スイートピーの花言葉 前編
教会の地下にて。
リリィ達の戦いを観測いたルドベキアは、弱弱しくなった力で笑みを浮かべていた。
「……」
もはや語る力も無く、その笑みは最後の力を振り絞った物だった。
その安堵は、今までルドベキアの生を引き留めていた力を緩めた。
目的は完遂され、後は彼女達にゆだねるのみ。
「あ、りが、と、う……」
しわがれた声を出しながら、ルドベキアは息を引き取った。
同時に仮面ははがれ落ち、素顔があらわに成る。
老いて乾いたその顔は、とても満足そうな笑みを浮かべていた。
――――――
同時刻、ヴァーベナの艦内にて。
生き延びた隊員達は、裂け目を通じて脱出に成功。
艦内で待機していた部隊の協力を得つつ、手当を受けていた。
「さて、アイツらはどうしてるかしらね」
簡単に処置を受けたイビアは、ヘリアン達の元へ向かっていた。
全身打撲に骨折箇所が多数と言われたが、やせ我慢しつつ歩みを進める。
ヘリアン達は、瀕死状態のマリーを連れて、集中治療室へと向かった。
経過が気になっていたので、医師からの制止を振り切って来たのだ。
「……ここね」
目的地に到着したイビアは、少し深呼吸をしてから入室した。
正直言って、結果を聞くのは怖い。
それでも、受け入れなければならない事も有る。
「失礼するわよ」
「……あ、イビア」
「……よう」
部屋に居たのは、ヘリアンとデュラウス、そしてスノウの三名。
彼女達は、マリーの眠るベッドを囲みながら、どんよりとした空気を出していた。
表情も沈み、目に涙を溜めている。
この状況を見たイビアは、言葉を失った。
「……ヘリアン、まさか」
「……」
イビアの言葉に答えるべく、ヘリアンは頷いた。
目に溜まっていた涙は零れ落ち、両手も力強く握られる。
「裂け目を、抜けてすぐに、生命維持装置を、付けたけど、ここに運んで、蘇生処置を、行った時には、もう……」
裂け目を抜けてすぐ、二人は用意されていた生命維持装置にマリーを入れ、ここに運んだ。
できる限りの処置行い、蘇生を試みたが、既に手遅れだった。
シルフィの魔力供給すら、無意味であったかのように、マリーは帰らぬ人と成った。
「そう……シルフィ達に、何て言おうかしら」
「うん、正直、マリーには、いい思い出は、あんまり無い、でも、助けたかった」
「コイツには何かと借りが有ったが、シルフィの妹って事に変わりない、だからこそ、何とかしてやりたかったが……」
二人にとって、マリーの第一印象は最悪だ。
圧倒的な力の差を見せつけられ、一方的になぶられた。
そんな思いがあっても、シルフィの愛妹というだけで助ける理由に成る。
だが、結果はご覧の通りだ。
「……ところで、他の連中は、その、どうだ?」
この空気に耐えかねたデュラウスは、他にも救助されたメンバーの安否をたずねた。
少々不謹慎だったかもしれないが、黙っているよりはマシだ。
「……薔薇騎士団のメンバーは、ウルメール、ミシェル、アンリがやられたわ、アンクルはかろうじて生き延びて、ロゼは、意識不明の重体よ、エーラが言うには、鎧に生かされてる状態だって」
前大戦を生き延びた強者たちであっても、壊滅的な損失を被っていた。
彼女達がいなければ、今頃大量の魔物が艦内にあふれていたかもしれない。
特にロゼは、鎧の力を解放してまで、防衛ラインを死守してくれた。
そう考えれば、マリーやロゼ達の犠牲は無駄ではなかった。
しかし、彼女達の周りの人間は、それで喜ぶような者達ではない。
「そうか……姫様には、悪い結果になっちまったか」
「ええ、犠牲は、計り知れないわね」
最深部での犠牲者を聞いたデュラウスは、力無く壁にもたれかかった。
横で聞いていたスノウも、エルフ特有の耳をペタリと落としていた。
デュラウスの帰還には喜んだが、それどころでは無かった。
スノウの脳裏をよぎった、あの忌々しい怪物が、また沢山の命を奪ったのだ。
「(……また、あの化け物が……お父さんや、お母さん、里に居た他の皆みたいに)」
スノウにとっても、クラブは因縁の深い相手。
両親だけでなく、里に居た友人たちまで彼女に食い殺された。
当時の事を思い出したスノウは、デュラウスの隣で壁にもたれかかる。
「……ねぇ、デュラウス」
「何だ?」
「私達には、もう何もできないの?」
「……ああ、後はリリィ達に任せるしかない」
スノウの頭をなでながら、デュラウスは答えた。
今の自分達には、もう何もできない。
諦めるデュラウスだったが、ヘリアンはまだ諦めていなかった。
「いや、まだ、私達に、できる事はある」
「あ?」
――――――
