疲れた時は味の濃い物が欲しい 中編
レンズの町にて、シルフィの故郷から差し向けられた刺客たちによって、傷つけられてしまった街道や民家の復興作業が始まった。
アリサとシルフィは、自分たちが原因でもあるという事で、しっかり上からの許可を取ったうえで、出発の予定を延期し、復興の手伝いを行っていた。
とりあえず今回は特例として、一日だけ災害派遣扱いにしてくれている。
シルフィは、森暮らしであったために、それなりに習得していた大工技術が役に立ち、戦力としては十分な物。
しかも、アラクネや、部下の蜘蛛達の助力で、高所作業の効率は格段に向上している。
更に他の誰にも予想できなかった戦力のおかげで、工事は予想以上に捗っていた。
「シルフィ~木材持ってきたよ~」
「あ、ありがとう、そこ置いておいて」
ラズカだった。
彼女は持ち前の怪力を生かし、大量の木材や石材などの運搬に貢献しており、今も丸太六本分くらいの木材を運んできていた。
ラズカの怪力は、巨大な岩石を持ち上げ、石で補装された地面にクレーターを形成できる程、力仕事は任せろと言う感じで、協力している。
大工達は、町長の娘を運搬係として使うのは、少し抵抗があったが、彼女の働きぶりのせいで、今ではすっかり大工の一員だ。
木材を受け取る為に、一度骨組みから降りたシルフィは、作業中に考えていた疑問を、ラズカに聞き込む。
「そういえば、アリサは何してるの?」
「あ~、あの子なら、別の所で作業してるよ」
「別の場所?」
アリサの事だ。
彼女は、アンドロイドの持つ高い計算能力を用いて、木材の加工等に貢献していたが、いつの間にか姿を消してしまっていたのだ。
ラズカ曰く、別の場所で作業を行っている事だったが、次の言葉を聞いた瞬間、シルフィは硬直してしまう。
「確か、炊き出しの方で、人が足りてないってことで、呼ばれていたっけ」
「え」
「なんか、昔介護の仕事をしてたって言ってたから、怪我人の介抱と並行して、料理作ってるみたい」
その言葉を聞いた瞬間、シルフィの脳裏を過ぎったのは、アリサがかつて制作したという、スープの味や臭いだった。
あの一口含んだだけで、死にたくなるようなエグ味に、ほんのり漂ってきただけで、吐き気を催す悪臭。
それが再び製造されていると考えたシルフィは、作業を放り出して、炊き出しが行われる予定の場所へと急行した。
「ちょっと待って!あの子に料理させちゃダメええ!!」
と、叫びながら。
しかももうじき昼休憩が始まる頃合い、下手をすれば、あの悪魔の料理が振舞われる事になってしまう。
そう考えただけで、足の動きが早まって行く。
炊き出しの会場へと近づくにつれて、嗅ぎ覚えのある悪臭が、シルフィの鼻孔に入り込みだす。
思わず鼻を摘まみ、足を止めかけてしまったが、決して止まることなく足を動かし、遂に炊き出し会場へと到着する。
しかし、そこには既にピンク色の液体の入った器が散乱し、食してしまった被害者たちが横たわっていた。
「遅かったぁぁ!!」
この惨状に、付いて来たラズカも、顔を青ざめながら口を覆い、恐怖を抱いていた。
そして、原因を作った当の本人は、何事も無かったように、ピンク色の劇物の入っている寸胴鍋をかき混ぜていた。
「あ、お二人とも、お疲れ様です、よろしかったらどうです?」
「どうですじゃねぇ!何が見えてんだよその目!!」
「は?」
「だから!あそこに転がっている人たちが見えないの!?」
アリサの胸倉を掴んだシルフィは、怒鳴り散らしながら倒れ込んだ人たちを指さす。
だが、アリサは何のことかと、キョトンとしてしまっていた。
「え?あの人たちは、おいしいから倒れたのでは?この前シルフィに出したものと、成分はほとんど同じなのですが……」
「どこの世界に美味しくて泡拭きながら倒れる人がいるの!?どう見ても毒に犯されてるようにしか見えないでしょ!つか、アンタ私に一般人が倒れるような物食べさせたの!?」
