何時だって別れは寂しい 前編
茫然としてしまっているシルフィに、アラクネは一言謝り、アリサの事を話した事は、黙っていて欲しいと告げ、帰路へと着いた。
そんな彼女を見ながら、シルフィは彼女、アリサという少女の真実を胸にしまい、思い人の事を考える。
「……アリサ」
ポツリと、彼女の名をつぶやき、先日、アレンを捕らえた時に言っていた言葉を思い出す。
無能ではなく、努力の天才だと、アリサは言ってくれた。
嘘かどうかはいいとして、シルフィはそんな言葉を、父親以外に言われたことは無かった。
初めて親以外に、自身の能力を認められた時は、本当に嬉しかった。
だが、その次のアリサを見聞きした時、今まで感じたことのないような、胸の痛みを覚えた。
まるで、告白された直後に浮気されたような感じだった。
何故なら、アリサが初めて、自分の仮面を全て剥ぎ取ったのだ。
まるで心の底から慕っている人を罵倒され、感情的に成ってしまっているように見えたのだ。
アリサの言うマスターだけが、彼女の心を開かせる唯一の人間なのだと、何故だか負けた気がしてしまった。
そして今、アリサという少女が、今までどんな仕打ちを受けたのかを告げられた。
「……戻ろ」
外で考えていても仕方がないと、シルフィは部屋へと帰って行く。
部屋は相変わらず相部屋で、必然的にアリサと同じ部屋に成ってしまうので、今の彼女と鉢合わせる事になる。
と思われたが、幸いな事にアリサは既に横に成っていて、気まずい空気には成らなかった。
人形のように整った顔の寝顔は、よく見れば人間とは少し異なっているようにも、見えなくはなかった。
「(……人間の睡眠と同じで、記憶の整理をしている状態、だっけ)」
アラクネから教わったアリサの状態を思い返しながら、アリサの背後に寝そべり、彼女の小さな背中を触れる。
鼓動や脈と言った物は、確かに感じるが、これさえも作り物と考えると、とても不思議だ。
目の前に居る、人間にしか見えない少女が、実は人間ではない、無機物の塊であるとは、にわかに信じがたい。
手が触れる程近くに居るというのに、今のアリサは、とても遠い所に居るように、シルフィには思えてしまう。
「……アリサ」
彼女の名前をつぶやきながら、背後から抱きつく。
すると、シルフィの鼓動は早まり、顔はとても熱くなる。
初恋すらまだのシルフィには、この状態が何か解らなかったが、ハグをしていると、高揚してくる気分、そしてアリサを取られたと思ってしまった痛み。
ようやく、シルフィは気が付いた。
――これが、恋なのだと
「(そっか、私、この子が好きなんだ)」
考えただけで、思わず顔がにやけてしまっていた。
何時からかは分からない、少なくとも、最近はそんな兆候があったのは自覚がある。
同性なのだからと、ずっと否定し続けてきたが、もう誤魔化しは効きそうにない。
自分はアリサに好意を寄せている。
だが、気づけた所で、障害だらけだ。
特に彼女の心の中に居るヒューリーという男性が、最も大きな障害。
奴隷のように働かされ、最終的には頭だけのようにされ、マスターに拾われて、今の彼女がいる。
きっと自分だったら、マスターという人物に好意を寄せるかもしれないと、思わず考える。
そして、今は亡くなってしまっているというのに、彼女の心には、その人が居る。
悔しさしか無くとも、彼女が無機物の塊であっても関係ない、未だに好きな人の事を思っていたとしても、その思いは、揺るぐ事は無かった。
「……どうかなさいましたか?」
「うぇ!……起きてたの?」
「今起きました、何か問題でもありましたか?」
いきなり覚醒したアリサに驚いたシルフィは、まわしていた腕を離し、アリサとは違う方向に寝返りを打つ。
そして、徐々に自分のやっていた事を思い返した途端、急に恥ずかしく成ってしまった。
顔は耳までトマトのように赤く染まり、鼓動は走った後のように早まる。
「いや、な、何でも、無いよ(私、もしかして滅茶苦茶大胆な事してた!?)」
「そうですか、明日には旅立ちますので、しっかり寝てくださいね」
「うん……その前にちょっと、お話しても良い?」
「何でしょう?」
「その、あの時言ったのって、本当?」
「あの時?」
シルフィが質問したのは、アレンを捕縛した際に、アリサが発した言葉の真偽についてだ。
もしも、あの言葉がアレンを黙らせるための口実だったら、とてもショックだが、これだけは聞いておきたかった。
アリサとしては、単純に今まで見てきた事と、聞いて来た事を纏めたうえで、発言しただけだった。
多少の脚色も入っていたが、大部分は本当の事を言っている。
「本当です、人間は大なり小なり、必ず一つは特技を持っています、単純にそれを見つけ、彼に言っただけです」
アリサの返答を聞いた時、シルフィは、自身の胸の奥から、嬉しい、という感情が膨れ上がって行くのを感じた。
今まで自分を見捨ててきた他のエルフ達とは違い、アリサだけは、自分の事をしっかり見てくれる。
こんなことは、本当に初めてだった。
せめて、何かしてあげたい、そう考えた。
「……それと、もう一つ、聞いていい?」
「質問が多いですね、まぁ、良いでしょう、答えられる範囲であれば」
「アリサは、その……マスターさんを、どう思ってるの?」
「どう思っている、とは?」
「如何って、その……(好きなのか、とは聞けないよね)尊敬、してるの?」
