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エルフとガイノイドの百合劇場  作者: B・T
スイートピー編
342/343

スイートピーの花言葉 後編

 リリィとシルフィの出会う以前。

 ヒューリーの隠れ家にて。

 キーボード操作と、作業用の音楽のみが響く部屋。

 そこでヒューリーは、意識の無いリリィの調整作業を行っていた。


「……」


 まるでモニターしか見えていないかのように、彼は作業に没頭する。

 そんな彼の事を気遣い、ジャックはコーヒーを差し入れる。


「ほら、ご注文のキャラメルマキアートだ」

「ッ……ああ、すまない」


 こころよく受け取ったヒューリーは、早速コーヒーを口にする。

 疲れていた身体に、キャラメルの糖分とコーヒーの苦みが巡り、癒しを与えてくれる。

 ラベルクの入れてくれる紅茶も捨てがたいが、彼女は別世界に居る。

 少し休憩を入れる為に、ヒューリーは壁にもたれかかるジャックの方を向く。


「感謝するよ、隠れ家の提供だけでなく、色々と面倒を見てくれて」

「ラベルクが居ないと、お前はただのガリ勉に成り下がるからな、それに、お前の研究も興味深いしな」


 個人的に入れたコーヒーをすすりながら、ジャックは目の前の棺桶のような物に目をやった。

 箱の中には持ち出した素体が入っており、付き人だったリリィの意識を映している。

 アンドロイド工学、AI技術、それらで権威を取れる程の頭脳の彼の手で創られる新しいアンドロイド。

 それらを完成させる手助けの為に、ジャックは隠れ家を用意したのだ。


「けど解らない事も有る、超常エネルギーとも言える、エーテルの科学的利用法の発見、それを生成する半永久機関の開発、どれも、ナーダでも連邦でも、一生遊んで暮らせる金が手に入る、何故俺達だけに打ち明けた?」


