疲れた時は味の濃い物が欲しい 後編
復興が信じられない速度で進んでいる光景を、シルフィはただ唖然としながら見ていた。
自分が摂取した時は、何も起こらなかったというのに、どういう訳か、作った本人が同じ成分だという劇物を飲んだ人たちが、滅茶苦茶活躍するという謎の構図が出来上がっていた。
それは、アラクネとラズカも同じらしく、シルフィと一緒に、この訳の分からない状況に首をかしげていた。
「あの子、一体何を入れたの?」
「ちょ、アラクネ、中身見るつもり?」
一科学者として、興味のわいたアラクネは、蓋をしてある寸胴鍋の蓋を開けてみる。
ラズカもシルフィも、できればやめた方が良いのではないかと、アラクネを止めようとするが、聞く耳を持たずに蓋を開けてしまう。
中身はかつてシルフィが見た物と同じ、ピンク色をした謎の液体だった。
既に火は止まっているというのに、沸騰しているように見える。
アラクネの見解でも、やはり何らかのガスが発生しているらしく、決して沸騰している訳ではないらしい。
「……とても体に良い物には見えないんだけど」
ラズカがポツリと呟き、二人は同調するように首を縦に振る。
嗅いだだけで吐き気をもよおす悪臭を放つ液体、よくこんなものを飲んだな、と思えるような一品だ。
「あら?なんか浮かんできたわ」
暫くじっと見つめていると、何やら黒い物が水面(と言っていいかは別として)よりチラリと姿を現す。
変な具材が湧き出たのか?
そう思っている三人の考えとは裏腹に、今度は人の手のような、というか人の手が寸胴鍋の縁を掴んだ。
「「「……」」」
絶句する三人に、更に追い打ちをかけるように、先ほど浮かび上がってきた黒い何かが、奈落の淵から這い出て来るように、姿を見せ始める。
「呪ってやr」
とても怖い言葉を言いかけたところで、三人は勢いよく蓋を閉じた。
なんだか、とてつもなくホラーな見た目の男性が見えた気がした三人だったが、何か幻覚のような物を見たのだと、自分に言い聞かせ続ける。
物凄く邪悪な気配と魔力を放出してはいたが、気にしてはいけない気がした。
「ね、ねぇ、これ夢だよね、アリサが作ったこの鍋のせいで、変な夢を見てるんだよね」
「そ、そうよ、きっとそう、だってあり得ないもん、あんな呪い殺す専門の化け物みたいな奴、料理?から出て来るわけ無いじゃない」
「でも、凄いリアルだったよね、幻覚って言うか、現実だった気がして仕方がない」
現実逃避を続ける三人は、此れが夢か幻覚である事を確かめるべく、互いにアイコンタクトを送りあい、意を決し、もう一度蓋を開けてみる。
中身はピンク色の謎のスープ、そして、モザイクをかけたくなるような具材、そして……
先ほど見た謎の男。
「末代まで祟ってy」
その姿を見て、三人はもう一度勢いよく蓋を閉じる。
しかし、今度はただ単に蓋を閉めさせるだけでは、中の人?は許さなかった。
「出せえぇぇぇ!!!」
「アラクネさん!糸!糸!糸で縛って!!」
「やってる!やってる!今やってる!!」
アラクネに鍋の拘束を任せ、シルフィとラズカは、蓋が壊れかねない程強く押さえつけ、中で抵抗を続ける化け物が出て来れない様にする。
結果、アラクネの迅速な処置と、二人の活躍によって、謎の生命体?を封印することに成功。
三人は急いでアラクネの山に登り、かつてユニコーンが封印されていたポイントへ持っていき、破壊されてできたクレーターに鍋を放り込み、門を重石代わりに、大急ぎで埋めた。
「「「これで良し」」」
三人とも肩で息をしながら、安全を確認し、無駄に疲れた体を引きずりながら下山した。
山を下りる頃には、日も傾いてしまっており、今日の復興作業は終了してしまっていた。
下山後、ラズカの父、モンドと偶然合流し、明日お礼をすると、言ってラズカと共に自宅へと帰っていき、シルフィは宿へと、アラクネに見送られていた。
今この状況を、シルフィはチャンスと捉えていた。
アリサは既に宿へと帰り、他の作業員や大工達は、帰宅してゆっくりと体を休めており、通りには人影が無くなっている。