「フム、では如何しましょう」
「良いから、早く解毒ポーションとか毒消し草用意してよ!!」
「話は聞かせてもらったわ!」
「だ、誰!?」
シルフィがツッコミで騒ぎまくっている所に、ヴェノム・スパイダー数体と共に、アラクネが屋根の上から意気揚々と登場する。
アリサら三人の視線が自分に向いた事を確認すると、アラクネは恰好をつけながら飛び降り、ヴェノム達もそれに続いた。
着地したアラクネのポーズは、所謂ヒーロー着地という物で、辺りにホコリをまき散らしながら、恰好よく決める。
「……」
「アラクネ、さん?」
着地して数秒間、同じ姿勢を維持していたアラクネは、突如立ち上がり、なんとも言えない顔をしながら膝を抑えながら片足でピョンピョンと跳びながら悶絶する。
どうやら着地のショックで、膝を痛めたらしい。
「痛った~やっぱりこの着地、膝痛めるわね~」
「そう言う奴いいから、何しに来たの?」
「釣れないわねぇ、せっかく解毒役準備してきたのに」
「え、解毒薬を持ってきてくれたの!?」
「ええ、言ったでしょ、話を聞かせてもらったって」
とても膝を痛めたとは思えない程、何事も無かったかのように、ケロッと立ち直ったアラクネは、手を数回叩き、何かのハンドサインを出す。
すると、一緒に来たヴェノム五体は、一列に並ぶと、その前足をシルフィに差し出した。
突然の事に、戸惑うシルフィであったが、あたかもそれが当たり前のように、アラクネは笑顔で彼らの足を薦める。
「さ、お好きな子の足をどうぞ」
「は?」
「この子たちの血液には、解毒効果があるの、だから、可愛そうだけど、この子のうち、誰かの腕を折って、血を採取して」
状況が全く把握できていないシルフィであったが、アラクネは説明を行う。
実はヴェノム・スパイダーの毒は、自らの血液を原料にしている。
その血液は、調合前であれば解毒剤として使用できる代物として重宝されているのだ。
それを知るアラクネは、彼らに頼みこみ、こうして彼らを集めたのである。
というような旨を、シルフィに話すが、はい分かりました、とはならなかった。
「できるか!敵って認識してたら出来たかもだけど、もう仲間みたいな関係なのにできるか!!」
「なにを言うの!この子たちは、皆さんと仲良く成る為の架け橋を作れる、というのであれば喜んでと、志願してくれたのよ!それをないがしろにする気!?」
「架け橋に成りたいならもっと別の方法でやって!そして、ヤクって、役目の役だったの!?」
「そうよ!そういったでしょ!」
「同音異義で解らんわ!」
「ギギギ、ギ!!」
「ギ、ギギ、ギギ!」
「ゴメン!私あんたらの言葉分かんないの!」
「えっと、『私共の身を案ずる事はありません、どうぞ我々の足をお使いください』、で、こっちの子が、『この犠牲が我々とあなた方の、良好な関係を築くきっかけとなるのならば、足の一本や二本失っても悔いはない』って」
「アンタらどんだけ献身的なの!?」
二人の喧嘩の仲裁人に成ろうと、ヴェノム達は必死に止めようとするが、アラクネの通訳が無ければ、何言っているのか不明。
とはいえ、彼らがかなり献身的なのは、とりあえず伝わって来た。
だが、彼らには悪いが、蜘蛛の足をへし折って手に入れた血液を、病人に飲ませるというのは、流石に絵的にマズイので、丁重にお断りした。
そして、断るシルフィの脳裏を過ぎったのは、アラクネの糸を剥がすために、ガイがナイトと濃厚なキスじみたことをする。
という絵面だった。
彼らの粘着性の糸を無効化するには、蜘蛛達の誰かの唾液が必要だった。
だから、仕方のない事とはいえ、似たような状況が再現されるのは、ちょっと嫌、というのが、本音でもある。
そうしている間にも、患者たちの摂取してしまった毒は、徐々に回り始め、彼らの顔色は、真っ青に成ってしまっている。