 彼はナーダから脱走し、連邦領へ亡命したが、どちらの派閥にも付くつもりはなかった。

 代わりに、ジャック達への協力を申し出た。

 ジャックとエーラの手引きによって、こうして研究に没頭できる環境を用意されている。

 何故こんな道を選んだのか、難しい顔を浮かべるヒューリーは、質問に答える。


「……どの政府に味方をしようと、私はこの研究で殺戮兵器を作らなければならなくなる、ならば、せめてマシな貴方達に渡したかった」


 理由は簡単だった。

 高度な技術を生み出した科学者は、戦時中ならばその技術を不本意な事に使われる。

 純粋な気持ちでアンドロイドを造りたい彼にとっては、不愉快でしかない。


「そうか……だが、そうまでして、お前は何をしたい?彼女達アンドロイドを、新たな人間として認めさせる、それは前に聞いたが、アンタにはまだ目的がある様に思える」

「ああ、確かに私は、それを目的としている、だが、それと同じくらい、彼女達には、人類と共に次のステージへ進んで欲しい」


 箱をなでながら、ヒューリーは自分の真意を話した。

 争い続きの人類を進ませるためには、アンドロイドが必要であると考えている。

 ラベルクとジャックには、その為の方法を託している。

 だが、一番の問題は、リリィの方に有る。


「その為に、人間嫌いのアンドロイドを素体に選ぶか?」

「だからこそだ、心から人を嫌う彼女が、誰かを心から愛した時、その力は本物となり、全ての世界に光を与えられる」

「……そうか」


 ヒューリーの演説を聞き終え、ジャックは笑みを浮かべながらコーヒーを傾けた。


 ――――――


 天気のいい昼下がりの日。

 窓から差し込む朗らかな陽光に照らされながら、机の上で寝ていたシルフィは目を覚ます。


「ん、ん~」


 寝起きの目をさすりながら、シルフィは辺りを見渡す。

 広がるのはすっかり荷物をまとめられて、スッキリとした部屋。

 有るのはベッドとイスと机だけ、なんとも殺風景な場所に髪の長い女性が入って来る。


「やっと起きた、おはよう、シルフィ」

「……あれ?リリィ?髪伸ばした?」


 一瞬イベリスと見間違えかけたが、ウェーブをかけている彼女と違い、単純にふんわりとした髪だ。

 何時ものショートではない事に、シルフィは首を傾げた。

 だが、リリィもその発言には目を細めた。


「……十年前から伸ばしてるんだけど?まだ寝ぼけているの?」


 リリィの発言を聞いて、シルフィはようやく目を覚ます。

 見ていた夢を思い出しながら、シルフィは背もたれにもたれかかった。

 昼寝をしながら見ていた夢、それは今から七十年程前の事。

 初めてリリィだけでなく、実の母とも出会い、様々な戦いを経験した時代の話だ。


「……ああ、そっか……随分懐かしい夢、見ちゃったな~」


 改めて窓の外を見れば、そこには中世時代と近未来を合わせたような光景が広がっていた。

 アースドラゴンの攻撃で壊滅した町に代わり、レリア達の世界やリリィの世界からの援助を受けながら再興した町だ。

 元ハイエルフの森だった場所を開拓し、カルミアを頂点にして興された町。

 今やイリス王国で最も発展している町となり、シルフィ達の住まいとなっている。


「……思えば、七十年も前だよね、ここで、リリィと出逢ったのって」


 立ち上がったシルフィは、今度はベッドに座った。

 そして、ベッドを軽く叩いて、リリィを自分の隣に座るように促す。


「……ああ、もうそんなに、経つのか」

「うん、あれから、色々有ったよね、特にここでの戦いは、本当に」

「私達の放ったあの光のおかげで、私だけでなく、他の姉妹や、イビア達、他の連中にも影響が出た……おかげで義体が限りなく人間っぽくなって、髪は伸びるは、蚊に刺されて痒いは、面倒が増えた」

