疲れた時は味の濃い物が欲しい 前編
「(え?なにこれ、あれだけ恰好つけさせておいてこれ!?さんざん引っ張っておいて、これ!?)」
落馬によって倒れこんでしまったユリアスは、今の状況を呑み込めていなかった。
ようやく解放する事の出来た強大な魔物をテイムし、ようやく自分が里の覇権を握るチャンスが、目の前に訪れたというのに、このような目に遭ってしまっている。
古い老人たちの考えの全てを払拭し、若い自分たちが、森の中だけでなく、この周辺の町、延いては世界そのものの覇権を握るつもりでいた。
その筈が、こんなみっともない結果に成ってしまった。
予想の斜め上を行ってしまっている状況に苦しむ彼を放って起き、アリサ達はユニコーンに群がっていた。
暴れられては困るので、急所を一突きし、魔石も回収しておくと、病理解剖的な事を行い、一体何が起きたのかを調べる。
「ねぇ、あんなに引っ張っておいて、如何しちゃったの?この魔物」
「えっと……あー、これ肉離れですね」
「肉離れ!?ユニコーンって伝説級の魔物だよね!?そんな奴が肉離れ!?」
「……アラクネさん、封印って、されている側は、どんな感じなんですか?」
「ど、どんな感じって、石造りの狭い牢獄に、魔法で作った錠をしている感じかしら?」
「という事は、数百年単位寝たきりみたいな感じですよね?そんな状態で、いきなりあんな動きすれば、伝説だろうが幻だろうが肉離れ起こすのは当然ですよ」
アリサの見解は、割と正論に聞こえてはいる二人であったが、何処か納得がいかない感じだった。
ユニコーンというのは、シルフィの言う通り、伝説クラスの魔物だ。
怒りっぽく、気性も荒いという特徴を持っており、何故か処女の女性にしかなつかないという、一風変わりな性格をしている。
得意とする魔法は雷属性であり、雷鳴の如くスピードで動き、一撃必殺の元に敵を葬る。
こんなアクシデントが起きていなければ、全員で勝つのは難しかったかもしれない。
因みに、あまり知られていないパッシブスキルに、女性を同性愛に目覚めさせ、男性を百合好きにするという物がある。
「コイツのせいじゃん!この町の同性愛騒動此奴が元凶じゃん!」
「そうね、きっと町長の家系は、それを止める為に、あえてあんなことになるよう、仕向けたのかしら……だったらかなり曲解ね」
「あの、上の文章誰も解説していないですからね、かなりメタい感じに成っていますよ、まぁ、それはそうと、あの人どうします?」
ユニコーンの方は、一先ず解決したので、今度はアリサの指さした方に転がるユリアスの方に、話が移る。
シルフィ曰く、彼が里に戻ったところで、待っているのは死しかないだろう、という事だ。
暗殺者等の森の外へと出る役職についているエルフには、もれなく言動を把握するチョーカー型のマジックアイテムが支給されている。
しかも、それは特別なカギを用いなければ、外すことができない仕様となっている。
ユリアスの場合は、どうやら自力で解除したようだが、それでも背信行為である事に変わりは無い。
なんにせよ、彼が背信行為を行っていることは、里の連中は感づいている事だろうから、帰ったところで殺され、このままでいても殺される。
というように、シルフィと同じ境遇にある。
「まぁ、言っておきますが、こんな奴私は連れていきませんよ、何時裏切るかもわからないですし」
「そうだね」
「こっちも、ごめんだよ」
二人が他愛も無い事で話していると、死んだ目をしているユリアスが立ち上がって、服に付いた埃を叩き、杖を持ち直す。
死んでいる目を見る限りでは、現実を直視できなくなっている様子だ。
彼の力は、魔物をテイムすることによって初めてその意味を成す。
ここに来るまで、アラクネの山で今までテイムした魔物を捨て駒として扱い、その結果ユニコーンをテイムできたのだ。
つまり、彼は丸腰の状態、抵抗の力なんて残されていない。
「……これで勝ったと思わないでよね、何時か、君達や里を支配できるような力を手に入れてくる、それまで、精々長生きしてよ」
なんとも上から目線の話し方をしながら、町を後にしようとする彼の背中を、アリサは掴み、静止させる。
「あの、何時からこのまま帰れると、錯覚していたんですか?」
「……え?」
「いや、え、じゃなくて、壊れた町の修理費等々、賠償もせずに帰れると思っているのですか?」
「ちょ、ちょっと待ってよ、何で僕がそんな事しないといけない訳?」
「そんなの、敗者の責務に決まっているではありませんか、まぁ、お金がないというのであれば、働き口を紹介いたしますよ」
ユリアスを完全に拘束したアリサは、一旦民衆の避難所へと赴き、一人の男性を連れて来る。
その男性は、先日アリサ達に従業員が足りないと、話かけてきた風俗店の店主、彼にユリアスを雇わないかと、話を持ち掛けたのだ。
食事や寝床、休みや給金などは、店主の気分で決めて良いが、ユリアスの儲けの一部は、町に支払われるという形。
結局殺される身なのだから、その身を売り飛ばしてしまった方が、町の為にもなるだろうし、良い提案だとは思う。
ただ、店主はアリサの提案を呑み込みあぐねていた。
「待ってくれお嬢ちゃん、俺が募集しているのは、可愛い女の子だ、確かに中性的ではあるが、男を雇い入れるつもりはないぞ」