アラクネに、アリサの事を聞くのは今しかないのだ。
「あ、あの、アラクネさん」
「ん?どうしたの?」
「アラクネさんは、アリサの事、どれくらい知ってるの?」
「え、どれくらいって言われても……どれくらいかしら?」
シルフィの質問に、アラクネは困った表情を浮かべてしまう。
アラクネ自身、第五世代型アンドロイドがどのような物か、詳しくは把握していない。
と言うか、アラクネが居た時代に、そんな世代は無い。
彼女の知っている限りの知識をフルに活用し、あえて言うのであれば、エーテル・ドライヴ搭載機という事位しか解らない。
なので、どれくらいと聞かれても、恐らく一割も把握していないかもしれない。
望んだ答えが返ってこなかった事に、顔に影を落としてしまうシルフィであったが、諦めずに次の質問を繰り出す。
「じゃぁ、せめて、何であんなに強いのか、聞いてもいい?」
「それって、そんなに疑問視すること?」
「うん、あの子以前ギルドでステータスを見てもらった時、何故か全部ゼロだったの、あんなに強いのに」
「えっと……確か、ギルドとかで使われてる計測機って、魔力を介して対象の生体情報を抜き取る装置なのよね?だから、生きていないアンドロイドの数値は、測定できないのは当然じゃないかしら?」
「成程……ちょっと待って!生きていないって何!!?」
「え!?貴女本当に知らなかったの!?」
「知らない!何それ!?」
あまりの驚き様に、シルフィはアリサがアンドロイドである事は、本当に知らないという事が嘘でないと、アラクネは確認する。
シルフィからすれば、今までちょっと不思議な人間としか認識していなかった。
そう、人間だ、町で普通に生活しているような人間。
ずっとそう思っていたというのに、アリサの事を知っている人が、人では無い何かとカミングアウトされた。
だが、考えてみると、シルフィは所々おかしな所が有ったのを思い出す。
「そういえば、何時もほかの人の体内に見えてた、赤い人たちや、白くて怖い人たちとか、小さくてかわいい子たちも、あの子には見なかった!」
「アナタの目一体何が見えてるの!?」
「それに、目の構造もなんか変だったし、皮膚の構成も、他の人と違いすぎる」
「そこまで見えてて何で気が付かなかったのよ!?」
「てっきりそういう感じの種族かと……」
「少なくとも目がカメラみたいに動くような種族はいないから!」
慌てふためくシルフィをなだめたアラクネは、アンドロイドがどんな存在なのかを説明する。
アンドロイド
人造人間やロボット等、多岐にわたる意味合いを持っているが、アラクネ達の世界では、基本的に人型の構造をしているロボットを、アンドロイドと区別している。
異世界人であるシルフィにもわかりやすく言えば、人間に限りなく近い見た目を持つゴーレムと言った所だろう。
特にアリサは、最近開発されたばかりの新型。
エーテル・ドライヴと呼ばれる半永久機関を搭載する特殊なアンドロイドだ。
動力の恩恵によって、漏れ出るエーテルや、魔法に近い攻撃など、この世界であっても人間に溶け込めるメリットがある。
だが、ギルドで行ったような測定を行った際、妙な反応を示した時のように、いくつか抜けも存在する。
「……」
「驚いたでしょうけど、事実よ、あの子は、人間ではないの」
アラクネの説明に、シルフィは言葉を失ってしまっていた。
まさかゴーレムのような存在と、一緒に旅をしていたとは、心にも思わなかった。
ただ一つ、シルフィにはまだ解らないことが有った。
「でも、何でそんなに大事な事、教えてくれなかったんだろう」
「そ、それは…… あの子、貴女が自分の事を人間だと勘違いしてるって、思ってるから、人間だと思わせていた方が良いって考えたのよ、それに、地獄を経験したからだとも思う」
「地獄?」
「捨てられるか、売り飛ばされたアンドロイドが行き着く、最後の場所よ、そのせいで、人間が信用できなくなったみたい、それに、あの子の過去を考えると、人間不信に成るのも、うなずけるわ」
「アリサの、過去……」