「でも今は慣れてエンジョイしてるでしょ」

「まぁ、確かに」


 愚痴を垂れながらシルフィの横に座ったリリィは、当時の事を思い出した

 世界を浄化する為に放ったあの光は、多くの人間に影響を与えていた。

 イビアとスノウ達のハイエルフ化だけでなく、リリィ達にも影響はある。

 背骨と頭蓋の金属部品やドライヴ、頭部のAI以外はほぼ人間のようになっていた。

 おかげで風邪はひき、髪は伸びる様になった。


「だが、あの時は多くの犠牲が出た、生き残ったロゼやアンクルは、その後も大変みたいだったな」

「でも、二人は五年くらい前に大往生だったし、ロゼさんはレリアさんの従者になって、アンクルさんは新しい薔薇騎士団の団長になってた」


 最後の戦いの後、薔薇騎士団の中で生き残ったのはロゼとアンクルのみ。

 鎧の力で生かされていたロゼだったが、リリィ達の放った光で呪いから解放された。

 その反動のせいで戦う力を失い、護衛はアンクルが再編した薔薇騎士団が請け負った。

 ただの女給となったロゼだったが、とても幸せそうだったのを今でも覚えている。


「……そんな戦いが有った日から、随分と経って……私の姉妹も、それぞれの道を進み始めたな」

「うん、カルミアちゃんは、今やこの町を統べる大貴族で、元老院まで出世したね」

「ああ、昔の私達の世界じゃ考えられなかった」


 恐らく宇宙初のアンドロイド議員兼、町の貴族。

 そんな彼女は、前線に出なくなったので、もう少し大人な義体に変えている。

 新しい身体をひっさげ、レッドクラウンと共に政治活動に勤しんでいる。

 昔のリリィ達の常識では、考えられない出世だ。


「イベリスさんは、チフユちゃんと除隊して、町で小料理屋、か」

「時々行くが、やっぱり彼女が姉妹で一番料理が上手い」


 チフユと共に除隊したイベリスは、町の商店街で料理屋を営んでいた。

 元々接客業をコンセプトにした個体だけあって、それなりに繁盛している。

 リリィ達もひいき目無しに、時々来店している。


「デュラウスちゃんは、確かウルフスさんのパン屋さん継いで、スノウちゃんの学校資金稼いでるんだよね」


 大戦が終わり、この町を興す前。

 デュラウス達は、ウルフスの捜索を行っていた。

 幸いな事にウルフスは発見され、以降は三人でパン屋を営んでいた。

 だが、その後で、ウルフスは病に倒れ、デュラウスが後を継いだ。

 除隊した際の退職金なども使い、スノウを学校へ入れる為だ。


「ああ、私達とは違う形で、探求を行う為、らしいがな」


 この町には、カルミア達の提案によって学校が設けられている。

 身分に関係なく入る事ができ、魔法や化学に関する研究が盛んな研究所でもある。

 スノウは、そこに入学希望のようだ。

 それも、七十年前に交わしたマリーとの約束の為でもある。

 言ってしまえば、学校はリリィ達の目的をこの世界でも進める為の施設だ。


「うん、でも、ヘリアンさんとイビアさんは同行するんだよね?」


 多くの姉妹が除隊する中で、ヘリアンとイビアだけは軍に残っていた。

 その理由は、リリィとシルフィの行う探求の手伝い。

 イビアもハイエルフとして覚醒し、ヘリアンもこの七十年で沢山の知見を得た。

 今や二人は、彼女達にとって大事なアドバイザーでもある。


「そうだ、船員の顔と名前くらい、頭に叩き込んでおけよ、艦長さん」

「えへへ、でも、ちゃんと九割以上入ってるよ」

「十割」

「うへ~」


 リリィに苦言を呈されながら、シルフィは天井から透視を使って空を見た。

 彼女の視界に映るのは、月面に展開されている恒星間移動艦隊。

 志願した多くの旅人を乗せた居住艦と、複数の護衛艦と部隊。

 その旗艦を成す、新ヴァーベナ級総指令艦『サルビア』

 ヘリアンとイビア達同様、軍に残っているシルフィが艦長に就く大型艦だ。

 ここまで出世するプロセスに、シルフィは白目を向いてしまう。


「わざわざリリィの世界の士官学校に留学して、今は亡き少佐さんやエーラさんにしごかれ、曹長から始まり、コツコツと出世して、今や中将か……」


 七十年の積み立ての結果、士官学校卒業後、改めて入隊したシルフィは中将まで出世した。

 忘れがちだが、そもそもシルフィは何時も非正規の隊員だった。

 エーラや少佐の協力も有って、こうして正規の士官へ出世。

 もちろん、リリィもシルフィの補佐官として乗艦する。

 彼女も、少尉から正規の手順で出世した。


「ま、シルフィは無知だっただけで、飲み込み何かは早かったからな、それに、私や姉さまが補佐するから、気負う事は無い」


 リリィだけでなく、ラベルクも補佐官として乗艦する。

 そして、彼女のもう一つの役目は、艦隊をコンピュータによって管理する事。

 マザーではなく、ダンジョン深部で見つけたコンピュータを解析した物だ。

 エーラの置き土産であり、今後のリリィ達の活動を手助けしてくれる。


「ありがと、リリィとあの人達には感謝しかないよ」


 ここまで出世できたのは、少佐達のおかげ。

 しかし、二人は既に他界してしまっている。

 エーラは単純に寿命で、少佐はここまでの心労や老衰で力尽きてしまった。


「そして、彼の代わりは、今や大佐のドレイクが、軍部の司令官か」

「うん、でも、ウィルソンさんは、ここに残るみたいだけど」

「彼には家庭が有るからな」


 エルフで顔見知りのウィルソンとドレイクも、それぞれの道を行っている。

 今やドレイクは、シルフィの部下に値する地位にいる。

 軍を率いて、彼なりにリリィ達の目標を手助けしてくれているようだ。

 だが、家庭の有るウィルソンは、この世界に残るらしい。


「チハルちゃんは、ドレイクさんの補佐官か……艦隊の最高指導者の人になって欲しかったけど、知らない人が選ばれちゃったよね」