「確かに、ですがご安心を……アラクネさん」
「ふふ、そう言う事なら!」
謎の以心伝心によって、アラクネはアリサの考えを読み取ると、突然織物を開始する。
それと同時に、アリサはまだ無事の家屋や店から、化粧品の類を持ち出すと、ユリアスの着ている服を切り裂き、全裸にする。
「え!?ちょ、一体何をするつもりだい!?」
「まぁまぁ、落ち着いてください」
とてもアンドロイドとは思えないような表情を浮かべると、アリサは物色した化粧品で、ユリアスをメイキングし、同時進行で制作されていたアラクネの服を着用させる。
アラクネの制作した服は、フリフリした感じの服に、膝までのスカート、誰が見ても女性が着用するような可愛らしい服装。
そしてアリサのメイクも相まって、完全に女性にしか見えない。
因みに、下着も女性ものを装着させた。
あれよあれよという間に、このような事態と成ってしまった事に、戸惑うユリアスであったが、すぐに我に返ると、耳までトマトのように真っ赤に染め上げる。
「ウワアァァ!!何てことしてくれたんだ君達ぃぃ!!」
「あらぁ、可愛いわねぇ、私十分この子を女の子として見れるわぁ~」
元々中性的な顔立ちで、声も高め、更には少年程度しか身長が無いという事もあって、第三者から見たら、誰でも女の子と答えるような見た目に変身。
そんなユリアスをみて、店主も男の娘という新ジャンルで、意外とウケるんじゃないかと思ってしまう程。
それだけ彼の事を気に入り、雇う方向に考えを移行させていた。
和気あいあいと、完全に風俗で働かさせよう、という空気が形成されていた。
そんな彼女らを見るユリアスは、これ以上思惑通りにさせないためにも、服を脱ぎ始める。
「君達の思い通りに成ってたまるかぁぁ!!」
「させません!!」
そう言い、アリサは他人の家から鏡を一枚持ってくると、それをユリアスに見せつける。
脱いでいる最中だったので、着ている服のはだけて居る状態が、鏡に映し出される。
メイクの影響もあってか、完全に別人の風貌となっており、鏡に映っているのは、自分ではなく、別の少女としか見えなかった。
「(え?誰この可愛い子)」
「いま、『誰この可愛い子』とか思いませんでしたか?あなたこれはれっきとした貴女なんですよ」
「!?」
すかさず、アリサは硬直するユリアスの耳元で囁くと、図星を突かれ、事実を告げられたユリアスは、信じられないというような表情をしながら、顔を赤らめだす。
動揺を隠しきれていない彼に対し、アリサは更に囁き続ける。
「良いんですよ、可愛いのは事実ですから、恥ずかしがらなくても、それに、そんなにか恥ずかしがると、羞恥で顔が赤くそまって、もっと可愛くなってしまいますよ」
アリサの言う通り、恥ずかしさから徐々に顔を赤く染め上げているユリアスが、鏡に映り込む。
メイクのおかげで、もはやただの美少女と化していることもあっても、恥じらうその姿は、見る人が見れば、可愛さは相当な物だろう。
「ほ~ら、可愛いですね~、もっと可愛くなっても良いんですよ」
「あ、ああ、ぼ、僕は」
「おや、僕ッ子路線ですか?まぁそれでも良いですが、今の貴女であれば、どんな事をしても、可愛い女の子にしか見えませんよ」
「うぐ、うう~」
立て続けに言葉攻めをされ、しかも背後に居る民衆にも見られていると教えられたユリアスは、顔を赤く染め、涙目に成りながら座り込んでしまった。
もういっそ殺してくれと言わんばかりの状態だ。
そんな彼を見ても、アリサはやり過ぎたとは考えてはいなかった。
それだけでなく、止めを刺すためにささやきを続行する。
「一つ言っておきますが、これは貴女を気遣っての事なのですよ、お嬢ちゃん」
「え?」
「別に、女性専用の百合風俗店でなくとも、男性の通うお店に売り飛ばしても、私は別に構わないんですよ、良いんですか?お尻に何差し込まれるかわかりませんよ、色々な尊厳を無くす位なら、女性の相手をして、尊厳を失った方が、まだ良いでしょう」
「そ、そんな」
「それが嫌なら、里の森に捨てても良いですし、賊でもいそうな山に捨てても良いんですよ、その容姿であれば、掘られても文句は言えません」
「……」
黙り込んでしまったユリアスは、とうとう心が折れたらしく、涙を流しながら土下座を行う。
「わ、分かりました、ここで御奉公しますから、もうこれ以上は、止めてください」
「よろしい」
因みに、この様子を見ていたシルフィとラズカは、結構引いていた。
そんな二人を横目に、アラクネはアリサの元へと歩み寄り、耳打ちで気になった事を、打ち明ける。
「〈ねぇ、誰にそんな事プログラムされたの?〉」
「〈ああ、マスターのコレクションを、いくつか拝見していましたから〉」
「〈え?どんなの?〉」
「〈年上お姉さんに、女装された少年が言葉攻めされる奴です、あの人女×男の娘でも、百合と認められる方でしたから〉」
「〈意外とマニアックなのね〉」
「〈あと、女装した男性同士の奴をもって、何度かトイレに入って……〉」
「〈それは大丈夫なの!?貴女のマスターって確か男性だったわよね!〉」
「〈まぁ、大丈夫でしょう?〉」
アリサのマスターの性癖を、少し疑ってしまったアラクネであった。




