「確かに、エルフ族は基本的に、君のように草色の髪をしている、なのに、なぜ彼らはあんな髪をしているのだ?」
「あ、えっと、ごめんなさい、私も解らなくて、お父さんが言うには、確かにエルフの中では結構珍しいみたいだけど」
「(確かに、私達の世界でも、金髪のエルフは彼女だけだったな、任務に関係ないから、データは少ないが……)」
二人の話を聞くアリサは、とある一人の女性を思い浮かべる。
ナーダ独立に宇宙開発、それらに貢献してきた一人の天才科学者。
「(ヴィルへルミネ主任研究員、マスターさえも上回る天才科学者、スレイヤーに殺されていなければ、ナーダがここへ逃げ延びる事は無かったな)」
彼女という天才を無くしたナーダは、衰退の一途を辿る事になった。
彼女の持つ技術と発案のほとんどは、数世紀先を行く代物。
そのせいもあってか、連邦の存在を覆せるだけの技術と成れば、他の人に引き継がせるのに、時間がかかることが有る。
というか、小学生に高校生の問題をやらせているレベルだと、ヒューリーすら一部しか論文の内容を理解できなかった程だ。
その一部が、エーテル系列の技術だ。
エーテルという、スピリチュアルな存在の科学的証明に加えて、それを生成する半永久機関の発明。
全て彼女の発案である。
「(あれ?今考えると、あの人の方が、なろう主人公っぽくね?)」
「しかし、髪の色だけで、自分たちが特別とは」
「ごめんなさい、もし邪魔なら焼いても良いから」
「君の故郷だよね?」
アリサが考えごとをしている中でも、二人の話は続いていた。
故郷だというのに、邪魔ならば焼いても構わないという発言には、モンドも若干引いてしまう。
そして、モンドは二人に警告する。
できる事であれば、今後、この近辺の町を訪れる際は、というか、できれば訪れては欲しくは無いのが本音だ。
それでも、もし町を訪れる事と成るのであれば、一日程度の滞在しか許さないとのことだった。