「しょうがない、カルミアはここで町を統べる役割がある、それに、シルフィにはいい機会だ」

「はぁ、頑張んないと」


 艦隊はあくまでも、居住艦の護衛を行う為の物。

 シルフィの役目は軍事的な指揮、全体的な管理権限は別の者が持っている。

 なので、選出されたのは軍の関係者ではなく、政府関係者だ。

 その下に就く事となるシルフィは、その人とも良好な関係を築かなければならない。

 慣れない事ではあるが、全ては約束の為だ。


「……それも、約束の為、絶対にたどり着かないと……マリーちゃん」

「そうだな」


 腕輪をいじりながら、シルフィは約束を思い出す。

 絶対にマリー達の居る領域まで、たどり着いてみせる。

 彼女と最後に交わした約束を守る為に、ここまで努力してきた。

 改めて見たマリーの遺体の前で、一生分泣き、決意を固めたのだ。


「遺品は送らないで、私達で持って行こうね」

「そのつもり、ちゃんとまとめた?」

「もちろん」


 形見は家に飾っていたが、既に荷物としてまとめている。

 マリーの事を思い出しながら、シルフィはベッドをなでる。

 リリィと二人で住んできた家とも、これでお別れなのだ。


「明日には、艦に移住しないといけないから、この家ともお別れだね」


 この家は、町を興した時からずっと住んでいる思い出の家。

 何時かは分かれると解っていても、どうにも受け入れがたかった。

 とは言え、築七十年前後の家、そろそろ取り壊さなければいけない。

 今日中に荷物をまとめて、艦に移住しなければならないので、殺風景な部屋になっている。


「色々有ったな、ま、七十年も一緒に居たから、喧嘩だのなんだも、何度かやったな」

「やったね、最長は十年くらい口きかなかったよ」


 それだけ長く一緒に住んで居れば、流石の二人でも仲違いを起こす。

 数時間口論が続く事も有れば、寝室も別に成った事も有る。

 場合によっては、どちらかが姉妹の家に家出もした事があった。

 因みに、リリィの敬語が抜けているのも、距離を感じるというシルフィの頼みに応えた結果だ。

 なので、極力シルフィと話す時はタメ口を使っている。


「でも……やっぱり一緒が良いよ、顔見知りだったの人たちは、どんどん居なくなって、たしか七美さんも、そろそろ峠だよね」


 エルフゆえの長寿、それもハイエルフに成った事で強化されている。

 倍の二千年も生きなければならないので、時間間隔が曖昧になってしまう。

 孤独を嫌うシルフィにとっては、他種族の入り混じる町では、同胞やリリィのような存在はありがたかった。

 再び寂しさの込み上げて来たシルフィは、リリィの肩に頭を乗せる。


「確かに、彼女だって、普通の人より寿命が若干長いだけで、元は人間だからな」


 質問に答えたリリィは、七美の事を思い出す。

 彼女はエーラと共に、約束を叶える為の手伝いを行ってくれていた。

 時にはこの世界の学校で、教授のような地位に立って研究を行っていた。

 しかも、スノウの家庭教師まで勤めてくれた。


「(そんな彼女も、今や床にふせてしまった、マルコが悲しむな)」


 その傍らで、七美はキレンの寿命を延ばす研究も行っていた。

 だが、キレンはルシーラの予言通り、三十歳程でこの世を去った。

 遺されたマルコは、フェンリルという事もあって、七美よりも長生きをする。

 町民からは町の守護神とも崇められ、様々な狼型魔物からも好かれているが、身内を失ってしまう。


「私は、絶対にシルフィを一人にしない、私の全てに誓う」

「……うん、ありがとう」


 シルフィの耳元でささやいたリリィは、シルフィの手を握った。

 ダンジョンで発した光は、リリィ達を更に人間へ近づけただけではない。

 光によってドライヴまで進化し、全体的な寿命は更に上がっている。

 予測では、更に千年以上は稼働し続けられるようだ。


「それに、私はシルフィを守ると、マリーと約束したんだ」

「……うん」


 互いに向き合った二人は、頬を赤らめる。

 昔の事を話されたせいなのか、少々初心な頃を思い出す。

 初めて唇を重ねた時は、互いにオドオドしてしまっていた。

 当時の事を脳裏に過ぎらせたリリィは、シルフィの柔らかで長い髪をかき上げる。


「……シルフィ」

「ッ……」


 もう慣れた事の筈だというのに、シルフィは目を瞑り、顔を真っ赤にしながら口をつき出した。

 彼女のせいで、リリィまで恥ずかしく成ってしまう。

 少し意地悪したくなるが、ここはストレートに行く事にする。


「ん」

「んム」


 最近は忙しく、ロクに触れ合えていなかった。

 艦長クラスともなれば、プライベートも制限されてしまう。

 今の内に思う存分イチャつきたいところだが、やることはまだまだある。


「愛してる」

「うん、私も、大好きだよ」


 唇を放した二人は、ベッドから立ち上がる。


「さて、人類の門出だ、さっさと片付けて、イベリスの店で、パーっとやるか!」

「だね、最後になっちゃうし!」


 そう、姉妹達で最後に集まっての打ち上げだ。

 気付けば大分日も落ちて来たので、二人はさっさと片づけを済ませる。

 その後で、二人は家を出ようとする。


「シルフィ」

「何?」

「色々有りましたが、私にとって、貴女との出逢いが、一番の幸せです」

「……私も、貴女に会えて、本当に良かった」


 一瞬だけイチャこらした二人は、外へ飛び出す。

 町への別れと、感謝を胸に。

 これからの探求に、心を躍らせ。

 二人は目的地へと向かう。


「(絶対に掴んでやろう、シルフィ……永遠の幸せを)」



すみません、最終回設定されていないのは故意です。

明日最後の一本を投稿します。


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