その頃、ダンジョンの最下層にて。
リリィとシルフィは、射撃による反動で一緒に倒れていた。
「……今度こそ、終わったよね?」
「恐らく……あれで生きていたら、気持ち悪いですよ」
本当にいい加減にしてほしい、二人は心からそう思っていた。
ザラムだけでなく、マリーまで犠牲にしたのだ。
これだけやってまだ生きている何て、そんな理不尽はゴメン被る。
「でも、そんな奴でも哀れむとは、相変わらずですね」
「……正直、アイツは嫌いだよ、でも、あんな姿になるまで堕ちると、なんかね」
シルフィにとって、クラブは嫌な思い出しかない。
それでも、人型という事以外原型を無くされると、同情も有った。
シルフィの気持ちも良く解るが、リリィは異なる感想を抱いていた。
「……私としては、目的や立場のためであれば、他者を排除し、同胞であろうと食い物にし、やがては、世界さえ汚染させる……なんだか、アイツを反面教師にしろ、とでも、ルドベキアに言われているようですよ」
「リリィのそう言う感想、今後の活動のヒントになりそうだよ」
「それは恐縮です」
しかし、今はやるべきことがある。
それを思い出したリリィは、起き上がりながらコアを取りだす。
「……さ、鬼の居ぬ間に、任務を済ませましょう」
「そうだね、ここもそろそろマズそうだし」
立ち上がった二人は、改めて周囲を見渡す。
できるだけ時間をかけずに戦ったつもりだが、空のヒビは大きくなっている。
ガラスだったら、何時割れてもおかしくない状態だろう。
作業を急ぐために、リリィはコアにアクセスを試みる。
「(とは言ったが、どうすれば良いんだ?)」
試しに目元に持って来たリリィは、コアへリンクを開始。
色々と気を付けながら探っていると、認証システムのような物を発見する。
トラップ等も無さそうなので、明らかにリリィ達が使えるようにも細工されている。
「(あのクソババア、こうなる事も想定済みかよ)」
不本意ではあるが、ルドベキアの思惑通りにしなければ、目的は果たせない。
仕方なく、リリィは自らを認証させる。
「……よし」
「どう?」
「認証は通りました、後は、ダンジョンを正常に戻しましょう」
認証が通った事で、コアの扱い方がリリィにインストールされた。
手順に従い、先ずはこの空間の延命処置を済ませる。
その後魔物達の流出をストップさせ、裂け目を閉じようとする。
しかし、リリィ一人の力では全て実行できそうにない。
「……」
「リリィ?」
「ごめんなさい、シルフィ、もう一度貴女の力をお借りしなければなりません」
魔物の出現は止められたが、エーテルと裂け目の方は簡単にはいかなかった。
大気中のエーテルを浄化し、裂け目を閉じるには、相当量のエーテルをぶつける必要がある。
しかも、同等の性質を持つ天が必要だ。
「大気のエーテルの浄化、そして裂け目を閉じるには、貴女の力が必要です」
「わかった、結局最後は、私達の力が必要って事ね」
「そう言う事です」
立ち上がったシルフィは、リリィと向き合う。
「それで、どうすればいい?」
「先ずは、リンクした我々の力で、この空間からダンジョンを完全に掌握し、出入り口からエーテルを放出します、こうすれば、世界を浄化できる筈です」
シルフィ達の世界は、ダンジョンとの癒着が強い。
自然にクラブの魔力が浄化するのを待つと、長い年月が必要になる。
それを考えると、ダンジョン内から全てを綺麗にする必要があるのだ。
説明を聞いたシルフィは、少し気乗りしない様子だ。
「……理屈は分かったけど、二人でやれるかな?」
「やるしかありませんよ」
「そうだね」
悩んでいても仕方がない。
それよりも、進む事の出来る方を選んだ。
考えを実行する為に、シルフィはリリィとリンク。
これによって、詳細な考えが送られてくる。
「……成程、そう言う事ね」
「はい、行きますよ」
「うん」
「オーバー・ドライヴ!」
シルフィから了承をとったリリィは、早速オーバー・ドライヴを使用した。
同時にコアを展開し、別の空間へのアクセスを可能にする。
アクセスが可能なのは、ダンジョンの各地に有る転移装置。
そこからエーテルを流し込み、浄化作業へ入る。
「ウッ!頭が!」
「耐えてください!私も辛いんですよ!」
ダンジョン内を含めた全てのエーテルを浄化、それは容易な事ではない。
対象のエーテルを取り込もうにも、量が膨大すぎて受け止めきれない。
リリィと思考を共有しているというのに、シルフィの頭はパンクしそうだ。
「(何て言ったが、二人じゃ)」
頭が焼き切れそうな思いをするリリィも、短時間で限界が訪れた。