アラクネは、自身がこの世界へと流れつく前から存在する、地獄と呼ばれる工場の前に、予想できるアリサの過去を話した。
アラクネが活動していた当時から、アンドロイドに対する偏見や否定的な考えは、とても多かった。
意見をあげる者の大半は、仕事を奪われてしまった人たち、そもそもアンドロイドに否定的な人間達が大半を占めている。
そんな運動が行われているせいで、誹謗中傷の対象と成ってしまう企業などが多発。
その影響もあって、アリサは様々な働き口を転々としていたと推測できる。
そして、どんな企業に買われようと、アンドロイドという理由だけで、ゴミのような扱いを受け続け、必要なく成れば捨てられる。
やがて、そんなアンドロイド達が行き着く最後の地獄にたどり着く場所ができた。
そこでは、もはやリサイクルショップでも、価値の無くなったアンドロイドが、動かなくなったアンドロイドを解体するという作業が行われている。
そこでも動けなくなれば、今度は自分が作業ラインに乗る事になり、アリサも、最終的にラインに乗る事になった。
彼女という存在の根幹を成す部品は、闇市へと流されたのだろう。
利用されるだけ利用され、動かなくなれば、同胞の手によってその体を解体される。
そんな人生を送ってきたのだから、もしも自身がアンドロイドだと知られたら、また同じ目に遭う事を、危惧してしまっている。
これが、アラクネが考えるアリサの過去だった。
「聞いた噂とかから考えた、私の勝手な想像だけど、大体あっていると思うわ、当時からアンドロイド達は、そんな扱いを受けていたから」
「……おかしいよ」
「え?」
「そんなのおかしいよ、だって、そのアンドロイドって、人を助ける為に作られたんでしょ?なのに、何でそんな扱いを受けなくちゃいけないの?」
「……人間は、常に何かを隷属させたがるのよ、どれだけ文明を発展させようが、人間の根底にある支配欲は、簡単には変えられないわ、全体的に下の存在が居るって言うのは、誰もが望む物なの」
「そんな(それじゃ、あいつらと同じじゃん)」
「でも、あの子のマスター、いえ、ヒューリー博士は、そんな状況を変える為の研究を行っていたらしいの」
アリサのマスター、ヒューリーは、アンドロイドと人を共存させるための研究に没頭していたといわれている。
敵側の研究員であるが故に、その存在しか知らなかったアラクネであるが、アリサの言葉から、その人となりを、ある程度聞いている。
人間のような見た目のアンドロイドが減りつつある中で、彼だけは、人間にそっくりなアンドロイドを作ることを止めなかった。
アンドロイドへの偏見も無くし、虐げられるアンドロイドを救う。
物ではなく、【アンドロイド】という、もう一つの種族としての権利を得る事が、彼の夢だった。
だからなのか、彼が生涯で作ったアンドロイドは、他の研究員よりもはるかに少ない。
余分を作らず、必要なだけを、オーダーメイドで製造していたとされている。
「そんな彼に拾われたんだから、きっとあの子は救われた筈よ、今まで奴隷のような扱いしか受けられなかったのに、本当にただの従者のように扱われていたのだから」
「……そっか、だから、あの子は」
「如何したの?……成程」
今までとは違うベクトルで、暗い表情を浮かべるシルフィをみたアラクネは、何かを察した。
今まで見せることのなかった、乙女の顔、明らかにシルフィは、アリサに気がある。
アラクネが連邦に居た世代でも、アンドロイドに好意を抱くもの好きは、居ないわけでは無かった。
だが、多くは、アンドロイドと知らずに恋をし、気づいた時にその心が冷めるという事が多い。
しかし、彼女の場合、アンドロイドという事を知っても、その思いは冷めていないようだ。
「……まずは、本名聞けるくらいには、仲良くなりなさい」
「え?本名?」
「アリサって言うのは、彼女のシリーズ全体の名前、きっと本当の名前が、彼女にはあるわ、本当に心を許せば、教えてくれるかもね」
「……」
最後の言葉に、シルフィは茫然としてしまう。
まだ自分は、アリサから心から信頼されていない事に、ショックだったのだ。