「ギギィ~」
「ごめんなさい、折角志願してくれたのに」
「ちょっと、何か私が悪い感じに成ってるのいやなんだけど……そういえば、アリサとラズカさんは?」
せっかく志願したというのに、必要ないと切り捨てられてしまったヴェノム達は、涙を流しながら落ち込んでしまい、アラクネがそれを慰めていた。
その姿を横目に、シルフィはいつの間にか消えてしまっていたアリサとラズカを探す。
早いところ解毒の方法を確立しようとしているというのに、何処へ行ったのだろうと、辺りを見渡していると、謎の老人と話しているアリサの姿を、シルフィは見つける。
「――という、この町から遥か遠方の地、そこにはいかなる毒であっても治癒すると言われ、幻の秘薬を作ることのできる薬草があるが、守護者である魔物は、とても強力だ、それでも行くのか?」
「もちろんです、この事態を引き起こしたのは、この私、そのけじめを付けなければなりません」
「おーい、お前はお前で何やってんだ?そんな大層な物じゃなくて、その辺の道具屋で買える奴で良いんだよ」
神妙な顔つきで、老人の言う魔物を倒しに行こうとしているアリサを、シルフィは止めに入ろうとする。
しかし、アリサは行く気満々らしく、シルフィの両腕を掴み、まるでこれから戦争に行く旦那が、奥さんに最後の挨拶を行っているかのような雰囲気を作り出す。
「申し訳ございません、これより一狩り行くべく、三か月ほど留守にいたします、それまで彼らをお願いします」
「お願いします、じゃねぇよ!解毒治療は時間との勝負なの!よしんば生きていても、そんなに期間空いたら自然に治ってるわ!」
ツッコミを入れつつ、アリサの手を振りほどくと、アリサは何かを思いついたように、手を叩き、どこからか、ツボを一つ取り出す。
アリサは、中身をシルフィに見せながら、その用途を説明する。
「フム、仕方ありません、では、こちらの材料を使い、計十四キロの砂糖水をつかい、毒を裏返します!」
「それ解毒完了した後!それからこの次元に毒が裏返るって概念ないから!」
「砂糖十三キロ、水一キロの割合です」
「それもうただの塗れた砂糖!」
「解毒ポーション持ってきたよ~」
塗れた砂糖の入ったツボを見せつけて来るアリサを放っておこうかと思った時。
今度はいつの間にか姿を消していたラズカが、何処かから木箱持って、駆けて来る。
彼女の持つ木箱は、上が開いており、其処には、主にポーションを入れる瓶がギッシリと詰まっているのが見て取れる。
しかも、木箱には、解毒の文字が書いてある辺り、解毒用のポーションである事は間違いない。
シルフィは信じていた、他の阿保二人と違って、ラズカであれば真面な事をしてくれると。
「(ラズカさん、貴女なら、貴女ならきっと、真面な事をしてくれるって信じてたよ!)」
急いでポーションを運んできてくれたラズカを、まるで再開を果たした家族のように出迎えようとする。
「あ」
涙を流して喜ぶシルフィであったが、木箱を持ちながら駆けるラズカの足は、地面に足をすくわれてしまい、盛大に転倒してしまった。
当然持っていた木箱は、ラズカの手を離れてしまい、中身をぶちまけながら回転し、シルフィの頬を掠める。
木箱が地面と接触する音が響き渡ると共に、散乱してしまった瓶たちも、次々ガシャガシャ割れていった。
その時のシルフィの心情としては、断崖絶壁にかけられたガラス張りの道が、音を立てて砕け散っている状況のように思えていた。
そして、全ての瓶が割れ、最後にピキン、という音が虚しく鳴り、シルフィは完全に放心してしまった。
――――――
その後、アリサの料理を食べてしまった人たちは、幸運にも時間経過で回復。
ぶち込まれた生薬の薬効が働いたのか、体調がすこぶるよく成り、超人の如く働きで、町の復興に貢献したという。