それだけクラブの遺した物は、厄介という事だ。
とても二人だけでは、対処しきれない。
「あーあ、やっぱり無茶して」
「え?」
「たく、手のかかる姉だ」
「貴女達」
頭が燃えそうな気分になっていた二人の元に、デュラウス達が駆けつけて来た。
イビアやスノウだけではない、リリィの他の姉妹達まで居る。
ボロボロになりながらも、皆はリリィ達とリンクを開始する。
「何故貴女達まで!?こんな事に付き合う必要は」
「クソが、お前らだけ良い恰好させるか!」
「それに世界がダメになるかどうかだし、やってみる価値は有るでしょ!」
リンクする事で、彼女達の状態は手に取る様に解ってしまう。
もちろん、それを承知で駆けつけている事も解る。
無謀すぎる行動をとる彼女達に、シルフィも説得を始める。
「でも、みんなだってもう限界の筈!」
「言ったでしょ!頼れる時は、頼りなさいって!」
「私達が手伝うんだから、感謝しなさいよ!」
二人の説得も虚しく、全員リリィ達への協力を止めない。
しかし、彼女達の言う通り、協力を得なければ成しえない事だ。
繋がる彼女達の力は、次第に高まって行く。
妙に頭もスッキリしており、リンクしただけの恩恵ではない。
「……この感じ、ヘリアン、貴女」
「うん、このダンジョンに有る、ルドベキアの、コンピュータ、演算を共有させて、貰った」
「……成程」
大まかな説明ではあったが、思考が共有された事で判明した。
ヘリアンは以前、このダンジョンのどこかに有るコンピュータにアクセスした事がある。
当時は防衛プログラムに阻まれたが、コアを入手した事で容易に権限を手に入れられた。
方法は、初めてアクセスした時に手に入れたらしい。
この事実を前に、リリィは笑みを浮かべる。
「……さぁ、世界を救うとしましょう!大馬鹿ども!!」
喉がはち切れんばかりの大声が響き渡ると同時に、リリィ達の力は最高潮を迎える。
全員のエーテルの特色が混ざり合い、みんなを包み込む。
『ウヲオオオオ!!』
この数分でダンジョン内を汚染していたエーテルは浄化され、次第に外へと放出される。
世界が浄化されていくと同時に、リリィとシルフィに変化が訪れる。
「(……何だ?この感覚)」
「(さっきまで必死だったのに、この晴れやかな気持ちになる)」
二人の心境は、なんとも穏やかな気分になっていた。
彼女達に影響されるように、リンクしている全員も同様に心が澄んでいく。
平常心となり、彼女達の力の精度は向上。
彼女達を包む輝きは、更に光度を増す。
――――――
繋がる彼女達の力は、限界以上の力を見せた。
その中央に居たリリィとシルフィは、気づけば別の空間に居た。
「……こ、ここは、一体」
「あれ?皆が居ない」
二人の視界に入るのは、全員のエーテルが交じり合った際の色。
まるでエーテルだけで形成された世界に、二人だけが放り出されたようだった。
初めて来た空間の筈なのに、なぜだか居るべき場所に居る様に思える。
「……何故でしょう?何故だか落ち着く」
「うん、何だろうね、この感じ」
「人の到達点に居るからよ」
突然耳に入って来た、というより、脳内に飛び込んできた声に、二人は驚愕した。
何故なら、二人の映る視界の中から、ルドベキアが現れたのだ。
二人は反射的に警戒してしまう。
「ルドベキア!?」
「何で貴女が」
仮面は着けておらず、本来の彼女の姿が現れている。
しかも、何故だか彼女の表情も落ち着いている。
様々な事に吹っ切れて、穏やかになっているようだ。
オマケに、敵意も悪意も一切無いという事が伝わって来る。
「落ち着いて、今の私には、何の悪意も無いわ……言わなくても、わかるかしら?」
「……ええ、不思議な事に」
「……それに、人の到達点って?」
首を傾げながらの問いかけに、ルドベキアは笑みを浮かべる。
とても嬉しそうに、そして時間をかけない様に説明を始める。
「この空間は、私達の知る法則から逸脱した場所……人の到達できる最高点、それが今の私の見立て……でも、貴女達以外では、肉体を持ったまま来る事ができない」
「どういう事?」
「私が気付いたのは、あの教会の地下で死んだ時、恐らく、肉体が死んだ事が起因しているのよ、でも、貴女達は生きている」
自分たちだけ生きたままこの空間に来られたと言われても、理解しきれない。
だが、ルドベキアの説明を受けて、二人は納得できてしまった。
理屈ではなく、本能的に察してしたのだ。
話を呑み込めていない二人を見るルドベキアは、少し表情に影を落とす。
「証拠はもう一つあるの……貴方達には、とても悲しい現実だけれど」