「……はい、としか言いようが有りませんね」
アリサの返答に、シルフィは少し胸を痛めた。
返答の後、アリサは自身のマスターである、ヒューリーの事を語りだす。
ヒューリーは、ちょっとしたオタク気質の有る変わり者の科学者でありながら、アンドロイド工学の権威を持っている。
プラモデルが好きで、アンドロイドにも人間にも、公平で、優しい人間だ。
「優しい人、何だね」
「優しい、というよりは、楽観的で、甘い方でした。確実に悪人にいいようにされてしまうような、そんな方でした」
でも、だからこそ、自分は救われた。
今までゴミのように扱われていたからこそ、そんな人間に逢えたおかげで、救われた。
と言う旨の事を、自身がアンドロイドである事を隠しながら、説明した。
それも、惚気話のように、意気揚々と。
ほんの数日しか一緒に居なかったとはいえ、初めてだった。
アリサが本当の女性のように思えたのは。
「(胸が痛い、石のように固いあの子の仮面を、あんなにあっさり)」
「(ちょっと喋りすぎたな、私が人間じゃないと、気づかれてないと良いが)」
敗北感を覚えるシルフィは、涙をぬぐい、勝ち目がない事を悟った。
アリサの心に巣くう、ヒューリーと言う男性には、決して敵う事が無いと。
だが、せっかく自分の初恋に気付けたのだから、せめて、自分の出来ることをして、アリサの事を手伝いたくなった。
自分を救ってくれたアリサに、世界を広げてくれたアリサの目的を、せめて果たしたくなった。
森から出してくれた、そんなちんけな思いだけではない、自分を救ってくれたという恩義に、報いる為に、アリサを助けたいと、心から思えた。
「最後に、一つ聞くね」
「何でしょう」
「その、アリサの最終的な目的って、何なの?」
「……マスターからの最終命令です、この世界に、救いを、という事らしいです、その目的を果たすために、私はここに来ました」
「……わかった、これからも、手伝わせて、それまでで良いから、その、一緒に、居させて」
「構いません」
「……ありがとう、お休み」
「はい、お休みなさい」
――シルフィが眠りについたのを確認したアリサは、再び記憶の整理を始める。
「(……しかし、彼女にあの事を話しても、本当に良かったのだろうか?)」
つい先日の事、装備が見つかった日の夜の事だった。
アリサはアラクネに自身の事について教えていた。
会話のきっかけと成ったのは、アラクネが興味本位で、アリサのマスターであるヒューリーについて聞いた事だった。
元々は第三世代型で、マスターに拾われたことにより、現在の第五世代型に改修されたことや、かつては介護用として働き、様々な職場を転々としていたことも。
話せる範囲だけとはいえ、自分で自分を語る事は、滅多に無かったからこそ、話してよかったのか、少し疑問だった。
「(まぁ、あの人も元は軍に居た身、口外することは無いだろう、少なくとも、シルフィには知られたくない)」
等と考えているが、既にシルフィにベラベラ話してしまっている事を、アリサは知らなかった。
知らないからこそ、それがアリサにとって、有難い事だった。
自分がアンドロイドである、その事だけは、自身の背後で眠る少女、シルフィには知られたくなかった。
もしも知られれば、今の平穏な関係が終わってしまう。
彼女がアンドロイドへの偏見が無いとは限らない、もし有ったとするのであれば、今の関係を維持する事はできない可能性の方が高い。
「(……彼女は、何処かマスターに似ている、楽観的な所や、人付き合いが苦手な所、もしかしたら、何て考えることもあるが……止しておこう、どうせ、基地につくまでの関係だ)」
恐らく、シルフィを基地へと連れて行けば、妹を探しに行くから、開放してくれ、では済まないだろう。
確かに、基地までアリサと共に赴けば、多少の疑惑は晴れるかもしれないが、むしろ怪しいと思われる。
ナーダの連中からすれば、シルフィは出生不明の謎多き人間。
報告書には、脱走兵の可能性有りと記したが、彼女の体内には、ドッグタグ代わりのナノマシンが注入されていない。
つまり、一般市民が、軍事兵器一式を装備し、アリサ達の戦争に介入している。
明らかな違法行為だ。
彼女が助かるには、ナーダ軍に加わる必要がある。
そうなれば、シルフィの本来の目的である、妹の捜索に移る事は難しいだろう。
たとえ頭を下げて頼み込んだところで、軍がシルフィの妹を探す手伝いをしてくれるとは限らない、それどころか、話を聞いてくれるとも限らない。
戦争が終わるまで、兵士として戦わされる可能性だってある。
いや、そうなる可能性の方が高いだろう、シルフィの高い狙撃技術は、軍としても手に入れたい筈だ。
軍に加入したら、今のように一緒に居られる訳では無い。
戦争が終わるまでの間、シルフィが生き残れる可能性は、五分五分、どうなるか解らない。
もし、生き残れなければ、シルフィの目的を果たす事ができない、それは、決して許されない。
装備の捜索、基地までの移動、ここまで手伝ってもらっておいて、シルフィとの約束を守れないのは、あまりにも不公平だ。
何とかできない物かと、アリサは考える。
「……(対処法は、移動中に考えるとしよう、最悪、基地にたどり着く前に、彼女を解放するか、体内にナノマシンが埋め込まれていなければ、追跡は不可能だ)」