「……」
「え?」
ルドベキアの陰から現れた人物を前にして、シルフィ達は目を見開いた。
「マリー、ちゃん?」
「……えっと、久しぶり、かな?お姉ちゃん、リリィ」
「貴女まで」
申し訳なさそうにするマリーだった。
ルドベキアの言っていた事が本当であれば、マリーは既に亡くなっている。
この事実を察したシルフィは、涙を流しながらマリーの手を掴む。
「マリーちゃん、どうして」
「……ゴメン、こんな事に成って」
幻覚だったと逃れたかったが、繋いだ手の温かさは本物だ。
手を繋いだマリーまで、涙を零す。
しかし、また再開できたことに、マリーは笑みを浮かべていた。
「……彼女まで、何故」
「ジャック以上に無理をしてしまったのよ、でも、そのおかげかしらね?彼女がここに来れたのは」
「……ですが、まだ私には解らない事が有ります」
「何かしら?聞くなら急いで、貴女達がこの空間を認識できるのは、後僅かよ」
「では……この事も貴女の予測ですか?」
時間が無い事を伝えられたリリィは、手短に要点だけを聞く事にした。
この空間に来た時から、ずっと気になっていたのだ。
何時も先の先のまで考える彼女にしては、混乱のような物を感じ取っていた。
リリィの質問に対して、ルドベキアは首を横に振る。
「いえ、こんな空間に来れるなんて、私も予想外よ、所詮、私が予測できることは、私の知る限りの知識の内で分かる事だけだもの」
「貴女でもそんな事有るんですね」
「ええ、全ての知識を得たと思っても、また別の考えや思想、文化と出会う事になる、でも、今のこれは好都合よ」
「どういう事です?」
「この空間に居れば、知性の有る者と意思疎通が容易になるのよ、だから、私は彼女達と共に、更なる探求に出ようと思うの」
「彼女達?」
この現象さえ、ルドベキアの予想から完全に外れていたらしい。
会話の中の違和感に気付いたリリィの思考に、ルドベキアの言う彼女達が映し出される。
ルドベキアの仲間は、マリーだけでは無い。
他にもリリィのよく知る人物まで、何人も見受けられる。
内心驚くリリィを見るルドベキアの視線は、徐々に下へと向かう。
「……どうやら、お別れの時間ね、二人共、伝えたい事が有るのなら、早くね」
「え?」
「あ、足が」
ルドベキアに言われて、二人は足が消えかかっている事に気付く。
どうやら、時間が来てしまったらしい。
これを見て、シルフィとマリーはより一層強く手を握る。
「マリーちゃん、ごめんね、ダメダメなお姉ちゃんで」
「そんな事言わないで、こんな私を受け入れてくれただけで、感謝しかないもん」
涙を浮かべる二人だが、こんな状況だというのに、言葉が見当たらなかった。
しかし、この空間に居るおかげか、言葉よりも重く早い答えが伝わる。
二人の間に交じる、絶対に離れたくないという思いは、リリィ達にも伝わってしまう。
その思考に乗せられて、リリィもマリーの手を握る。
「……こんな結末は拷問ですよ」
「いいえ、結末ではないわ、これは、全ての始まり、貴女達も、何時か肉体を持ったまま、自由にここに来れる日が来る、その為にも、貴女達も探求を怠らないで」
ルドベキアに諭された三人は、涙を雨のように流しながら目を見つめ合った。
彼女から示された、再会の可能性。
手に取った希望を胸に、シルフィは最後言葉を送る。
「……絶対、絶対にまた会おうね!必ず、猛ダッシュでここまで来るから!」
「ゆっくりで良いから、焦らないで、でも、必ず来てね、約束だよ!……リリィ、お姉ちゃんをお願い!」
「……当然ですよ」
繋がっていた三人の手は離れ、マリーだけが残された。
ひとしきり泣き、涙をぬぐったマリーは、ルドベキアの方を向く。
「……行こう」
「ええ、みんなが待っているわ」
――――――
その後。
リリィとシルフィは、涙を流しながら、元の場所に戻っていた。
だが、意識だけがあの空間に送られていたらしく、二人はずっとこの場に居たらしい。
それより驚きだったのは、イビアとスノウまでもが、髪が白金になっていた。
どうやら、二人もハイエルフに覚醒したらしい。
その事を喜びながら、皆はハイエルフの森の出入り口から脱出する。
「……あれは、夢じゃないよね」
「ええ、彼女の手は、確かに私達の手に、握られていました」
「……これから忙しくなるね」
「……はい、あの子と、約束を果たさなければ」
久しぶりの陽光を身体に浴びる二人は青空を見上げ、太陽に手を伸ばす。
光の当たる二人の手の温かさは、あの時のマリーの手のようだった。
消して忘れる事の出来ない温かさを、二人は握りしめた。




